from Mayhem :09



相手が迎撃準備を万全に整えていようとも有無を言わさぬ暴威で押し潰してしまえばいい。既に一寸先すらも見えぬ程の霧が立ち込めている。準備は整った。後は火船を四方から放つだけ。

退路を断たれ進行方向を限定された敵に対して、嵐と共に黄金の鹿号とその船団が集中砲火を浴びせるのだ。ライダーは遂に、無言で号令をかけた。



「『億死の工廠(ギガデス・アーセナル)』



だが、視界をゼロにする霧など、遮蔽物をものともせず正確に目標を捉える索敵兵装(レーダー)の宝具の前では無意味だ。滞りなく全ての小船を捕捉したマキナは…その数と同じだけの砲身を展開し、火器管制システム(FCS)と接続。すぐさま、全砲門の照準を目標に合わせた。



「弾体加速装置、斉射」



劈くような音と共に同時発射されたプラズマの矢が、実際に目標を破壊できたかどうかなど、マキナの意識の外に追い遣られている。今から構成するのは形を成してすらいない装置。重力子放射線射出装置を構成した時と同様に全神経をその概念に近い兵器の構成のみに集中させる。



「今の攻撃は!?何が起こってるんだ…?どうして火船が…!」
「…最悪の事態だねぇ…二対一なんて流石に分が悪すぎる」
「どういうことだよ、エル・ドラゴ…!」
「…要するにあのお嬢ちゃんも『英雄』だったってことさ」



見えはしないが、先ほどまでのアーチャーの攻撃と、今火船を粉微塵にせしめた砲撃は、まるで質を異にする。アレが同じサーヴァントの繰り出した攻撃である訳はなく…そして今の攻撃は確実にコードキャストでなくサーヴァントの攻撃。とすれば、答えは一つ。



「間久部が英雄?サーヴァントだって? そ、そんな馬鹿げたこと…」
「確かシンジも言ってただろう、彼女は10億人も死なせたんだろう?有史以来、そんなに大勢の人間を殺したヤツがいるかい?いないだろう、そんな“世界を転換させる”ようなコトを成し遂げちまったヤツは誰も望まなくとも…疑いようも抗いようもなく英雄になっちまうさ」



珍しく冷や汗を掻きながらも、ライダーは笑う。暴風が吹き荒れ始め、黄金の鹿号とその船団が姿を現し始める。この後相手がどう出ようとも、必ずここで叩くしかない。



「分子破壊砲(ディスインテグレイター)、起動。」



加速するイメージ
指向性もなくマキナの全身から放出される魔力(マナ)の発光は、霧中の極小の水粒に乱反射し、淡青白く、ぼんやりと、しかし痛い程眩しく。当然離れた場所にいる間桐慎二とライダーもその異常な輝きを目の当たりにしていた。



「な…なんなんだ…アレ…?!」



何より響いてくる音が痛々しい。イメージだけでなく、実際に加速し、止め処なく高まる音程に身が引き千切られそうだ。



「──王様、あとをお願いします。さあさあ、“機械仕掛けの神(デウス・ウキス・マキーナ)”の露払い、とくとご覧あそばせ!」



別にその装置でなければならない特別な理由は無かった。全ては行き当たりばったりの実験。


放ったのは一切の発熱反応を起こさない、冷たい無形の砲弾──


ざぁ……と波が急速に引いていくような不吉な音と共に、色も形もない『砲撃』の放たれた後にはただ、霧と嵐の前兆が掻き消され、代わりに青緑色の発光が一帯に、静かに立ち込めた。

間桐慎二は声も出せずに愕然と、その気味の悪いほど神秘的な光景を目に入れるしかなかった。だが、彼のサーヴァントは。



「野郎共、時間だよ! 嵐の王、亡霊の群れ、ワイルドハントの始まりだ!」



まるで霧が晴れるのを待ち構えていたかのように、顕現した全ての船団から…たった二人の敵に対して無情すぎる程(オーバーキル)の集中砲火を浴びせるための号令を放った。

後を頼みますと言ったマキナは、全くもって格好がつかないが…そのまま前方にゆっくりと倒れていった。しかしその体が地面に抱き止められることはなかった。



「無様──ですらないな、マキナよ」
「……ごめんなさい…」
「まあ良い、前座の働きとしては充分だ」



数多の砲弾が今、自分達に向けて発射されたというのにどちらもまるで焦燥の色が無い。マキナはゆっくりと目を閉じた。右手のみでマキナを抱えるギルガメッシュは、またしてもノーモーションで“其れ”を王の宝物庫から取り出したのだった。

かつてF15Jのミサイル…AIM-7Mスパローを叩き落したほどの強固な盾が、運動エネルギーのみによって目標に射出される鉄の塊を防げぬ訳が無い。とはいえ数の多さから、その数に見合うだけの盾を周囲に展開。

隙間を漏れる爆風に甲冑のマントをはためかせながらも第二射を待たず、続けて英雄王は数ある内の中から一つの原典を手ずから取り出す。

また、ぼんやりと目を開けながら、間近でその剣の輝きと神々しさを、マキナは目の当たりにする。



「キレイ…」



濛々としているからなのか…マキナはそんな賛辞しか口にできなかった。自身が数々造り出す宝具とは大違いで正反対の、不意に泣きたくなるほどの、眩さを放つ一振りの剣。視界が少々滲んでいるからかもしれないが…それは光の剣のように見え、マキナは無意識に手を伸ばす。秘蔵の宝物の一つである剣に触れることをギルガメッシュは咎めず、力があまり入らないマキナの指先がその柄をほんの少し擦り――その冷たくも温かい感触を感じ、落ちるように離れた後。ギルガメッシュは、其の“原罪”の名を冠する剣(メロダック)を軽く一振りした。


















幕切れは早々に。
戦いの始まりから、今まで果たして10分も経っただろうか。嵐の過ぎ去った後、今度はこちらだけでなく相手も静かに向かい合って立っていた。



「…ウソだ、こんなの…僕が間久部なんかに負けるなんて…いや、お前がチートなんかしなきゃ負けなかった!卑怯だぞ、ルール違反だ!運営側に訴えればこんな試合無効になる!おい、セラフ!!見てただろ?コイツらを早く取り締まってよ、違反者には厳罰を与えるルールだろ…!?」



間桐慎二の叫びが木霊する。そしてSERAPHの答えは、すぐに返ってきたのだった。



「な…なんだよコレ…」



勝者と敗者とを完全に仕切り分ける、赤い絶対防壁として。



「な、なんでだよ…ひっ 何で僕の体が消えかけて…!!」
「要するに、お嬢ちゃん達はルールブレイカーじゃないってことだろうさ」
「そんな馬鹿な…ってお前、何呑気にしてるんだよっ!僕が消えかけてる時に─」
「アタシだって消えかけてるじゃないか、腹を掻っ捌かれてね」
「…止まらない…!なんで、あ…うわぁ…こんなアウトの仕方なんて僕知らない…!!」



未だギルガメッシュに支えられたままの状態で…マキナは以前と違い、意識だけは失わずに彼らの末路を眺めていた。全身の力は入らないに近いが。

霊子化する時にも、常々得体の知れない喪失感に近い恐怖を味わう筈なのだが、間桐慎二はそんな違和感を感じずに気軽にいつも霊子化していたのだろうか。流石にそんな彼でも、存在の概念を急速に失い――自我すら希薄に、1から0になっていく感覚は恐ろしいのだろう。威勢の良さを金繰り捨てて、今や縋るようにマキナを見てくる。



「五月蝿くてかなわんな… 駄犬ほどよく吼えるものよ」



苛立ちすら滲ませながら鼻で哂うサーヴァントの腕を、マキナはゆっくりと解いて、虚ろな様子で、前一歩、二歩と出た。



「怖がらなくていいよ、間桐慎二。“お姉さん”が必ず君を生き返らせてあげるから」



しかし立つことはできずに、へたりとその場に座り込んでしまったマキナは…胡散臭い台詞を口にしながら、間桐慎二に向けて眠そうに微笑んだ。その後に、彼の横でこちらも光の粒子に分解されながら
消え行く騎乗兵の英霊の方を向いた。



「しかし…貴女とはまたお会いすることができるかどうか、英霊フランシス・ドレーク、お目にかかることができて光栄でした」
「またアタシに会いたけりゃ──次の機会にはアタシを召喚すればいい。まあ、そこの黄金の弓兵サマに邪魔されて出てこれないかもしれないし、そうさねぇ…アタシもまたシンジに呼ばれたらお嬢ちゃんの誘いは蹴るだろうよ」



口から血を滴らせながらも、自身の言葉通り、満足そうに、負けた後も未だ楽しそうに、ライダーは笑う。



「シンジはまだ殺し合いをするには幼すぎたねぇ…アタシが鍛えて…とびきり強い男に育ててやれば、アタシらは最高の相棒になれる。その時はお嬢ちゃんとその男にも負けないさ」
「ぼ、僕はもうお前なんて呼ぶもんか!」
「クッ…ハハハハハッ!!そう言うなよシンジぃ、これでもアタシはアンタのこと気に入ってたんだからさぁ」



血反吐を吐きながら豪快に大笑する女傑。そんな彼女に、やはり嘗て同じクラスにて現界した一人の男の面影を見たギルガメッシュは彼女の最期の妄言を、一笑に付すこともなくマキナと共に静かに聞いていた。



「……さて。ともあれ、よい航海を。喜望峰はまだ遠いだろうが、決して舵から手を放すんじゃないよ」













赤い壁の向こうで、二つの魂が音もなく霧散した。それを見届けた後。マキナは何故かその次の瞬間に、用具室の扉の前で一人、座り込んでいた。この帰り方が一般的なのか特殊なのかは判らないが
てっきりまたエレベーターに乗って帰るものかと思っていたのでマキナは、相変わらず動く力は失ったまま目をパチクリしていた。



「…アンタも一回戦、終わったのね」
「遠坂」



朧げに声の主を見上げる。分子破壊砲を構成してからというもの…マキナは半分夢見心地、起きながらに寝ている(スリーピング・アウェイク)ような有様だった。そんなマキナの、立ち上がれもしない異常事態に凛は目を細める。



「どーしたのよ、何?気が抜けちゃったの?」
「…うん、多分。…ちょっと動けない」
「コードキャストでマイルームに帰ればいいでしょ」
「……」



その通りだ。
だが、マキナは黙りこくっている。



「まさか…移動のコードキャストを使えない程に魔力を消耗したワケ?」
「……たぶん」



移動のコードキャストに要する魔力は微々たるもので、尚且つ凛は知らないものの、マキナは消耗しようと『永久機関(偽)(エネルギー・インテーク)』で無限に補充ができる。しかしそれでもコードキャストが使えない事態。凛は、マキナの様子をしばし凝視し、察した。



「アンタの魔力回路、ズタズタになってるんだわ」
「そっかあ…」
「そっかじゃない!こんなトコにこんな状態で居たら、アイツ(ユリウス)に暗殺されるわよ」
「そうか…困ったなあ…」



もう、それすらもどうでも良さそうな程に、ぐたりとマキナは項垂れている。放っておくべきだ。何しろマキナは凛にとって手強い相手になる。ここで潰れてくれるなら、願ったりの状況なのだ。なのに、凛は自分でも理解できない行動を…そしてマキナが正気であれば驚愕する行動を、無意識にとってしまった──



「──…!」



誰もその場に居ないのをいいことに、屈んでから、両手で項垂れたマキナの横顔を包み込んだ。そして、そのまま自分の唇をマキナのそれに重ね合わせた。閉じられているものの、弛緩したその顎をくいと下に引けば、マキナの口がうっすらと開き、そこに素早く自身の舌を差し入れる。舌を通して自身の唾液をマキナの舌へと絡ませる。唾液腺より分泌されるままに、マキナの舌からその喉へと伝わせ続ける。次第に、弛緩していたマキナの身体の端々が、反応を始める。触れた部分から伝わる動揺、もう充分だと判断した凛は…ゆっくりとその赤く小さな舌を抜き取り、マキナの唇と、その身体を解放した。



「え、…な………?」



解放されたマキナは、正面の凛を見つめることしかできなかった。自分の身体が、先ほどと比べれば劇的に自由が効くようになったことに気付きもせず、ただ、思わぬ人物が、自分に思わぬコトをした…折角身体に力が入るようになったというのに、微動だにできない。



「…あーもー、何も言わないで!私だって今自分が信じられないの!」



ソレを機械的に済ませたものの、今や凛の頬は真っ赤に染まり、自身の馬鹿さ加減に目尻に涙すら浮かべて小刻みに震えていた。



「知らないみたいだから教えてあげる、人間の体液には魔力が溶けている。体液を交換することによって一度に多くの魔力を供給することができるのよ…」



要するに今、凛はマキナに魔力を供給してくれたと、そういうことだったのだ。今やっと、マキナは自分の身体が可也の自由を取り戻していることに気がついた。しかし…



「あ、ありがとう…?遠坂……」
「うるさい、うるさいうるさい!何も言わないで!」



マキナの頬も赤いのだが、凛には及ばない。まるで、これではマキナが凛にイケナイことをしたようだ。マキナが居た堪れない気持ちで、自分も少し泣きそうになっていると突然凛が勢いよく立ち上がった。



「今のナシ!全部忘れなさい、いいわね!?」
「あ、はい、忘れます…ナニモアリマセンデシタ……」
「それで良し! じゃあ…さっさとマイルームに帰るのよ!」



ビシッとマキナを指差しながら、今回はいつもとは逆に、凛がダッシュでマキナの元を走り去っていってしまった。

激しく脈打つ心臓の音を感じながら、マキナはそっと自身の唇に触れる。いや、何も無かった。何もありませんでした。マキナが平静を保とうと必死になっていると、後ろから舌打ちが。



「あの小娘…余計なことを」
「アレ…王様いつから…」
「帰るぞマキナ」
「はい…」



今度こそ移動のコードキャストを滞りなく。また一人歩き出したギルガメッシュの背中に急いで触れマキナは凛の忠告通り、マイルームへと舞い戻った。

そして──彼らと入れ違いに、ほんのすぐ後にとある1組の主従が用具室の前に送り戻された。







「余と奏者の敵ではなかったな、さあ…帰って湯浴みを──」
「…マキナ……!」



重たい布の魔術礼装を手にしたまま、用具室の前から飛び出した白野は、一階をキョロキョロと見回す。そんなマスターの様子を見て、剣の英霊は頬を膨らます。



「奏者!今はあの少女を探すよりも余の頭をナデナデするのが先であろう!」



その言葉に、白野はハッとする。
彼女の身を案じたものの、よくよく考えれば彼女が負ける筈が無い。そのことに気付くと、確かに。今はセイバーの言う通り、サーヴァントを労うことの方がよほど大事だった。



「ごめんね、セイバー」
「…謝ってもナデナデするまで許さぬ」
「マイルームに帰ってからにしよう?」
「帰ったら余の頭を撫でて…共に湯浴みをして…余に膝枕をして――ゆっくりと、たくさん、いっぱい奏者の話を聴かせるのだぞ?」
「…フルコースだな、いいよ、わかった」
「おおっ!そうと決まれば早くマイルームへと帰るぞ奏者!」



心から喜ぶサーヴァントの笑顔に、少しだけ昔のサーヴァントの笑顔も思い出しながら。まだ移動のコードキャストの使い方を知らない白野はセイバーが非実体化すると共に、2階への階段へと歩いて行った。



 



(…)
(2011/10/11)






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