from Mayhem :14



「見つけた。」
「……待っていたよ、マキナ」


マキナがその白衣を纏ったサイバーゴーストを捕まえたのは屋上だった。今、屋上には誰もいない。そういえば久し振りに此処を訪れた。マキナがギルガメッシュと出会った場所だ。



「まさか…今の今まで姿を見ないとは思っていませんでした」
「私は現在進行中の聖杯戦争においては不正なデータだからね。そう堂々とは君に会いにはいけなかった」
「ピースマン博士」



そのサイバーゴーストの名は、“トワイス・H・ピースマン”。眼鏡を掛けた黒髪の男…“博士”の名の通り、白衣を纏ったサイバーゴースト。現実世界において、最も有名なサイバーゴーストだ。しかしその姿が知られているというだけで、彼が“トワイス・ピースマン”であることを知る者は殆どいない。



「祝辞を送ってくれたのは貴方ですか?」
「ああ、そうだ。」



不意に、マキナ背後の入出口にロックが掛かったことに気付く。この男がどこまでSERAPHに介入できるかわからないが、トワイスの仕業であることは間違いないらしい。恐らく、安易に他のNPCやマスターが介入できないような心遣いのようだ。確かにマキナにとっても、トワイスと会話している様子を他者の目に触れさせたくは無い。



「…正直驚きました。祝辞を送ってくるような相手は貴方位しかいないと思いましたが…言峰の話だと…送られた参加者は私一人だけだと」
「当然だ、私がムーンセルへと招いた君が晴れて本選出場となったのだから。」



相も変わらず、此処では髪を揺蕩わせる微風も、互いの間を駆け抜けていく旋風も無い。先ほど白野に、“ムーンセルにおいてサイバーゴーストも自分たちも大した変わりはない”
と言ったのはマキナ自身だが――…

こうして、過去に死んだ人間と対等な調子で顔を付き合わせるというのはどうにも奇妙で、得難い感覚を覚えた。ああ、そういえば――…ギルガメッシュも同様に、過去に死んでしまった人間だった。



「…貴方が招いたのは私一人だけではないでしょう。元はといえば、私達にムーンセルでの聖杯戦争の存在を教えたのは貴方で──…貴方は長い間、多くのハッカー達に参加を呼びかけていた」



此処は生者と死者が合間見える黄泉比良坂のようでもある。トワイスは冷淡でもなく、っぽくもなく、どこか希薄げに、落ち着いて言葉を紡ぐ。恐らくは彼がサイバーゴーストだからではなく、元から彼はそういう人間なのだ。



「それは事実だ。だが──…私がこの聖杯戦争を勝ち抜く事を願うマスターは君だけ」
「…」
「“間久部マキナ、聖杯はきっと君の役に立つ”」
「…」
「そして“君こそが、この万能の願望器の所有者として相応しい”」



その言葉を聞くのは二度目だ。それこそトワイス・H・ピースマンは、NPCかの如く同じセリフを繰り返した後。



「だが…君が聖杯を手にするのは必定、これ以上の言葉は不要だな」



少し思案げに顎に手を遣ったかと思えば、一人で納得した素振り。雰囲気的にもこの場を去ろうとしていると感じたマキナは、留めるように口を挟む。



「一人でご納得のところ悪いんですが…私は貴方の言葉をもっと必要としています」
「済まないが、この空間をこれ以上占有することはできない。
 私の情報が君に伝わるまでにも、随分時間を要してしまった。」



ずっと鉄柵の前で立ち続けていたトワイスが、遂に前へと進み出す。去り際に、ほんの僅か笑顔を浮かべる。



「また会おう」



マキナとすれ違いながらトワイス・H・ピースマンは消失した。構成していた霊子の残滓も残さない其処を、ロックの解除された入出口を、マキナは振り返ってしばらく見詰めていた。










違和感を感じた。
マスターであるマキナとの回路(パス)に制限(シャットアウト)が掛かったのだ。完全な遮断ではないが、これはマスター本人によるものではなく他者の介入によるものだ。

だが、マキナはマイルームの自室にいる筈だ。足に繋いだ鎖に動きは感じられず、変わらずマキナの自室へと続いている。マイルームに何者かが侵入したとは考え難い。運営(SERAPH)側のアクションとなれば或いは、だが…まずギルガメッシュも何も気付かない等有り得まい。それに事前通達もなく、また意味も無く運営がそんな行動に出ることも在り得ない。

鎖の先を辿り、当然のように断りも無く幕を開く。だが――…



「…!」



懸念が的中する。そこにマキナの姿は無かった。ならば鎖はどこに繋がっているのか。
鎖の先はマキナの替わりにベッドの足に繋がれていた。

どうやって天の鎖から逃げ遂せた?鎖が千切られた形跡はない。神性を持つマキナはそう易々とは鎖から逃れられない筈であり、激しく抵抗を試みたようであれば、持ち主であるギルガメッシュに伝わるが…不審な様子は一度として感じられなかった。

暫らく前まではマキナの足を捕まえていた鎖を手に取るもののやはり傷一つ無い。のだが――…

血の匂いがした。赤い色など何処にも残っていないが、この匂いは間違いない。

マキナは鎖から逃れるために自身の足首を切断した。そして鎖をベッドの足に繋ぎなおしてからマイルームを出た。確かにマキナの宝具を使えばマイルームから音も気配も無く出ることは可能だろう。

ギルガメッシュもこの事態だけは想像だにしなかった。マキナの性格ならば、ただ逃れるだけならば宝具使用で無理やり鎖を切断することも出来るだろう。だが、敢えてそうせずに自身の足を切断する事を選択した。恐らくそれは――…ギルガメッシュの宝具を傷つけたくなかったからだ。アレは、妙に律儀なところがある。

それにしても、何故そうまでして自分の目を盗みマイルームを出なければならなかったのか?白野や凛に火急の用が出来たか、それとも何か別の…

ギルガメッシュが一度歯噛みし眉を顰めたその頃…マキナは屋上からマイルームへと戻り始めていた。





すぐにでもマイルームに戻って何事もなかったようにしているべきか…それともこの際、白野達と合流してアリーナに赴き固有結界を調べるべきか――…しかし固有結界となると、魔術師(メイガス)の知恵を借りるべきかもしれない。凛や、あの青崎姉妹に相談するのもいいだろう。よくよく考えれば、その固有結界とやらが展開されているとあらば、アリーナでポイントを稼ぐことだって出来ないのだ。

迷った挙句にマキナは一度マイルームへ戻る事を選択した。それでも、今のところ自身のサーヴァントに知恵を借りるという選択肢を持っていないのだが。

2−B教室の前まで来たものの、一度マキナは認証鍵を通すのを躊躇った。一度深呼吸し、入室と共に姿を光学迷彩で隠す。振動相殺で音も経てずにマイルームへと入り、用心深く中を観察した。共有スペースにギルガメッシュがいないらしいことを確認した後、マキナは不可視状態を解除した。

早速自分のスペースへと戻る。情報を整理して白野と通信を取ろうと考えながらマキナが幕を開くと――…



「…!」



ベッドの上に鎮座したサーヴァントが、マキナを睨めつけていた。無意識に息を呑んでマキナは後退する。一歩。その後は向きを変えて走り出そうと、した。勿論それは叶わなかったのだが。



「――!…!!」



足首を躊躇なく切り落とすのであれば、今度は両手首を。縛り上げて固定してしまえば、逃げ出すのは容易ではないだろう。その顔にはあからさまに何某かの恐怖の色が浮かび、その口は言葉を発することもできず、荒い呼吸を繰り返すことしか出来ない。

“両足の無い女” “血溜まりの中から愛しげに笑う女”

今の彼に害意は微塵もないというのに、対照的な構図。ベッドの上に放りだされた身体は抵抗しようともせずに、ただ相手の出方を窺がい強張っている。



「な、なに……」



やっと声を絞り出したかと思えばそんな困惑の言葉で…そして無意識にか、自身の足を手繰り寄せるようにして後退ろうとするものの、思うように動かず靴先がシーツの上を滑る。そんな両足を捉えられたマキナの背中がベッドに沈み、ギシ、とスプリングが軋む。



「ギルガ…メッシュ……!」



力任せにマキナの足からブーツが、次にソックス剥ぎ取り放り捨てられる。顕になった白い肢を、その脹脛から足の先までを…不機嫌そうに、しかしじっくり甞めるように眺められたマキナはそれを恥ずかしく思うと同時に困惑した。



「……?」



そして左足首にぐっと力が篭められる。痛みはないものの、その動作でマキナの困惑が一つ確信に変わり、また新たな困惑を呼んだ。

マキナがトワイス・ピースマンの情報を得てマイルームを飛び出す際、高周波振動ブレードで左足首を切断することによって天の鎖から逃れた。切断後はナノマシンと治癒のコードキャストで元の状態へと復元した。痛覚も遮断していた為に痛みも無く、復元後の状態に不備も無い。



「…何故鎖を断たなかった」



ギルガメッシュの声を久し振りに聞いた気がした。何故だか悔やむような色を含んだ声に、マキナの困惑は深まる。



「だって…鎖はギルガメッシュの宝物の一つ…だろうし…切って元通りになるか…わからなかったし…」



鎖は元に戻るか判らないが、自分の身体ならば元に戻るだろうと。その方が合理的だろう、それに何の問題があるのか。



「…お前は我が目を光らせておかねば何を仕出かすか判ったものではないな?」
「は……?」
「空けが、己の犯した罪の重さを理解しておらぬか」
「なに…?なん…で意味がわからない…
 私の身体のことなんだから、何したって私の勝手じゃん…」



マキナには、本当に理解ができなかった。普通は怒るならば逆だろう、彼の秘蔵の宝物を損壊する方が重罪の筈だ。だから自身の足を切断した。怒られる筋合いなどない筈だ。

そうして本当にマキナが“理解できない”という顔をしていたからか、ギルガメッシュの眼光に一層怒りが灯る。



「お前は他の誰でもないこの我の所有物だ。我に断りもなく毀傷することは許されん」



マキナは眉根を顰める。困惑が憤りに変わっていく。この男は──…どこまで巫山戯た台詞を並べ立てれば気がすむのか?段々と此方も怒りに火がつき始めたマキナは最早、羞恥や臆病といった表層面の殻が剥離していた。



「だから…何、それ。私はギルガメッシュの所有物じゃないし、所有物なんかになりたくないから」
「お前の意志など関係ない。これは王たる我の下した…覆されざる決定事項だ」
「暴君ぶるのもいい加減にしてよ…貴方は私の王じゃない!私は貴方という王による庇護を必要としていない…だから貴方の国の民じゃない!貴方に私をどうこうする権利はない!」



理論的に話そうとしても、最早熱くなった脳で何が考えられるのか…口から出る言葉は拒絶、拒絶、拒絶のための言葉ばかり。普段このような言葉を他者から浴びせられようものなら、すぐ様手打ちにしてもおかしくないところだが…意外にもギルガメッシュはマキナなどよりもよほど冷静に、自身の下で喚く女を見下ろしていた。



「…お前は今更何を言っているのだ?この世界は全て我の庭…我の“國”だ。故にお前の理屈は通用せぬ。お前は紛れも無くこの我の民。否──…」
「ッ──…!」
「この我の至高の宝物だ」



静かに目を閉じ、掴んだままの足首に頬擦りを。その様子にマキナは息を呑み、身体を一層強張らせながらも足を引こうと試みる。しかし当然の如くびくともしなかった。

手も足も動かない。
だがしかし、一刻も早く逃れたい。何しろ意味がわからない、全く理解が出来ないのだ。マキナの理解の範疇を超え、思考をフル稼働させても解の手掛かりすら見付からない。故に稚拙で悲痛な否定の言葉、拒絶の懇願を、壊れかけのAIのように口にする事しか出来なかった。



「やだ…やだ…!!いや、やめて、いやだ…!!」



しかし男はぴくりとも動かない。脚を掴む手は強引に力強いが、当てられた頬はまるで彼の口にした言葉通り、大切なものにそっと触れるような慎重さ…マキナには理解できないが、愛しげですらあるのだ。

どうすればこの状況を打開できるのか、この男から逃れられるのか。マキナは必死で呼びかける。



「ねえ…!何が望みなの…!?何が足りないの…?貴方の望みは出来る限り叶えるように努力するから…!聖杯に願いたいことがあるなら幾らだって必ず入力するから…!!だから私のことは放っておいて、私の自由にさせてください!」



その言葉にゆっくりと目を開き、相変わらず彼にとっては的外れな言葉ばかりを吐くマキナを静かに見据えた。“何故理解しないのか” “何故伝わらないのか”このすれ違いの中で、その想いだけは恐らく互いに同じなのだ。

どこか誡めるような瞳でただ真っ直ぐにマキナの視線を捉え、穏やかにギルガメッシュは言葉を紡いだ。そして同時に上体を屈めていく。



「我はただ──…お前が傍にいればそれでよい」



その背中を、ゆっくりと手繰り寄せるように…掬い上げるようにして抱き締めた。

布と肌の向こうから、相手の心音が直接マキナの中に伝わり、そうして自身とは違うピッチの心拍との不協和音をなしてマキナの身体を内部から混乱させていく。マキナは完全に呼吸の仕方を忘れ、喘ぎながら涙した。



「やめて…ください……」



“どうして”
“何の為に”
“そんなことに一体何の価値がある”
自分が傍にいることが、一体、彼の何の得になるというのか、なるはずが無い。誰も彼も、自分だってそんなことは望んでなどいない。筈がないのだから、その言葉は本質ではない。嘘か、戯れか、何かに対する罰なのか。

だが、その抱擁は疑いようも無く優しかった。自分にそんな優しさを与える必要は無い。無用で無駄なものだ。そんな“無形”のモノは、利益と対価にするには聊か不適切過ぎる。そんなモノサシでは分かれないモノに見合う対価などどう量ればいい?マキナには、誰かに優しくされても、それにどう応えればいいのかわからないのだ。だから──…



「いらない…」



小さく、何度も首を振った。鎖で縛られたままの手首を軋ませながら、拳を握り緊めた。



「お願いだから、もうやめて…」



これ以上は。一刻も早く。
涙は止め処なく。
そしてまた、マキナを抱き留めるギルガメッシュの腕もそのままに。

 


(…)
(2012/3/7)






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