der König und der Narr

Moving Mountainsstand my ground forever...


「道化」



教会の二階にある自室。そこで課題のプリントを答えで埋めるお仕事をしていたマキナ
は…本日何度目になるかわからない妨害を、現在進行形で受けていた。ワイングラスを片手に、マキナのベッドに我が物顔で寝そべっている男。優雅に寛いでいるが、要するに退屈なのだ。マキナは敢えて振り向きもせず、返事もせずに黙々と鉛筆を動かした。



「我のことを…王様と呼んでもよいのだぞ?」
「――…」



なんだそれ。
顔は見てないが、声は機嫌が良さそうというか得意そうというか…ドヤ顔で、さも寛大げに笑んでいそうな様子。マキナは一度だけ手を止めたが…数秒後、作業を再開した。その様子は、2m程度しか離れていない場所にいるギルガメッシュにも見えている筈であり…暫らくして、何を思ったか…再度念を押すように話しかける。或いは見方を変えれば…辛抱強く続けるその様は健気でもあった。



「我を王様と呼ぶことを特別に許す。」
「……」



マキナはとうとう、何ともいえない顔をして振り返ってしまった。ギルガメッシュは、相変わらず高低差的には自分より低い所にいるというのに…此方を見下すようにして偉そうにしている。その姿にマキナが反感を抱くことも苛立ちを感じることもない。ただ、アンバランス感は否めない。



「お前に我を王様と呼ぶ権利をやろう」



マキナがギルガメッシュの顔を見るばかりで反応しないので、無言の応酬に痺れを切らしたのか、ギルガメッシュはグラスを手にしたまま遂にベッドから身体を起こして歩を進める。マキナのすぐ傍までやってくると顎を掴んで上向かせ、そして、最早強要するように促した。



「さあ、その甘美な声で…疾く呼ぶがいい」



マキナはゆっくりと、2、3瞬いた。今更この赤い目の無言の圧力に怯むような自分ではない。暫しの逡巡の後、マキナはぽつりと呟くように呼んだ。



「王様…」



掠れて消え入りそうな声ではあったが、それでもギルガメッシュを満足させるには十分な効果を発揮したのだった。言葉には魂…言霊が宿るとはよく言ったもので、それはある種の呪にも近かった。
その言葉が、他ならぬこの相手の口から自分に向けて発せられるという事実が…無意識に震える程ギルガメッシュを高揚させたのだった。目には鈍い光が増し、口が大きく歪むのを憚ろうともせず。暫し、親指の先で何度かマキナの頬をなぞるように撫でた後にギルガメッシュは応えた。



「…なんだ?“道化”」
「――じゃない」
「なにっ!」



マキナはギルガメッシュの手を振り払ってから顔を逸らした。理由は答えずに、また作業に戻ろうとする。何事もなかったように。その様子に思わず舌打ちをしたギルガメッシュは声を荒げるのだった。



「何故否定した!ええい、たったこれだけのことすら満足に出来んのかお前は!」
「……王様じゃない。」
「!」



ボソッとまた念を押すかのように否定の言葉が呟かれた。再度プリント用紙に向かい合うマキナの眉間に少しばかり皺が寄っている。



「…王様、そんなこと言わないもん」
「――…何?」



そして、それよりも小さな声で呟かれた次の言葉を聞き取ることはできず、ギルガメッシュは聞き返すのだが――…“なんでもない”と言ってマキナはそれ以上続けようとしない。こうなっては何度問い質そうとも意地でも答えないだろう。この頑強な女は。



「お前にとって我は“王”でなければ何なのだ?」
「ニート」
「誰がニートか!」
「それかひよこ」
「き…さま……!我をどこまで愚弄すれば気が済むのだ…!?」
「別に愚弄してないし、率直な感想だし」



マキナは頑なにギルガメッシュを見ようとせずに、気だるく応答する。しかし、相も変わらず互いの主張が平行線というかねじれの位置にある。恐らくは、そのこと自体は互いに理解していると思われるのだが…。人間というものは度し難いほどに複雑で面倒な生き物だ。



「金か?金ならば腐るほどあるぞ」



そうかと一人で納得したギルガメッシュは早速宝物庫の扉を開き、ただでさえ眩しいゲートの黄金の光を多分に反射して輝く金銀財宝を覗かせる。そしてその様を見もせずに、マキナは段々細い線の書けなくなった鉛筆の先の角度を変え、答えの続きをひたすらに書き続けていた。



「別に金くらい私だって持ってるし…」



何と言ってもマキナはサーヴァントとしての固有スキル“金の卵を産む鶏”が付く前から莫大な個人資産があるのだ。その上パトロン(組織)まで付いている。



「何が不満なのだ?」
「別に不満なんかないです」
「ならば我を王と認めよ」
「…王様じゃないもん」



むくーっと頬を膨らませて不機嫌そうな顔をしていたマキナは…遂に立ち上がったのだった。プリントと鉛筆とナイフを持って。



「もーいいじゃん、面倒くさいなあ…別に私みたいな雑種に認めて貰えなくたって関係ないじゃん。私雑種で道化だし、わざわざ貴方が気に留めるようなものじゃないです!」



このまま続けては鬱陶しくて作業にならないと判断したマキナはさっさとドアの方へと向かって行った。大股で向かい、躊躇なくドアに手をかける。



「待て道化。まだ話は終わっておらんぞ…!!」



その呼び止めを無視してマキナは少々乱暴にドアを閉めて出て行ったのだった。










教会から外に出たわけではないだろうが、それでも何処にいるか検討が付かず。これもまた年中行事だが、言峰の私室のソファに乱暴に腰掛けたギルガメッシュはまたしてもその苛立ちを元マスターに向けてぶつけるのだった。



「一体どう育てばああも捻くれるのだ?あの愚鈍で物分りの悪い強情な女が…」
「ギルガメッシュ」
「ん?」



何だ、申してみよとばかりに見遣ったギルガメッシュの瞳には薄ら慵げに笑う言峰綺礼が映っていた。そんな言峰の右手が動き、自然とその先を追う。



「最近――…太ったんじゃないか?」



ここが、と言峰の右手は言峰自身の腹部にポンと宛てられる。ギルガメッシュは、彼にしては珍しく目を俄かに見開く。その発想は彼には一切なく、そして言峰が何を言わんとしているのか――言峰は相変わらず、彼もまた紅い瞳に気圧されることなく薄ら笑いを浮かべたまま続けたのだった。



「お前の事を頑なにニート呼ばわりするのもソレが原因じゃないのか」



何故だろうか。
本人ですら気付いていなかった言峰綺礼の魂の異質さを見抜いたのは他ならぬギルガメッシュその人だというのに。それでもその言葉を間に受けたのは。









地下墓所に隠れたり、ついでに設備を点検したり、プリントを完成させるお仕事を終えて余裕ができたマキナは自室へ帰り道…その途中にあるギルガメッシュの私室のような部屋…その、10cm程開きかけのドアに目を留める。何やら人の声も聞こえてくるしで妙に気になる。マキナは逡巡もせず、特に罪悪感もなく、そっと中を覗いた。

そして中の様子を一瞬だけ見た後、ダッシュで今来た道を戻ったのだった。



「げっほ、ゲホ!!」



マキナは言峰の私室まで来ると、一応一度だけノックした後。しかし相手の応答も待たずにすぐさまドアを開けると中に飛び込んだ。そして、床に土下座するように丸くなったかと思えば…やがて怪しく震え始めたのだった。一瞬、何事なのかとやや迷惑そうに振り返って見た後、マキナが笑いを堪えているらしいことを確認すると言峰は何事もなかったようにまた作業に戻ったのだった。突然現れて突然人の邪魔をする辺り、マキナもギルガメッシュのことを悪くは言えない。

やっと震えが収まった頃、マキナは立ち上がると言峰の方へと近寄って行った。



「キレー……何か吹き込んだよね…あのヒトに」
「何故私だと思う?」
「いや、タイミングとかいろいろ」
「お前の為にギルガメッシュが体を鍛えていると?自意識過剰だろう」
「エー、だってココへ来て初めて見たんですけどー、あとやっぱタイミング的にあやしすぎるっていうかー」



椅子に座る言峰の背後にわざわざ立ち、後ろでにやにやと嫌らしい笑みを浮かべる女子高生が一人。この女をここまで喜ばせることになったのは失敗だった。



「それにムーンセルでは私の為に鍛えてくれたもん…同じように“全く簡素な試練(ブルワーカー)”で。霊子体だからカンケーないのに…」



ムーンセルでの姿と、今回の姿。その様子をまざまざと思い出してしまったのか、マキナはまたしてもその場にとすん、と座り込むと自身の膝に顔を埋めて震え始めたのだった。



「…かわいい……かわいいよう……」
「随分と楽しそうだな」
「ねー、キレーも思うよね?王様かわいいよね?ね?」
「私には理解できんよ」
「でも面白がってるくせに」
「お前程ではないがな…──それよりマキナ、アレは“王様”なのか?」



言われたマキナは、実際に「あっ」と声をあげて固まった。



「…王様じゃなかった…」
「強情だな」
「だって王様じゃないもん」



頬を膨らませて顔を言峰から背ける。そして急に気が削がれたのか、マキナは立ち上がり、言峰の背後を取るのをやめ、部屋の中央部あたりで一度立ち止まる。ブラブラと床を蹴る仕草をしては、俯き加減に一人言ちた。



「…私のことなんて意識の外に追いやっちゃえばいいのにな…」



まるで、嫌いになって欲しいかのような言い草。しかし、見るともなく床の上に視線をやっていたマキナの表情はどこか寂しげだった。やがて顔を上げ、マキナは前を向きなおした。どうやら部屋に戻る決意をしたらしい。



「──本当の王様に会いたい」



そんなコトを、ポツリと呟いてはドアノブに手を掛けようとした。その時、ドアノブは一人でに回り、自動ドアでもないのに一人でに開いたのだった。



「我を呼んだか、道化」



ドアの向こうに居たのは、金ピカのあのヒトであった。ひとブルワーカーを終えたからか、うっすらと汗が滲んでいる。マキナは思わず目を逸らしてしまったのだった。無意識に開けていた口を、何とかゆっくりと閉じていく。



「――…」



この、胸にこみ上げてくる言いようの無い感覚は何だろうか。少しだけ目が翳ったマキナを不審に思いながらも調子は崩さずにギルガメッシュは続けた。



「どうした、我が美男子過ぎて直視できぬか?」
「……」
「?」



俯き気味に黙っていたマキナの二の腕をギルガメッシュが掴んだとほぼ同時にマキナはその、目と鼻の先にいる男をゆっくりと抱きしめた。その動作は予想外に過ぎたが、とても自然で
抱きしめられた当の本人はその瞬間、それを受け入れる姿勢を取ることも拒む事もできず…否、せずに。目下の少女にゆっくりと目を向けた。ギルガメッシュの胸に顔を埋め、マキナは深呼吸をする。



「…そんなに我に逢いたかったか」
「王様の…匂いがする…」
「む…」
「王様じゃないのに……」
「我こそが王だ、莫迦者」
「……」



少女の柔らかい肉体が、より隙間無く密着し、その少し温度の低い身体に自身の体温が浸透していくのが心地良い。減らず口は相変わらずだし、素直でないのも赦し難くはあるが、大目に見ようと。
やっとのことでギルガメッシュがマキナの背中に手を伸ばそうとしたその時…マキナは最早未練も無さそうに、或いは用は済んだとばかりにギルガメッシュの身体を解放した。



「どこへ行く、マキナ」
「リンリンとバッティングセンターに行って来る!」



既にマキナの行動パターンが読めているのか、だっと駆け出したマキナの様子から、教会の外へ出て行くだろうことを察知した言峰はマキナの背中へ声を掛ける。見方を変えればまるで父と娘のようだ。



「我も行くぞ、道化。我の華麗なバッティングを見れば流石のお前も我を王と認めざるを得なくなるだろう」
「来なくていーです!」
「ならば我のギルギルマシンで送ってや…」
「結構です!」



ならば王として寛大なところを見せようとしたものの、そんなギルガメッシュを一度も振り返ることもなく、マキナは教会から消えうせた。



「…まだ鍛え足りぬか?」



未だ王であることを否定されたまま。ギルガメッシュは首を傾げながら自室へとまた戻っていく。そうして言峰の私室から嵐は去ったのだった。
















「な…に持ってるんですか………?」



凛と落ち合って一時間程の間、互いに意味不明なセリフを口走りながら力任せに打ち続けていた。そろそろ時間も時間だし、夕食を作らなければ…凛と別れ、マキナが教会を出てからおよそ二時間半後。夕食の買い物も済ませて出戻ったマキナの目に異様な光景が。



「汗を拭っている」
「いや、それは、そうでしょうが…」



普通スポーツタオルとか使うモノだし、百歩譲ってもそれ、ハンカチですらないんですけど…と…マキナは冷静なセリフとは裏腹に混乱していた。おかしい。理解不能な光景が正に今ココにある。洗ったばかりのマキナの下着を手に、優雅に額の汗を拭う金ピカ男。



「喜べ道化」
「えっ」
「お前は我の匂いが好きらしいからな。こうして我の匂いを…」



附けてやっているのだ、と皆までマキナは言わさなかった。 ゴスッ ズゴッ と二度に渡って響き渡る打撲音。



「き…さま……何をする…!!」
「…!!…、……!!!」



絶対不可避の脛蹴りを二度も受け、流石の英雄王も膝を折る。この時代では久し振りに、珍しく耳まで赤く染まりあがったマキナが、相変わらず振り返りもせずに走り去っていく。



「待て、入浴するというならばコレを早速…」
「…!…………死ね!」



そうして帰宅早々、泣きながら廊下を走っていくマキナを見て言峰がニヤニヤ笑っていたとかいなかったとか。


(相変わらずひでぇ話だ…拍手話として軽く書き始めたものの少し長くなったので短編の方に。一応、SNで頑なに王として認めさせようとするのは、Zero時のジェスターのことをギルガメッシュがそれなりに認めているから、でもあります。)
(2012/05/08)







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