from Mayhem :01


予選通過時、最後の決闘の場で尚且つサーヴァント召喚の間。ムーンセルの意思でか呼び出されたギルガメッシュだが、まずは実体化せずにそのまま自身のマスターらしき少女を値踏みしていた。

まずは容姿。
ムーンセルからの基本情報で、カスタムアバターではあるものの現実世界での容姿そのものを再現しているらしいことは解る。プラチナブロンドに、血液の赤が透けたブルーの瞳は紫に見える。当然肌も白いのだが、純粋な西欧人には見えない。東洋人との混血のようだ。
――それこそ、言ってしまえば雑種だろう。父母どちらか若しくは両方からの遺伝の恩恵か人目を引きすぎる美貌を備えているのだが、少女の年齢にそぐわず泰然自若――経験を積んだが故の貫禄染みた自信すら備わっており、実際は中々生意気な顔つきをしている。

次に行動。
あろうことか、少女は自分が召喚したであろうサーヴァントを探しもせずサーヴァントの姿が見えないことを不審にも思わない素振りで、少しだけ自分の身体を点検した後、歩き出した。サーヴァントを必要としない、余程自信のあるマスターか何かしらのルールブレイクを働いたアウトローかそして要するにギルガメッシュは置いてけぼりを喰らった。

そもそも望みもせずに呼び出されて不機嫌極まりなかった彼は人物が無様にサーヴァントを探す姿でも見せたら消してやろうと思っていた。予想していたどの展開とも違う――このような事態は想定していなかったギルガメッシュは少々呆気に取られたことにより不機嫌さが幾分か削がれ、考えを僅かに改める。しかしそれでも姿は現さず、折角現界したのをいいことに主人の為ではなく、自分の好きに行動することにしたのだった。退屈になった暁には、マスターを消せばいい。

それより二日後の今。
このような修羅場になるとは終ぞ予想はしていなかった。それはマキナも。













「王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)」



黄金の空間と無数の刃が現れた『後に』男は宝具名らしき名称を口にした。振舞いは王、そしてバビロンとなれば古代メソポタミアの王様か何かだろうか。そんなことを考えるのは後回しにすべきか…何しろ、刃がこちらに向かって飛び出してきた。こちらも投げつけるような真名解放と共に宝具を展開する。



「億死の工廠(ギガデス・アーセナル)!」



戦車用の電磁複合装甲――を三重に。様子が全く見えないのは困るので、それを不可視の状態で展開。跳剣の音が豪雨のようで、絶えずその境界でジリジリバリバリと放電が起きている。

今のところ装甲は用を成している。が、この状態がいつまで保つかはわからない。

英霊には神霊適性が存在する。男が古代メソポタミアの王であるというのであれば紀元前――神話の時代を生きた英雄の可能性が高い。それは同時に神霊適性を有する可能性が非常に高いということを意味する。対して自分はそれこそ純粋なる『人間』の英雄だ。神霊適性など皆無。

神霊属性皆無の宝具が、バリバリの神霊属性を有する宝具に果たして相性として太刀打ちできるのかはやってみるまで分らなかった。ふと、刃の雨嵐が突然止み、同時に轟音も、ゴォン、ゴォンとその残響だけがリフレインする。


「…何だそれは」
「宝具です」
「ただの人間風情が宝具を扱えるものか」
「私も一応『英雄』の端くれらしいので」
「何…」




そう、私は『英雄』だ。
少なくともムーンセルは私を『英雄』と認めたのだ。西欧財閥の情報で、聖杯戦争にサーヴァントの持ち込みが可能だと知った時、私はコレがまかり通るのか試してみたかったのだ。違法(ルールブレイク)をやったワケではない。あくまで掟破り(イレギュラー)だ。自分の『英雄』としての情報は自分で設定(カスタマイズ)するなりしたが、基本的にクラッキングの類はやっていない。だから曲がりなりにも正規の『英雄』だ。本選開始と共に登録された、最新鋭(しんまい)の。








「………」



 英霊とは、通常死後『契約』することにより時限を超越し、過去未来に渡って人類を守る存在だ。生前より『英雄』扱いされる者は数多くいるが、生きたままの人間が『英霊』となった例はないはずだ。何より、こんな小娘がどうやって『英雄』扱いされているというのか。そもそも、たった一度の防衛成功で『英雄』と認めるのも安直だ。一度位であれば高度な魔術礼装で防げないこともないとは言い切れない。ギルガメッシュは、黙って腕をマキナの方へ向けゆっくり振り下ろす。再度、黄金のゲートから…全て異なる形状の刃物が射出された。





「…“バルカン・ファランクス”」



装甲は不可視のまま残してある。しかし元来の性格からしても、防戦一方は柄に合わない。防御は出来るに越したことはない。だが…攻撃こそ最大の防御だ。相手が先程と全く同じ攻撃をしてくるとも限らない。最前列の装甲の両脇に、今度は可視の状態でバルカン・ファランクスを二基。実体化と同時に稼働、それこそ刃のガトリングをガトリングで迎撃。アレがどういう類の宝具か判らないが、当然こちらの一発と向こうの一振りが同等の強さ・威力・耐久のワケがない。しかし毎分5000発弱の発射速度に加え、現実世界と異なり自分の意志で弾の補充が可能、魔力が続く限り無制限に撃てる。一度実体化さえしてしまえば、目標は自動認識の為私が照準を合わせる必要は無いが問題はあの金キラメソポタミアンに跳弾することだ。目標を捕らえ損ねた弾、一定距離を通過した弾を例外なく消去することには特に集中しなければならない。


成果は上々。弾幕はほとんど攻撃を捉えている。武器破壊まではほとんど到らないが、その進路を変え壁にダーツ、或いは床に叩きつけその攻撃力を殺いでいる。


しかしまあ、とにかく酷い音だ。クランクの回転音から射出音から衝突音から、弾幕をすり抜け装甲に跳剣する音が重なり合い…ただの人間であれば、鼓膜が破れるかもしれないほどの爆音。当然この状態で互いが何か喋っても聞き取れる筈が無い。

だから男は再度攻撃を止めた。当然此方もそれに倣う。



「――成る程、あながち空言という訳でもなさそうだな」
「……」
「奇異なことだが貴様は確かにサーヴァントとしての力を有しているようだ」



その実験も兼ねての実戦だ。アリーナで敵性プログラム(エネミー)を倒すのに自身の力は有効だったがサーヴァント相手にも同様かは試すまでわからない。実を言えば、自分自身でもまだ半信半疑だったのだ。本当に自分が『サーヴァント』足り得るのか。自分以外に別にサーヴァントが存在すると知った先程からは、余計に。

この金キラがサーヴァントの中でどの程度の実力なのか、そして今までの攻撃がどの程度本気なのかは判らない。だが、こちらとて数多あるストックの中の一部しか出していない。余程の絶望的状況がなければ、最高で圧倒、最低でも渡り合えるのではないか?


これは慢心だろうか。
男は私が攻撃を防いだことに対して感心はしているようだが焦燥感を抱いている様子は無い。多少不機嫌そうな表情をしてはいるが…



「我が財宝(バビロン)を一時とはいえ防ぎ切ったのは賞賛に値するぞ、雑種。褒美に“原初の地獄”を見せてやろう」




突然、
テンションが上がったのか「フハハハハハ!!」と高笑いし始めた男に色んな意味でドン引きする。いきなり高笑いしはじめたのもコワイし、その“原初の地獄”とはナニモノだ。ナニカサレルヨウダ。

何より、再三光を放つ男の背後のゲート。先ほどとは比べ物にならないエネルギー反応だ。無数の武器が飛び出したゲートから、ただの一つの、奇怪な形をした剣が、今度は柄から姿を現し始める。


それを剣と形容していいのかすらわからない。何故なら刃が存在しない。或いはドリルにすら似ている。当然高エネルギー反応の元はこの武器。どういう用途でコレを使うというのだ。だが…“原初の地獄”という言葉も併せて考えると、これは物理攻撃をする為の武器ではないだろう。


それはとてつもなく、ヤバイ。
魔法的概念的攻撃を繰り出すものならば、それは自分には恐らく防ぎようがない。そんなモノは現代の…否、私の科学でも実現しようのないモノだ。そして、例え実現できたとしても、私に神霊適性はない。相性で太刀打ちできない可能性も高い。

「ごめん」と謝るか?降参するか?否…それは既に、選択肢として存在しない。
概念武器を実現化すること以上に無謀なことだ。この男相手にそれは最早、在り得ない。




男が剣の柄を握りしめる。
嫌味な全身金色主義が、今は“王で在る限りこの色以外は在り得ない”と思わしめる程…様になっているように映る。

私の威勢の良さも無鉄砲さも、臆病も最早ここまでだろうか…剣を握る男の姿を前にし、無条件に弱気の波が押し寄せる。“この男には、負けても仕方がないだろう”何故か私はそう理解し始めている。最早此処まで、平民は王の足もとに傅くのみ──よもや一回戦すら迎えることもなく。あの、憎たらしい間桐慎二とやりあうこともなく…

……?
唐突にあの小憎たらしいものの、憎みきれない顔を思い出す。思い浮かべてみると、何故か急に気が抜けて無意識に鼻で笑っていた。おかしい、おかしすぎるぞ。何もかもが急に可笑しくなって、笑いが止まらない。

私はおかしい。正直な話いつもおかしいが、今私は最高に最悪におかしい。

基本方針を、私の骨子とも言える部分を忘却していた。
“神など存在しない”

私は無神論者ではない。
人は、人智を越えた出来事を“神の御業”と称する。しかし、神の御業(そんなもの)は存在しない。全ての物事には必ず理由がある。夢の無い話だといわれるかもしれない。だが、私にしてみれば、私が一番夢見がちだ。何故なら、どんな“神業”だろうとも。それがこの世界で実際に起きた出来事である限り、実現(さいげん)可能に違いないのだ。実現できないのは能(あた)わないのだ。知識なり、エネルギーなり、環境なり、条件なり、何かが。必ず。要因を全て揃えることさえできれば、神の御業は必ず実現できる。私はそう確信しているのだ。超常現象、人智を越えた出来事を“神業”と称し思考停止することはそれこそ神への冒涜だと、私は信仰している。

だから、“神霊適性”が何だというのか。“神(かみわざ)”に抵抗(いどみ)続けるのが私だ。いついかなる状況であろうと、私は“神”に屈服する訳にはいかないのだ。



剣の発するエネルギーは既に厖大の域すら越えている。あまりのエネルギーに空間が歪み始めている程だ。

──空間の歪みか…ならば現段階で取れる方法といえば、荒業だが、此方も空間を歪ませる程のエネルギーで相殺を試してみるほか無いかもしれない。経験がないので賭けでしかないが、決意した私はソレの実体化に心して取り掛かった。





 「出番だ…エア」



 黒い刀身全体に刻まれた紋様が、流れるように赤く、一層強く光を放ちながら回転を始める。対するマキナは、黒く巨大な銃身を作り上げ、チャージを続けていた。



 「…禁圧、解除」



 想定をまだ上回る相手のエネルギー量に、マキナもリミッターを解除する。命令の入力と共に銃口は形を変え、巨大なアンカーが降りる。当然エネルギーの供給源は他ならぬマキナ。“永久機関(偽)(エネルギー・インテーク)”も最大レベルでのフル稼働。銃身の長いこの銃(というより大砲)には引鉄はない。管制システムすら無い為、マキナはその銃身に触れ、自身が兵器の一部となる。取り込んだエネルギーを直接流し、演算処理を行う。後は相手のタイミングを測り、射出するのみ。

 ギルガメッシュがエアを構える。
 マキナも、照準を合わせる。
 マキナには迎撃しか選択肢がない。
 故に必然的に、先に動いたのはギルガメッシュだった。


 「“天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)”」
 「重力子放射線射出装置……発射!!」



 世界(くうかん)を切り裂き奈落(無)へ落としめる斬撃と一切の許容なく世界(くうかん)を消滅(無く)す銃撃との邂逅。どちらか片方だけでもアリーナを消滅させておかしくない威力。その衝突地点(グラウンド・ゼロ)――或いは混沌が始まっても可笑しくないのではと思われるその地点は

 それこそ痛い程の静けさを伴って、“無”だった。



 「!」
 「……」



 きれいさっぱりと、何事も無かったかのように消えてしまったのだ。無(ゼロ)と無(ゼロ)を足しても無意味(ゼロのまま)なように──ただし、ゼロより後方のマキナだけは、衝撃に耐える必要があった。夢物語兵器を即興で無反動の構造に作りあげる余裕は今のマキナにはなかった。常人であれば体が引き千切れる程の反動。しかしマキナの身体は、それは現実のものからして既にサーヴァントのステータスである『耐久』に反映させる為そして“億死の工廠(ギガデス・アーセナル)”を使いこなす為所謂『強化手術』を施して鋼の耐久力を獲得している。しかしマキナは耐えるだけでなく、寧ろ此処でこそ能力を最大限に生かす。“永久機関(偽)(エネルギー・インテーク))”である。マキナの周囲のあらゆるエネルギーを魔力に変換し取り込み蓄積する能力(スキル)。

 ある意味貧乏性に違いないが、反動の衝撃も、放射された熱エネルギーも含めやはり最大限稼働し、取得可能なエネルギーを全て取り込み直す。


 マキナは“重力子放射線射出装置”と呼んだが、実態は“単なる”極小のブラックホール発射装置だ。寧ろそれこそ此の兵器(宝具)の原典である名を重んじての命名。

 この『乖離剣・エア』と『重力子放射線射出装置(偽)』が衝突し対消滅したのはあくまでムーンセルの判定の結果であり、現実世界で同じ対決をして同じ結果になるかはわからない。そもそも『乖離剣・エア』自体が神話の産物であり『重力子放射線射出装置』とて現時点で実現不可能な兵器。当然何らかの計算式は存在するだろうが、それが明確になっていない内はある意味、ムーンセルの裁量次第で結果が違ってくる。相手に押し負けることもなく、こちらが押し勝つこともなかった。本当に今日のマキナは『幸運』であったとしか言いようが無い。それこそ或いは、どれもこれも何もかもが全てはマキナとサーヴァントとの相互理解の為の“お膳立て”であったかの如く。












「正直…驚いたぞ、小娘…!」
「…お褒めに預かり…どーも…」



恐らく男以上に驚いたのは私の方だ。まさか本当に上手く行ってしまうとは思わなかった。あまりに出来すぎだ。元よりある種チートに近い能力を持っていると自負していたがその上こんなコトまでできてしまうのであれば、私は向かう所敵無しなのではないか?否、今すぐにでも気を失いたい程のあらゆる消耗…この様では、外すか相手が蘇生の宝具や能力でも持っていれば袋叩きだ。

そして、いつの間にか私の呼称が『雑種』から『小娘』に格上げしたらしい。男が…サーヴァントがとても楽しそうな表情をしている。ヨカッタヨカッタ。楽しくてヨカッタネ。あーダメだ、倒れそうだ…。



「披露困憊…といった様子だな」
「ええ───それはもう──帰ってすぐに眠りたいほどには」
「フン…」



弱っている自分とは反対に、金ピカ純血種にはまだ余裕が残っている。今ならとどめの一撃を寄越すこと位造作も無いことに違いないがしかし、男は武装を解除した。手にしていた『乖離剣・エア』とやらも消えてなくなる。



「貴様に少し興が湧いた。」
「!」
「我を愉しませる間は、貴様の茶番に付き合ってやろうではないか」



何ソレ。正直ありがたいけどあんまり嬉しくない。何で相反した気持ちが共存してるんだろう。そしてこんなことを考えられている内はまだまだ自分も元気──と考えていたら…



「…あ、」



全身の力が抜けて膝を突く。しばらくその状態からも動けずに、やがてゆっくり尻を。次にまたゆっくりと頭が先駆けにアリーナの床に横倒った。確かに脳も、精神的にも疲弊しているが…それよりも肉体的な疲弊がピークを突き抜けているらしい。一度倒れ伏してしまえば、やはり床に貼りついたように動けなくなった。それでも動こうという意志が少しでもあるので――痙攣した体は、地上に放り出されたサカナのようだったろう。

疲弊の原因は──
分析しようとしても思考がまとまらなくなってきた。

私は最終的に、地べたから眩しげに王を見上げる卑賤な存在となってしまった。強制終了されるように唐突に意識が落ちて行く私は最後に。
何か温かいものに掬い上げられる感覚を覚えた気がしていた。何も考えられなくなることは恐怖なのに身を任せてしまいたい怠惰な安らぎに渾てを委ねる。



 


(…)
(2011/08/14)







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