chaos divagate route"1" :01



――良いにおい…

微睡から一段階ずつ、目覚めに向かっていく。漠然と、良いにおいだと。マキナは感じていた。しかし次第に目覚めていくにつれ、それがどんな類の“良いにおい”なのか――洗ったばかり衣類のにおい、晴れの日に干したシーツのにおい、草花のにおい、?



「……」



どれにも当てはまらない。そして何よりこのにおいは…



「…!」



マキナはやっとのことで飛び起きる。そして、寝癖や着衣の乱れを確かめる精神的余裕もないままに…ベッドから、そして自身の部屋の仕切りである分厚い幕を勢い良く開き――その向こうの光景を目に入れた。



「! お目覚めでしたか。おはようございます、マスター」
「…ランサー」
「ちょうど良かった、そろそろ起こしに伺おうと思っていたところです」
「…あの、さ…」



 ゴメン、変なこと聞くけど。と前置きをした上で。尚且つなんともいえない表情を浮かべ



「……ナニコレ?」



怪訝そうにランサーに問いかけた。



「――…マスターの為に昼食を作っていたところです」
「ごめん、それは…見れば何となくわかるんだけど」



予想を違わない回答。ここまで様式美である。マキナは、良いにおいの発生源に目を遣った。もうぶっちゃけてしまえばそれは…所謂バーベキューである。見ると…その網の上にはマキナが冷蔵庫に入れた覚えのない――海産物が。そこで気になるのは当然。産地だ。ドコ産だドコ産。一体何処で手に入れた。



「一の月想海は海をイメージしたアリーナでしたから…マスターがお休みになっている間に──」



仕入れてきたと。大漁だったと。とったどー!だったと。



「ディルムッド・オディ子!」
「…念のため申し上げておきますが、マスター。オディナは俺の苗…」
「知ってるんだよ、そんなコトは。」
「…それは失礼致しました」



またも支離滅裂な憤慨と言動が始まる。それなのに真摯に謝罪し頭を下げるディルッドの根性たるや見上げたものだ。そして部屋に充満する香ばしい匂いは、確実に、マキナの空腹を少しずつ煽っていく。



「キミは何だ?本当はアーチャーか?単独行動A+か?ナニ勝手にアリーナいってはるんですか?バカなの死ぬの?」
「…申し訳御座いません…ですがこのディルムッド、決してマスターに背くつもりでは…」
「おとなしくしていてくれるほーがますたーはうれしーんですけどー」



またしてもジト目でジロジロと睨むように見つめるマキナ。しかしその視線は、先ほどディルムッドに脛蹴りを食らわせて逃げ帰るまでと…今では明らかに違う色が篭もっていた。何やら、どうにも切実だ。その変化にディルムッドも当然気付いたようで、余計な口を挟まずマキナの次の言葉を待つのだった。



「…もう貴方一人だけの身体じゃないんだから、勝手なコトしないでください」
「!」



しかし、次にマキナの口を飛び出した言葉は少々不可解というか…誤解を招き兼ねないものだった。溜息を吐きながら言ったマキナは、言った後に、あっ、と。



「…すみません、言葉足らずでした。貴方が私のサーヴァントになった以上、貴方が死ぬことはイコール私の電脳死に繋がるので…私の目の届かないところに勝手に行かないで欲しいです」



そういう意味で言ったのだと、マキナは冷静を装って弁解したものの…しかし手があたふたと、しきりに上下させていたので、あまり意味が無い。



「弁解の余地が御座いません、以後気をつけます、我が主」
「ありがとう…」



ランサーのその言葉に、やっとマキナは肩の力を抜く。マキナがココまでディルムッドの単独行動に憤ったのには理由がある。時間は、マキナが自室に飛び込んだ直後に遡る。












マキナは、その気にさえなれば頭の切り替えは早い。サーヴァントを無情にも変態呼ばわりした後――ベッドにダイブしたマキナは、早速間桐桜から入手した情報端末を確認していた。

使い方は至極簡単であり、いくつかある機能の内、やはり最も重要なのはサーヴァントのステータスやマトリクスが閲覧できる機能。今の時点で見れるのは、マキナとランサーのステータス。

まずはマキナが
『筋力:A/耐久:B/敏捷:A+/魔力:E-/幸運:E-』

筋力、耐久、敏捷については上々。流石に身体に手を加えてきた意味はあったようだ。『永久機関(偽)(エネルギー・インテーク)』があるから魔力のE-はいいが、幸運のE-には流石に苦笑するしかない。『悲劇の少女』という固有スキルがあることからも…自分はどうやらムーンセルでは薄幸な人間だと判断されているらしい。マキナとしては少々首を傾げたくなるのだが…。

兎にも角にも、一番肝心だった宝具『億死の工廠』がA++と非常に高いランクだったのだ。これ以上欲張るのは、少々高望み過ぎるだろう。

自身のステータスにそれなりに納得したマキナは…そして次に――当然ディルムッドのステータスを見た。



「…槍兵(ランサー)、ディルムッド・オディナ……」



 名前までイケメン臭がするな…とぼんやり考えながら、その情報を画面一面に表示させたマキナは──固まった。

『筋力:B/耐久:B/敏捷:A++/魔力:E/幸運:F-』

筋力、耐久はまあまあか。流石にランサーだけあって敏捷は二重丸。



「いやいや、」



魔力がEなのが悲しい。敏捷が飛びぬけて高いのはマキナのステータスを反映しているからだろうが、魔力も反映されてしまっているようだ。



「いやいや、いや、…」



……見間違いだろうか。なんだかその横に有り得ない数値が表示されている気がするのは。



 F -


…Eの一番下の横線が、どうやら右上に飛んで行ってしまったらしい。霊子虚構世界だというのにドット落ちか文字化けか何かか?とマキナは一度リスト画面に戻し、もう一度開く。「横棒戻ってこい…!」を呪文のようにブツブツ唱えながら。戻って開いて、寧ろ待受け画面に戻って再度開きなおして──…何時如何なる時にセラフから重要な告知が来るかわからないからだろう。再起動はできないようだった。そしてその作業を十回近く繰り返した時──マキナは

それがEではなくFなのかもしれない。という現実を受け入れた。



 意味がわからない…
マキナは横に情報端末を放りだし、シーツに突っ伏した。ステータスはEからExまでの間で数値化されるハズだ。Fなど有り得てはならない数値だ。それが何故──

いや、やはり断固有り得べからず。これは監督AIである言峰に尋ねなければならないだろう。しかし…まだまだ他におかしいステータスがあるかもしれない。全てを確認してから…と、一先ずマキナは後回しにした。



「――…」



自分のE-も大概だが、このF-はどうしたものか。“ディルムッド・オディナ”ケルト神話のひとつ──美しく悲運な騎士の物語。古今東西様々な英雄のデータは調べているが、特別詳しいワケでもなく。

ギリシア神話のアドニスにも似た、強く美しく魅力あるフィアナ・フィンの騎士。

コーマック王の娘グラーニャは年の離れすぎたフィンとの結婚を嫌がり、自分と駆け落ちすることをディルムッドの誓約(ゲッシュ)とした。苦悩するも、仲間からの助言を受けディルムッドはグラーニャを連れ去る。逃避行の末二人は結ばれる。ディルムッドは父の領地を受け継ぎ、その地で妻と4人の子と共に暮らした。だが――…“猪を狩ってはならない”という誓約を破り、それ故にベン・バルバンの魔の猪によって瀕死の怪我を負わされる。かつてのディルムッドの主であるフィンは、グラーニャを奪われた恨みから…ディルムッドを救うことができたというのに、見殺しにしてしまった。そしてディルムッドの死後、グラーニャもディルムッドのことを忘れ、フィンの元へと嫁いでしまう。



よくあるトラジェディだろう。
そうか、“悲劇”──
成る程、通常依代がなければ自分に似たサーヴァントが召喚されると聞くが…その悲劇性を共通点として、ディルムッドは呼ばれたのだろうか。

まだ決まった訳ではないが、もしもそうだとしたら…自分程度が悲劇とは寧ろ彼に申し訳ない位で。そして、そんな理由で幸の薄いマスターに召喚されるなどそれこそディルムッドの悲劇である。そういう“性質”の英雄なのだから、仕方のないことなのかもしれないが…

マキナは自分なりにひとつ、決心する。そして引き続きランサーの他のステータスも確認し…アレコレと考えている内に結局───寝た。




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