from Mayhem :14



『マイルームから出れないなう』



マキナがギルガメッシュに連れ帰らされた後、晴れてトリガーコード・ガンマを手に入れた白野とセイバーはアリーナの探索を終え、魂の改竄を終えてからマイルームに戻った。少し早めの夕飯に、マキナが作り置いたグリーンカレーを二人で食べ、白野とセイバーが今後の方針を話し合っていた時だった。

情報端末から電子音が鳴り、見ればマキナからのメール。白野とセイバーはその文面を見て、互いに顔を見合わせる。セイバーに急かされながら、白野は返事を書き、ただちに送信する。



『大丈夫?乱暴されたりしてない?』
『マイルームから出れない以外には何も』



アーチャーに足止めされているのだろうか。出口前に陣取っていたり?常に監視していたりするのだろうか…



『出れないって何で?』



マキナは自身の左足に目を落とした。左足首に確と巻きつく鎖。マイルーム内の行動は特に制限されていないようだが、マイルームを出ようとすると引っ張り戻される。ギルガメッシュは今のところ寝所から殆ど出てこない。マキナもマキナで自分のスペースにいるし、あの後一言も言葉を交わしていない。マイルームに戻るや否や、足に鎖。そしてとっとと天蓋の中へ入ってしまった。そしてそのまま、怖くてマキナからも話し掛けられず、今に至る。ベッドに横たわり、何故こんな事態になっているかをぼんやり考えてみるも
正直よくわからなかった。



「なんでだろう…何か…雰囲気的に…」



鎖で繋がれているなどと答えれば白野がエライことになりそうだ。こうして濁してしか伝えられずとも、取り急ぎ連絡したのも矢張り、白野が音沙汰の無い自分に焦ってエライことになっていないか心配したからなのだが。自意識過剰…ではないだろう。初対面の時など、アレほどマキナの身ばかり案じた彼女のことだ。そしてギルガメッシュを敵対視していた彼女のことだ。

彼女には、自分と違って2回戦を勝ち抜く必要があるので、あまり余計な気を取らせたくは無い。



「とりあえず、しばらく会えないかもしれない…」
『…本当に大丈夫?何か私で力になれることがあるなら──』
「うん、私は全然大丈夫だよ。心配かけてごめん」



文面での会話を続けながら、ふとマキナは溜息を吐く。音声通話をしても、遮音すればギルガメッシュの耳に届くことはないだろう。だが──…何となく憚られる。言語中枢と端末を接続し、タイピングせずとも自動で文字は入力されていくが…何故、こんな何でもないことに此処まで神経を使わなければならないのか、剰え、ギルガメッシュが突然現れやしまいかとヒヤヒヤしながらストレスをため続けなければならないのか──…

しかし、だからといって白野を放っておくわけにはいかない。彼女と彼女のサーヴァントには出来得る限り長く生き残って貰いたい。マキナは引き続き、次のコメントを送信した。



「でも、なるべく通信できるようにするから、何か困った事があったら遠慮なく言って」



だが、送信してみてふと気付く。これだけでは白野は自分に遠慮して、抱えた問題を一人で解決しようと奔走してしまうかもしれない。マキナは続けて、自分がアリーナを去った後のことを聞いてみることにした。



「ジャバウォックを倒した後に、ありす達は現れた?」
『あ…うん。とは言っても何もせずにすぐ消えちゃったけど…』



無事にトリガーも取得出来、夕食も食べ終え、今は作戦会議中らしい。邪魔をしないように、マキナはそこで一度通信を終えた。

寝返りをうち、ふと凛の言葉を思い出した。“アンタ、随分変わったわ。ムーンセル(ココ)に来てから”

そうだ、何かが変わった。何しろ、狂いが多く生じ始めている。──もう一度整理し直そう。自分は今、何故、何の為にこの場所にいるのか。

白野には、恋愛をしに来たわけではないと答えた。だが──…他人の手伝いをする為に此処にいる訳でもない。一応は、全てのマスターを退け聖杯の簒奪者となる為に月へとやってきた。

聖杯を使い、どうしても叶えたい望みがあるワケではない。願いは在る。しかしコレは、願いというよりは“疑問”と“好奇心”に近い。例え聖杯が万能の魔法の釜でなく、その“願い”が叶えられないとしても失望はしない。寧ろその真贋を自身の目で確かめることが出来る…それ自体が貴重な体験だ。

“願い”とは、参加したマスター達を蘇らせることではない。当然手に入れたのならば願うつもりだが、あくまでオマケだ。



“あの男”の誘いに乗り、組織のバックアップを得、世界に喧嘩を売りかねないことをしている。特に、もしもマキナが聖杯を手にし、他のマスターの蘇生が叶わなかった場合、レオを失った西欧財閥、凛を失ったレジスタンスはどう動くか?日本が厳しい局面に立たされるのは間違いない。しかし、それを想定して尚、組織は“構わない”と言った。

ムーンセルの存在は前から知っていた。だが、“あの男”の誘いが無ければ、少なくとも今の段階では大した興味を抱くことはなかっただろうし、当然、聖杯戦争に参加することもなかった。

こうして月へと来たものの、“男”は一向に姿を現さない。まあ、それは大した問題でもないのだが…今まで人の生死に直接は関わらなかったマキナを、関わらせる切欠を作った男だ。一度くらいはこの場で会っておきたいものだ。

何はともあれ、男に誘われなければ聖杯を意識もしなかった、そんな人間が、恐らくは…聖杯に悲願或いは希望を叶える為、何もかも打ち捨て不退転の決意でやってきた…そんなマスター達をも蹴散らし、その尊い願いも台無しにするだろう。それに対する贖罪の気持ちは特になく、そう重いこととすら考えてもいない。だがしかし、ムーンセルに来たからには必ず聖杯を手に入れる。何より、死ぬのは困る。

故に不恰好ながら、一人、勝ち抜く算段を貪欲に考え続けていた。筈なのに──

現状、このザマはなんなのだ。真に自分のことしか考えてこなかった自分が、他人に振り回され続けている。そして自分自身のことが二の次になっている現状――…これが熟考し、納得の末の行動ならばいいのだ。だが…このまま、惰性で続けていけば必ず後悔する日が来るだろう。









「大方、奏者にマキナをとられまいと、あの金ピカも必死なのだろう」
「うん…」



マキナとの通信を終え、白野が思案顔で押し黙っていたものだから、セイバーは気遣わしげにマスターを見つめ、そう言った。だが…今の白野の頭にあるのは、憂患というよりは疑問だった。今、白野にとって俄かに信じ難い出来事が起こっている。

“マキナを自分に取られないように”それもあるかもしれない。だが…アーチャーは、それとは別の理由で自分たちに会わせたくないのではないだろうか。

ジャバウォックの時も、アーチャーはマキナの窮地を助けに来た。白野の知るギルガメッシュは、そのような殊勝な男ではない。たとえ相手がマキナでなく、第四次聖杯戦争時に彼が言い寄っていた女だったとしても、そのように過保護な態度を取ったかどうか――…?

前回とは違い、今回の聖杯戦争ではマスターの喪失が自身の消滅に直結するからか?
だが――…現実世界でならまだしも、あの男が、この虚構世界での…しかも聖杯戦争期間中限定の生に執着するだろうか?そして、ジャバウォックの件だけならそう無理やり解釈する事もできるが…

アーチャーが、自分たちからマキナを遠ざけようとする意図は何だ?仕舞いにはマキナをマイルームから出れないよう行動制限までして何がしたい?


“我とマキナの聖杯戦争に貴様の存在は甚だ蛇足だ”


自分と会うことで、マキナがどうなってしまうことを懸念している?白野の直感だが…一つ確かなのは、白野と同様アーチャーも、マキナの危うさを感じているという事だ。

第四次聖杯戦争の際のギルガメッシュとは決定的に違う…正直何か裏があるとしか思えなかったが、最早、彼が心変わりしたとしか思えない節がある。

ギルガメッシュは、白野達に会うまで記憶に不備があったと言っていた。マキナの反応からも、恐らくはマキナに関する以前の記憶が失われていたと考えられる。

それぞれ別のマスターを持つサーヴァントだった第四次聖杯戦争と互いがマスターとサーヴァントの主従関係であるこの聖杯戦争とでは確かに前提から違う。

マスターとサーヴァント…そして第四次聖杯戦争の記憶も無く、何のマイナスイメージを持たない状態で出会ったからこそ。マキナを大切にするようになったというのだろうか。

そして記憶の不備が解消された今も尚、その考えは変わらないらしい。自分が知らぬ間に――…二人が過ごしたであろう一週間の間に、第四次聖杯戦争でのマイナスイメージを払拭し、プラスにして尚余りあるほどの出来事が起きたのか――…

しかし、マキナの様子を見る以上、それはアーチャー本人に聞かなければ真実はわからない。


マキナは、ギルガメッシュに対して恋愛感情等は抱いていないし、必要もないと言い切っていた。しかし、今や、ギルガメッシュの方はどうだろうか?

“何れも昔の女、今の我には関係ない”という発言は、要するに“今の女”は──…

白野は改めて溜息を吐く。複雑な心境だった。












「ん……」



うっすらと目を開く。視界は幾らか明るい。夜は明けている。目の前に何かがある。しかし、よく見えない。鮮烈な赤、淡い金色…しかし、焦点が定まらない。身体も動かない。拘束されているわけではないだろう。単に、身体が重くて、動かす力が微塵もない。そして酸素も足りない。目が醒めたばかりなのに、今にも眠ってしまいそうだ。

身体の中身をごっそり持っていかれている感覚――そして、替わりに石を詰め込まれているようだ。そして、麻酔で身体の感覚を奪われている。酷い疲労感、倦怠感――しかし何故だか心地良い。

何処となく不健全な微睡に溺れながら。目の前が暗くなるのを感じた。そうして、マキナはまた次第に眠りに落ちて行った。










「――!」



次にマキナが目を覚ました時、幸いまだ窓の外は明るかった。身体は異様にだるいままだが、動けないわけではない。マキナは寝返りを打って情報端末の画面を見た。時刻は11時――

深刻な魔力不足。間桐慎二との決戦後…凛に助けてもらった時と同じだ。しかし、あの時とは違って無茶な宝具使用をしたワケではない。魔力さえ取り込めれば元通りになる筈。そう考えたマキナは永久機関(偽)(エネルギー・インテーク)の稼動を強く意識し、周囲の魔力の吸収に努めた。行動に支障がない程度の魔力補給が済むまでじっと目を閉じ、やがて一息つく。改めて情報端末を見遣ると、未読のメッセージが一件あることに気付いた。

送り主は見るまでもなく岸波白野。送信時間は一時間ほど前だ。



「固有…結界……?」



解放された二の月想海のアリーナ第二層…そしてそこで生成された暗号鍵。それを取得するためアリーナに向かったところ、再度ありすが現れ、アリーナに固有結界を展開してしまったらしい。幸い、いち早く異常に気付いたセイバーの機転でアリーナから強制退出(ログアウト)し、事なきを得たという。

ありす達も、固有結界を展開したと同時にアリーナから消えたという。ジャバウォックの怪物の時と同じように。

そうだった、今日は二回戦三日目。また白野やありす達とアリーナが混同しているのならば
アリーナの固有結界は当然マキナの脅威でもある。そして今回は、前回と違ってトリガーも未取得なので避けて通る事もできない。マキナは、早速白野に返信を。



『ありすは、ジャバウォックと同じように固有結界を放置して消えたんだね?』



一時間以上前のメールに対する返信だというのに、返事はすぐに帰ってきた。



「そう、時間をおいてもう一度だけアリーナに行ったんだけど、まだ固有結界は展開されてた」
『……』



既に還る身体を失ったデータ存在である、ありす。ジャバウォックを召喚したのはそのサーヴァントであるキャスターだろうが、キャスターが“魔力炉内蔵”の宝具でも持っていない限り、その召喚と現界に必要な魔力を提供しているのは、ありす自身。ジャバウォックは、それこそ“ヴォーパルの剣”という明確な弱点さえなければ、純粋な戦闘力では並のサーヴァントを上回っていた。

そして今回の固有結界。まだ詳細はわからないが…術者もいない上、固有結界を長時間保持し続けるなど、常識外れもいいところだ。ありすの魔力のキャパシティがどれ程のものかは知れないが、マキナのように無限供給とは行かない。必ず限りがある。そしてキャパシティを超える魔術行使を成す為には――…既に魔力を生成する肉体の無い彼女は、“魂(いのち)”を削らねばならない。



「ありすが──…サイバーゴースト…」
『そう、既に彼女は現実世界では死亡している。魂だけがこの霊子虚構世界を漂っている』
「そんな…」



ありすの常識外れの魔術行使、その真相を聞かされた白野は暫し言葉を失った。勿論、前回のジャバウォック…そして今回の固有結界と、あわや落命しかけない目に遭わされた。だが、彼女が白野に対して、悪意から“遊ぼう”と求めてきたのではないことは判っていた。



「あの子は…多分、自分の置かれた状況をよくわかってない…よ」
『そうかもしれない。サイバーゴーストが現実世界での自分の状態を正確に把握している事の方が珍しい』
「まだ子供なのに…。自分がどうしてココにいて、聖杯戦争なんかに参加してるのかもわからなくて…」
『そう、なんだろうね』
「そんなの…悲惨じゃないか」
『──…』
「私はそんな子を…一度死んだ子をもう一度、死なせなきゃならないのか…!?」
『…』



マキナは暫し、白野の言葉に対して戸惑いを感じた。この少女は、自分にとって理解に苦しむ面を持っている。マキナのことも、まるで家族か恋人かのように心配してくれている。それはマキナが四十年前に彼女のサーヴァントだった…という過去があるので、理解しがたいことには違いないが、全く腑に落ちない訳ではない。だが、ありすと彼女に何の縁がある?ムーンセルで出会ったばかりの唯の対戦相手ではないのか?

もしも白野ではなく自分がありすの対戦相手だったら――…マキナは彼女ほどの感慨を抱かずに、ありすを倒しているだろう。今だって、もしも彼女がアリーナなどでマキナに害する行動を取るならば、最悪消してしまっても仕方が無いと考えている。マキナは、思案しながらぽつりと呟いてしまった。



『そんなに悲観することかな』



言語中枢と情報端末の直結接続による自動筆記。マキナが少々上の空だったことから、オンとオフが混線してしまったらしい。しかし取り消すことは出来ないし、沈黙し続けるわけにもいかない。マキナは入力を続けた。



『彼女の存在自体がデータだ。私達だってこの霊子虚構世界では同じくデータに過ぎない。例えありすがSERAPHから削除されようと、ムーンセルに記憶されている大元のデータは残ったまま。しかもムーンセルのデータは劣化コピーでも何でもない、現実に存在したそのもの。生き残るためには一度殺す事になるけど…それが悲しいなら生き返らせればいい。バックアップがある限り、復元は幾らでも可能なはずだよ。聖杯にさえ接続すればね』



その長い自動筆記の後、一度会話の応酬が止まる。今のマキナの発言は、白野に何かを沈考させるに至ったらしい。やがて一言、返答が。



「君は…人の生死を軽く考えすぎだ」



白野のことが理解出来ないなりに、マキナにとっては予想の範疇の回答だった。マキナも一言、答える。



『ごめん、そうかもしれない』



しかし現状、マキナにとってはそう答えるしか…謝るしかなかった。また互いの間に暫らくの沈黙。次にどんな言葉が白野から送られてくるのか…少し身構えて待っていたマキナに、予想外の返信が届く。



「そういえば、さっき白衣の男の人を見かけたんだけど…あの人もサイバーゴーストだったな。一緒に出くわしたレオナルド・ハーウェイって子が言ってた」
『――…!』



“白衣の男” “サイバーゴースト”と聞いて、マキナには思い当たる人物は一人しかいなかった。白野の口振りでは、白野にそのサイバーゴーストの人物に心当たりは無い。ならば彼女に訊くよりも実際に自身の目で確かめた方が確実だと判断し、マキナは端的に問いかけた。



『そのサイバーゴーストに、いつ頃、どこで出会った?』



その問いに対する答えを得たマキナは、彼女との会話を終了。視線を自分の左足首へと移した。


from Mayhem,
to the NEXT...

[next]







「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -