moving mountains :02


宛がわれた部屋は、簡素ではあったものの存外快適だった。少なくともマキナにとっては。ベッドがあるだけありがたい。追加で貸してくれた毛布があたたかい。食事の片付けをし、部屋は元よりそう汚れては居なかったが簡単に換気しホコリを払う。PDAを充電したところで…マキナはとりあえずベッドの上に身を投げ出した。

あまりにも長い一日だった。ギルガメッシュは今何処に居て――どうしているのだろう。自分が戻るべき場所だったUSTMiCに現界していたら…それが一番いい。ムーンセルでの聖杯戦争の成り行きをリアルタイムで知っていたらしい彼等ならばマキナが帰ってこないという一点を除けば事情を理解している筈だ。否、若しかすると…マキナが元の時代に戻れなかった理由も知っているのかもしれない。

この時代の彼らとコンタクトを取るには…まずは知っている番号に電話をかけることだろうか。しかし公衆電話から掛けようにも一文もないし、教会で借りるのは避けたい。宝具を使って回線に侵入するにも…下調べが必要だ。明日でも遅くはない。着替えも欲しい。他にも揃えたいものは色々と。――要するに…金が欲しい。“金の卵を産む鶏(ガッルス・ガッルス・ドメスティクス)”が上手く作用してくれないだろうか。



室内灯を点けたまま、目を腕で覆ってあれこれと考えていたマキナが微睡み始めた時だった。突然、ドアノブが回された音でマキナは目を覚ます。しかし未だ意識はぼやけたまま音だけを耳に入れる。鍵が掛かっているのでドアノブが途中までしか回らない。しかし何故か…その後、それこそ鍵を差し込まれた音がし、程なくして開錠。顔から腕をのけ、横になったまま呆けて扉の方を見遣ると――



「来てやったぞ、道化」



…自分はいつこの男に自室に来てもらうよう頼んだのだろうか。マキナには全く覚えが無いのだが…目を擦りながらマキナは起き上がった。眠気の色濃く残る目で迷惑そうに、此方へ向かい来るギルガメッシュを見た。



「出迎えぬばかりか部屋に鍵を掛けてあるとは何事だ」
「……」



呼んだ覚えもないのに、突然の来訪者をどう出迎えよというのか。そして何故掛けられていた筈の鍵が――…ああ、そうか。鍵の原典を使えば開けられない扉はないのかもしれない。電磁複合装甲を展開しておくべきたったか──それこそ訪問の予定を知っていれば何重にも展開していたというのに。

寝起きの据わった目で、微塵も嬉しそうにせず自分を見るマキナに、ギルガメッシュも顔を顰めた。



「なんだ…?その顔は。この我が態々夜這いに来てやったというのだ。愛想笑いの一つとしてできぬか?道化は笑うが本分であろう」
「……」



迫り来る男に、マキナは遂にあたたかい毛布をも手放してベッドを降りた。そしてじりじりと一定の距離を保つようにして後退する。



「さっさと着物を脱ぎ、奥処を開かぬか
 そのような気配りも出来ず我が嫁になろうとは片腹痛いぞ」
「……」



意識をやるのは今この男が入ってきた扉である。上手くやらねば、この男には“天の鎖”がある。先ほどから何かイロイロと言っているようだが、気にしない。脛蹴りを食らわせるべきか?否、怒らせては逆効果だ。虚を突くだけに留めねば



「喜べ。お前の努力次第で今後も相手をしてやろう」



 カオと具合だけはよいからな。とまた、一歩…と相手が距離を縮めたその時。とりあえずマキナは――

特に何も面白いことはせず逃げた。枕だけ抱えて。
さも寛大に、情けをかけてやっているかのように笑い掛けてくる男の不意を突き、それはもう、電光石火の如き速さで部屋を横切り…ドアを破るかのような勢いで開いた。

幸い、男はまさかマキナが逃げ出すとは思ってもみなかったようだ。もつれるような速さで階段を降りて外へと飛び出る。そして勢いよく手を振りかざして、自身の宝具の真名を開放した。



「“億死の工廠(ギガデス・アーセナル)”RAYLEONARD 03-AALIYAH!」



ズン……と教会全体を揺らす重厚な振動。しかし一度きりで余韻のみ残す其れは地震とは違うだろう。何事かと外に出た言峰の目に入ったのは、一見して巨大な鉄の塊――…漆黒で、しかしどこか透き通った装甲を身に纏った…流線形の、女性的で尚雄雄しいフォルムの巨大ロボットだった。サスペンションの軋みは巨獣の唸り声にも似て静かに響き渡る。

火色のカメラアイがマキナの視覚器と連動してスリットを開閉し、あたかも黒の巨人に静かに狙いを定められているようだ。



「――…」
「なんだ…こりゃあ…」



機巧の神(デウス・エクス・マキナ)の手によって結晶化されたSF兵器。設計ないし開発に関わった兵器を、その仕組みを総じて理解していれば実体化できる破格の宝具。既に十年前の聖杯戦争で目にしているギルガメッシュは兎も角、神話時代の英雄であるランサーの目には異様に映る。その――魔術的概念の一切ない科学技術の結晶はそれこそ魔法的であり、ネフィリムかタロスかゴーレムか――…

やがて…沈黙を保っていた“巨人”が喋り始めた。スピーカー音なワケだが。



『受けて立ってやる!ヴィマーナでもエアでも何でも持って来い!!32連装ミサイルで逃げ場をなくして分裂ミサイルで追い詰めてウホッ核ミサだらけの倉庫で絶体絶命!にしてやる!宴は好きか?阿鼻叫喚のミサイルカーニバル…目に物を見せてくれるわ!!』



左手に装備された五連ガトリングが、照準を合わせるよう…思い思いに上下しながらクランクを回転させるのと同時に、支離滅裂な幼い喚き声が木霊しながら駆け抜けていく。ばん、ばん、と荒々しくコンソールを叩いて操作しているらしい音も…『おはようございます。メインシステム、戦闘モード起動』といったCOM音声まで聞こえる。言峰は呆れながら、中にいるらしいマキナに呼びかけた。



「落ち着きたまえ、近所に丸見えだし丸聴こえだ」
『安心してください。教会周囲を光学迷彩で隠してるし、振動相殺で一切外に漏れてません』



教会付近に民家は無いとは言え、そして暗いとはいえ、これほどの巨体と大音声は絶望的に際立つ。しかし、相変わらず混乱していても何処か冷静なマキナ。その辺りは周到らしい。というより此処に居を構えると決めた時から展開していたのだが。



『もういいです、私一人で元の時代に帰る方法探します。誰かに頼ろうとしたのがまず間違いだったんです。私としたことが恥ずかしいです』



そんなマキナの背後で、『オーバードブースター、長距離巡航モードに切り替えます』というCOM音声が。どうやらAALIYAHに乗ったままどこか遠くへ飛んでいくつもりらしい。



「他に宛てがあるのかね?」
『さーどーでしょーか!』



 「しらねー、これから考える」と矢張り混乱して自棄になっているマキナを諌めるように、言峰は辛抱強く続けた。



「いいから降りてきたまえ。そんなモノに乗って冬木を飛び回られたら迷惑だ」
『……じゃあ飛びません。でも今日はこの中で寝ます』
「それも迷惑だ。この教会には聖杯戦争の参加者達が訪れるんだぞ」
『………』



沈黙。
光学迷彩で隠せばいいが、ここまで大きいと、魔術師(メイガス)達に一切気取られさせないのも至難か。やがて、AALIYAHが跡形もなく消え──そこに枕を抱いたまま睨んでいるマキナが現れた。その顔と立ち姿だけならあどげないのだが…何故だかその背後に灼熱のマグマのような威圧(オーラ)が見える。徹底抗戦の構えである。一体何事か?と状況がサッパリ掴めないランサーだったが、遅れて気だるげにやってきたギルガメッシュをマキナが仇敵でも見るかのように睨んでいるのを見、察する。



「…そんなに嫌だったのか」
「別に……いや、やっぱ嫌ですけど」



マキナは枕に顔を半分埋めて深呼吸した。この如何ともし難い破壊衝動はなんなのか…
思えばムーンセルで初めてギルガメッシュと風呂に入る際にも、デストロイヤーにクラスチェンジしそうな程心が荒れたことはあった。仕方のないことだと思いつつも、成長していない自身にマキナは呆れた。



「理解に苦しむ。お前は我のことを好いているのであろう?」
「貴方じゃないです。好きなのは三十年後の貴方です」
「既に英霊として完成している我に今も三十年後もあるか」
「あの場所で出会って私と聖杯戦争を戦ってくれた王様と…その記憶の無い貴方では別人も同然です」



今だ拒絶の色濃いマキナを、ギルガメッシュは鼻先で笑う。



「貴様の言う愛とはその程度か、我を心から愛するというならこの我をも同じように─…」
「要求を無条件に呑むのは愛とは言いませんから」
「──何なら、私の部屋で寝るかね?」



皆まで言わさずに遮られたことにギルガメッシュが憤慨するものの、続いての言峰の発言に。思わぬ提案に、誰もが虚を突かれる。そのあからさまに怪しい提案に、しかし唯一眉を傾げなかったのはマキナだった。誰よりもド外道ド外道と言って信用していなかったというのに。



「…名案かもです。ソレ」
「彼らが君に手を出すようなら…最悪令呪を使ってでも止めよう。君に貸しを作ることになるがね」
「そこまでしなくていいですケド、なんか凄く心強い気がします…!」



何故彼女がこうまで乗り気なのか、二人のサーヴァントには理解できなかった。まあ、外道外道と罵る彼女自身が割と悪徳な性格をしているので、何かシンパシーを感じる部分もあるやもしれない。



「道化…!未来の夫を拒むばかりか他の男と同衾するとは何事だ!」
「同衾なんてしません。隅っこの床を借りるだけです。ってか嫁じゃないですよね」
「おいおい嬢ちゃん落ち着け…!冷静になれ!」
「極めて冷静です」



マキナは枕を抱きしめたまま満面の笑みで答えた。



「だって神父さま、私に興味なさそうだし」



意味不明なドヤ顔とセリフだった。



「それにー、言っても神父さまは人間なんでー、いざとなればコロコロしちゃえばいいんでー」
「……」
「ねー?神父さまー」
「英霊としての君に興味が無いワケではないが…
 私も君と同じで“嫌がるのを無理矢理”という性癖はないのでね」
「さすが神父さまー!」
「それに私は忙しい。君だけに時間を割くワケにはいかないのだよ」



 本当かよ…と吐き捨てるよう一人言ちたランサーも、不機嫌極まりないギルガメッシュもよそに──“これ以上手を煩わせるようなら対価を頂く”と踵を返した言峰に、マキナも“時は金なりですもんね”と素直に謝罪して後を付いて行った。



Moving Mountainsstand my ground forever...


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