from Mayhem :11



栗毛色の豊かなロングヘアと、同じ色の深い瞳。黙っていれば人間大の陶器人形(ビスクドール)のように繊細で美しい彼女は今や、後ろに控える華々しい少女の英霊に勝るとも劣らぬほど堂々として頼もしげだ。

しかし──
彼女の使役するサーヴァントは…何故、スケスケのスカートで中が丸見えなのだろうか…

マキナはあらゆる意味で混乱していたし状況が掴めない。



「え、えっと貴方は昨日の……?…??」
「マキナ、君はご両親から悪い男に付いていったらダメだと教わらなかったのか?」
「…悪い男、ですか……」



先ほどから…この場に性別が男と分類されるのは一人しか居ない。意味がわからないが、彼女とギルガメッシュは知り合いなのだろうか?そして彼女の口振りではまるで自分も彼女と知り合いのようだが…



「あの…アーチャーって誰の事?それと私の名前知ってるんだね…?」
「!」



聞きたいことは山のようにあるが、まずは一つずつ順を追わなければ。マキナの質問を聞いて、元記憶喪失の少女は…驚きの表情の後に、あからさまに怪訝そうに顔を顰めたのだった。



「君を誑かしてるその男のことだ、最古の英雄王…ギルガメッシュ!」
「──…!」
「あっ…まさか…マキナも“アーチャー”なのか…?今は」



間違いなく、マキナにはこの少女の記憶がない筈なのだが――ギルガメッシュの正体を知っているだけでなく…今の発言は、マキナがサーヴァントだということを知らなければ出てこない。勿論、“アーチャー、私のサーヴァントから手を離せ”という先の発言と
そのアーチャーがギルガメッシュを指すことがわかった今、“私のサーヴァント”は自然とマキナに…なるのだが。
――“私の”?

動揺したマキナは、後ろを振り向いてギルガメッシュの表情を見遣ることもできない。振り向くのが怖いからかもしれないが…。



「驚いたよ…まさか君が、よりによってその男のマスターになってたとは。だって君は一人でも充分強いじゃないか…それとも今の君はまだ英霊になっていないのか──」
「──奏者よ、そろそろこの者達にも事情を説明するべきだと思うぞ」



元記憶喪失の少女も、恐らく記憶が戻ったとはいえ…色々と信じられないことがあり、疑問が次々と口を飛び出してしまうのだろう。困惑顔のマキナと…そして此方も珍しく、俄か幾らかの驚きを滲ませているギルガメッシュ。その主従の様子を見、また自身のマスターの為を思い、赤き剣の英霊は、諌めるように口を挟む。



「──…そうだね、ごめんセイバー…そしてマキナも。」
「い、いえ…」
「私は岸波白野、今から四十年前に日本の冬木市で行われた第四次聖杯戦争にマスターとして参加、そこで私は…君をサーヴァントとして召喚したんだ──」



一呼吸置いて、しかし端的になされた岸波白野の説明は…マキナが大部分の状況を理解するに充分なものだった。恐らく彼女の言葉に嘘偽りはないだろう。

マキナは、自分が英霊と認められた時点で──いずれ自分も。サーヴァントとして何処(いずこ)かのマスターに召喚される覚悟はあった。が──まさか過去の時代に遡って召喚されることがあろうとは…しかしこの少女が“四十年前”とは一体?



「君は“殺せない”制約さえなければ間違いなく最強のサーヴァントだった。君のお陰で私は聖杯戦争を生き抜くことができたんだ」
「……」
「多分、見た目は変わらないけどアレはもっと未来の君だったと思う。だから君にとっては初対面だろうけど…私にとっては“再会”だ。」



白野は困ったように、そして泣きそうに笑った。



「また君に、逢えて嬉しい」



ここまで来て、やはりマキナはなんと応じていいか判らなかった。多分、彼女の言う通り…そして自身の記憶からも彼女とは昨日が初対面。だから“私も逢えて嬉しい”とは返せない。しかし、“はじめまして”は何だか未来(かこ)のマスターであろう彼女に対して寂しすぎる。

そしてもう一つの…
正直マキナにとっては、最も大きな疑問──



「えーと…岸波。正直今の私にとって未来の事なら推測するしかないんだけど…でも私が貴女のサーヴァントになるというのは有り得ないことじゃないと思う。その節はどうもお世話になります…いや、お世話になりました…?――…で。貴女がどうして……“王様”を知ってるのか…教えてもらってもいいですか…」



そう。そうだ。
未来(かこ)のマスターである岸波白野とは初対面だった。しかし…彼女の今までの口振りから考えれば。まさか、若しかして、



「四十年前の聖杯戦争で…君もその男も、サーヴァントとして召喚されていたから」



既に縋るような瞳をしていたマキナは、ようやっと。ここで後ろのギルガメッシュを振り向いた。

猜疑の目ではなく、困惑の瞳で。
しかし、振り向く前からマキナに向けられていたその紅い双眸は…マキナに何の感情も読み取らせてくれない、少し冷たいものだった。マキナは無意識に、一歩。後退した。



「ってことは…王様にとって私は……あの日が初対面じゃなかったってことですか…?」



此処へ来て、マキナがこれ程までに動揺したことはなかっただろう。マキナの未来のマスターである白野は…相変わらず敵意を剥き出しに、ギルガメッシュを睨んでいる。しかしそんな白野の様子など、ギルガメッシュの眼中には無かった。



「そうなろうな」
「……ごめんなさい、ちょっと私…今一理解が及びません…」
「然り、お前の疑問も当然の事だ。──だが誤解するな。元はと言えば、お前の乱暴な召喚が元凶なのだからな」
「え、……は…?」
「お前が正式な手順で我を召喚しなかったが故、記憶に不備が生じたのだ。もっとも──“其奴ら”を見て漸く思い出したがな…」



ギルガメッシュのその説明に、魔術回路の不備やら、二重契約の特異性など幾つも思い当たる節があるマキナは、それはそれで有り得ると納得を。しかし、白野は別だ。そんなに都合良く都合の良いところだけ忘れるものか、と。



「出鱈目を言うな。 何を企んでいるんだ…オマエは!」
「フン…相変わらず鬱陶しい小娘だ。王への不敬をマキナから学んだか?だがな、我がその無礼を許す雑種(どうけ)はマキナのみ。貴様には遠からず死を以ってその不敬を償わせるぞ」
「いや、ちょっ…それはちょっと…!」



未来のマスターを現在のサーヴァントに殺されるなど。そう易々と承服できるコトではない。マキナは思わずギルガメッシュの腕を掴んで首を横に振る。

そして、そんな脅しを受けても、勇ましいことに白野が怯む事は無かった。



「何とでも言え、この色情狂。オマエがどんなに甘い言葉をマキナに囁こうとオマエがあの時の聖杯戦争で他の女に現を抜かしてたのを私は知ってるんだ。私の大事なサーヴァントをオマエの毒牙にかけるワケにはいかない!」



岸波白野の、ある意味での爆弾発言。しかしマキナは特段驚きもしなかった。理由は多くある。



「私と来るんだ、マキナ。その男は君を幸せに出来ない!」
「いや…ちょっと話が飛躍してるってゆーか…幸せも何も王様はただのサーヴァント…」



それが第一の理由だ。
だが、白野の憤慨は収まらない。



「…君はタダのサーヴァントとあんなディープキスするの?」
「だ…! ちょっ…それはタダの魔力の補充だから…!!」
「あんなに、君の足腰が立たなくなるほど必要なの?」
「わああっ…!!だって激しいんだもん…!消費とかイロイロ…!!」



何故いつも、マキナは他者から羞恥責めをさせられるのだろうか。頭を抱えて首を振る。そしてまた泣きそうだ。



「てゆーか誤解だから、本当にイロイロ!」
「どのへんが誤解なの…」
「例え王様がその聖杯戦争で誰かに現を抜かしていたとする!
 でも、そんなの王様の自由だし、生前だって王様にも妻とか確か居たワケだし」
「…何れも昔の女だ、今の我には関係あるまい」
「バツイチでもバツニでも関係ないって…!?十代の内から何危ない橋渡ってるんだ!」
「おかしい、どっちもおかしい!そーゆーコトじゃなくて…!そもそも王様と私はただのマスターとサーヴァントだっていう!」



マキナは必死に主張するのだが、結局堂々巡りである。ただのマスターとサーヴァントが、あんな魔力供給をするのかと。そういう白野の誤解(?)からはまるで逃れられていない。



「とにかく!その男が君にしたことを考えると…ただの主従関係だろうと私は到底容認できない」



白野が熱心にマキナをギルガメッシュから引き離そうとするのは単に女癖が悪い(?)から…というだけではないらしい。一体、過去の聖杯戦争でマキナはギルガメッシュに何をされたというのだろう。



「賢(さか)しいことだ、我に対するマキナの信を損なおうという腹積もりか?」
「なっ…そんなワケあるか!」



白野にとっては、それこそ思いもよらない考えだった。虚を突かれたようにしばし瞬きをした後、ますます憤慨を。しかし相変わらず白野を見下す紅蓮の双眸は、侮蔑の色すら含んでいる。



「過去、貴様が此奴のマスターだったとして、今その間に何の絆があるというのだ?マキナは我のマスターであり、我の所有物。それは揺るぎの無い事実。そもそもお前は未熟すぎてマキナのマスターとして能わぬ」



 未熟者が、したり顔でマスターを気取るな、と。皆まで言わずとも、そう含みを持たせて白野を見据えるギルガメッシュに痛いところを突かれたのか…否、自身の未熟さは自身が最も理解している白野は、それを言われれば反発の声を飲み込んでしまうのだった。
しかし、マスターの窮地を救うのがサーヴァントというものだ。



「コホン!」



目立ちたがりの小さな暴君は、ここへ来てやっとその存在感をアピール。あまりにもわざとらしい咳払いに、誰もが銘々に振り向く。



「お前たちは皆思い違いをしておる」
「…どういうこと?セイバー…」
「然り、そこな金ピカ王の言うとおり、そなた達の主従関係は今の時代に関係ない」
「う…」
「き、金ピカ王…」
「……」



マキナですら、心の中でしか呟いたことがない名称を全く臆することなく、寧ろ胸を張って口にしてくれた赤き剣の英霊。そしてこの少女は…その金ピカ王以上にマキナにとってトンデモな暴君であることを次の発言から思い知ることとなる。



「だがしかし、其方たちがどういう関係であろうと其方たちは美しい!余は美しいものが好きだ、そして美少年も好きだが美少女はもっと好きだ!故に二人まとめて余の元に嫁ぐがよい、それで全ては丸く収まろう!」



これ程に秀逸で円満な解決方法はあるまい、と目を輝かせて息巻く少女の英霊は…同じ暴君でもなんだかとっても愛らしく胸を打つものがあった。



「余迷い事を申すな、セイバーの贋作よ。マキナは誰にも嫁がせぬ」
「ほう?ならばそなたが娶るというのか?そしてな…先ほどからそなたは余を“贋作扱い”したり…奏者を未熟者扱いしたりと放言も大概にするがよい!奏者は素晴らしい素養を持っておる!そして余は断じて贋作ではない!余は紛うことなく…否、余こそがセイバーだ!改めよ!」
「すみません、なんかよくわかりませんけどごめんなさい…!」



何故か今になって突然憤慨し始めた赤いセイバーの英霊と、相変わらず剣呑な様子のギルガメッシュと…殺る気マンマンの岸波白野。そして相変わらず戦意がないのはマキナだけだ。



「マキナ、ここで会ったが百年目だ。一緒にその色情狂を倒そう!君がいれば、その滅茶苦茶な男にだって勝てる」
「えっと…倒さないよ…?王様は…」



改めて、自分がギルガメッシュを倒す気はないと念を押すマキナ。



「それと、岸波は私を買被りすぎ。だって私の億死の工廠(ギガデス・アーセナル)は王様の乖離剣と初撃を相打ちに持ち込めても二撃目を繰り出す事ができないし…」
「え?」



マキナの謙遜に、白野は眉根を傾げる。彼女は何を言っているのだろう?と。



「二撃目を繰り出せない…?そんなことないだろう…?それに…例え『億死の工廠(ギガデス・アーセナル)』がダメでも、君にはもう一つの宝具『架空の神造兵装(ファンタズム・エアリアル)』があるじゃないか。それに、布の魔術礼装も、八雲鍵(ヘルンズ・キー)も!」



今日、これで何度目になるだろうか。マキナは絶句し、瞬きすることしか出来なくされたのだった。自分の知らない宝具がまだある――…?そんな、マキナがなんと切り出そうかと思案する暇も与えまいと



「帰るぞ、マキナ」
「うわっ…――!」



マキナはその身体を米俵のようにギルガメッシュの肩に担がれる。



「アーチャー、逃げるのか? せめてマキナは置いていけ!」
「――もう黙れ、我とマキナの聖杯戦争に貴様の存在は甚だ蛇足だ」



矢張り一度冷たく一瞥した後、マキナを抱えたまま踵を返す英雄王。マキナは、白野に手振りと表情で謝り、また今度、と。その後マキナはコードキャストを使って、恐らくマイルームへと帰っていった。




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