from Mayhem :11



マイルームのダイニングで降ろされたマキナは、そのまま立つこともできず…すとん、落ちるようにカーペットにへたり込んだ。

疑問に対する解は幾つも貰った。それでも問いきれていない疑問はまだまだある。何故、白野やセイバーが自分たちのアリーナに居たのか…その疑問もある。

そして…自分と反対に仁王立ちのままのギルガメッシュ。何を、話せばいいのだろう。口にしようと思った言葉は全て、思案の末飲み込んでしまうようなものばかりだ。

“まだ貴方のマスターで居ていいのか?”
――聞くまでもなく、当然だと答えが返って来るだろう。寧ろ聞けば怒りを買うかもしれない。良くなければ、今頃とっくに乖離剣で両断されている筈だ。

“四十年前の聖杯戦争で、自分は貴方に何をし、貴方は自分に何をしたのか”
――これはそもそも聞くようなことではない。まず、別のマスターを持ちサーヴァントとして召喚された以上殺し合う定めだし…そもそも、今のギルガメッシュと自分の関係は奇跡に近いものであるとマキナは確信しているので、本来ならば屋上で出会った時同様、自身は兎も角、ギルガメッシュはマキナの存在を許容できない筈だ。だから、聞くだけ野暮というものだろう。

“言い寄っていた女とは?”
それは先の自身の発言通り、どうでも良かった。何しろ、ギルガメッシュとは聖杯戦争の間だけの主従関係なのだ。否、喩えそうでなくともどうでもいい。

すると残りの大きな疑問といえば――






「『架空の神造兵装(ファンタズム・エアリアル)』…そんな宝具を私は使ってましたか?」



聞けるとすれば、そんなこと位かもしれない。そして現実問題、それは聖杯戦争を勝ち抜いていく上で──また、恐らく今の時点で最も重要なコトだ。マキナは、打ちのめされたような…それでいて自嘲的な表情でギルガメッシュを見上げた。そして、ギルガメッシュはマキナを見下ろしたまま答えようとしない。知らないのか、それとも答えたくないのか──諦めよう、とマキナが顔を逸らしたその時だった。



「──天の鎖よ」



マキナは成すすべも無く。
それこそ宝具で身を守るという発想も持たず。ギルガメッシュが上げた腕と、その背後に黄金のゲートが現れたのを目に焼き付けたと同時。



「いッ…!! ぐっ…」



次の瞬間、マキナは四方八方と現れた鎖に両手を両足を、首を、胴をと囚われ――それこそ蜘蛛の巣に囚われた羽虫のように、否、それよりも間抜けに、ただ目を見開いて巣の主に真意を問うよう視線を送ることしかできない。



「な…んの真似ですか…!」
「足掻いてみせよ」
「は……!?」
「その鎖から逃れようと、足掻けマキナ」
「そんな…言われなくても──」



マキナが左手を引き右手を押す、身を捩る、頭を振ると──



「…!!?」



より強く、一層、鎖は加圧しマキナを締め付けた。身体を強化していなければ、真面目な話窒息死し兼ねない程の圧力。十もあろうかという数の鎖に拘束されたまま、マキナは…ただ、ギルガメッシュの次の言葉…もしくは行動を待つしかできないでいた。



「マキナよ、これがどういう宝具かわかるか?」
「わかりません」



即答した。
考える暇も惜しいくらい早く答えを聞いて解放して貰いたいらしい。否、そうして貰わねばマキナの身が持たない。



「虚けめ…その秀抜と称される頭脳で考えてみぬか…」
「ちょっ…それなら先に解放するかもう少し情報を下さい…!!」
「そうよな…この鎖は──ただの人間にとってはただの強固な鎖にすぎぬ」



抵抗すればするほど締め上げられるので、最早マキナは鎖に拘束されるがままに身を任せていた。“ただの人間”…とは何を意味するのか。それが善にも悪にも染まらない中庸の人間を指すのか、力のあるなしに左右される指標なのか…。
ギルガメッシュの口振りからすれば、このように締め上げられ、成す術もないマキナは『ただの人間』に該当しないのだろう。ならば自分が該当する指標とは何だ。後は判断の役に立ちそうなのは『天の鎖』という名称だろうか。天──やはり善悪のどちらかに自分が傾いていると言うのか…
だが、マキナは『善』とも『悪』とも玉虫色に人々に評されるし、何より自分自身が『善悪』の判断を持っていない。

そして、『架空の神造兵装』の質問の後に出されたのがこの『天の鎖』。少しだけ、まるで考えられない指標が思い浮かんだ。そして、そのマキナの僅かな表情の変化を認めたギルガメッシュは…マキナの抱いた疑問──寧ろ困惑に止めを刺した。



「『神性』を持たぬ人間にとっては、これはただの鎖だ」



全ての鎖から解き放たれ、天井近くまで吊り上げられていたマキナは自由落下する。とはいえ大した高さでもなく、また床に落ちようと――そんなことも眼中からなくなっていたマキナは受身を取ろうともせず。しかし、また床に受け止められることはなく、ギルガメッシュに受け止められるのだが──

揺蕩った髪はギルガメッシュの肩をふんわりと流れ、腰を支えられたまま、俄か苦虫を噛み潰したよな表情を浮かべ。マキナはギルガメッシュを正視できなかった。



──1人殺せば殺人者、百万人殺せば英雄、全滅させれば──…



目を閉じ、途方に暮れる。



「どこまでも身の程知らずな女だ」
「……冗談きつい」
「たかが人間風情の、ただの雑種が」
「……もうヤダ」
「確かに笑えん冗談だ」
「……もう帰りたい」



ゆっくりと降ろされた後も、マキナの身体を離さず…しかしマキナは、まるで応酬になっていないその弱音の通り、逃れようとギルガメッシュの胸を押す腕に力を込める。何処へ帰るつもりかは、恐らく本人も知らないが。押しても、押してもびくともせず。

数十秒ほど無意味に抵抗した後――マキナは、力の矛先を変える。ギルガメッシュの背中に両腕を伸ばし、しがみつくように抱き付いた。後先を何も考えない行動…寧ろ衝動だった。

やはりマキナの思うままに、抱かれたままで文句も言わないギルガメッシュに…マキナは、構いなく何も言わずに只々抱き締める。今までの自分では有り得べからぬ挙動だった。しかも、(それも有り得ないことだが)親類縁者ならまだしも、いずれ別れの訪れが来る相手に対して、無防備に甘えるなど。それは一部とはいえ自分の内面を曝け出しているに等しく。

口から軽々しく吐き出される浅薄な弱音よりも余程…如実にマキナの弱さを披瀝していた。

そもそもマキナがこんな風に、誰かに抱き付いたのはいつ振りだろう。父親にだってしたことはない。何しろマキナの父親はマキナが4歳の時には死んでしまった。

母親には抱きしめられるばかりで自分から抱き付いたことはなかった。

と、すれば──
いつ振りでも何でもない。
生まれて初めてのことだった。

特に両親を失った後のマキナは、誰にも頼らず、誰に寄りかかることもなく、ずっと自分の足だけで立ってきた。何の過不足も不自由も感じず、それを当たり前のこととして生きてきたのだ。なのに何故、これではまるで、ずっと父親の抱擁を受けたかった娘のようではないか。可笑しい、こんなことは、笑えないほどに可笑しい──



「王様…」
「何だ?」
「私、ちょっと疲れちゃいました」



黄金の甲冑に埋めていた顔と、しがみ付いていた腕を離す。内面を露呈した後にギルガメッシュに向けたのはあまりに綺麗過ぎて無表情な笑顔だった。



「朝から魔力搾り取られたり、仰天の事実の連続だったりしたんで、お昼まで一人で休ませてください」



マキナの申し出に対するどういう応えになるのか。無言で、再度マキナの顎を引き、上向かせる。全く抵抗する素振りもみせず、“搾り取られた”と言ったばかりの唇でマキナは其れに応じた。













「──ここまでにしといてください」



離れていた踵をやっと地に着ける。マキナは左手をそっと目前の男の胸に宛てた。



「これ以上やったら、今なら何か、惰性で全部受け入れてしまいそうなんで。ギルガメッシュのこと、何もかも」



言葉と心の内はちぐはぐに。マキナは含羞むように笑って、今度こそ其の身体も離す。



「──受け入れよ、全て」
「嫌ですよ、そんなの。面白くないし」



身が離れ、心が離れ、距離が離れていく。両腕と首筋に鎖による鬱血が遠目にも見えた。

寝る気なのだろうか。“おやすみなさい”と最後に告げてから…マキナは分厚いカーテンの向こうへと帰っていった。










既に百万人(えいゆう)の域を越え、全滅(かみ)の域へと歩み始めている。しかして終着点は『人類滅亡』なのだから、決してマキナが『神』になることはない。

ベッドに我が身を投げ、無意識に携帯を見るように情報端末を開けばExだった自身のマトリクスに、まさかの変化があったのだった。





神性『B』
純粋な人間の系譜に連なる正真正銘の人間の少女が“一人殺せば殺人者、百万人殺せば英雄、全滅させれば神”の体現者となり、十億の人の死と関わった彼女は今や『神』の域に近づき始める。彼女が純粋な『神』となるには人類を殲滅する必要がある。


架空の神造兵装(ファンタズム・エアリアル)
新時代の神である『機巧の神(デウス・エクス・マキナ)』は、およそ『神聖』『神話』『神秘』とかけ離れた産業発明以降の兵器を理解し愛する。現代の人々の“夢と願い(ロマン)”を、“神造兵装(SF兵器)”として結晶化する。それが『架空の神造兵装(ファンタズム・エアリアル)』である。文字通り『神』によって『造』られた『兵装』。『架空の神造兵装』には、神聖さの有無を問わず同等の威力を以ってすれば対抗できる。逆に、どれほど尊く眩い神代の兵器でも能う威力がなければ敵わない。




──大仰なことだ。
だが…よくよく考えればそう真摯に受け止めるものでもないかもしれない。何しろ、間桐慎二には“ゲームではなく殺し合いだ”と認識を改めさせようとはしたものの、これは矢張り、殺し合いのゲームなのだ。あくまで、“虚構世界”の中での。現実世界に帰れば、自身のサーヴァントとしての力など何も──



「……」



そこで思い起こされるのはやはり岸波白野の存在か。何かと自分を大切に想ってくれる未来(かこ)のマスター。四十年前の冬木の聖杯戦争──その時代にはまだ世界に魔力(マナ)が存在し、サーヴァントは虚構世界ではなく実世界にて召喚されていた。実際自分もサーヴァントとしての力を披露していたのだ。

認識が甘かったと言わざるをえないが、しかしサーヴァントとして召喚されることを想定はしていた以上…神性がどうこうというオプションが付加されただけで誤差の範囲だろう。卑賤で且つただの人間でしかないと思っていた自分に神性が付くなど夢にも…露ほども思わなかったが、あの言葉通りに英雄になった以上は当然の帰結で経過。

そして確かに、億死の工廠以外に別の宝具があったというのは…無理矢理納得させていた幾つかの疑問を自然な形で解消する。

重力子放射線射出装置も、分子破壊砲も。マキナが設計もしくは関与した武器・兵器を実体化する──という名目にはまるで収まらない兵器だからだ。何しろ現時点では、実世界にてマキナにも実現不可能な兵器。これらの宝具は『億死の工廠』ではなく『架空の神造兵装』に該当したのだ。

真名を違えたからこその、あの極度の疲弊もあったのかもしれない。また、まだ神性自体も『B』とそこまで高くないことからも。後は凛に指摘された魔術回路の不備──恐らく複合的な原因なのだろう。

しかし



何よりも。
全く腹立たしくも、相応しくもなく、それでもお誂え向きな宝具だことだ。マキナの矜持と信条に真っ向から反する『架空の神造兵装』。常々神などおらず、神業は必ず人間の手によって再現し得るものだと、そう信仰してやまなかったマキナを嘲笑うかのような宝具である。事実、この宝具があったからこそ、ここまで来れた。それがなければギルガメッシュのマスターになる事も出来なかった。笑い出したくなるも道理。しかしマキナは笑わなかった。そして絶望することも、諦観することもない。

いずれ『架空の神造兵装』も『億死の工廠』に列してやればいいだけの話だ。元よりそんな括りなどなくともそのつもりだったのだから──

はからずも余裕の出来ることとなったこの七日間。まずは再度自身の宝具についての再確認と再調整。そして、岸波白野ともう一度、否必要があれば何度でも会い、今度は二人でゆっくりと話がしたい。彼女が何故今まで記憶を失ってしまったのかも気になるし…あれほどマキナのことを心配し、大事に想ってくれた彼女に対して――そういえばマキナは、それに対する礼も何も述べていないのだ。割と簡単に心の整理を付けてしまうと、マキナは溜息のように一度深呼吸をし、目を閉じた。

そしてまた、その気もないのに…或いは思った以上に疲れていたのか、しばしの間、深く眠りにつく。

或いは二度と目覚めなければ、きっと誰もが幸せになれる









「…お前の言葉通りの再会となったな、道化」



安らかに思える寝顔に、涙が通っていく。傍らに座し、手の甲で頬を拭い睫を撫でる。
舐め取ればそれは、唾液よりも混沌として、それなのに透き通った魔力の味がした。

ギルガメッシュは、この月に現界して以降ずっと彼らしくなく、また、いつものように。ゆっくりとマキナの頬を撫でた。

 


(…)
(2011/10/21)






第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -