from Zero :05


「……ねえ旦那ァ」



セイバーを…オルレアンの聖処女を迎えに行かんと営々準備に勤しむキャスターの様子を、どこか落ち着きなく見守っていた龍之介だったが、遂にキャスターを呼び止める。龍之介が言うか言うまいか悩んでいた時間はおよそ半刻にも及ぶ。遠見の水晶玉で倉庫街の戦いを見てからというもの…キャスターは号泣しながら聖処女の復活を喜んでおり、未だ恍惚とした様子でいるし、龍之介自身尊敬(リスペクト)する彼の至福の一時に水を差すのも気が進まなかった。

準備といえど、キャスターが何をどう準備しているのか、その行動を注視してみても、何がどう準備なのか皆目検討が突かない龍之介だが…秒針音のように、常に聴こえていた筈の嗚咽のハーモニーがすっかり消えていた――

逡巡…ささやかな葛藤から我に返り、そのことに、ふと気付いた時。ああ、今言わなければと決意しての呼びかけだった。



「何ですか?リュウノスケ」
「ついでと言っちゃナンだけど…あのジェスターって子も迎えにいかない?」



何となく、怒られるだろうと予測していた。何しろ、キャスターが眼球を剥き出しにして見入っていたのはセイバーの少女のみで、ジェスターには全く意識を向けてはいなかったのだから。恐る恐る訊いた龍之介に、キャスターは暫しの沈黙の後、一層目を剥き出しにする。――ものの、何を言うでもなく、龍之介をじっと凝視していた。



「オレ、あのコに結構興味があるかなー……って、ダメ?」
「……」



この沈黙はなんだろう。
まだ一喝された方がマシだ。居ても立ってもいられずに龍之介は一生懸命弁解した。



「だって82億人を殺したギネスな大量殺人者だよ?スゲェじゃん!超Coolじゃん!!どうやって殺して回ったのか毎晩ピロートークしてもらいてーっ!」



少年のように目を輝かせて主張する龍之介を見て、しかしキャスターは、憐れむように目を伏せ、そして首を横に振ったのだった。



「おお…なんと嘆かわしい…リュウノスケよ、あのような魔女に心奪われる事などあってはなりませんよ」
「えっ…何で?魔女なの?あの子」
「疑う余地もありません。我が聖処女の神々しさと比べれば、あの小娘のなんと卑しく醜いことか…」



そんなに醜かっただろうか?と。龍之介の目にはただの美少女にしか見えなかったのだが、確かにアーチャーも正視に堪えない程醜いと吐き捨てていたし、ジェスター自身も、醜悪だと自称していたことを思い出す。しかしそれも…彼女が大量殺戮を犯し忌み嫌われているからの評価であって…とすれば、“そんな理由”で醜いと言われる彼女が不憫ではないか、と。龍之介の美的感覚が他人に受け入れられないのと同様に、あの少女は不当な評価を受けているのではないか?そう考えれば龍之介は憤りすら感じるのだ。

“君こそが美しい”のだと、是非にでも彼女に伝えてやりたい。そして、そんなジェスターを同様に“美しい”と言い切った彼女のマスターもまた、龍之介と意気投合してくれるに違いない、と。

キャスターは、龍之介の芸術を理解した初めての人間だった。そして――まさか、女性で龍之介の感性を理解出来るかもしれない存在が現れるなんて…そこまで飛躍を進めた龍之介は、何だか自分にも“セイハイ”って奴が見えてきた気がしたのだった。まず間違いなく、“セイハイ”は存在し、それはキャスターの言うとおり万能の願望器だ。何故なら…セイハイセンソウに巻き込まれていなかったら、龍之介はキャスターやジェスター、そのマスターの存在を知ることすらなかったのだ。これを奇蹟と呼ばずして何を奇蹟と呼ぼう?一人気を昂ぶらせ、笑顔を滲ませる龍之介を見ながら、キャスターは悩ましげに溜息を吐いた。



「いいですか、リュウノスケ。あの魔女めは我らの同志にも成り得ません」



キャスターは辛抱強く言ってから、またしても首を振った。彼の言う“醜悪”と、龍之介が考えている“醜悪”とは質を異にするのだ。穏やかに龍之介の間違いを正してくれようとしているらしいキャスターだが…それこそ熱に浮かされている龍之介にとっては納得が行かない。彼は彼でまた、青髭の旦那はあの子を誤解しているに違いないと、どうにか説得を試みようとする。まずは何でもいい、彼女達と会う口実を作らなければ。



「だとしてもさ、二人とも超可愛いし…イイ素材になると思うよ…?」
「そうですね…その点については異論はありません。あの娘達の苦悶に歪んだ表情は…最高級の芸術作品になるでしょう」



同意の言葉を訊いて、俄然目を輝かせる龍之介。キャスターとしてはあまり気乗りがしないことには変わりないのだが、マスターのそんな表情を見ては、頭ごなしに否定し続けるのも、彼とて気がひける。それに龍之介はまだ若い。若者は失敗を重ねていかねば成長しないのも確かだ。



「では、私が聖処女をお迎えする間、リュウノスケは魔女を迎えに行く。それで良いですね?」
「いや…オレ一人で行ったらプチッて殺されるだけだと思うんスけど…」



迎える方法にもよるのかもしれないが、龍之介がキャスターのマスターであることがバレたら、どうあっても龍之介単身では成功すると思い難い。マスターである龍之介が殺されてしまったらキャスターも消滅を余儀なくされるだろう。聖処女を迎えに行くどころの騒ぎではない。長い爪の先で顎を撫でながら思案していたキャスターは、やがて目線だけを龍之介に戻した。



「…分かりました。魔女は後回しで問題ありませんね?リュウノスケ」
「いいよいいよ、全然オッケー!」



龍之介の初めての理解者が、龍之介の考えを改めて尊重し、譲歩した。今はその事実が、何よりも龍之介にとって嬉しかった。喜ぶ龍之介を暫し見つめた後、キャスターはすっかり当初の目的に意識を戻し、滑るようにして工房を後にしていった。

龍之介は上機嫌でキャスターを見送り、そうして…来たるべきジェスター主従との邂逅の時を思い描きながら、血溜まりの上を慌ただしく往復し、赤い足跡を増やしていた。






(…)
(2012/1/11)






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