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「マキナ…君にその“能力”があって正解です」



そしてしばらくしてからその部屋にいるのは、同い年程の二人の少年少女である。丁度マキナが自分と同じ年代になるように調整して若返りの薬を飲ませたはずなのだが、出来上がったのは、大きさも自分よりひと回り程小さい生物。

通常、この年なら下手をすれば男子よりも女子の方が身体的にも成長するが…この半幼女マキナは背がギルガメッシュよりも低いだけでなく、その見た目と中身もやはり妙に幼く、ジト目で自分を睨んでいるものの全く迫力がない。



「…なんで?」



そして…あの豊かなプラチナブロンドはそのままに、アメジストの瞳は大人の節度を知らないが故に、翳りもなくいつも以上に輝いている。今だってマキナは生意気だが、こんな年齢から純真無垢で、生意気だと…逆にこの年にしては大人びたギルガメッシュにしてみれば、いじらしい…というよりは寧ろいじりたくなるというか。

相も変わらず頭上で両手を拘束されているマキナは、その年でけしからん程にいやらしい気がするのは、服がブカブカな所為もあるだろう。



「そんな幼い時からエロエロなんて犯罪です、君がただの無力な少女だったら…今頃とっくに鬼畜な男共の慰み物にされてますよ」



要するにその人目を惹き過ぎる容姿よりも、彼女の天才的頭脳(一部)に大人たちは価値を見出していたが為に、マキナの純潔は今まで保たれていたのだと。ただ見目麗しいだけの少女であれば、その動乱の時代──人攫いに遭うなり性犯罪者の餌食になるなり、無事では居られなかっただろうと。そう言いたいらしい。

腹立たしいことではあるが、西欧財閥がレオの婚約者にと早くから目を付けていたのも幸いだろう。

唯我独尊、全てが自分の為にあると考えるこの王にとっては、今となってはマキナの頭脳も、レオとの婚約話も――全ては…ムーンセルで自分と出会い、それまで純潔でいる為にあった、必然のことなのだと思えた。そう考えれば渾て赦すこともできよう。何も荒唐無稽でも飛躍でもない。全ての偶然は必然であり、それこそが運命なのだと

そんなことを考えながら、相変わらずマキナを見下ろす。



「ま、いつもの君も充分幼いですけどね。そんなマキナに欲情してる大きいボクも同じ穴の貉ですが」
「あのね、ギルガメッシュ」



それでもむくれたままだったマキナが──この小さいマキナが、ギルガメッシュの言うことをどこまでどう理解していたのか、それは未だ幼年体のギルガメッシュにもわからない。だから一先ず、目を瞬いてマキナの言葉の続きを待つ。



「そんなことよりあたし早くコレ解いて欲しいんだけど」



言われたギルガメッシュは、余計に目をぱちくりさせてから…何故か大笑いし始めた。



「あははは!昔のマキナって一人称が“あたし”だったんですねー」
「そこ笑うとこじゃないから」



それでもくすくすと笑い続けるギルガメッシュに、マキナは不機嫌そうに、鎖で縛られた両腕を振りほどこうともがく。否、寧ろ暴れる。お陰でギルガメッシュが意図しなくとも鎖は益々締め上げる。幼いマキナはこの鎖がどういう宝具か理解していないのだろうか?ぎりぎりと食い込む鎖に、その痛みにマキナは顔を歪めていた。

なので、溜息を吐きつ、意図的にその鎖を緩めてやる。解きはせずに。



「暴れるの逆効果だってわかってるでしょ?」
「うるさいな、早くほどいて」
「人にモノをお願いする時はそんな言い方じゃダメです」
「早くほどけ」
「わかってないなあ…その生意気なところが男の嗜虐心をそそるんだってば」



いつものマキナならば、ここで泣きそうな顔でも見せて…そうしていつものギルガメッシュはマキナの涙が苦手なので、早々に解いてやるかもしれない。そして場合によってはマキナはその隙を突いて逃げ出す。が、幼年体のマキナは涙ぐむなんて芸当を思い付きもしないし(普段のマキナとて意図的に泣くことは殆ど無いが)そして幼年体のギルガメッシュは、例えマキナが目に涙を浮かべても離しはしない。

優越感に浸りながら見下ろすギルガメッシュを睨んでいたマキナは、先のギルガメッシュ同様、何かを思いついた…というよりは何かを心に決めた様子で、涼しげに目を眇めた。



「そ、ギルがそのつもりならあたしもギルで遊んでやろー」
「!」



その宣言の直後、ギルガメッシュの両腕が彼の意志に全く反して頭上に上げられ――マキナと同じような格好にさせられてしまった。マキナと違い、何かに腕を掴まれているワケでもないのに、どれだけ動かそうと脳が命じても、身体が言うことを聞かない。



「そうか…マキナも宝具を…!」
「このまま正体不明にしてとんでもないことしちゃおっかなー」



宝具『億死の工廠』の内のひとつ。体中を駆け巡る電気信号を遍く乗っ取り、意の侭に操る装置の具現化。普段のマキナならばまずギルガメッシュに対し使うことはないが、憚りがないのは、幼年体のギルガメッシュだけではない。ギルガメッシュの優位性は失われ、イーブンに。しかし幼年体のマキナが本気で言葉通りギルガメッシュの自我すら操ってしまえば完全に優位性はマキナに移ってしまう。



「…降参です」



やれやれと溜息を吐きながら、天の鎖からマキナを解放してやる。自由になったマキナは、にっこりと笑って言った。



「ふふ、素直でよろしい」



 億死の工廠を侮るなかれよ、などと言いながらも、此方も素直にギルガメッシュを解放し、そうしてマキナは勢い良く起き上がって、自分の上のギルガメッシュを退かせる。それこそ先程のギルガメッシュと同様、眼前で満面の笑みを浮かべて見せたが、畳の上に突いていた両腕の手首に痛みを感じたのか、また顔を歪めた。そして、自身の両手首を交互に見てからギルガメッシュを睨む。



「赤くなってる。」
「…マキナが暴れるから」
「謝罪とばいしょーを要求する!」
「して欲しいなら幾らでもしてあげますよ、そんなの」
「えー…つまんない…」



何がつまらないのかはよくわからないが、ぶーぶー、と頬を膨らませて憤慨するマキナの頭をとりあえず謝罪と賠償の意をこめて、撫でてやる。するとそれを受け取ったマキナはすぐさま、顎を撫でられた猫のように気持ちよさそうに――そしてとびきり嬉しそうに喜ぶので、一体この生き物は何なんだろう、とギルガメッシュは苦笑した。



「もっと撫でて、もっともっと」
「マキナは撫でられるの好きなんですか?」
「ふふふ…誉めて撫でればよく伸びる子なんです。」
「よく伸びますか?背はあんまり伸びてないみたいですけど」
「内面的なものが伸びるんです!」



撫でれば撫でるほど本人の言葉通りよく喜ぶので、ギルガメッシュも調子に乗ってマキナの頭をくしゃくしゃにする。ここまで撫でてやれば結構内面的なものが伸びたのだろうか。自分に対する怯えなどは微塵も見られず、にまにまと微笑むマキナを見て、ギルガメッシュは何故か心が痛む。



「そうやって大人達を誘惑していたんですか?マキナは」
「なでなで?誰にもお願いしたことないよ」
「本当に?」
「だって大人は信用できないもん」



依然、笑顔に翳りを見せずに言い放つマキナ。そんなセリフは、嬉しそうに言うようなモノではない。



「マイアミはイイ人だったけどねー、でもマイアミはししょーだし、ライバルだからなでなではしてくれないしお願いできないなー」
「マイアミ?」
「うん、ちょうちょの人!」
「…」



話す言葉や考えの飛躍はこの頃から既にあったらしい。本人にも詳細に説明する気がなさそうなので、黙って話を聞いてやる。三歳の頃からマキナは兵器開発に関わっていたというが…こうして見ていると、この年に寧ろ不相応な程にマキナは幼い。マキナが幼年体のギルガメッシュに対して感じる得体の知れなさを――逆に、幼年体のギルガメッシュが、幼年体のマキナに感じていた。『無垢なる暴力(フローレス・バイオレンス)』とはこの頃に付いた渾名なのかもしれない。

ギルガメッシュ自身が一般常識で到底測れない成長過程を辿っているが、マキナはマキナで歪んだ幼少時代を過ごしているのか。そう逡巡していると、またいつの間にかマキナはギルガメッシュの赤い瞳を間近で覗き込んでいたのだった。



「心配しないで?あたしがこんなコトお願いするのギルだけだから」
「……」
「ね、ギルはあたしのこと好きでしょ?」
「当然です」
「ふふ、あたしもだーいすき」



笑う。幼いマキナは何度でも笑う。そうして今度は自らギルガメッシュに抱きついた。下手をすれば、ギルガメッシュが息をするのも苦しいくらいの一途で稚拙な抱擁。その息苦しさが、少年には心地良くすらあった。



「…マキナ」
「なあに?」
「ボクはね、君にこうして欲しかっただけなんです」



此方も負けじと抱き締め返す。
幼年体のギルガメッシュに対して、少女マキナはいつだって遠慮がちだ。怯えているフシすらある、勿論ギルガメッシュ自身がそうさせてしまっているのだが。いつも彼女が遠慮なく大きな自分に対して抱きつくように、心の底から、一切の躊躇いなく自分を求めて欲しかった。自分自身に嫉妬するなど矛盾しているかもしれないが、幼年体の自分とて同じように、負けない程にマキナを愛しているのだから…不満に思うのは当然のことだろう。

甘えて自分の肩口に頭を預けてくるその様子が嬉しかった。こんなことならばもっと早くに彼女をこうしていればよかった。

しばし互いに身体を預け合った後に、マキナは悲しそうにしてギルガメッシュに言った。



「ごめんね?大きいあたしがこんなことしたら、あたし警察に捕まっちゃうから」
「…」



外面を気にして遠慮していたとでもいうのだろうか。当然それもあるだろうが、正直、それ以外の理由もわんさかとあるだろう。しかし小さいマキナなりの気遣いなのだろう。大きい自分も、小さいギルガメッシュを愛しているのだと。

しかし最早、少年ギルガメッシュの心は満たされた。慰めるように自分を見つめるマキナを、もう一度抱きしめてからギルガメッシュは話し始める。幼いマキナを、ある意味試したかったが為に少々攻撃的な色を含んで。


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