Thysta



「おや、マキナさん」
「総主…!」



既に首元胸元は隠したとはいえ、一体いつから、どこから見ていたのだろうか。この、24時間営業の聖人君子な笑みの少年は。後ろに付き従う白騎士は、相変わらずマキナに向ける視線に軽蔑の色を滲ませている。

そう、首元は隠したが、耳元はそのまま。その違和感たっぷりな耳飾りに、やはり少年獅子王も目を留めたのだった。そして彼には、凛と違いその耳飾りに見覚えがある。気付いた彼は、目を瞬かせ、意外そうな表情でマキナを見た。



「その耳飾り…マキナさんのサーヴァントとお揃いではないですか?」
「!」
「――…!」



最早…この少年獅子王──レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイに耳飾りの正体がバレたことは仕方がないとしよう。しかし…問題は、そのことが遠坂凛という“あかいあくま”にバレたことだ。マキナは大層慌てた。



「いや…コレはただ…略奪しただけってゆーか…パクっただけってゆーか…」
「へぇー…」



またしても苦しい言い訳を──否、今度は、実は真実なのだが。凛がマキナを見る視線は、既に獲物を追い詰めた蛇の如く。



「億死の工廠…無垢なる暴力(フローレス・バイオレンス)とも名高いアンタが…サーヴァントの耳飾りを付けてはしゃいじゃってるワケか。有頂天になって喜んでいるワケねー、へぇ──」



スルーしてやることもできたのだが。マキナの狼狽した表情を見て嗜虐心パラメータが最大値に達した凛には最早出来ない相談だった。そして、とりあえず否定するマキナ。



「ちがっ…!」
「何が違うのよ」
「……私もコレつけてみたら世界が違って見えるんじゃないかって…」
「…はい?」



“蜂に刺された”以上にワケのわからないことを口走り始めた。しかし…凛は律儀に。そしてレオも当然マキナの釈明を聞いてやった。



「世界中の人間が皆雑種に見えるんじゃないかって…人がゴミのようだフゥハハハハハー!!をやりたかっただけなんです!」
「……」



正直、よく…わからない。
まだ凛が、マキナのサーヴァントの正体を知っていればなんとなく彼女の言わんとしていることが判ったのかもしれないが。あまりの支離滅裂さに一瞬殴ってやりたい気にもなったが、呆れが勝り、凛は疲れたように溜息を吐いた。



「…そのイヤリングがサーヴァントのもので。それを身に付けると…そういう独裁者的な気分に浸れると思った…?しかもそんな相手とヤラシイことしてるって…相変わらずアンタのことが理解不能だわ…」
「!」



今度は嗜虐でも何でもなく、凛はマキナを分析しながら言った。しかし、何の気なしに呟いてしまった言葉は、皆まで場の全員に届いたのだった。それこそ不可抗力なのだが、マキナは“余計な事言いやがって…”という視線を凛に全力で送っている。成る程、どうやらレオは、そんなマキナとサーヴァントの仲を知らないらしい。まあ自分も今知ったばかりなのだから当然か。

マキナには同情の余地はないのだが、レオを見遣れば、相変わらずこちらは無垢に無情に目を瞬いている。代わりに憤慨したのは、白騎士の方であった。



「レオという婚約者がありながら貴女という女性はどこまで不貞を働くつもりか…!」
「私は婚約者って認めたことも、首を縦に振ったことも一度もないんですけど…!」



チガウチガウ、と必死にお断りするマキナ。マキナはその純潔性を主張したいワケではなく、単にこれ以上面倒事に巻き込んで欲しくないだけなのである。しかし、往々ににしてマキナの意志に意向に関係無く物事は進んでいく。



「構いませんよ、僕は」



凛とは違い、嗜虐を知らない無垢の微笑みが一蹴する。



「言ってしまえば貴女の意思など関係ない。」



王は人の心がわからない。
認識しても、理解をする必要が無い。そう帝王学を心得た(インプットされた)レオには取るに足らないことだ。いつもと変わらない調子で、レオは続ける。



「貴方が誰に想いを寄せていようと、僕を愛さなくとも。マキナ・カラミタ・グラタローロは我々ハーウェイが管理すべき存在…彼女は何れ僕の妻となる。それは世界の決定事項です。他ならぬこの世界の為に、そうでなければならない」



威圧感(オーラ)たっぷりのレオの言葉にマキナは早速、深く考える事をやめ、聞かなかったことにした。正直その“聞かなかったことにした”が為に、余計に婚約の話が拗れてしまったのであるが。どちらにしろ、マキナがどれ程もっともらしい反論をしようと
この獅子王の耳には──否、心には届きも響きもしないのだ。無視(スルー)するしか、術はない。スルーすると同時に無表情になり、レオから目を逸らしてみたマキナは、そこでまたしても、嫌なものを目に入れてしまったのだった。
二人目の敵である。



「オイシソウ…」
「…おいしくねーよ…」



遠くから呟かれた言葉に対し、思わず答えてしまうのだが…しかし二人目の敵は、物陰から隠れて(全然隠れられていないが)ただ、ねっとりとした視線をマキナに送るだけで満足しているようだ。性質(タチ)が悪いことには違いないが。まあこちらも無視でいいだろう。無視。

しかし、当初の目的はどこへやら。サーヴァントから無断で強奪した耳飾りを付けてみて
正直凛の言う通り有頂天になって、部屋を飛び出して。きっと誰かに見せびらかしたかったのだ。その目的は既に果たされているに違いない。こうして何人もの目に触れさせることになったのだから。

もう用事は済んだのだから、マイルームに戻ればいい。だが雰囲気的にも、威圧感的にも、串刺し的にも──或いは食欲的にも。この場から逃げ果せるのはそう簡単なことではなさそうだ。

サーヴァントもそろそろ目を覚ます頃ではなかろうか。無断で耳飾りを奪って装着していることがバレたら──若しかしたら怒られるかもしれない。段々と不安になってきたマキナに対して凛は…マキナにとって予想外のことを言ったのだった。



「…まあ、恋愛に疎そうなアンタのことだから、大方サーヴァントにいいように言い包められて、手篭めにされてるってのが実態じゃないの?目、覚ましなさい」



凛なりにここまでのマキナの挙動を見て判断し、尚、マキナの為に忠告を。しかしマキナは…そんな凛の言葉に対して。例え凛やレオ達にどう思われようとも、それを聞き流す事は出来なかった。



「…違います」
「ん?」



否定。
それは何に対する否定なのか。
軽く流されると思っていた凛は、それこそ予想外のマキナの反応に目を瞬く。見詰めるマキナの表情は、いつになく真剣そのものだ。



「私が……好きです」
「何を、よ。」



「私が好きです」では、マキナが何を好きなのか対象がわからない。ごくり、と再度生唾を飲み込んでから。マキナは今度こそ、しっかりと答えた。



「王様のことを……私が好きなんです…!」



思いもよらぬ告白に、凛は耳を目を疑った。“王様”とはサーヴァントのことか。この女の口から、特定の対象に対する明確な好意を聞くことあろうとは。しかし、マキナにとってそこだけは偽る事ができなかった。

相手──サーヴァントが自分をどう思っているかに、確信は持てない。しかし一つだけ確かなのは…誰に頼まれた訳でもなく、本心から自分が好いているということだ。自分の為にも、相手の名誉の為にも、訂正しないわけにはいかなかった。マキナには。



「よくぞ言った」



マキナの背後に、金色の光の粒子群。
見る見るうちにそれは、人の形を成していく。あっと息を呑んで振り向き、そしてマキナは固まった。そして顕現したのは――正に黄金が似合いの、光輝く王。最古の英雄王ギルガメッシュ。



「お前に群がる有象無象の雑種どもにもう一度聞かせてやるがいい」



自分を見上げたまま絶句しているマキナをまっすぐに、愛しげに見つめ、篭手越しの手をマキナの耳の後ろに差し込む。当たった指先に、彼の愛用する耳飾りが揺れる。そうして、マキナの左頬から項にかけてを包み込む。その視線が自分から逸らされることがないように、とぐっと上に引いた。



「お前が惜しみなく愛を注ぐのは――…我ただ一人だと」



燃えるようなその視線と、触れた手から一気に引火したように、マキナは顔中…耳まで赤く染まりあがり、呼吸の仕方を忘れてしまった。故に数瞬後には、酸欠気味になって息が荒ぐ。紅蓮の双眸の、有無を言わさぬ圧力。しかしそれがなくとも…言わぬわけにはいかないと、マキナは無意識に確信していた。



「わ……わたくし…間久部マキナは……」







この、ただの一言がどうしてもいえなかった。







「あなたのことを…愛……して…おります…」



否、ほぼ無意識には、何度も言っている。だが…確乎たる自覚を持って口にするのははじめてのことだった。複雑な演算処理をしている訳ではないのに、脳の処理能力が限界を超える。泣きそうな気持ちをぐっと堪えて唇を噛み締めたマキナは――



「――けど変態!!」



 ゴッ とまた鈍い音を立てて、鎧越しにでも強烈な脛蹴りを繰り出していた。



「愛する男を足蹴にするか…!」
「豆腐の角に頭をぶつけて、ぷわわーっに踏まれて、泥に溺れて死ね、変態!」



衆目を前にした告白、その羞恥にマキナが耐え切れるはずが無かった。腐れ縁の少女を、一方的に許婚扱いの少年王を、白騎士を、人肉嗜食(カニバリズム)らしいピエロを、そして自分の大事なサーヴァントを何もかも置き去りにしてマイルームに逃げ帰ってしまったのだった。











そして、時間は進むが場所は戻り――…一日のはじまりと終わりの場所、寝台の上で。
気だるげに寝そべるサーヴァントの傍らに坐し、含羞んで聞いた。



「……似合ってないですか?」



ギルガメッシュは、目を細めて見せてから応えた。



「似合わんな」
「…やっぱり」
「だが、悪くはない」
「…!」



また先ほどと同じように耳の後ろに手を遣り、親指の腹で頬を撫でる。見上げながらも見下ろすその瞳に、口元に俄かに笑みが浮かんでいた。マキナは堪らなくなって、その胸に顔を埋めた。



「寧ろ、よい」



その頭を撫で、指で髪を梳く。言われたマキナが息を呑むのを肌で感じ、顔を押し付けたまま、深呼吸をするマキナの吐息が熱い。

暫しそのままに。
何かを言わんとしているだろう、マキナの心が定まるのを待った。やがて消え入るような声で、また。マキナが問いかける。



「…恥ずかしがったらダメですか…?」



腕を突いて、ゆっくり起き上がったマキナは目を瞑ったまま、また歯噛みしていた。いつものように、また、泣きそうでもある。そうしてやっと目を開いたかと思うと、ギルガメッシュを見下ろしながらも上目遣いで続けた。



「もっと堂々と…王様のこと好きでいなければ…ダメですか?」



間を置かず答える。



「無論だ」



それを聞いたマキナは、悄然と力なく呟く。



「雑種めは……当分王様のご期待に添えられそうにありません…」



マキナは、誰かを好きになることがこれ程までに苦しいことだとは思わなかった。息をするのも辛いほどに。時には立つことすら儘ならない程に。だが、この苦しみの中で死んでしまってもそれはそれでいいと思える。自分の信念も矜持も執着も目的も、全てかなぐり捨ててしまってもいいと思えてしまう背徳的で、致命的で、重篤な感情(エラー)…

完成していた自分が不完全になっていく。

0と1のみで構成されていたマキナの世界が、2になっていく。




瞑目し逡巡していたマキナの目を開かせたのは、頬を覆う大きな手。



「…そんなお前も、悪くないがな」



自分を包み込む腕(かいな)と、受け止める胸に、安堵と恐慌とを覚える。願わくば、この人の胸の内に、死にたい。自分には過ぎた望みを抱きながら、堕ちるように身体の力を抜いた。

マキナを不完全にしながらも、マキナには抱え切れないほどの愛と幸せをくれた。そのお返しに自分には何ができるのだろうかと――融けゆく意識の中で、朧げにマキナは考えるのだった。






(…)
(2011/11/10)






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