from Mayhem :12



「……どこへ行った」



二回戦二日目の朝。ギルガメッシュが目を醒ますと、マキナはマイルームに居なかった。朝食の用意はしてあるが、メモ書きもなく、何処へ何しに行ったかがさっぱりわからない。――のだが、検討はついていた。

食事の用意だけすればいいと思っているらしい事も腹立たしいが、自分に黙って女と逢瀬をしている事実も許し難い。まあ、マキナが正直に話したとしても許可するつもりはなかったのだが。恐らくそれが判っていたからこそ、マキナも黙って行ったのだ。

そして帰ったマキナを咎めようと恐らく聞く耳を持たないだろう。思春期の女子…否、マキナの扱いは非常に難しい。

ギルガメッシュに扱い方を考えさせている…という事実がどれほど稀有で殊勝なことなのかマキナは判っているのだろうか。







from Mayhem,
to the NEXT...






「これ…ありがとう」



折り畳んだ重い布を、白野はマキナに差し出した。



「ちょっとはお役に立てたかな…?」
「それどころか、物凄く!とっても!役にたったよ」
「そ、そう…なんだ。それはよかった…」



マキナは何故か少々ぎこちなくそれを受け取り返答する。

此処は白野のマイルーム。マイルームは、マスターとサーヴァントだけの不可侵の領域だが
マスターが許可した者のみ招くことができるのだ。

マキナは、白野を購買で見つけた。とりあえず声を掛けて…そして焼きそばパンとカレーパンで朝昼夜を凌ごうとしていた彼女に待ったを掛けたのだ。招かれた白野のマイルームは、風呂やベッドなど最低限の設備はあるものの、全くカスタムされていないデフォルト状態の教室だった。参加者全員にデフォルトで使用を許可されている移動のコードキャストすら、使い方を知らないのだから仕方の無いことである。見回したマキナは、こう申し出ざるを得なかった。



「ねえ、岸波」
「?」
「よければこの部屋、もっと使いやすくしてあげるよ…」
「!」



可愛らしく小首を傾げた白野は、次のマキナの言葉に今度は目をまんまるにして、パチクリと瞬く。部屋の模様替えができるなど夢にも思わなかったらしい。



「そんなことできるの?」
「………うん。」



ってゆーか普通はするものだ、と思ったもののマキナは口にしなかった。白野はマキナに対して打ち解けているというか、親近感を持ってくれているのだが…何しろマキナにとって、白野はまだズケズケと突っ込める程無遠慮になれない。



「ご希望あります?」
「キッチンと洗面所ともっと寝心地のいいベッドが欲しい!」
「余は黄金の湯船が欲しいぞ!」
「あんな刑務所みたいなベッドで疲れが取れるわけがない。あ、あと冷蔵庫」
「赤い薔薇の鉢植えで部屋を囲むのも良いな、うむ!」
「…」



黄金の湯船。どこかの誰かさんと同じようなものを欲しがる英霊が此処にも居たか。余という一人称からも、やはりこの少女の英霊もどこかの皇帝か王様なのだろうか。苦笑しながらも、マキナは二人の意見を聞きつ、部屋の改竄を始めたのだった。











とにかく二人の要望に応えに応え、満足のいく内装になるまでおよそ小一時間。マキナは、早速こしらえたシステムキッチンで、軽食と共に茶の用意をしていた。何故だか白野が強くクロックムッシュを要望したので、鶏肉と茸を赤ワインとバルサミコでソテーしながら、横でベシャメルソースを作る。どうやら、サーヴァントとして召喚されたマキナがよく作っていたらしい。



「君の美味しい料理を…いつもアーチャーは食べてるのか?」
「…そんなに美味しいモンでもないですけど…」
「美味しいよ!ブリテン人の私からしたら腹立たしいくらいに」



ブリテン人にとっては美味しい料理は腹立たしいらしい。



「うーん…まあ、喜んでもらえるなら勿論嬉しいですけど」
「でも、基本的に料理なんて“精神衛生のため”に作ってるんだろう?」
「…そんなことまで私言ってた?」
「うん」
「……」



未来の自分も未だに精神衛生の為に料理をこさえているらしい。しかし、こうして改めて話していると──やはり自分は彼女のサーヴァントとして召喚されたのだな、とマキナはしみじみ感じた。ギルガメッシュに初めて作ったパスタもそうだが――マキナにとってクロックムッシュも、何品目も作るのが面倒な時のお手軽料理だ。



「うむ!美しいものが人の感性を育てるように、美味な料理もまた人の精神を豊かにするということだな?そなた…もしや余と同じく芸術家(アーティスト)なのではないか?」
「アーティスト…ですか」



余と同じく…ということは余も芸術家ということである。芸術家の王で豪華で美しいモノが好き…というと候補も絞られてくるのではなかろうか。そんなことも考えながら、自分が『余』の言う芸術家に当てはまるかどうかを思案する。すると思案するまでもなく、マキナが探していた適切な答えが横から飛び出す。



「マキナはアーティストだよ、傾向は”大量消費芸術(ポップアート)”だけど」
「ほう?」
「って前にマキナが言ってた」
「……」



 …なんだかよくわからないけど恥ずかしいぞ。未来のマキナも何となく厨二病が治っていないらしい。マキナが何も言えないでいると、白野の発言とマキナの顔を見て何か思案した後、『余』は、うむうむ、と何度も頷いたのだった。



「“大量消費芸術(ポップアート)”か…余の好みではないが、それもまた良し。芸術とは常に寛容であるべきなのだ。そしてあらゆる芸術を庇護するのが皇帝である余の務め。今後も精力的に創作に励むがよいぞ」
「あ…ありがたき幸せにございます」



マキナはノリで思わず『余』に一礼した。



「ま、まーね、確かにいつも美しい!最高!芸術!って思いながら開発してますよ、兵器」
「それでよい、自身に愛でられぬ芸術が他人を魅了できようはずもないからな」



まるで自分のことかのように満足げに頷く芸術王に、マキナは目を丸くした。ギルガメッシュと似た部分があると思いきや、この王はかなり寛容だ。何かと自分だけでなく、他人をも肯定してくれる。皇帝だけに。どうやら白野は良いサーヴァントを引き当てたようである。



「ウチのセイバーは良い王様だろう?君のあのアーチャーなんかよりよっぽど!」
「せ、セイバーさんは勿論良い王様ですけど…ギルガメッシュも悪くは…」
「あんな傍若無人で唯我独尊で自分以外皆雑種みたいなヤツのどこが…!?」
「…賢明な君主だけが国にとっていいとは…限らないってゆーか…その…」



最後の方はもごもごと口篭ってしまうマキナ。困ったような表情はしているものの、ギルガメッシュを擁護しているのは曲がりなりにも自身のサーヴァントであることの義理…よりも、心底自然にそう思っているように白野には見えた。



「マキナ」
「…はい」
「君は意外とアーチャーを庇うよね。もしかして好きになっちゃった?」



後ろめたい気持ち(?)のあるマキナにとっては、目を細める白野の視線が、自分を見咎めているように見え、何故だか少々焦ってしまう。本当は悪いことなど何もしていないはずなのだが。まるでギルガメッシュを庇ったり好意を持つことが罪かのようだ。



「べ…つに好きとか嫌いとかはないけど…」



依然、マキナをじっと見つめる白野の瞳は、しかし実際にはどちらかというとマキナを見咎めるというよりは、その真意を探りたいという想いが強く込められているのだが。



「面倒臭い人だけど、嫌いじゃないよ」
「うーん、そういうのじゃなくてさ、男性として惚れてない?」



今のマキナの言い方だと、人間的に好きか嫌いかという話に聞こえたので白野は聞きなおす。少し意外なことに、マキナはそれに狼狽するようなことなく真剣に思案を。やがて答え始めた。



「…顔がかっこいい、と思ったことはある…」
「……顔かよ」

「…性格も…優しいよ」
「優しいって…一体どこが?」

「アリーナでぶっ倒れたら…マイルームまで連れて帰ってくれたり」
「そんなの…目の前で人が倒れたらフツーは助けるだろう」

「ごはんも文句も言わずに食べてくれるし」
「作ってもらって文句言う方がおかしいだろう!ってゆーかマキナの料理おいしいし!」

「強引で横暴だけど、私が泣き出す前には許してくれるし」
「……えっ?」

「仮契約だったけど、私が消滅する寸前にはちゃんと主従契約してくれたし」
「いやいや…」



白野は首を横に振った。思いっきり振った。おかしい。何かがおかしい。



「それの一体どこが優しいんだ!?君の優しいの定義って何!?ハードル低すぎない!?」



白野は思わず立ち上がって裏拳ツッコミする仕草をしてから喚いてしまう。その様子に一度は目を見開いたものの、マキナは力なく笑って言った。



「エー、でもあの王様だよ?あの唯我独尊…自分以外は有象無象の雑種ってな王様がここまで優しいのはやっぱり奇跡だと思うんだけど…」



マキナが言うことにも一理ある。一般常識に照らして考えれば、ギルガメッシュの行為は何も優しくもないのだが――…その人となりを鑑みると確かに奇特な振る舞いである。しかし、例えそうだとしても。白野はその程度の優しさで満足してしまうようなマキナであって欲しくない。例え、幸せの定義は人それぞれ違うとしても、少なくともマキナが不幸になるような事態はそう易々と承服できかねる。



「それでも。その程度が優しいなんて、君の聖杯戦争は前途多難すぎるよ…」



親身に、溜息を吐きながら言った白野に対し、マキナは笑って言った。



「十分だよ、私にとっては」
「!」



その笑みはどこか冷たく、突き放したような印象だが、それは白野に対してではなく…否、何に対してなのか判断が付かなかったが…有無を言わさない拒絶は、見えない壁は間違いなく其処にある。



「だってただのマスターとサーヴァントだもん。及第点はとっくに過ぎてる…寧ろそれ以上は…いらない」
「──…!」



その言葉に、白野は少し戸惑いを感じた。第四次聖杯戦争では、マキナと白野の関係は明らかに“ただのマスターとサーヴァント”の範疇を超えていた。それこそ、聖杯戦争の短い期間の間の主従契約だったというのにだ。ただのサーヴァントがマスターにする奉仕にしては、度を越えていた。マキナの、白野に対するそれは。

そんなマキナがこれほど主従関係に淡泊なのに違和感を感じるものの、マキナの言葉に偽りは感じられない。しかしマキナの様子からもこの件についてこれ以上問い詰めても無駄だろう。



「そう…か。君がそう言うなら、いいんだけど…」
「ま、そんなことよりさ。岸波、二回戦は大丈夫なの?」



そしてマキナの方から話題を打ち切られ、逸らされる。思い起こせば、白野の知るジェスターも、答えたくないことは答えなかった。しかも目の前にいるマキナは、白野のことをよく知らない。今の段階からあまり深入りしすぎるのも考えものかもしれない。



「マキナは不戦勝になったんだっけ」
「うん、だからちょっと暇を持て余してる」
「そーなんだ」



だから恐らく、こうして白野にも付き合ってくれているのだろうか。クロックムッシュの後、マキナはまた別の料理を作り始めている。筍に鶏肉に緑色の茄子に……何を作ろうとしているのだろうか。白野にはまだピンと来ないが、相変わらずよく家事をする少女である。



「どうしよう、どうすればいいと思う?」
「何が?」
「……まさか幼女と殺しあわなければならないなんて」
「うむ…余も幼女を諌めるのは気が進まぬが…これも戦い故仕方あるまい」



やっとマキナの詮索から頭を離し――今の白野にとっては同様に重要で、避けては通れない問題。聖杯戦争二回戦目の敵。ココナッツミルクの香ばしい匂いが漂い始めたことで、やっとマキナが何を作ろうとしているか推測が行きながらも白野はセイバーと共に二回戦の敵マスターとサーヴァントについて説明を始めた。



[next]









「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -