from Zero :05


「貴様ごときの諌言で、王たる我の怒りを鎮めろと?大きく出たな、時臣……」



高貴なる王と卑賤な道化の衝突は呆気なく回避された。虚空を…自身のマスターの居る方角を睨んでいたアーチャーは展開していた全ての宝具を宝物庫の中へと引き戻し…ジェスターの双剣もいつの間にやら鋏に戻り、丁度胸元に仕舞われたところだ。



「……命拾いをしたな、道化」
「はぁー、ほんと心臓飛び出すかと思いましたー」



困ったように笑いながら、額の汗を拭う仕草をするマキナ。当然汗など一滴もかいておらず、誰の目にも明らかな演技ではあったが、その清々しいまでの道化振りを見て…意外なことに一度アーチャーは口角を歪ませたのだった。侮蔑の色濃い冷笑でありながら、呆れ気味で、あろうことか一種の親しみまで感じられた。勿論、時臣の横槍あってこそ、矢庭に興が削がれる結果となったからこそ感じ得た感覚である。本来ならばそのような感情を抱く暇もなく、この場でジェスターは消滅していた筈なのだから。



「雑種ども、次までに有象無象を間引いておけ。我と見えるのは真の英雄のみで良い」



誰を見るともなく、尊大に場を見下ろして言い放った後、アーチャーは最後にもう一度だけジェスターを見遣る。



「もっと我を興じさせてみよ、道化。働き次第では我の手元に置いてやらんこともないぞ」
「それはそれは――…身に余るお言葉。ご期待に添えるよう精進いたします」



ジェスターはまた殆ど上体を直角に曲げ、深く一礼してアーチャーを見送ったものの、アーチャーの言葉を聴いた直後には、目を丸くして瞬いていたし、アーチャーが去った後、未だ頭を下げたままの状態で、震え始めたのだった。…またしても。

冬の夜風と共に、高揚した場が急激に熱を失っていく。彼らの胸の内には、安堵よりも落胆が勝る。この光景を水晶玉から覗き見ていたキャスターのマスターなどは顔を覆って悔しがったし、ウェイバー・ベルベットとて拍子抜けしてしまった。切嗣やケイネスは、あわよくば両者の共倒れを願ったし、雁夜にとっては、肩透かしにはなるがそうなれば喜ばしいことには変わりがない。このような局面で令呪を使うハメになった時臣のみ、今尚頭が痛いが彼だけは安堵していた。

一時の静寂が訪れたそこに、突如底抜けに明るい笑い声が響いた。



「あはっ、あははははは!!お…我の道化として…置いてやらんこともなはははははぅっ! ゲホッ、ゴホ!!──…!……………しぬ…」
「そ、そんなことで死ぬなジェスター!」
「とりあえず黒歴史ノートの1ページに加えておこう…」



どこから取り出したのか──マキナは泣きながら、“貴方の恥を末代まで残します”というキャッチコピーのボールペンで、ジャプニカ暗殺帳という表題のノートにアーチャーのセリフを記入していた。書き終わったらノートとペンは例の如く消え去っていく。さて、と改めてマキナが意識を場に戻すと──



「何もそこまで笑うことはないだろう」
「あ、いや……スミマセン、だってあの人面白いんだもん…」



ライダーが、困った娘を見るように眉を傾げ、尚諌めるように言う。この場で笑っている者など彼女を除いて一人も居ない。場の冷ややかな雰囲気に、マキナは目を泳がせて言い訳したのだった。

ジェスターの笑いのツボはどうも可笑しい。そもそもその笑いが原因で潜んでいることがバレたのだし、否、確かにあのアーチャーの度の過ぎた不遜さについ笑いたくなるのも無理からぬことかもしれない。しかしあのような局面で憚りなく笑えるのはそれこそ気狂いの反応に他ならない。常識的な感覚を持った者達の顰蹙を買うのは当然だった。尤も──彼女にしか持ち得ない記憶を照らし合わせると、どうしてもアーチャーの一挙手一投足が面白おかしく思えてしまう。そういう超々個人的な事情があるので、彼女にとっては如何ともし難いことなのだ。



「でも、何でアーチャーは帰ったんだ?」
「あの金ピカのマスターは、金ピカほど剛毅な質(タチ)ではなかったということだ」
「…?」
「令呪だよ、令呪で“やりすぎだクルァ!”って怒られて帰ったワケ」



場の誰もが、アーチャーが何故去ったのか疑問に思っていない様子なのに、白野は一人頭を傾げ、ついにマキナに訊いたのだが──意外にも最初にその問いかけに答えたのはライダーだった。尤も、ジェスターによる翻訳が必要だったワケだが。ふぅん…と頷いて白野は自身の令呪に目を遣った。既に、冗談とはいえ令呪の使用を意識した事、三度ほど。しかしどれ程強制力のあるものなのか、効果があるのか半信半疑だったものの、あの金ピカに言う事を聞かせられる程強力なものなのか…と白野は此処へ来てやっとその重要性を認識したのだった。

とはいえ、そのような局面が白野とマキナの間に訪れるかどうかは疑問である。既にマキナは令呪などなくとも白野のワガママに殆ど従っているし、何より右も左も判らない自分が導かれている状態なのだ。



「さて…残る問題といえば…」
「アー、マスターそろそろ帰ろうかー」



くいくい、と白野の上着の袖を引くマキナ。マキナが大爆笑した所為であわや忘れかけていたが…ここでライダーが目を遣ったことでつられるように全員が黒い騎士へと意識を戻した。バーサーカーは、マキナの攻撃の傷も深く俄かに足取りも覚束ない。しかしだからこそ、より力強く、地面に亀裂が入らんばかりの強さで踏み止まり、頭を、兜を両手で割らんばかりの強さで抑えて下を向いていた。



「……ur(ア)……」



やがてその面が、ゆっくりと、軋むように上げられた。彼が初めて発した…怨嗟のような声と共に。

バーサーカーが標的としていたのはアーチャーと…そしてマキナだ。アーチャーが居なくなったのならば次に狙われるのはジェスター。だからこそマキナは白野に撤退を提案しているのか(とはいえ、大して脅威に思っている風でもなさそうだったが)確かに現時点で誰かを倒す意思のない白野にとっては、そもそもこうして戦うこと自体、無意味なことだ。
しかしここで撤退して逃げ果せたとして──バーサーカーは新たな獲物を見つけるか、若しくはセイバー、ランサー、ライダーによって倒されるだけではないか。白野は咄嗟にどうすべきかの判断がつかず、バーサーカーの様子を見守るしかなかった。白野だけではない、当然場の誰もが次に標的になるのはジェスターだと考えていた。



「……ar(ア)……ur(ア)……ッ!!」











「なんでだろうね、バーサーカーに訊いてみたら?」



雁夜の傍にいるだろう、霊体化している筈のバーサーカーを指して言う。バーサーカーの反応はない。幾らマスターである雁夜がある程度調子を取り戻したとはいえ、パイルバンカーに叩き潰され、ライダーの神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)に轢殺されかけた傷はそう簡単に癒えるものではないだろう。



「まあ、バーサーカーだし…そういうこともあるか」



暫し、虚空を見つめ、耳を澄ませてバーサーカーの反応がないかを窺がっていた白野は、結局一人で勝手に納得していたのだった。マキナもうんうんと頷いて同意を。そんな二人をよそに、雁夜は一人押し黙り、思索に耽っていた。




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