凛と別れたマキナは、図書室に赴いていた。読書用の本を漁りに来たワケでも資料を検索しに来たワケでもない。何度か“ここ”で見掛けたことのある人物を探しに来たのだ。その人物とは、普段ならまずマキナが探すことなど在り得ない人物。
「おや、どうかしましたか?マキナさん」
或いは無垢な少女のような笑顔を浮かべて、その人物はマキナの来訪を歓迎してくれたのだった。
「総主、少しお聞きしてもいいですか?」
「マキナさんから僕に質問とは珍しい…何でしょう?」
室内の読書用テーブルに腰掛け、何やらグリム童話を手にしていたレオは、マキナの気配に気付くと栞も挟まずにその本を閉じ、手前にある数冊の本の上に、それを重ねたのだった。マキナは、その中にナーサリーライムがあるのを見た。レオのサーヴァントである白騎士…ガウェインは、向かいの窓辺の横に控えており、マキナを見ると少し表情を固くしたがマキナはどちらにもそう意識はやらずに自分を真っ直ぐに見詰めるレオを見つめ返して続けた。
「この聖杯戦争に…ユリウス以外にも参加してるご親族がいらっしゃいませんか?」
その問いを聞いたレオは、目を丸くすることも無かった。今この場でその問いがマキナから投げ掛けられることは予期していなくとも…いずれ問われる可能性のあった問いだったのだ。レオは代わりに一度瞬きをし、マキナが続けるのを待った。
「とても長いプラチナブロンドの少女です。私は以前…彼女を貴方の屋敷でお見かけした事があります。名前は…“アリス”でしたでしょうか。総主のお母上のお名前から取ったのだと──」
「あんなモノはハーウェイの一員ではない」
その冷たい回答はマキナの背後から。振り向くまでもなかったが、此方に歩み来るのはユリウスだった。
「……いつ頃まで一員でしたか」
「彼女がこの世を去ったのは去年の冬のことです」
「サイバー…ゴーストですか…」
「恐らくそうでしょう」
ここまでのレオとユリウスの反応から察するに、二人もこのムーンセルにてありすを見掛けたことはあるようだ。
“サイバーゴースト”
簡単に言えば、霊子化された魂が、その本体である肉体を失っても電脳空間(サイバースペース)上に残り続ける現象を言う。去年の冬に還るべき肉体を失ったありすは、サイバーゴーストと化した。霊子化実験中の事故だろう。
レオも、ユリウスも、そしてアリスもハーウェイが最高の当主を造るための過程と結果…何れもデザインベイビーであり、その中の最高傑作がレオであり──不安定なユリウスやアリスは失敗作に当たる。失敗作…レオの予備にも成り得ぬ無用の長物ではあるものの、仮にも総主の子らである。彼らは制作者(うみのおや)の思惑はどうあれ、“それらしい”扱いは受けていた。事実マキナが見かけたアリスは、パステルカラーの子供部屋の中
溢れんばかりの玩具の海の中、極彩色の菓子に囲まれ…彼女は熱心に絵本を読んでいた。その光景を――マキナは廊下を歩きながら目にしたことがあった。欲しいものは何でも買ってくれる。だがしかし、籠の鳥はお外に出ることは叶わない。死後も“遊び続ける”彼女は、どんな妄執(ねがい)を拠り所に自縛霊(サイバーゴースト)として繋留されている。
何故、他でもない『岸波白野』と、遊びたがっているのか。白野が単に対戦相手だからなのか、気まぐれなのか――何か特別な意味があるのか…
「彼女は双子ではありませんよね?」
「ええ、違います」
ユリウスは兎も角、このレオが嘘偽りを口にする事は在り得ない。マキナが知りたかった情報は全て得られた。礼を述べてから去ろうとするマキナの背中に、レオが声を掛ける。
「マキナさんの2回戦のお相手は、既に敗退したと聞きました。」
「ええ」
「気になりますか?彼女のことが」
「はい、“サイバーゴースト”としての彼女のことが」
「なるほど。──今後もより一層の精進を」
「ありがとうございます」
頭は下げずに、横目でレオを一瞥してからマキナは図書室を出た。
「そーゆーワケで、今からいざ突入しようと思います」
「おー!」
14時5分前程にマキナがアリーナの前を訪れると、既に白野は待機していた。しかし、息を切らせていることから…まさかここまで走ってきたのだろうか。
「岸波さ、移動のコードキャストの使い方知ってる?」
「え…何ソレ…」
「…」
恐ろしい子である。
マキナの貸した礼装が有ったとはいえ、よくも一回戦を勝ち抜いたものだ。しかも相手はあのダン・ブラックモア。老兵とはいえ微塵も耄碌していなさそうな百戦錬磨の『女王の懐刀』に。何故か霊子ハッカーとしての知識が全く無い…ないし失われたままの白野の為、マキナは白野の情報端末にスクリプトを組み込んでやる。
「…君は天才か?」
「お、おう…」
「これで大抵の場所に…教会にすらひとっ飛びというワケか」
喜んでくれるかと思いきや、白野は深い溜息を吐いていた。どうやら今まで相当な距離を走り回っていたらしい。今日までの苦労の回想に耽る白野を尻目にマキナは次の作業に取り掛かろうとする。
「ついでにもう一つ…コレに通信機能を付けてもいい?」
「通信機能?」
「メールとか電話とか出来る感じの。同じアリーナに入れるとも限らないし…何かと役に立つんじゃないかなって」
今までその必要性もなかったので思いつきもしなかったし、白野以外に必要になりそうな相手もいなかったが…彼女との間にはあった方が便利だろう。何となく、金ピカ的な意味でも。
「是非お願い。これでいつでもマキナと話し放題…ってこと?」
「まあ…実際やってみないとどこまで通信できるかわからないんだけど…上手く行ったらそーなるね」
決戦場でも通信可能となると、戦闘中に指示を出すこともできてしまうが、少なくとも禁則事項の中に通信の制限はないのでペナルティになることは恐らくないだろう。簡易マニュアル付きで通信機能を組み込めば、漸く準備完了。白野とマキナは、同時にアリーナへの扉を開け放ち、中へと踏み出した。
from Mayhem, to the NEXT...
[next]