from Mayhem :10



夕方、マキナは酒の肴となりそうな料理を適当に作り始める。気付くと、オードブルばかりを充実させている。他にはマキナの好きなラビオリなど。意外なことにギルガメッシュは、実は今まで一度もマキナの料理に対して文句を言ったことがない。料理にあまり頓着がないのか…奇跡的にマキナと味覚が合っているのか──寛大な御心でよしとしてくれているのかは未だにわからないが、助かるのは確かだ。

マキナは、作り終えた料理から順にテーブルの上に並べていく。そして…ギルガメッシュは今。パリパリに焼いたクレープ状のブリヌイにサワークリームとキャビアを乗せたものを、物珍しそうに眺めた後、口に入れたところだった。まあ…データとはいえ、高級食材を食べさせておけば間違いないだろう。多分。

マキナは、テーブルの上に、自分が置いた覚えのない黄金の瓶があることに気付く。40cm程の大きく丸い瓶は、古風で豪奢な装飾がなされていた。産出した時の形状も装飾の一部として残す純金で覆い尽くし、カットされずただ鏡面仕上げに研磨された大振りの宝石を惜しげもなく蓋に本体にとちりばめている。



「それ、お酒ですか?」
「我が宝物庫秘蔵の酒だ」
「ほう…」



宝物庫(バビロン)にはそんなものまで入っていたのか――マキナも今更呆れはしないが、少々閉口した。きっと、瓶の装飾にも勝るとも劣らない中身(酒)なのだろう。

しかし…そんな酒があるなら今まで自分が酒を用意する必要などなかったのではなかろうか…ともマキナは思うのだが、そうそう毎日湯水のように呑めるほど沢山は無いのかもしれない。秘蔵というくらいなのだし。



「そんなに凄いお酒なら、それなりの杯がいりますね」
「杯ならばもうある」
「へぇ…」



そこまで用意ができているのであれば、後はお酌をするだけだ。一仕事終えたマキナはキッチンを離れ、テーブルへと向かった。













「あの…コレ…おかしくないですか……」



そしてそんなマキナが座らされたのは、いつもの椅子ではなく。何故かギルガメッシュの膝の上であり、当然躊躇するものの、横暴に、また有無を言わさず命じられれば…最終的に断ることもできず、震えながらその膝の上に乗り上げたのだった。以前浴槽の中で、しかもほぼ裸体で同様の体勢を取らされたことがあるとはいえ…もう慣れたワケも恥ずかしくないワケもなく、マキナはギルガメッシュの顔も直視できず、泣きそうに俯いていた。

何より、酌をするのにこの体勢は不適切だ。隣に座すのが一番都合が良い筈。そして、自分が黄金の杯を持たされているのもおかしい。

杯の中、シャンデリアの光をゆらゆらと不定形に反射する神代の霊酒。それは紛うことなくサラサラとした液体の筈なのに、妖しく、滑らかに、或いは命あるかのように小さく波打っている。口にするのを躊躇してしまう防衛本能が働くと同時に別の本能が、それを強く求めずにはいられない…という葛藤を生み出される、一目見ただけで、危険を感じる代物だった。



「口に含め」
「私、お酒呑めません……」
「呑まずともよい」
「………?」



全く命令の意図が掴めないが、取り敢えず 今日は労う──ある程度の要求を聞き入れると決めた以上、あまりの無理難題でなければ、従わねば。相変わらず生き物のようなその酒を口にするのは勇気がいるが…マキナは、いつまでも見詰めていてもどうにもならないと、酒というよりは薬か毒でも飲み干すように目を瞑って、其れを流し込んだ。

呑まなくても、口に含めばいいとは…次にどんな要求をされるのかと考える暇もなく。



「――…!」



マキナは、予想外に過ぎる──そしてあまりにも近い過去、記憶も新しく覚えの有り過ぎるコトをされ、驚いて思わず口内の酒を全て飲み干してしまった。



「えっ、…な……」
「…お前が呑んでどうする」
「…!……!!」
「杯は“お前”だ。聢と役目を果たすがよい」



まさか一日に二度、他人の舌を口内に受け入れることになろうとは。そして飲み下した神代の霊酒の味とその威力たるや凄まじいものがあった。酒を好き好んで飲もうと思わないマキナだが、確かにその味は酒のカテゴリを超越し、純粋に、愕く程美味だと感じた。しかし…度数のことはよくわからないが、喉を通ったばかりのその酒は…その通り道に、焼け焦がしそうな熱を余すことなく与え、その部位から急速に脳髄に駆け上っていく大量の刺激が、まるでシナプスを全てショートさせてしまったような錯覚を引き起こした。

マキナが酒に弱いからなのか、度が強いからなのか、それともこの霊酒だからこその効果なのか…一番の原因は不意のディープキスにあるような気がしなくもないが、マキナは一度で自身のあらゆる感覚をごっそり持っていかれ、既にこの時点で…三割方、正体不明にさせられた。とはいえ七割の正体はまだ健在だ。

自分が注ぐ筈だったのに、主人の手ずから手中の杯に注がれる二杯目。赤い瞳の、言外の圧力。震え、歯噛みしながらも。再度それを口に含んだ。













「あの…普通に呑んだ方が美味しいと思うんですけど…!」



もう羞恥などは取り敢えずさておく。折角の秘蔵の酒が他者の唾液混じりなど台無しではないのか…と幾らかの打算も含み、マキナは必死に主張する。

しかし…魔力の能く溶けた唾液がまた霊酒と溶け合う──その味わいは主人(マスター)の魔力を渇望する従者(サーヴァント)にとっては正に甘露に等しい。ことマキナの魔力の味と限っての話だと、それは上質で繊細な味というよりは、少々癖があり中毒性が高く“背徳的”な味がする。その挑発的な味に呑まれることなく、寧ろ征服してやらんと絶え間なく飲み下していくことこそが、ギルガメッシュにとっては酷く快い。

一滴も、余すことなく、と丹念に舐めとられる──この動作を何度繰り返したか、マキナは見当も付かなくなっていたが、恐らくこの辺りが最後の抵抗だろう。もう、勘弁して欲しい。とでもいいたげに…一度唇が離れたのを契機にギルガメッシュの胸を押し身体を離す。

もう様々な感情と感覚が妥協し始めている。脳味噌はぐるぐると掻きまわされているようだし、何やら怠惰に心地も良い。これ以上はもう持たない。

押し返す腕には渾身の力を込めたものの、既に、ギルガメッシュの腕の支えがなければ姿勢を保つことすら侭ならない。ギルガメッシュがその腕にほんの少し力を込めるだけで、かくん、と折れ、力なく元通りの姿勢に収まってしまう。こうして他愛もなくマキナの最後の防衛線が決壊する。甘美であろうと怠惰であろうと退廃であろうと…もう何でもいい。身を任せてしまいたい。どの道抵抗する気力も体力も萎え切っている。口を開けと言われればそれに従い、舌を絡ませろと命じられれば従おうとするものの力も入らず…舌裏を舌先で力なく撫でること位しか出来ない。

弛んだ口の端から混液が線を描くように流れ伝う。それを追うように唇を這わせていけば、喉元辺りに達した時、マキナの身体が軽く跳ねるように反応した。執拗に、触れる、舐め上げる、吸う、と続ける度に消え入るように呻き、息が荒らぐ。口を塞ぎ続けた時よりも一層と息苦しそうに小刻みに呼吸し、肩を上下させるマキナの上体を、ゆっくりとテーブルの上…ギルガメッシュは仰向けに横たえる。

目を開く力すら残らず、ただ、浅く間隔も短く息をするだけ。瀕死のような様相でもあるがそれにしては婬靡で、しかし酷く希薄。襟を下に引き、首筋から下に、下にと流していけば、マキナの体中が、引き攣るように強張っていく。

条件反射的な意識外の抵抗。
それをこそ無駄な足掻きであるとばかりに踏み躙り嬲り倒さんと、一度嗜虐に燃えたところで、ふとその手を止める。汲まなく影を落としながらマキナを見下ろせば、愛撫から解放され、その寝顔は安堵しているようにも見える。これでは、意味が無いのだ。



「…初めてお前と媾うには、もっと劇的でなければな」



触れるような、しかし長い口付けを与えてから、ギルガメッシュは再度その身体を抱き起こした。










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