from Mayhem :10



全く覚えが無いが、翌朝行儀良く自身のベッドで目を覚ましたマキナ。6分の1の自分の部屋から出ると、テーブルの上には前夜の宴の痕。やはり夢ではなかった。しかし…頭痛なりと宿酔の不快症状が全く以って無いのが意外だ。神代の霊酒だから…なのか、自身の体質なのか、基本酒を呑むというほど呑んだ事がないので検討がつかなかった。

食べかけの料理なども含め、コードキャストできれいさっぱり片付け、ゆっくりと絨毯の上を歩いて壁に填め込んである金縁の姿見の前まで行く。寝起きの自分をまじまじと、しかしぼんやりと見たマキナは首筋が所々赤いことに気付いた。



「……」



辿っていくと、首筋から上胸辺りまでに散見するものの、それ以外には見当たらない。今自分の他にこの部屋に立つ者はいないが、マキナはカーディガンの襟を寄せてそれらを隠した。なんてことだ、これでは自分がまるで痴女のようだ。痕は消えなくとも、染み付いた酒の臭いを洗い流すため、マキナは自分のスペースに戻り、部屋を一時的に模様替えする。

ベッドを片付け、そこに代わりに浴槽を作ればすぐに浸かった。ただの湯に身を沈めながら窓の外を眺め、湯気と共に段々と眠気を飛ばしていく。しばらくして、脱いだ衣服と共に置いていた情報端末が単調な電子音を二回、鳴らしてから静かになった。湯に浸かったまま手を伸ばし、画面を操作する。



::2階掲示板にて、
次の対戦者を発表する。



一回戦が終われば次は二回戦。マキナはもう一息だけ、と寛いでから入浴を終え、一人マイルームを出た。首筋の痕が人目に晒されないよう、ハイネックの月海原の制服を身に付けて。2-A教室から2階掲示板までは歩いて10秒もかからない。

てっきり全マスターに同時配信されたものだと思っていたのだが…意外なことに他マスターは掲示板の前にはいなかった。早速、自身の次の対戦者の名を確認する。マスターの名は…幸いなのか、マキナの知っている名ではなかった。しかしそれは逆に言えば、一切手がかりを持っていない相手ということになる。やはり今回も情報(マトリクス)の取得は欠かせないようだ。

どういう計画を立てて行こうか…と考えつつ、マイルームに帰ろうかとマキナが掲示板から目を逸らそうとしたその時だった。



「──!」



思いもよらないことが起きた。



「……?」



張り紙から、対戦者の名前が消失──
そして、張り紙の内容が変わってしまった。
『不戦勝::間久部マキナ』

 …なんだこれは。
何の冗談か、相手の身に何が起きたのか…若しやセラフのミスか、表示にバグが起きているのか――?マキナは無意識に首を傾げ、眉根も傾げて掲示板を見詰める。



「どうしたのよ、またボーッとしちゃって」



そして、彼女も掲示板を見に来たのだろうか。不意に、横からやってきた遠坂凛が、マキナの隣まで来て、そうして、いつものように腰に手を当てて優雅に立つ。掲示板を見ても、自身の対戦相手しか見えないようになっている。凛は自身の対戦者の名を確かめながら、マキナに続けて問うた。



「対戦相手がレオにでもなった?」
「いや…今対戦相手の名前が消えて、私が不戦勝になったみたい」
「…それって」



一瞬、驚いたように目を丸くした凛だったが…そんな凛も、そしてマキナ本人も、それが意味するところを推察できないワケではない。原因はいくつか考えられる。そしてすぐに、推察でなく、正しい原因も発覚することとなった。



「……お前の対戦相手だったか」



マキナはレオからも逃げていたが、当然この男からも逃げていた。逃げる理由は異なる。
レオは、相対すること自体が嫌だから逃げていた。この男からは――



「ユリウス・ベルキスク・ハーウェイ…」
「やっぱりアナタの仕業だったか…殺し屋さん」



黒いコートに身を包んだ、西欧財閥の掃除屋。マキナが西欧財閥支配圏にいる際には常々忌避する男。“前総主の妻であり次期総主の母”を殺した暗殺者



「ちょっと!なんで私を前に押すの!」
「だって私この人苦手なんだもん」



マキナは、さっさと凛を盾に彼女の後ろに身を隠し、尚且つぐいぐいと凛をユリウスの方に押し出した。



「……オレはお前をある程度評価しているんだがな…お前はその歳の娘にしては物分りがいい。」



凛に向けたマキナの発言に、意外にも無情な暗殺者は反応したのだった。ピリピリとした殺気が、凛越しでもマキナに伝わってくる。マキナは、嫌いだコワイだと言いつつも、対して達者に返す。凛に隠れたままだが…



「私もです、ユリウスさん」



 私も、貴方を評価している。と
マキナの盾にされたままの状態で、凛は目を細めて背後のマキナを横目で見遣った。



「仕事だから殺す…シンプルでいいじゃないですか。私、そういうの好きです。正義の為…愛の為…平和の為──大義名分のある殺人なんて、反吐が出ます。暗殺されると怖いから、貴方とはあまりお近づきにはなりたくないですケド」



最後にただ笑って、そして凛をより強く前にぐいぐい押し出すマキナ。そしてマキナは遂に、凛にヒールで足を踏まれたのだった。呻き声も上げられず、一人踏まれた足を押さえて涙目で痛みを堪えるマキナ。

 『酷い!』
 『どっちがよ!』

と、同い年の少女はアイコンタクトのみで無言の応酬を。その他愛の無い様子に不快そうに眉根を傾げることすらなく、ユリウスは続けた。



「……そうか、お前とは幾らか分かり合えると思っていた。レオはお前に手を出すなと言っていたが…オレはお前こそ最優先に消すべきだと考えている。レオの脅威になると確定した際には必ず消えてもらうぞ」
「そうですね、まだ消すには早すぎますよ。例えば遠坂とかと共倒れになることだって まだ考えられるんですから。ね、遠坂ー」
「……」
「アンタねえ…」



素なのか巫山戯ているのか、今一不可解なマキナのあらゆる言動。ユリウスはまた現れた時と同じように、音も無く消えていく。残された少女二人は、やれやれと緊張を解いて、またいつもの調子に戻る。



「しかし…レオが態々ユリウスにそんな命令をするなんて…」
「西欧財閥がレオと私を結婚させたがってるのもあるかな…あとは、何か心おきなくムーンセルを調査すればいい的なコト言われたし」
「――!…ああ、まあ、なるほど? アイツらの考えそうなことではあるわね…」



マキナの言葉を聞いて一瞬驚いたものの、次の瞬間には納得する凛。西欧財閥の思惑は、容易に想像できる。が…できないものもある。



「うーん…でも、悪いけど全然想像つかないわ…その夫婦」
「私だって一つとして有り得ると思えるところがないよ…その夫婦」



凛の対戦者については凛は何も口にせず、またその表情にも動揺も自信もあらわすことはなかった。マキナに「暇人はいいわねー」と意趣返しの捨て台詞を残してマイルームへと帰っていった。昨日のコトは、“本当になかったこと”になったようだ。

暇…かどうかはわからないが、とりあえず恐らくトリガーは二つ揃える必要があるだろう。散歩がてらトリガーを取得しにアリーナに行くことを決めつつ、マキナもマイルームへと戻ることにした。














「あれ…おはようございます…」



何故か、まだ寝ているものと思っていたギルガメッシュが座してマキナを待ち構えていたのに、マキナは少々ビビる。だから思わず、とてつもなく普通に挨拶してしまった。

余裕があれば、変態!等とワケもわからず罵ったり、走って逃げ去ったりだとか…そういった反応をしたのだろうが、あまりに非現実的過ぎて、実感もなく──というか実感を湧かせたくもなく。それこそ凛と同様、何事もなかったかのようにマキナは振舞いたかった。



「えっと…2回戦なんですけど…私不戦勝になりました。相手死んじゃったんで…」
「そうか」
「でもトリガーは必要だと思うので……ちょっと散歩がてら取ってきます」
「ならば我も行こう」
「はっ……はぁ!?」



思わず、酷く嫌そうな声を上げて驚いてしまった。予想に違わず半ば睨むようにマキナに目を遣るギルガメッシュ。

空気読めよ、一人にさせろよ、という悪態を深呼吸と共に飲み込む。というか。今までマキナが頼まなければレベル上げやトリガー探しは元より、アリーナにも付いて来ないというのに、一体、今日になってどういう心境の変化なのか。



「この我が付いていってやろうというのに、何だ。その顔は?素直に喜んだらどうだ」
「……だって全然嬉しくないもん…」
「何か言ったか?」
「いえ、何も言ってません、幻聴です」



常々“王の言葉は絶対だ”と宣う男を心変わりさせる方が至難の業である。一体何しに付いて来るのかはわからないが、マキナは諦めてギルガメッシュと共に朝から健全にアリーナへと向かった。


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