moving mountains :03



そこは地下墓所(カタコンベ)と呼ぶには静謐さの欠片もなく騒々しい場所だった。立ち込める臭気も怨嗟も、無音の叫喚も、一般的な感性を持ち合わせた人間に不快感以外の感情を与えない汚濁の空間だった。

案内されたマキナは、しばし言葉を持ち得なかった。どうか?と聞かれても、首を傾げるしかない。



「えーと…彼等は何かの修行の最中ですか?」



やがてマキナが訊いたのは、ともすれば的外れに思えるようなことだった。しかし…それは自然に湧いて出た疑問だった。寧ろ、マキナにしてみればそれ以外にこの状況はありえない。



「コレは食料だ。ギルガメッシュのな」
「ご飯…!?ヤダ…こわい……王様ばけもの…!」



聞かされた答えに、しかし今度は少々不真面目に狼狽してオーバーリアクションを取ってみせた。しかし眉根は顰められたまま。その簡潔な答えが意味するところが理解不能ということではない。棺に納められた者達の魔力か生命力かを搾取してギルガメッシュに供給しているということだろう。しかしそれでも、マキナには、“マキナの常識”に照らせばやはり理解不能なのだった。

棺に納められた者達に総じて四肢はなく、腐り乾涸びている。中にはその干物のようになった身体を、ポスターかのように壁に打ち付けられている者も。彼らは総じて苦しんでも辛そうでもなく、ただそこに在った。否、そういう表情をする機能が最早働いていないのだ。しかしよくよく耳を澄ませば、或いは耳鳴りかと錯覚するような音を…微弱な電波のように絶えず発し続けていた。

不可視、無音の状態で宝具を展開し、マキナは彼らの脳波に始まり遍く電気信号を読み取る。そこでやっと、彼らが苦痛を感じていること…しかし感じることすらも既に疲れてしまったことを知った。そうして暫しマキナが黙っていたからなのか…言峰の低い声が、空洞に響きながらやけにゆっくりと言葉を紡いだ。



「どうした、何故そんな顔をする?八十二億もの人間を死に至らしめた君が…まさかこの光景を不快と感じる筈はないだろう」
「…!」



 八十二億…?
ふと、その言葉にマキナは眉根を傾げた。しかし、その後…一度だけ無意識に笑みが零れた。とても優しく、安堵したような微笑だった。その数字の意味するところを考えれば笑まずには居られない。

一瞬怪訝そうな表情をし、その後すぐに微笑んで、最終的にまた眉根を傾げているマキナを、言峰がどう思ったかはわからない。ただ此方もマキナと同様に顔を顰めていた。



「不快と感じています。理解に苦しむ光景です」



マキナはしっかりと答え、そうして言峰は変わらず冷淡な視線で理由を問うた。



「私の感覚からすれば凄く非合理的な装置だし、何となく誰かさんの趣味に走ってる感じがするし」



 でもまあ、別にいいんじゃないですか。とマキナは余り興味もなさそうに装置から目を背けた。自分が常識を語るわけにはいかないし、語るつもりもない。ただ、実際にそれが誰かさんの趣味だった場合、それがあたかも“あの男”の趣味かのような含みがあるとすればそれが気に入らないだけだ。それが非道いことだから気に食わないのではない。人道的だろうと非道だろうと“彼”には彼なりの美学があるのだから。



「合理性か…。何年かはそれなりに効率良く苦痛(たましい)を搾取できていたのだがな…最近ではあまり用をなさなくなっているのも確かだ。不要になる日も近い」
「…!」



 成程、と一度頷いて答えた言峰の言葉を、マキナもまた…無意識に何度か頷いて話を聞いていた。



「人の苦痛がサーヴァントの糧になりうるんですね…」
「サーヴァントは人の魂を喰らう。人の精神や原感情を魔力に変換し糧とするのだ」
「へー…」



魔術師(ウィザード)のマキナは、当然といえば当然だが魔術師(メイガス)の知識に明るくない。だから言峰の発言を新しい知識として純粋に吸収する。勿論そんなマキナの様子を見て言峰は不審に思っていた。彼女は未来の聖杯戦争を戦い抜いており、尚ジェスターの知識は豊富だった。しかし、そうでなくとも彼女の発言は突飛でその反応は予想外。今はその疑問も胸に留め置く。



「…なら別にそれがどういう感情でもいいワケですよね…」
「とはいえ人間の中で最も強いエネルギーを持つのが負の感情だ」
「馬鹿な。憎しみが強いエネルギーを持つなら、愛情だってまた然りの筈です」



言峰の言葉を即座に否定し、勝手な自論を押し出し、尚楽しそうに両手を併せてマキナは目を輝かせた。



「すると──私の王様に対する愛情を魔力に変換したら…永久機関ができます!」



 剰え、スゲー、私スゲーと自画自賛をするマキナ。地下墓所(カタコンベ)で生ける屍に囲まれながら幸せそうに微笑む彼女は、異常者以外の何モノでもなかった。



「そうか。何なら君もこの棺に入ってギルガメッシュの食料となってはどうかね」
「私の愛を食べて生きる王様ですか?ロマンチックですね…。でも――…私を魔力源としてフル活用したいのなら、原子炉にでも放り込んでおいた方が余程効率が良い」



そう言い、マキナは覗き込むようにして言峰に笑い掛けた。いやらしい笑みを浮かべる彼女の様子を不快に感じるでもなく、言峰はただ無表情にマキナの視線に応じた。



「今ので大体予想が付いたんじゃないですか?私の魔力供給のからくり」
「…意図的に隠していたのではなかったのか?」
「ええ、でもちょっと神父さまと取引したくなったので予定変更です」
「…取引だと?」



マキナは、再度棺の群れを見遣ってから言った。



「もういらないなら、コレください」
「…何?」
「くれるなら、私が代わりにギルガメッシュとランサーの魔力を供給します。こんな非効率的な装置なんかよりよっぽど満足に、潤沢に供給できます」



これほど破格な条件の取引はないだろう、とばかりに、踊るように両手を広げて見せるマキナに、言峰の眉間には硬く皺が刻まれたままだ。そこでマキナは、引き続き正しく自身のスキルについての説明をする。



「私には永久機関(偽)(エネルギー・インテーク)というスキルが備わっています。このスキルは、私の周囲のありとあらゆるエネルギーを魔力に変換し、蓄積することのできるものです。私は愛憎でもなく…電気で動かせる“機械”の如き次世代のサーヴァントなんですよ」



マキナは、歌うように告白した。これなら、こんなスキルを持っているのならば、持ち出した取引が成立しない筈はないだろうとでも言いたげに、自信ありげに。だが、それ故に言峰の疑問は大きくなる。



「何故そうまでコレを欲しがる。君にとってどういう価値がある?」



矢張り、自分の愛する男が非人道的な方法で生き永らえることが我慢ならないのか?言峰の疑問は当然の事だった。使い道のない無用な屍体を何体も、誰が欲しがるというのか…マキナの取引は不審極まりない。



「何故か?は、神父さまが不要だって言うから。あと私にとっては大して価値はないです」
「では、誰にとって価値があるのだね?」
「さあ…誰かにとって。私の所属する組織の中の」



そう言ってマキナは肩を竦めて見せた。



「神父さまが彼らを私に見せた時点で、私に選択肢が発生してしまった。私が彼らを見捨てれば彼らはじき死ぬし、助ければ生き続ける。遺憾ながら私は彼らの生死に関わる事になってしまいました。」
「――君が助けたところで彼等が生き永らえるとは思えんがな」
「まさか。」



言峰と向かいあっていたマキナは、横目で再度“彼等”を見遣り…そうして再度言峰に視線を戻して言う。



「アレだけ形が残っていれば、元の姿に戻すのは大して難しいことではありません。神父さま、私は未来の人間です。私の時代…全身火傷を元通りにするのも…欠損した四肢や臓器を再生するのも、金さえあれば可能なことなんです」



故に、殆ど肉体が壊死している彼等であろうと、修復は可能だと。余談だが、或いは霊子化の技術も駆使すれば、脳の再生も可能である。バックアップを電脳空間上におき、緻密に組み込みながら新しい脳を培養する。勿論技術として漸く確立したというだけで、一般社会に浸透するには程遠い。しかし、カネと時間さえかければ人一人を総改換することが可能なのである。それは究極の話だとしても、一部の部位を再生する程度は一般人にも可能。例えば戦争で負傷した兵士達…前時代まではもう二度と戦地に立つことは不可能な怪我も、治そうとすれば完治してしまうのである。そして──…攻撃によって傷ついた一般市民たちもまた同様に。

“人権”、“国の責任” そういたものを声高に叫ばれれば…国は彼等の面倒を見なければならなくなる。その、人口過密の時代に──数十年前と比べ大廉売、価値の暴落したヒトの…その“死に損ない”を、国の財政を破綻させてまでどうして面倒を見る必要がある?そう、そして技術が進歩し人体すら容易く復元できるようになってしまったからこそ、余計にヒトの価値は暴落し続ける。何れ命の復元さえ可能になるとすれば──最早分け与えるパンすら足りないというのに、無理をして、どうして生き永らえさせる必要があるのか

故に、可能な限り死亡率が高く、生還率の低い凶悪な兵器が望まれた。寧ろ、死亡率の低い兵器こそが非道であるかのよな国々の暗黙の共通認識。そしてマキナも、望まれるが侭に造った。否、元より彼女の生み出す兵器はその未来に於いても尚遠く先行く性能を持つ。子供の喧嘩に核爆弾を持たせるようなもので、よって些細な紛争で大勢の犠牲者も出る。──何より、人口過密の時代。同じ兵器を使っても、単純計算で現代よりもマキナの時代の方がより多くの犠牲者が出せる。

ヒトを生かす為の技術に携わり、ヒトを殺す為の技術を拓く。マキナだけではない、“開拓者”の常である。だが、自身を矛盾しているとマキナが自嘲したことはない。彼女にとっては、“そこにただ、そういう事実がある”だけなのだ。

――しかし人間の繁殖力もかくや。それ程の無慈悲と非道を以ってしても減らない人類の数──

未来を生きていく若者だけではない。老い先短い老人ですら、若者達に希望を託すことすらできず、世界は冥暗としていた。



「…君の所属する組織とやらは、廃品回収でもやっているのかね」
「…ある意味、それに近い側面も持っているかもしれません」



閏賀科学技術研究軍産複合体(USTMiC)――現代の日本に於いて、存在する筈の無いモノである。その組織の全容はマキナにもまだわからない。



「ただ、何よりも前に。この国の人間は総じて閏賀の“財産”です。我々組織の人間に許可される殺人、その対象は“どうしても殺したい相手”のみ。だから彼らのような“どうでもいい人間”の生き死には、組織に委ねねばならない。我々には組織の財産を守る義務がありますから」



一般常識に照らせば、横暴で破綻しているようにも思えるその論理。だが言峰も、その“組織”の存在自体は知っている。十年前の聖杯戦争でも、この組織はマキナを通じて多大且つどうでもいい関与をしてきたのだ。勿論その組織が何のために存在し、どういう活動をする組織なのかは知らない。ただ一つ確かなのは…この組織が通常、“人間が関わるべきではない”組織だということだ。この組織は、人間どころか魔術師や聖職者達の常識からも遠く乖離した位置に在る。人ならざるもの達の手によって運営されるものだ。



「組織は“三界に家亡き帰依者の拠り所(くに)”であり、彼らは正に該当している。そして…彼らは“特異な体験”をしていますから、必ずや組織の気に入ることでしょう」



淡々と語り続けたマキナの話を…僅かに残された聴覚で聞いたモノ達の中に、どういった感情が生まれただろうか――?マキナのその熱くも冷たくもない瞳と声に、言峰は陰鬱に哂った。



「十年もの間生ける屍となって魂を削られてきた彼らを…まだ道具として酷使しようというのか。…流石の私も同情を禁じえないな」
「確かに、救済は時に無慈悲な蹂躙よりも残酷です。でも仕方がないことです。彼らにはまだ“欲求”が残っている。“生きたい”、“楽になりたい”、“助けて欲しい” 欲しいなら対価を支払わねば。働かざる者に食わせる飯はありません」



そう言い、マキナは今度こそ熱く燃え滾るような瞳で彼らを見下ろした。



「…交渉は成立でしょうか?それとも決裂ですか、神父さま」
「彼らを君に引き渡す代わりに、君が二人のサーヴァントの活動に必要な魔力を不足なく供給する。いいだろう、コレは君の好きなようにするがいい」



その答えを聞き、マキナは無邪気さも滲ませて微笑んでみせた。そして改めて棺の群れに向き直る。今まで、中の獲物を生かさず殺さず、そうしてその魂を削るように搾取していた棺の動きが止まる。生命線を断たれた彼らは一秒とて生き永らえることはできない。故に…棺の機能が停止すると共に、沸き立つように現れた造形物が彼らを包み込んでいった。



「案ずるな、我々は“始まろうとしている”人間を見捨てない。それでもお前たちは全き人間なのだから、自らの有用性を証明してみせろ。さすれば──お前達の望むものを総て与えよう」



そう、まるで悪魔が人間に持ちかける契約のような組織の“代弁”をし終わった頃…地下墓所は、近未来の集中治療室へと様変わりしていた。空洞が機械で埋め尽くされるのとほぼ同時に、言峰は、誰かが階段を登り、去っていくのを察知していた。“誰か”は言うまでもなく。マキナもその気配に気付いていたかはわからない。やがて二人も地下を離れ、あとには今度こそ安息を夢見ることの叶った子供たちが残された。

Moving Mountainsstand my ground forever...

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