moving mountains :02



しかして一連の騒動で目のすっかり覚めてしまったマキナは、ソファの上でじっと言峰の動向を見守っていた。見守るというよりは凝視にも近かったが。霊器盤の様子を見ながら何かの書類をしたためていた言峰も、その憚りのない視線にやがて小さく溜息を吐いて振り向いたのだった。何かとマキナに視線で問いかける。



「……」
「6人目とやらは現れたんですか?」
「いいや」



 そうですか、と自分から聞いたというのに大して興味も無さそうにマキナは呟いた。気だるそうにソファに頭を預け、やっと言峰から視線を外したマキナは対象を言峰から部屋の隅に変えただけで、相変わらず見るともなく何かを見ていたのだった。



「君の無尽蔵の魔力にはどんなからくりがある?」



忙しいとは言ったものの、多忙を極めるわけではないし、今は自室で、尚目の行き届く場所にマキナがいる。言峰は作業に戻りがてら問い始めた。



「無尽蔵…じゃないですよ。全然」
「君はギルガメッシュだけでなく自分の魔力も賄っていたのだろう?」
「まあ…」
「どちらも魔力消費は尋常ではない筈だ」
「…私、燃費は結構いいので」



マキナの燃費が良かろうともギルガメッシュが多大な魔力を必要とすることに変わりはない。彼女が未来の聖杯戦争にてどう工面していたのか…やはり、中々からくりについて話そうとしないマキナに白状させるにはどうすればいいか、その秘密が彼女にとってどれ程重要なものなのかは未知数だが、彼女の手綱を握って置くには、知っておかなければ。


第四次聖杯戦争でのジェスターは、生きた人間だった。自身でも魔力を生み出せるという事実は、他のサーヴァントと比べ、より有利なのは確かである。しかし…冬木を全て覆ってもおかしくないほどの数と規模の宝具を苦もなく展開するなど、燃費がいいどころの話では済まされない。その豊富な魔力を、出来得る事なら上手く利用したいところである。

ソファの上、少々気だるげに身動ぎをするマキナ。あまりしつこくして彼女の居心地を悪くしてしまえばまた逃げていき兼ねない。言峰は一度そこで追求をやめ、話題を変えた。



「君は心からギルガメッシュを愛しているのだな」



その言葉に暫しマキナからの返答がなかった。恐らく目を見開いていることだろう。
逡巡しているのかもしれない。言峰が依然手を動かしたままでいると、それをどう捉えたのか、或いは先のギルガメッシュと同様、言峰に咎められているとでも思ったのか。マキナは彼女自身無意識に、口を尖らせながら答えたのだった。



「…愛してるつもりですけど」
「彼のどこが…そうまで君にとって魅力的なのだね?」
「え…」



マキナの声には明らかに動揺の色が混じっていた。言峰の真意を計りかねている、といった様子だ。身勝手で一方的な嫌悪と敵対心は薄れたとはいえ、依然彼女が言峰を信用していないのは明らかだった。

こうして今マキナが言峰の誘いに乗り、部屋にいることも…恐らく“心強い”なんて理由ではなく、きっと言峰の出方を伺っているのだ。言峰にとって、目の届く範囲にマキナが居る事が都合の良いのと同時に、マキナもまた、同じように思っている筈だ。動機こそ違うとはいえ。リスク管理が動機の主体だろう。彼女にとっては。

マキナ・カラミタ・グラタローロとは…恐らく元より用心深い性格なのだ。そう易々と他人を信じない。ジェスターの姿からはあまり感じ取ることは出来なかった印象だが、幼い頃から長く弱者的立場に置かれていたのだろう。誰に教わるでもなく、自然と“信じないこと”を覚え処世術を身に付けたのだ。そして、信じないが故の“他者への信頼”もまた。他人は頼りにならないものとして扱い、全て自己の責任に於いて行動する。誰かを頼りにしてしまった場合、そしてソレが案の定頼りにならなかった場合の損失は…誰かの所為ではなく、頼りにした自分に非があるというスタンスだ。

恐らく──全ては弱く脆い自分を保守し続ける為に。夕食時の気丈な…或いは冷酷とも思える発言からもそうに違いない。未だ16歳だというのに既にここまで老成した彼女の壮絶な過去を思い、言峰はマキナに背を向けたまま、陰鬱に微笑んだ。

ある意味で彼女は言峰自身にも似ていた。自分一人で完成していたという点が。誰かを必要とせず、誰かを憎む事もしないところが。そこに到達する過程と、そもそもの原点が違えども。

だが、それも既に過去のこと。言峰と違い、マキナは誰かを必要とするようになってしまった。未だ完全には必要としきれていないようだが──そもそも、何故彼女はギルガメッシュを必要とするようになった?そんな彼女の心をここまで動かした未来のギルガメッシュが、ギルガメッシュに心を砕いた彼女が、その理由が興味深くあったのだ。実際。



「…王様の魅力ですか?語リ出したら止まりませんよ」
「程々に頼む」



存外不真面目で真剣な様子でマキナは問い、そして弾丸トークというよりは機銃トークと言ったほうが近い程に、性懲りも無く、程々でもなく、べらべらと語り始めたのだった。



「王様は最高です。男の中の男です。凄く優しいし、包容力あるし、可愛いし、頼りがいあるし、甲斐性あるし、私のこと大事にしてくれるし、慢心してるし、可愛いし、何か嫌味だし、カッコイイし、偉そうだし、強いし、可愛いし、たまに会話が噛みあわないし、うっかりやさんだし、小中ジャンプ読んでるし、いじらしいし、ハラハラするし、服のセンスがちょっと乖離しているし、派手好きだし、太っ腹だし、私のご飯文句も言わずに食べてくれるし、なでなでしてくれるし、雑種雑種言いながら意外と尊重してくれるし、冒険好きだし、好奇心旺盛だし、たまにブルワカとかしちゃうし、超カワイイし、何より…私を運用しこの世界の未来を担うに相応しい器と覚悟がある」



言い終えたマキナはとても良い笑顔をしていた。



「……そうか。」



それにしても、存外どうでもいい話だった。折角再度手を休め、態々マキナの目を見て聞いてやったというのに。同じことも何度も言っていたし。

言峰ですら少々殴りたく…までは行かないが頬を抓る位はしてやりたくなる程、にやにやと卑しくも小憎たらしい顔をしてマキナは笑っている。コレが言峰に似ているなど、やはりとんでもない話である。

マキナが最後に締め括った言葉…それが核かもしれないが、恐らくは並べ立てた言葉全てが疑いなく彼女にとっての魅力なのだろう。しかし…まさか聞く事によって余計に謎が深まることになろうとは。素か演技か見分けの付かない素振りを見せるところは…やはり未来で“道化師”の英霊として呼ばれるだけある。とんだ食わせ者だ。



「君はギルガメッシュの全てを受け入れ、浮気さえも良しとしている」
「…だってコレは、私と出会う前の出来事ですし。遡及して断罪とか狂気の沙汰だし」
「だが君は、過去だけでなく未来においてもまた良しと言っていた筈だ」
「仕方ないことですからね。そんな瑣末事、彼が偉大な王であることには影響しません。ただ…ショックだから、もうお嫁さんは中止のお知らせですけど」



マキナはいじけたような顔をして、足をブラブラさせた。相変わらず本気で拗ねているのか、フリなのかは判らないが。



「成る程。君は彼を男としてより…王として信奉しているのか」
「男としても超魅力的です!」
「……」
「王様を何として好いてるのか、魅力に思うのかなんてそんなの…ってなんでゲドミネなんかに私がここまで語らなきゃならないんですか」
「誰の事だ?しかしまあ…君が彼に寄せる想いが少々狂信的ですらあることは理解した」



 オマエだよオマエ、とマキナは顔を逸らしてブツブツ言っていたが、言峰は敢えて聞かなかった事にしてやったのだった。



「ギルガメッシュの暗部まで含めて君は彼を愛するか?」
「…仰ってる意味がよくわかりません。抽象的過ぎて」



肯定とも否定とも取れる反応。例えばどんな?と問うような視線のマキナに、言峰は遂に席を立ったのだった。そしてソファで寛ぐマキナの前まで歩み寄り、高く、見下ろしながら告げた。自分の影を受けて暗いマキナの顔には、無垢に呆けた表情と…抉り、売りに出せば高値の付きそうなバイオレットの双眸。それらがどんな色に染まるのか──もう一度、彼女にも見せるように陰鬱に笑ったのだった。



「…ついてきたまえ。寝る前にいいモノを見せよう」



そうして彼は先に部屋を出て行った。マキナは訝しがりながらもその後を付いていく。二人は階下へと降っていった。






(…)
(2011/12/26)






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