from Mayhem :15



二回戦の猶予期間四日目、朝十一時。食堂の椅子に腰掛け、マキナは前方を見るとも無く見続けていた。一見、思案顔をしているものの、あまり思考もまとまらずに、殆ど何も考えられずに居た。何かを口にする気にもなれずに、ただ食堂の一席を占有している。幸い利用者は他に2、3人程しか居ないので迷惑にはなっていないだろう。そんなマキナの視界が、やがて遮られる。



「ごきげんよう」



マキナが少しだけ視線を上げると、そこに褐色肌の少女が居た。ラニ=[は恭しくマキナにお辞儀してみせてから、“笑み”と感じ取れなくも無いような表情を俄かに浮かべてマキナを見つめた。



「おはようございます…ラニさん」
「顔色が優れないようですが…何かお困りなのでは?」
「――…」



マキナを気遣ってくれている…のだろうか。実際に、ラニはそんな表情を浮かべてマキナの顔を覗きこんだ。マキナは困ったように、そして申し訳無さそうに笑った。



「そんな風に…見えましたか?私」
「…はい。貴女は今、普段の行動形態から外れた行動を取っている。そして近頃…貴女の星にも陰りが生じています」



要するに、こうして衆目に触れる場で無防備に座っていることが、らしくないということだろうか。そして占星術ではそんなことまで見通せてしまうのか。だが、どうあれ彼女がマキナの“らしくなさ”が判ってしまう程にはマキナのことを観察しているらしいことに、マキナは少々驚いた。



「私に何か…お力になれることはありませんか?」
「――…」
「貴女は以前、一つの道を私に示してくださいました。ですから私も…」
「ごめん、ラニさん。ごめんなさい」



――こんな、心が何かも判らないという少女まで優しさを見せるのか。

それ以上言わないでくれといわんばかりに、マキナはラニの言葉を遮った。唇を噛み締めながら、それでも無理に笑みながら、力なく言う。



「私…やっぱ人の心なんてわかりませんでした。前に偉そうにラニさんに言っちゃったけど…私の言葉は多分参考になんてならないです。だから…私じゃなくて、もっとちゃんと…心がわかる人に助言してもらったほうがいい」



マキナは立ち上がり、一度、深く頭を下げた。そして、マキナに釣られてか此方も少し悲しそうにしているラニを置いて、マキナは足早に食堂を去って行った。







どこか、誰かのいない場所で、静かに。マイルームにもいられない、アリーナにも行けない。食堂を出て彷徨いながら、マキナは図書室のドアを開けた。

まさか毎日この場所にいる訳ではないだろうし、マキナとてこの場所で見かけないことの方が多いのだが…運悪くも、中ではレオが読書に耽っていた。涼しい表情で左右に目を流していたレオは、マキナの入室にも気付いてしまった。



「こんにちは、マキナさん」
「こんにちは、総主」



見つかった以上、そのまま引き返しては不審すぎる。適当に図書を漁る様子を見せてから、退室しよう。そう考えたマキナは、軽く会釈してからレオを横切った。

レオがこの図書室にいることが多いのは、此処には貴重な蔵書が揃っていることもある。図書室を訪れたマスター達に声を掛け、ハーウェイの活動への理解を深め賛同者を増やそうという意図もあるらしいが。

確かに、ムーンセルは人類史…否地球史の全てを記録しているだけあり、既に地上では現物が失われた書物もこの書架には多く納められている。そうだ、前回レオが見ていたナーサリーライムの他に、固有結界について手掛かり記されている書物もあるかもしれない。マキナは書棚を上の段から順に目で追っていく。それから暫らくしてのことだった。



「マキナさん、何かお困りではないですか?」



心配そうな表情を浮かべ、レオが先ほどの場所から動かずにマキナを見遣っていた。一度振り向いて視線を合わせたマキナだったが、やがて視線を元に戻して答える。



「寝起きでちょっとテンション低いだけです」



その回答をどう取ったかはわからない。しかしレオは手にしていた本を閉じ、マキナの方へと歩み寄った。



「昨日…アリスの対戦相手であるという女性と会いました」
「…!」
「マキナさん、彼女の為に情報を集めていたのですね」



そういえば、白野がトワイスを見掛けた際にレオと鉢合わせたと言っていたか。会話の流れでありすの話になったか、若しくは既にユリウスの調査で知っていてレオが話題を振ったということも考えられる。



「マスター同士が時に協定を結ぶことだって珍しくは無いと思いますが」
「確かに。ですが…貴女が協定を組むとすれば、トオサカリン位だと思っていました」
「たまたま彼女と利害が一致したんです」



その言葉にレオは応えず、ただマキナの顔を穏やかに見詰め、暫らくの間をおいてからこう言った。



「マキナさん、僕は可能な限り貴女の力になりたい。決勝戦までの間ならば、いつでも僕を頼ってくださいね」



決勝までそんな事態にはならないだろう、例え自分が窮地に立たされても。そんなことを思いながら、マキナは結局ロクに探しもせず図書室を後にした。姿は見えないまでも、レオの傍に控えているガウェインのプレッシャーも居心地が悪かった。それにしても、何故こうも誰も彼もが自分に好意的なのだろうか──図書室のドアを閉め、静かに深呼吸したマキナ。その視界に思わぬものが飛び込んできた。



「あ…」
「マキナ!」



岸波白野。互いに驚いた表情をしていたが、白野の表情は段々と安堵の笑顔に変わっていく。



「よかった、マイルームから出れるようになったんだね」
「あ、うん。ごめん、心配かけて…」



気にするな、と白野は首を振った。予想していたよりも余程白野は落ち着いて笑いかけてくるものだからマキナは少し調子を崩されるが、安堵もした。だが…ここに彼女がいるということは、今から図書室に入るということだろうか?



「岸波、図書室に用事…?」
「ああ、ありすのサーヴァントと固有結界のことを調べようと思って」



それは少々拙い。
このタイミングで白野が図書室に入ろうものなら、レオに何を訊かれるかわかったものではないだろう。



「それって…後回しにしてもらうことできる?」



マキナは戸の前で通せんぼしたままの状態で少々苦々しげに、俯き気味に見上げながら問い掛けた。それに白野は目を丸くし、一度瞬いた。



「え?勿論マキナに逢えたんだからそうするつもりだよ」
「…助かるよ。今、図書室の中にニガテな人がいる」
「?…今その図書室に居たんだよね?」
「そう、やっと抜け出したところ」



こんなところで立ち話もなんだし、歩こう。とマキナは急かすように白野の背中を押しながら図書室から離れる。



「岸波のマイルームに行ってもいい?」
「うん、その方がセイバーと一緒に気兼ねなく話せるし…」
「まずは情報整理から…」
「あら、マキナ」



そのまま歩いて二階のホールに差し掛かった時だった。その声に振り向かざるわけにはいかない。マキナと白野の目には、丁度一階からの階段を昇り終えたらしい遠坂凛が。その凛の表情を見て、マキナは霍に表情を引き攣らせた。面倒事の予感。



「新しいお友達?」



マキナと白野の傍までやってきた凛の涼しげな笑みが少々怖く、マキナは目を合わさずに答えようと──…
…?

というか、“新しいお友達”とは、では“新しくないお友達”って誰だ?



「君は遠坂凛だな。マキナと私は“昔から”の友達だが…それがどうした?」
「!」
「……」



何故、少々威圧的だった凛に此方も張り合おうとするのか、白野。



「“昔から”…?……驚いた。アンタにそんな友達がいたなんて」
「引っ掛かる言い方をするな、それはちょっとマキナに失礼じゃないか?」
「へ?」
「マキナには友人が居たらおかしい、みたいな言い方」



また腰に両手を宛てて、ぷくーと頬を膨らませて怒る白野に、あの遠坂凛が素直に驚いた表情をして目を何度もぱちくりさせた。そしてマキナに耳打ちする素振りで小さく囁く。



「ちょっと…この子何者?友人ってかアンタの保護者…?」
「……そんな感じかも…」
「こら!そこ、内緒話をしない!」



その様子に半ば本気で、そして余計に腹を立てながら白野は二人に即刻内緒話の中止を命じた。大人しく従うマキナと凛。そして…自分の為に怒ってくれているところを悪いが…ぷりぷりと憤慨する白野を、マキナは少しかわいいと思ってしまったのだった。



「とりあえず…ここじゃ目立つし屋上へ行かない?まだちょっと早いけど…お昼にでもしましょう」



ココでは目立つという話には、マキナと白野ともに異論は無いし、白野はこの遠坂凛がマキナとどういう関係なのか気になるし、マキナとしても、凛が付き合ってくれるならばある意味都合がいい。三人は共に頷いて、屋上まで一斉にコードキャストで飛んだ。







「…成る程ね、マキナ。アンタが助けてあげてるマスターってその子なワケ」



屋上に着いて早々、凛はジト目でマキナを見据え言った。それに相変わらずマキナは視線を合わせずに答える。



「…さあ、どうだろ」



“助けてあげてる”というのは少し語弊がある。確かにそういう気持ちが微塵もないワケではないが、ありすのことは、マキナにも関係があるので、より積極的に動いている。だからマキナは恍けるように、そして曖昧にそう答えた。



「マキナは私のこと凄く助けてくれてるよ」



白野は、少し漢らしく腕組みをしたまま、うんうんと頷いて言った。彼女としては、マキナと違ってそこは濁すワケにはいかないらしい。



「ふぅん…?えーと、……ごめんなさい、お名前訊いてもいいかしら?」
「ああ、挨拶が遅れた。私は岸波白野」
「そう、岸波さんね。私の名前はもう知ってるのよね。なら自己紹介は不要だろうけど…私はフリーのエンジニアをやってるわ、今は反動(レジスタンス)勢力に雇われてるけど。マキナとは知り合って4年になる」



よろしく、と凛はにこやかに笑って白野に手を差し出した。それに白野は一度凛の顔をじっと見詰めて──…



「4年…?私なんてよんじ…」
「わあああああああああああああああああああ!!!!」



マキナは、あわや山彦が返ってこんばかりの大声で遮った。両腕を激しく振るいながら。
そして遮った後も肩で息をしながら。白野としても今のはついうっかり、だったらしく。何故マキナがこうした奇行に出たか、既に理解はしていた。幸い凛は不審げにマキナを見ているだけ。

それもそうか。
今の一連の流れだけでは、マキナの奇行の理由など推測できよう筈も無い。まさか、マキナが実はサーヴァントで。そうして四十年前の聖杯戦争で白野をマスターとしていたなど。



「とりあえずさ、ごはん食べようよごはん。パスタとかでもいい?いいならとりあえずデータ作成しちゃうけど、とりあえず」
「直接料理を生成しちゃうわけ?…まあ、ここで一から作るワケにもいかないか」
「とりあえず最近作ったパスタでよければすぐに再現できるし、とりあえず」



何やらしきりに“とりあえず”言いながら、マキナはあまり二人の了承を得ずに、寧ろ有無を言わさずに…あの、自身のサーヴァントに初めて振舞った料理を此処に再現したのだった。








「岸波とはイギリスで知り合ったんだ。互いが4歳の頃に。それからたまに会っては仲良くしてもらってる」



マキナの説明に、凛はあまり興味なさそうにふぅん、とだけ答えた。先ほどまでとは違い、少々真剣な顔付きに戻っている。白野は色々と訊きたいこともあったのだが…失言しかけたばかりなのでとりあえずは二人のやりとりを見守ることにしていた。そして、背後からセイバーの腹の虫がきゅるると鳴ったのが聞こえ、申し訳なく思いながらも、凛のいる前で姿を現させるわけにはいかない。後でマキナがセイバーの昼食を作ってくれることを祈るばかりだ。



「ねえ、マキナ。アンタいずれは──…」
「…わかってる」



眉根を傾げて何か思案していた凛が、一度白野を見遣った後、口を開いたことにマキナは牽制するように手の平を凛の前に出し、皆まで言わさなかった。



「遠坂、今岸波と私は少しイレギュラーな状況にあるんだ」
「イレギュラー?」
「理由はわからないけど、私のアリーナと、岸波と対戦相手のアリーナが混線してる」
「は…」



予想外なマキナの暴露に、また凛は目を瞬かせた。それも一瞬のことだが。



「ちょっと…!アンタなんでソレを言峰に話さないの…!」
「うーん…一応聞こうとは思ってるけど、なんか言峰捕まらないし、それにそこまで困ってもないから三回戦でも続くようならその時聞こうかなーって」
「……そりゃ、対戦者以外の相手の情報を知る絶好のチャンスでもあるけど…」



同じだけリスクも大きい。凛に何かしらの苦言を呈される前に、マキナが続ける。



「で、遠坂に聞きたいことがあるんだけど」
「…何よ」
「単刀直入に訊くと、固有結界の破り方」



ちゅるちゅるとスパゲティを吸い込み終えると、凛は、むっと眉根を傾げてマキナの目を見た。マキナも今度は真っ直ぐに見詰め返す。溜息を吐いて折れるのは凛の方だ。いつだって。特に今日は、ただのデータとはいえ昼食をマキナにご馳走されているものだから余計に折れない訳にはいかない。一度、一方的に菓子を食べさせられたことはあったが…やはりマキナの作る料理は美味かった。だから余計に断れない。そして今度の機会には自分の料理を食べさせよう──



「…岸波さんの対戦相手が固有結界の使い手ってことね」
「そう、アリーナに固有結界を展開したまま半日以上経過してる。それを攻略できない限り、岸波も私もトリガーが手に入らない」
「半日以上…!?」
「そ、よく知らないけど大魔術師でも数分程度が限界なんでしょ?」



現実世界で魔術師(メイガス)達が行使した固有結界とはまた違うのかもしれないが、猶予期間(モラトリアム)内に相手の魔力切れで結界が消滅する保証はない。凛は凛で言いたいことは多くあったようだが…それを飲み込み、頭のスイッチを切り替える。



「固有結界は術者の心象風景の具現化。攻略方法も様々だわ」
「…まずはどういう固有結界なのか調べる必要があるよね」
「そうね、ただ固有結界ってだけじゃ対処のしようがない。」



やはり一度はアリーナに赴いて固有結界に侵入するしかないのか。早速今後の行動予定を立て始めるマキナをよそに凛が言葉を付け加えた。



「尤も…“空間切断”或いは“消滅”を可能にしちゃうような破格の宝具や礼装でもあれば、どんな類の固有結界だって破れるんだろうけど」



 そんなモノそうそうあるもんじゃないし。と凛は首を振り、他の対処方法を当たり始めた。そしてマキナは、そんな絵空事のようなコトを可能にする宝具を思い出した。


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