moving mountains :01



「ほう…どうして中々悪くはないぞ。道化」
「……」



食卓。
魂が抜けたようにマキナは座っていた。ギルガメッシュの言葉にも一切反応せず。食事にも一切手をつけず。



「おい、嬢ちゃん。…食欲が無いのか?」
「……」



まるで魔眼にあてられて石化してしまったかのようだ。ギルガメッシュのみならず、ランサーの言葉にも反応を見せず、自身の作った料理を見るとも無く見ていたマキナだが…



「我を無視するとはいい度胸だな、道化…!」



ガシャン!と食卓の上で皿が踊る。それを受けて、マキナはやっと、視線だけをギルガメッシュに遣った。しかし、それでも相変わらず呆っとして見詰めるだけ。手も口も動かず。殊勝なことに、この時代のギルガメッシュがマキナの料理を褒めたというのに…マキナは一切聞いていなかったばかりか、怒らせても相変わらず無反応。



「…どうした、突然元気なくしちまって」
「……」



ランサーのその問いに、やっとマキナが口を開いた。溜息を吐きながら。



「…王様、今頃お腹すかせてないかなあ…って」
「貴様など居ようと居まいと、我には何の支障もないわ」
「本当ですか…!?それ証明できますか…!?そんなこと言ってウチのニート・オブ・バビロンが餓死してたらどう責任とってくれるんですか…!?」
「誰がニートだ…!誰が…!!」



食事中にはしたないが、最早立ち上がって言い合っていた両者。テーブル越しに胸倉を掴まれたマキナの足が宙に浮く。そして横で一人口を覆って笑いを堪えているランサーと
全く意に介さず食事を続ける言峰。



「あ…そういえば宝物庫(バビロン)には食べても食べても減らないお肉とかあったんだ…大丈夫かも…」



 伸びるからやめてください、とマキナは強引に手を振り払って、着地した。そしてやっと自分も食事を始める気になったらしい。溜息は吐いているが。



「我が貴様をマスターとしたとすれば…それは一時の遊興に他ならぬ。間近で貴様の間抜け面を嘲弄する為に契約したのだ」
「そうですか。」



悪意を込めたその言葉には大して反応せず、ラビオリを食む、ミネラルウォーターを口に含むマキナ。衝撃的に絶望する表情を待ち望んでいたギルガメッシュにしてみれば面白くないも面白く無さ過ぎる。



「道化……さては信用しておらぬな?」
「別に。」
「思い違いをして浮かれる貴様の姿はさぞ滑稽だったろうな」
「そうですね。」



何を言おうと動揺しないマキナに苛立ちを滲ませる。最早剣呑なまでに据わった目で睨むギルガメッシュに、マキナも眉を傾げた。



「…なんで睨んでるんですか?別にそれでいいですよ、私」



別にその言葉を信用していないワケではないのだと。ベーコン入りのポンデケージョもどきを千切りながらマキナは続ける。



「貴方が何を思って聖杯戦争の終わりの日まで傍に居てくれたのか…私に向けた表情も言葉も約束も、全て嘘だったとしても。“そこにただ、そういう日々があった”──私にはそれが全てです。それ以上でも以下でもなく、色褪せることもありません」



揺ぎ無く、ある種清々しく言い放ったマキナを見てギルガメッシュは嗜虐的に嗤った。



「はっ……成程?見上げた根性だ。貴様ほど道化という呼び名が相応しい女もおるまい」



侮蔑の色濃くマキナを見下ろすその瞳に──マキナはこちらもフッと嘲笑した後、ワザとらしく少し頬を膨らませて見せて燃料を投下した。



「えーそーですとも。アリーナの海にヴィマーナ浮かべて一緒にバカンスしたのも、メイド喫茶のあとでマイルームで私に猫耳カチューシャ付けさせたのも、お弁当持ってアリーナでピクニックしにいったのも、執事喫茶で私の為にギャルソン服着てくれたのも、宝物庫(バビロン)の中身全部一つ一つ武勇伝と一緒に説明してくれたのも、一日百回はキスしてくれたのも、ナデナデしてくれたのも、いつもお風呂で身体洗ってくれたのも、階段を手を繋いで昇ってくれたのも、タイガーに貰ったみかんと柿をコタツで一緒に食べたのも、運動会で二人三脚したのも、騎馬戦で肩車してくれたのも、宝物庫(バビロン)の秘蔵の何か凄いの着せてくれたのも、私が倒れたらお姫様抱っこして帰ってベッドに寝かせてくれたのも、寒い時は王様が着てたジャケットを私の肩に掛けてくれたのも、貰った写真立てに飾る写真にチュープリ撮ったのも、会う人会う人に私のこと「我の嫁!」って喧伝してくれたのも、ぜーんぶ一時の遊びだったとしても全っ然ッ!構いませんから!」



マキナが全て言い終える頃には場は静まり返っていた。言峰は元より静かだったが…
あのランサーですら何となく居た堪れない面持ちでいた。敢えてギルガメッシュを見遣ることはせずに。言われた当のギルガメッシュがわなわなと震えだす前に、マキナは突如…顔を背け、噴き出し、尚且つ笑いを堪えようとして咳き込んだのだった。



「ゲッホ、ゴホッ!!……すみません……なんかおもしろかわいそうな記憶も蘇っちゃって…」



 「パン食い競争ww」「ガンダムww」とマキナは自分にしかわからない記憶を思い出して死にそうになっていた。



「あー…王様かわいそう…ホントもう遊びだった方がいいかもアレは…」



かわいそう、と言いながらもマキナの表情はどう見ても笑ってるし「いや、攻強皇國機甲のキングさよなライオン?」などと首を傾げる始末。とんだ屈辱である。どこかドヤ顔なのも余計に腹が立つ。再度、割れそうな音を立てて卓上で食器が踊った。



「在り得ぬ信じぬ断じて認めぬ…!道化、出鱈目を申すのも大概にせぬか…!!」
「出鱈目じゃなくて私の大切な思い出です」
「な…にぃ…!!」



かと思えば今度は感慨深そうに…どこか幸せそうに微笑まれる。そんなマキナの表情遍歴をまじまじと見ても、話を聞いても、先の自身の言葉通り、何一つ在り得るところが無いと感じるギルガメッシュ。一体未来の自分は何を血迷ったのか、と舌打ちを。否、そもそもソレは本当に自分自身だったのか?と。



「と、まあ…こんな感じで私は王様に抱えきれない程の幸せをもらったので、それが本気だろうと遊びだろうと私が幸せだったのは間違いありません。遊びは終わりだって言うのなら、それでもいいです」



幸せさを滲ませたまま、しかししっかりとギルガメッシュを見詰めてマキナは続けた。



「元の時代で再会した時にちゃんとそう言ってくださいね。最早──…遊興(ゲーム)にしては聊か時間が経ちすぎました。始めたのは貴方です。ならば貴方が終わらせてくださらねば」



──しかし改めて、姿は何一つ十年前と変わらないのに…何とも拙く、“流動的”で、未完成なことか。腹立たしいことに変わりはないのに、未完成な分第四次聖杯戦争のジェスターと比べ幾らか面白味はある。とはいえ、このようにジェスターを思わせる面はちらほらと。王の配下を自称しておきながら、在り得べからぬ不敬の数々。“宮廷道化師(ジェスター)”とは正にその通りなのだろうが――そう割り切ることが出来ずにいるのは何故なのか。この苛立ちは──“深淵を覗き見た王”ですら、過去、彼女のような存在と出会ったことがなかった。

どれほど厳しく見据えてみても、紫の瞳に濁りも曇りも浮かばず、そこに、“この場に”、揺ぎ無いただの少女がいることこそが異常だった。



「…理解できねぇなあ、嬢ちゃん。本当に好きならいつまでも傍に居て欲しいって思うモンじゃないのか?女なら余計に」
「それは…ずっと一緒に居てくれるならそれ程嬉しいことはないですよ」
「ふん縛ってでも自分の手元に置いておきたいとか、思わねぇのか?」
「うーん…」



マキナの持論を崩しに掛かったのは、未だ面白くない顔をしたままマキナを見据えるギルガメッシュでなく、何処かお節介なきらいのあるランサー。まあ、それはマキナが…ギルガメッシュに言わせれば“生意気”“小癪”。ランサーにとってはある意味“気の強い女”だからなのだが。そもそも彼にとっては、目の前にいる女を何も弄らずに放って置く方が在り得ない。



「私のこと好きじゃないなら、無理して傍に居て欲しく無いです」
「でも嬢ちゃんは“好き”なんだろ?」
「ええ、好きですよ。でも…私は嫌がるのを無理矢理…って性癖ないんで。別の女の人のところに行こうと幸せで居てくれればそれが一番いいです」



涼しげに答えていたマキナだが、続く問いに段々口を尖らせていく。



「おいおい…惚れた腫れたで良い子ちゃんぶってどうすんだ?そんなんだからこういう悪い男に騙されるんだよ」
「えー…じゃあランサーは、好きになった人に苦しんで欲しいですか?幸せそうにしててくれる方がよっぽどいい気がするんですけど…」
「嬢ちゃんは色恋を慈善事業とでも勘違いしてんのか?愛ってのはもっとこう…──何ならこのオレが情熱的な愛って奴を教えてやるよ」
「いえ、結構です」



相変わらずお断りは即答で。がしっと捕まれそうになった両手も瞬時に引いたのだった。



「好きになるのも、愛するのも王様が最初で最後です」
「おーおー…よく調教されてるなこりゃ…」
「や、そーじゃなくて…」



チガウチガウ、と首を横に振りながらマキナは答えた。



「誰かを好きになること自体が有り得ないことでしたし、基本的に私の一生には不要なことでした。王様との恋がこれで終わるなら──もう他には要りません。晴れて私は本筋に戻るだけ。役目を果たすだけです」



そうまっすぐに言い切ったマキナにも、それがどうしたとランサーは薄く笑っているだけだった。マキナは、また頬を膨らませてみせる。



「…なんですか?その表情…」
「ウブだねえ…健気だねえ…嬢ちゃん。アンタは愛も男もまだまだ知らなさ過ぎる」
「別に知らないままでいーです」
「嬢ちゃんみたいなのが意外と他の男に転がっていくんだぜ?」
「ボールじゃあるまいし転がりません」



少々苛立ちながら、マキナはジト目でランサーを見据えた。そんなマキナの様子を見て余計に楽しそうに笑うランサー。



「あんな薄情な男より…オレの方が百倍嬢ちゃんを幸せにできるぜ?」
「ってゆーかランサーも女癖悪そうだし、そもそも元妻子持ちじゃん」
「なんでい、そんな昔の細かいコト気にするな」
「細かくねーよ」
「コイツだって元はそうだろ?しかも現在進行形で他の女にコナかけてるときた」
「ええ」



最早一々応答するのも面倒そうにしているマキナに、ランサーが身を乗り出して不敵に笑った。



「今夜、ベッドの上でオレが嬢ちゃんの間違いを正してやる。ゆっくり…手取り足取りな」



セクハラの概念を知らない神話時代の男の割と真面目な誘いをマキナがお断りする前に、意外なところから待ったが掛かる。



「コレは“初物”だ。全ての民の初夜権を有する我のものだ」
「古臭ぇ男だな、処女信仰でも持ってんのか?」
「狗如きが王の所有権を侵そうなど…覚悟の上の愚挙であろうな?」
「はぁ…面倒くせぇ男だ。ま、コイツの次の方が、よりオレの良さも明らかになるってもんだ。じゃあ、嬢ちゃん。オレはコイツの次ってことで」
「ならん。可能性は限りなく低いとはいえ、コレはいずれ我の嫁になるかもしれぬ女だ。我以外の男の手で汚されることなどあってはならん」
「お前さっき嫁にするとかありえないって言ってただろーが!」
「いや、ちょっと何言ってるかよくわからないんですけど。私はここにいる誰ともやりませんから」



マキナは冷静に首を横に振った。正直マキナにしてみればどっちも同等に面倒くせぇ男である。こうなってくると、あの最も外道な言峰が一番マシに思えるのが恐ろしい。



「さて…そろそろ君の部屋を案内しようか。君もゆっくり休みたい頃合だろう」
「そうですね。なんか今、気力ゲージがガリガリ削られてます」



この場から離脱できる嬉しさも余って、言峰に続き急いで食事を終えたマキナ。無益な争いをしている間、話は進んで、俄か心躍らせて言峰に付いて行ったマキナの後姿を見て、少なくともランサーは、“あのままアレに転がっていくんじゃ…”と不安に思ったのだった。



 



(…)
(2011/12/17)






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