from Mayhem :15


凛と別れ、一度白野のマイルームへ。そこでセイバーに一人遅れた昼食を食べて貰いながら、マキナと白野は早速アリーナへと赴く事を決めた。

凛の言葉を聞き、マキナの脳裏に思い浮かんだのは──…マキナとギルガメッシュの出会い、その対決。空間を切り裂く宝具──ギルガメッシュの切り札でもある『乖離剣(エア)』そして──…その威力を相殺した『億死の工廠』否、『架空の神造兵装』の一、『重力子放射線射出装置』。

このどちらかでありすとそのサーヴァントの固有結界を打ち破ることができるだろう。だが、ギルガメッシュに頼ることはできない。──勿論、あんなに拒絶しても尚マキナに優しくしてくれた彼のことだ。マキナがお願いすれば、やってくれないことはないかもしれないが。その選択肢だけは絶対に選ぶことができない。

『重力子放射線射出装置』は空間消滅を可能とする。勿論、一度マキナとて考えたのだ。その手段を。しかし…魔術師(メイガス)の知識に明るい凛の回答が欲しかった。そしてそれが得られたことから、後は実行に移すだけ──既に正しい宝具の真名も得たことから、気を失うことはないだろうし、例えぶっ倒れてもその時は白野に連れ帰ってもらうことが出来る。

そして、万が一マキナの宝具が通用しなかった場合。否、凛も言っていたがこの方法が一番確実かもしれない。術者を殺すことだ。校舎で殺ればペナルティを喰らう可能性が高いが、もしもアリーナにありす達が姿を現したのならば…その時はありすの息の根を止める。重力子放射線射出装置の出力次第では、ありす達もろとも固有結界を破壊する。

ただ、問題は──…白野は絶対にその考えに賛同しないだろう。どうしたものか──…

今回は固有結界の調査のみにとどめおくべきだろうか。そんな思案を巡らせながらも、マキナと白野、そしてセイバーは、アリーナの扉の前へと到着した。



「“深追いはせずに、どちらかの身に異変が起きたらリターンクリスタルで戻る”」
「うん…――二人とも準備はいい?」
「ああ!」
「うむ!」



マキナと白野は互いに頷きあい、同時にアリーナの扉を開いた。









「…?」
「!」



二の月想海アリーナの第二層。ここに初めて足を踏み入れたマキナだったが



「固有結界が…消えてる?」



その、異常がないという異常事態に眉根を顰める。ここは何の変哲もないアリーナだった。そうこうしている間に、ありすの魔力が底を尽きてしまったのだろうか?それでも三人は警戒を怠らずに周囲を見回した。互いに別方向を注視しながら、先へと進む事に。マキナも索敵兵装(レーダー)で周囲を確認していたのだが…アリーナ中央部付近まで到達したその時。



「お姉ちゃん…?」



背後からの消え入りそうな声に、三人がほぼ同時に振り向く。そこには白いドレスを身に纏った少女が不安げな表情で小首を傾げていた。突拍子のない出現、レーダー上でもそのポイントは突然マキナ達の背後に現れた。網霊(サイバーゴースト)の挙動に相応しい神出鬼没さ。やがて彼女の背後から、影のように重なっていた黒いドレスの少女…キャスターも姿を現した。



「今日も“あたしの知らない”お友達を連れているのね、お姉ちゃん。ありすのお友達も“その人達”が倒しちゃった…。ねえ、お姉ちゃんはあたし(ありす)とは遊びたくないの…?」



 あたしの知らない…か。自分のことは覚えていないのだな、とマキナはぼんやり考える。勿論こちらが一方的に見掛けただけではあるのだが。あの頃はあの城を頻繁に出入りしていたので、逆に向こうが自分を見掛けていたとしても不思議ではないと思ったのだが。



「ありす…私は遊びたくないわけじゃない。でも…こんな危険な遊びじゃなくてもっと…楽しい遊びにしないか?」
「あなたが楽しくなくっても、あたしは楽しいわ。ねえ?あたし(ありす)」



白野の言葉にも、ありすは無心に首を傾げるだけ。精神汚染スキルでも持っているのか、既にありすと自分たちの間では意思を疎通させるのは厳しそうだ。何より彼女を殻に閉じこもらせようとするアリス(キャスター)が付いている。そしてありすも、白野の言葉よりもキャスターの言葉を優先的に信じているようだが…



「でも…あたし(アリス)、あの人が邪魔するから面白くないわ。あの人、今日もあたし(ありす)のことを邪魔しにきたんだ。」



そう言い、ありすは悲しげな表情のまま、間違いなくマキナを捉えた。こんな頼りなげな子供相手にマキナは怖気を感じてしまった。同時に頭の中で重力子放射線射出装置の構造構成を始める。



「どうしてみんな邪魔をするの?あたし(ありす)はただ遊んでいたいだけなのに。それだけでいいの、他に何ものぞまないわ。あたし(ありす)とあたし(アリス)はお姉ちゃんと一緒に遊び続けるの。ずっと。ずーっと。それなのにどうして邪魔するの?」



ありすの語りかけるような独白が続く。それに白野は一度たじろいでしまうが…しかしマキナは。その言葉にどこか共感を覚えてしまった。

“ずっと遊んでいたい”

それは――…マキナの願いと通ずる部分がある。だからマキナは何も言わず、ありすに向けて悲しそうな笑みを浮かべて見せた。それをありすがどう捉えたのかはわからないが
ありすは依然表情を変えずにマキナを見詰め続けている。



「じゃああたし(ありす)、まずはあの人にいなくなってもらいましょう。」
「そうね、そうしましょうあたし(アリス)、そうしたらお姉ちゃんもあたしと遊んでくれるわ!」
「特別にあの人だけを名無しの森に招待しましょう!」



ありすとアリスの視線がどちらもマキナに定められる。白野とセイバーも、マキナを振り向き見た。ターゲットが完全にマキナに変わってしまった。予想外の事態だ。しかし既に宝具起動の準備はしていたマキナにとっては…状況がどうあれ、最早することは一つだった。宝具の不可視状態を解除し、黒く巨大な銃身がアリーナに再度姿を現した。既にエネルギーの充填もほぼ終了している。



「架空の神造兵(ファンタズム・エアリ)――」
「ま、待って…!!」



この状況では、マキナの判断は間違いではないだろう。それを白野も頭のどこかで理解はしていた。しかし、彼女はどうしても制止せざるを得なかった。制止の声だけは上げざるを得なかった。ありすがこの場で消滅することへの恐れもあった。マキナに幼い少女を殺めるようなことをして欲しくなかったのかもしれない。だが、そんな多くのことを瞬時に思案する余裕は無い。ほぼ反射的に口から飛び出た制止の言葉。そこで、“人の心がわからない”というマキナが――その制止に動揺することなく装置を発動させてしまっていれば、ある意味全て円満に解決した。だが、マキナの動きは一度止まってしまった。そしてその一瞬の制止の後、マキナが実体化した銃身が綺麗さっぱりと消失する。黒いドレスの背中のリボンがふわりと揺蕩う。



「――…」
「そんなにコワイもの、あたし(アリス)に向けないで?あなた、とっても怖がり屋さんなのね。あたし(ありす)と一緒だわ。でももう怖がらなくてもいいのよ、嫌なことも苦しいことも全部忘れちゃっていいの!」



アリスに抱きしめられたまま、マキナは微動だにせず立ち尽くしていた。否、微動だにできなかった。何もその胸を鋭く致命的な剣で刺し貫かれたわけではないというのに。



「マキナ…!?」
「無駄だわ、お姉ちゃん」
「この、マキナから離れろ…!」



拳を振り上げ力任せにマキナからキャスターを引き離そうとする白野に…アリスは一見嘲笑うかのように、ステップを踏み躍りながら逃げ、マキナを手放した。そして放心状態のマキナがその場に崩れる。白野にもセイバーにも、一体マキナが何をされたか理解ができない。



「もうその人は自分の名前も思い出せない。お姉ちゃんのことも忘れちゃったし、いずれ――…カラダもサーヴァントもみーんな消えちゃうの!」
「うそ……?」



一体どういうことなのか?“名無しの森”とは…これは少し前まで展開された固有結界の影響なのか?もしもそうだとしたら何故マキナだけがその影響を受けている?
信じられずに白野はマキナの身体を揺さぶるが…マキナの目は虚ろで、白野をその瞳に映してはいても認識していない。こうなっては信じざるを得ない。でも一体どうすれば――…



「お姉ちゃん、悲しい?怒ってる?でも大丈夫。お姉ちゃんもいずれそうなるから。でもその前にオニごっこしましょう?」
「お姉ちゃんとおいかけっこ!楽しそうね、あたし(アリス)」
「そうね、あたし(ありす)はずっとずっと、走ったり出来なかったもんね」
「うん、あたし(ありす)、走るのって大好きなの」



続いて我が身に降りかかるであろう災難を今は気に留めることも出来ず、白野は目尻に涙を浮かべながらマキナに呼びかける。



「走るのは楽しいけど……お姉ちゃん、つかまるかなぁ」
「つかまるよ。 そしたら首をちょんぎっちゃうの」
「ちょんぎっちゃうってこわくない? ……でもオニだもんね」
「うん。女王さまとかオニとかってこわくなきゃ」
「じゃあ、いっぱいこわがってもらわないといけないのかなぁ」
「うん。なみだで池が出来ちゃうくらいにいっぱいこわがってもらおうね」



次の遊びの為の作戦(したじゅんび)を笑顔で話し合う白黒の少女。二人のみで完結された世界――…これも一つの、マスターとサーヴァントの信頼関係のカタチだろう。最早ここまで完成した固有結界(ふたりのせかい)は誰にも侵すことはできない。少女たちの意識が此方に向いていない今この間に、とセイバーは白野の肩をしっかりと握り、囁く。



「奏者、あの幼女達を今ここで倒すぞ。最早それしか道はあるまい。マキナの症状が固有結界によるものかはわからぬが、殆どの魔術の影響は術者が死ぬ事によって解除(リセット)される。恐らくマキナを救う手立ては現状それしかあるまい…!」



そう言い、セイバーは剣をありす達に向けて構えた。それに気付いたキャスターは、依然くすくすと笑いながらありすに話しかける。



「あたし(ありす)、お姉ちゃんたち、はやく遊びたいみたい」
「でもあたし(アリス)、“あの人”まだ消えてないわ」
「本当ね、まだしぶとく生き残ってるみたい。じゃあ…先にあの人の首を――ぽとりと落としてしまいましょうか」



キャスターが白野達ににじり寄り、そしてそれから守るようにしてセイバーが立ちはだかる。一歩二歩、前へと進み出るキャスター。よもやキャスター風情が、セイバーに対して真っ向勝負を挑むはずはあるまい。キャスターの動きを注意深く観察しながら剣を構えなおす。セイバーの対魔力はセイバーのクラスとしては低くCランク。大魔術を行使されれば無効化することはできない。今こそセイバーの宝具を解き放つべきか――?
しかし、一度そこでセイバーの逡巡は途切れる。セイバー…そしてありすのサーヴァントであるキャスターは同時にアリーナ内への新たな侵入者の気配を察知したからだ。



「「!」」



セイバーとキャスターは、同時にアリーナの入り口方面を振り向く。それに連られ、白野とありすも同様にその方向を向いた。茫然として視点が定まらないのはマキナだけだ。今此処へとやってきたのは、彼女のサーヴァントだというのに――…

マスターの窮地は、マスターが意識せずともサーヴァントに伝わる。あの倣岸不遜で、マスターの為には今や疑いようもなく律儀な男がこの場へと向かっている。



「あたし(ありす)、地下界(めいかい)の悪い王様がやってきたみたい。」
「どうしよう、つかまっちゃうわ、あたし(アリス)」
「逃げましょう、つかまらないように。でも…ただ逃げるのはつまらないわ。お姉ちゃんにも、あの人と同じように名無しの森で迷子になってもらいましょう!」



此処(アリーナ)に再三とあの固有結界が展開する。その英霊に本当の名前はない。だから彼女(かれ)の一番のお気に入りは“名無しの森”
全て忘れて、一頁目まで戻りましょう。
もう一度、何度でも、いつまでも続く物語の中へようこそ。
『永久機関・少女帝国(クイーンズ・グラスゲーム)』の一。

彼(かのじょ)は、いつも誰かのゆめを映す鏡。そして鏡は打ち砕かれる。いとも容易く、粉々に。



「どこへ行く、餓鬼共」



がしゃり、と重々しい金属の、その最後の跫音が 背中を向けた子供達の影を踏むように響き渡った。その通り、白黒双子はぴたりと立ち止まり



「貴様らの辿るべき道は、歩み往く者はもどることのない道。そして向かうべくは、入る者は出ることのない──暗黒の家だ。さあ、疾く逝(ゆ)くがいい」



男の顔は果たして嗤っていたか、それとも怒っていたのか。名無しの森に呑まれ、マキナと同じように自我を少しずつ蝕まれ始めていた白野は、かろうじて立ちながら、男の右手に握られた、奇怪な剣のような何かを

ぼんやりと──何処かで見たことが──天(しろ)と地(くろ)を切り裂く無(とうめい)の斬撃──…



  天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)



月において二度と放たれたこの斬撃を、あの時のように同等の威力を以って相殺する(たちはだかる)ものなどありはしない。遺憾なく放たれたその“始まり(おわり)”の斬撃の波を目に焼き付けながら…終わりを悲しむ間すら、お喋り双子には与えられなかった。
過ぎ去った波の向こう──…無の残響に白野は目を閉じる。こうして──岸波 白野   の  は消   た
 



(…)
(2012/3/10)






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