from Zero :05


「マキナ!目、覚ましたみたい!」



雁夜は、至極自然に目を醒ました。痛みに、不快感に、息苦しさに。何に起こされる事もなく無心に起きた。それがあまりに自然すぎて、雁夜は清潔感のある白塗りの天井をぼんやりと見つめ、窓からの風が冷たくもどこか暖かいことを感じていた。ここ一年近く、経験したことのない静かな目覚めだった。それがあまりに自然すぎて、雁夜は暫し、その目覚めが異常であることに気付けなかった。

しかしそれも、実質何秒程度のことだったか。喜びを滲ませた少女の声に、雁夜は我に返った。自分が、“こんな目覚め方”をする筈がない。この異常事態を目の当たりにするため、勢いよく起き上がり――



「ご気分如何ですか?バーサーカーのマスターさん」



その光景に、そこに居た二人の少女に雁夜は言葉を失った。宮廷道化師(ジェスター)のサーヴァントとマスター。雁夜のバーサーカーを打ちのめしたあの――…



「安静に、あんせーにしてくださいお客様!」
「何故……!?」



思わず立ち上がろうとした雁夜をマキナが力づくで留まらせる。大の男がか細い少女に全く歯が立たないという驚きよりも(とはいえ相手は人間ではないのだから比べるべくもないが)間桐雁夜は、自身の身体が殆ど正常に近いという異常な状態に改めて目を疑うのだった。

全身裂傷だらけの筈だったのにこうして強く肩を押されても痛みはなく、失明したはずの左目が、ぼんやりとだが光を映している。完治からは程遠いが、体中の痛みがほぼ消え去り、死体同然の左半身が僅かに機能している。

この二人は何が目的なのか。何の為に自分を助けたというのか…相変わらず何を考えているのかさっぱり判らない。バーサーカーの襲撃に対しても、あくまで応戦のみで倒すという意思は感じられなかった。そして今、ある意味でそのバーサーカーを助けるようなことをしている。

困惑の色すら浮かべる半身ケロイド様の男の顔は醜怪だというのに…マキナがそれに怯えることはないし、白野ですら意に介していない様子。何もかもが信じられない…猜疑よりも戸惑いの色濃い雁夜にマキナはやっと、そして痒くもないのに頬を掻きながら弁明するのだった。



「いや、私は…私の所為で無駄に消費させちゃった分の魔力をおまけつきでお返ししようとしただけなんですけどマスターが…」



罰の悪そうに、しかし悪戯っぽい笑みを浮かべながらマキナは自身のマスターの顔を見つめる。



「倒れて苦しんでる人を見過ごせるか!って仰るもんだから…」
「こうして看病してるワケだ」



どこか咎めるような色を含んでいたマキナの視線を気にも留めず、岸波白野は堂々と仁王立ちをしてから続きを引き継いだのだった。それから雁夜は、二人からここまでの経緯を聞かされた。バーサーカーの暴走後…彼がライダーにあわや轢殺されかけ退散した後に全身の裂傷の痛みと魔力の喪失にしばし気を失って倒れていたこと。そしてそこにやってきたマキナと白野。先の自身の言葉通り――これはこれでおかしな話だが、マキナが(永久機関(偽)を使って)雁夜に魔力を与えて立ち去ろうとした事。しかし白野が、アジトに連れ帰って看病すると言い出した事。そしてマキナが宝具(ナノマシン等)を使って雁夜の状態をある程度修復し今に至る事…

雁夜にとって、俄かにも信じられない話だったが…少なくともマスターである彼女の真っ直ぐ過ぎる瞳が嘘をついているように見えず、だからこそ理解に苦しむのだが…。

どちらも年端のいかない十代半ばの少女だろう。だが…聖杯戦争に参加しマスターとなっている限り彼女も魔術師の筈。幼少時から魔道の何たるかを教え込まれていれば、唯の大人よりも余程屈折した倫理観を持っているだろう。ランサーのマスターが言っていた通り、魔術師の殺し合いが如何に凄惨で無慈悲かを知っている筈だ。



「どうして俺なんかを助けた?敵同士のはずだ」
「誰だって、目の前で人が倒れていたら助けるだろう」
「……」



相変わらず鼻息も荒く答えられてしまった。――とすれば、彼女はよもや魔術師ではないのか?何らかの不運(トラブル)に巻き込まれてマスターにならざるを得なかった被害者なのか…しかしそれにしては迷いもなく堂々としている。この少女は…人種としてあのライダーにすら似て破天荒だ。そしてサーヴァントの方は…幾らかマトモなようだが、それでもその行動は非合理。果たしてこの主従に、“聖杯”を求める気持ちはあるのだろうか?

雁夜は、白野からマキナから目を逸らして窓の外を見た。此処は新都だろうか…これからどうするのか――逡巡していると、今度は白野の方が雁夜に問いかける。



「ねえ、よかったら聞かせて。」
「――!」



振り向くと存外近くにあった少女の顔。深い深い琥珀色の瞳が雁夜の黒と白濁とした瞳を射るように見据える。そうか、本来“少女”とはこんな瞳をしているものだ。ならば何故――“あの少女”は自分よりも濁り切った目をしていなければならない。改めて、自身の姪に降りかかる不条理に怒りを覚えながら。



「どうしてそんなにボロボロになっても…聖杯を求めるの?誰かを殺して、自分を犠牲にしてまで…叶えたい願いって…何?」



雁夜にとって、言うまでもないことを訊かれたのだった。どこか悲しそうに問うてくる彼女に罪はない。何よりも悪いのは自分だ。桜が間桐の家に養子に出される事になったのも
初めて出会った少女にこのような顔をさせているのも全て雁夜自身の所為だ。

雁夜は一度、その問いに対して“自身の不始末を清算するため”と答えようとした。しかし、恐らくはこの少女相手では、それはどういうことかと追うように問われるだろう。暫しの逡巡の後、雁夜は正直に、また簡潔に答えたのだった。



「僕の姪を…助ける為だ。その為に聖杯を手に入れなければならない」



そんな雁夜の答えを聞いて、白野はその姪が重い病でも患っているのかと想像し、続いて消極的に問いかけようとしたのだが――…思いがけず、次に雁夜に質問したのはマキナの方だった。



「姪って…桜ちゃんのことですか?」



雁夜はもう一度驚いて、マキナを振り向いた。驚いたのは雁夜だけでなく、白野も同じだ。



「知っているのか…?!」
「あ、ええ、だって私未来の英霊だし……ちょっと友達みたいな。あ!あとワカメとかいますよね。アレともちょっと腐れ縁というか…腐れワカメというか」
「ワカメ!?い…一応植物つながり…なのか…?」
「いや…ワカメという名の姪はいないが…」



そこで律儀に答えないで下さいとマキナに怒られ、何故か雁夜は「すまない」とまた律儀に謝ってしまった。



「えーと…慎二です。ワカメじゃないです、ワカメだけど」
「…慎二は甥だな」



あらゆる毒気を抜かれてしまったというか。割に放心してしまったというか。張り詰めていた肩の力が抜けたのは事実だ。無意識の内に一人称も「僕」に替わり口調も優しくなっている。彼女が未来の英霊だとは倉庫街でのやり取りで判っていたものの、桜や慎二と友達になれるほど近い未来での英霊だったとは。

それに、何より桜と友達――?
桜は将来、友達を作れる程度の状態にはあるということか。ジェスターの親近感の篭った話し方から、出鱈目とは考えづらい。

幾らか安堵すると共に、この絶望に塗れた道に光明が差す。もとより決心は固かったが、雁夜は勇気付けられてしまった。嗚呼、桜は救われるのだ。と



「…君の時代の桜は…元気にやっているのか?」
「私と交友のある桜ちゃんは…」



マキナが思い起こす桜の姿には色んなものがある。ぽかんと上を向いて思い出す素振りをした後、



「笑顔がかわいくて…美人で…巨乳で…料理がとても上手でした」



割とどうでもいい、でも何故か聞き逃せないことも交えてマキナは雁夜に楽しそうに語った。



「そ、そうか…」
「料理上手なんだ」
「うん」
「…マキナより?」
「上手だよ」



 一体どうなってるんだ日本人は!と岸波白野は大手を振るって憤慨した。料理上手の人間が多くて(といってもまだ二人目だが)信じられないらしい。英国人にとっての料理とは主に――野菜を正体がなくなりビタミンが分解し尽すまで煮込むことだったり、フィッシュアンドチップスが、揚げ物というよりは油の漬物になるまでひたひたにすることだ。があっと怪獣のように一度暴れてみせた後、白野は物悲しそうにマキナを見た。



「どうしたのマスター」
「…ご飯のお話したらお腹すいちゃった」



 じゃあお昼にしよう、とマキナは隣のキッチンへと移動する。時計の針は12時前を指している。どちらにしろマキナもそろそろ支度を始めるつもりだった。冷蔵庫から材料を取り出しながら、ふと何人分作ればいいのか考えたマキナが顔を上げる。



「そういえば、バーサーカーはご飯食べないんですか?」
「…!」
「ホラ、サーヴァントは魔力供給が足りないと魂とかご飯とか食べたりするじゃないですか」
「ば、バーサーカーがご飯…」



あのバーサーカーが食事を摂っている姿を想像した白野は、その様子を面白おかしく感じるというよりは寧ろ、恐ろしく思った。まだ、魂喰いをしている方がマシだ。あの黒い鎧が食事をがっつくなど…



「食事か…考えたこともなかった」
「食事程度でどうにかなるの…?バーサーカーの魔力」
「多分あんまり意味ない」
「だよね」



そして、ああ、と。一人何かに気付いたようで、しかも「ないない」と首を横に降り始めるマキナ。



「バーサーカー実体化されたら私また襲われてるところだった」
「そういえば…あの時何でマキナは襲われたの?」



 さあ、と惚けた様子で首を傾げるマキナ。白野の視線はマキナから雁夜へと移される。



「すまない、それは僕にも判らないんだ」



マキナが盗み聞いた通り、雁夜は遠坂時臣のサーヴァントであるアーチャーのみを標的にバーサーカーをあの場に投入した筈なのだが…



「理由は判らなくても対処方法はあります。黄金のアーチャーを殺せって命令すればいいんですよ、 雁夜さんが私も同時に潰したいって言うなら話は別ですけど」
「…今一判らないんだが…君はジェスターというクラスのはずだろう?なのに何故、アーチャーを襲うよう命じたバーサーカーが君を襲う?」
「さあ…基本的にアーチャーで召喚されることが多いから?」



一層首を傾げるマキナだが、果たしてそんな理由があるだろうか。元より、サーヴァントには複数のクラス適性を持つ者も少なくない。ジェスターにアーチャーとしての適性があるとしても、一度ジェスターのクラスで召喚された以上それを混同するなど…



「わからないコトをわからない者同士で首を捻っていても仕方ないです。逆に“ジェスターを殺せ”でバーサーカーがアーチャーに襲いかかることは……多分無いと思いますけど…とにかく、今後は細心の注意を払って命令するようにして下さい」



 私も雁夜さんにとってもそれが一番です、とマキナは大根を片手で素振りしながら念を押す。しかし、それでも白野は頭を傾げていた。



「でもさ…じゃあバーサーカーがセイバーに襲い掛かったのは何で?セイバーにもアーチャーの適性があるの?」
「それは――…」



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