from Mayhem :13


「よ、とーさか」
「あら、暇人のマキナじゃない」



珍しく、手を振って友好的な様子で凛を呼んだマキナはその手にビスコッティのたくさん詰まった紙袋を抱えていた。ついでに一本口に咥えている。



「遠坂も食べる?」
「…何?それアンタが作ったの」
「うん。えーとね、チョコ、アーモンド、シナモン、紅茶、ココナッツにエスプレッソ…」
「はぁ…本当に暇人ライフエンジョイしてるのね…アンタ」



溜息を吐き、凛は額に手を遣って項垂れるが…マキナは調子を崩さないまま、凛にその紙袋を差し出した。



「じゃあ、いただくけど…」
「別に暇なんじゃなくて、それが私のスタイルってゆーか」
「スタイル?」



紅茶風味のビスコッティをマキナと同じように口に咥え、凛は珍しく小首を傾げる。その仕草は、常に優雅たることをモットーにしている彼女からすれば妙に可愛げのあるもので、マキナも和まされた。



「料理しながら、手作業しながら、ピアノ弾きながら…の方が捗るの、色々」
「ああ…」
「脳が刺激されて、ただじっとしてるよりアイディアも色々、浮かぶし」
「そういうコト。」
「畑が違うとはいえ、なんとなくわかるよね?」
「そうね…アンタは開発者、私は技術者だけど…“同じ人種”だからわからなくはないわ」
「ま、それでも私は痴女じゃないけどね」
「痴女の話はもうやめろっ!」



いつまで痴女ネタを引っ張るつもりなのかと凛が一喝するものの、まあまあ、とマキナは二個目のビスコッティで凛の口を塞いだ。



「そんなことより遠坂さ」
「…何よ」
「“ジャバウォック”」
「!――…“I-A-G120”」
「…にはやっぱ“ヴォーパルの剣”だよね?」



マキナとしては、予想していた凛の反応だったが、それを見てもマキナは敢えて全く表情を変えずに凛を見つめていた。



「ああ、何?“イギリスの童謡(ナーサリー・ライム)”のこと」
「そうそう」
「ジャバウォックに対抗し得るのは“ヴォーパルの剣”であると言いたいワケ?」
「うん、他のどんな素晴らしい剣、強い剣でもなく、“ヴォーパルの剣”であるべきだよね?」



マキナの問いに、そもそも何故そんな問いが出てきたのか。それを考える前に…それこそマキナと“同じ人種”らしく純粋に考察を。



「何とも言えないわね…ヴォーパルの剣自体は、その原典とも言うべき作者がヴォーパルの剣に対して明確な定義付けを行っていない。文脈からそれは“鋭く”或いは“致命的な”剣と考えられているけど…その“ジャバウォック”が“ヴォーパルの剣”によってのみ倒されるべき…と定義付けられているなら、“ヴォーパルの剣”以外では打ち倒すことはできないでしょうね」



なるほど、とうんうん感心したように頷くマキナ。しかし凛はここで、或いはマキナにとって手痛い質問を繰り出す。



「さすがとーさか」
「で、そのジャバウォックが一体どうしたワケ?
 まさかジャバウォックをサーヴァントにでもしているマスターがいるっての?」
「んー、そうなような、違うような」
「…アンタ、二戦目は不戦勝になったのよね?」
「うん」
「…まさか、お節介根性発揮して誰かの手助けでもしてるんじゃないでしょーね」



ジロジロと剣呑な様子でマキナを覗き込んでくる凛にマキナは相変わらず平静を装ってとぼけた。



「私がそんな殊勝な人間に見える?」
「…そーゆーのは殊勝って言わないわ、単なる馬鹿よ馬鹿」
「ふっ…私は現代の人類の百年先を行く頭脳を持ってる女なんだぜ?」
「一部だけでしょ、基本馬鹿よアンタは。」
「ショボーン」
「ってゆーか…」



またしても溜息を吐く凛。マキナと同じくまだ16歳だというのに、哀愁が漂っている。そういう彼女こそ、マキナのことを言えない程にお節介焼きであるということを彼女は自覚しているのだろうか。



「見えるのよ、そういう“殊勝”な人間に」



凛の瞳に真剣味が宿る。先ほどジト目でマキナを見ていた時よりも余程、寧ろ深刻そうにというべきか。背筋を伸ばし、腕を組みながら続けた。



「アンタ、随分変わったわ。ムーンセル(ココ)に来てから」
「…」
「確かに以前のアンタは、そんな殊勝な人間じゃなかったと思う。妙に人間味が出てきたというか…私に対する接し方もどこか変わったし、アトラス院のラニにも真摯に付き合ってやったりしてたじゃない。一体、ココに来てからアンタに何があったの?」



そう言われたマキナは、ほんの短い間――しかしマキナ自身にしてみればとても長い間、頭が真っ白になってしまった。それこそセラフに分解されゆく敗者のように、自己が霧散し、自分の身体が乾いた粘土のようにパラパラと剥がれ落ちていくような…そんな感覚に襲われた。そして、一拍おいて、呆然と間抜けな表情をして言った。



「…へ? ああ、……うん?」



その様子を見た凛は、また話を聞いていなかったのかと3度目の溜息を吐き、ダメだこりゃ、と項垂れて頭を振ったのだった。


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凛と別れたマキナは、図書室に赴いていた。読書用の本を漁りに来たワケでも資料を検索しに来たワケでもない。何度か“ここ”で見掛けたことのある人物を探しに来たのだ。その人物とは、普段ならまずマキナが探すことなど在り得ない人物。



「おや、どうかしましたか?マキナさん」



或いは無垢な少女のような笑顔を浮かべて、その人物はマキナの来訪を歓迎してくれたのだった。



「総主、少しお聞きしてもいいですか?」
「マキナさんから僕に質問とは珍しい…何でしょう?」



室内の読書用テーブルに腰掛け、何やらグリム童話を手にしていたレオは、マキナの気配に気付くと栞も挟まずにその本を閉じ、手前にある数冊の本の上に、それを重ねたのだった。マキナは、その中にナーサリーライムがあるのを見た。レオのサーヴァントである白騎士…ガウェインは、向かいの窓辺の横に控えており、マキナを見ると少し表情を固くしたがマキナはどちらにもそう意識はやらずに自分を真っ直ぐに見詰めるレオを見つめ返して続けた。



「この聖杯戦争に…ユリウス以外にも参加してるご親族がいらっしゃいませんか?」



その問いを聞いたレオは、目を丸くすることも無かった。今この場でその問いがマキナから投げ掛けられることは予期していなくとも…いずれ問われる可能性のあった問いだったのだ。レオは代わりに一度瞬きをし、マキナが続けるのを待った。



「とても長いプラチナブロンドの少女です。私は以前…彼女を貴方の屋敷でお見かけした事があります。名前は…“アリス”でしたでしょうか。総主のお母上のお名前から取ったのだと──」
「あんなモノはハーウェイの一員ではない」



その冷たい回答はマキナの背後から。振り向くまでもなかったが、此方に歩み来るのはユリウスだった。



「……いつ頃まで一員でしたか」
「彼女がこの世を去ったのは去年の冬のことです」
「サイバー…ゴーストですか…」
「恐らくそうでしょう」



ここまでのレオとユリウスの反応から察するに、二人もこのムーンセルにてありすを見掛けたことはあるようだ。

“サイバーゴースト”
簡単に言えば、霊子化された魂が、その本体である肉体を失っても電脳空間(サイバースペース)上に残り続ける現象を言う。去年の冬に還るべき肉体を失ったありすは、サイバーゴーストと化した。霊子化実験中の事故だろう。

レオも、ユリウスも、そしてアリスもハーウェイが最高の当主を造るための過程と結果…何れもデザインベイビーであり、その中の最高傑作がレオであり──不安定なユリウスやアリスは失敗作に当たる。失敗作…レオの予備にも成り得ぬ無用の長物ではあるものの、仮にも総主の子らである。彼らは制作者(うみのおや)の思惑はどうあれ、“それらしい”扱いは受けていた。事実マキナが見かけたアリスは、パステルカラーの子供部屋の中
溢れんばかりの玩具の海の中、極彩色の菓子に囲まれ…彼女は熱心に絵本を読んでいた。その光景を――マキナは廊下を歩きながら目にしたことがあった。欲しいものは何でも買ってくれる。だがしかし、籠の鳥はお外に出ることは叶わない。死後も“遊び続ける”彼女は、どんな妄執(ねがい)を拠り所に自縛霊(サイバーゴースト)として繋留されている。

何故、他でもない『岸波白野』と、遊びたがっているのか。白野が単に対戦相手だからなのか、気まぐれなのか――何か特別な意味があるのか…



「彼女は双子ではありませんよね?」
「ええ、違います」



ユリウスは兎も角、このレオが嘘偽りを口にする事は在り得ない。マキナが知りたかった情報は全て得られた。礼を述べてから去ろうとするマキナの背中に、レオが声を掛ける。



「マキナさんの2回戦のお相手は、既に敗退したと聞きました。」
「ええ」
「気になりますか?彼女のことが」
「はい、“サイバーゴースト”としての彼女のことが」
「なるほど。──今後もより一層の精進を」
「ありがとうございます」



頭は下げずに、横目でレオを一瞥してからマキナは図書室を出た。










「そーゆーワケで、今からいざ突入しようと思います」
「おー!」



14時5分前程にマキナがアリーナの前を訪れると、既に白野は待機していた。しかし、息を切らせていることから…まさかここまで走ってきたのだろうか。



「岸波さ、移動のコードキャストの使い方知ってる?」
「え…何ソレ…」
「…」



恐ろしい子である。
マキナの貸した礼装が有ったとはいえ、よくも一回戦を勝ち抜いたものだ。しかも相手はあのダン・ブラックモア。老兵とはいえ微塵も耄碌していなさそうな百戦錬磨の『女王の懐刀』に。何故か霊子ハッカーとしての知識が全く無い…ないし失われたままの白野の為、マキナは白野の情報端末にスクリプトを組み込んでやる。



「…君は天才か?」
「お、おう…」
「これで大抵の場所に…教会にすらひとっ飛びというワケか」



喜んでくれるかと思いきや、白野は深い溜息を吐いていた。どうやら今まで相当な距離を走り回っていたらしい。今日までの苦労の回想に耽る白野を尻目にマキナは次の作業に取り掛かろうとする。



「ついでにもう一つ…コレに通信機能を付けてもいい?」
「通信機能?」
「メールとか電話とか出来る感じの。同じアリーナに入れるとも限らないし…何かと役に立つんじゃないかなって」



今までその必要性もなかったので思いつきもしなかったし、白野以外に必要になりそうな相手もいなかったが…彼女との間にはあった方が便利だろう。何となく、金ピカ的な意味でも。



「是非お願い。これでいつでもマキナと話し放題…ってこと?」
「まあ…実際やってみないとどこまで通信できるかわからないんだけど…上手く行ったらそーなるね」



決戦場でも通信可能となると、戦闘中に指示を出すこともできてしまうが、少なくとも禁則事項の中に通信の制限はないのでペナルティになることは恐らくないだろう。簡易マニュアル付きで通信機能を組み込めば、漸く準備完了。白野とマキナは、同時にアリーナへの扉を開け放ち、中へと踏み出した。



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