from Mayhem :08




「小便は済ませたか?神様にお祈りは?部屋の隅でガタガタ震えて命乞いする準備はOK?」



“ただいま”の代わりにしては妙に長いセリフを歌いながらマイルームに帰還。



「あ、念のため申し上げますが、王様に言っているワケじゃなくてこれはただの歌…」



お断りするまでもなく、そこにギルガメッシュの姿が見えない。かと思えば…閉まっているベッドの天蓋



「ああ…自宅警備員…」



一人言ちながら寝台を進行目標に歩いていく。横からコッソリと天蓋を開き、中を覗く。主(ぬし)は寝ているわけではなく、しかし寝そべったまま気だるそうに面杖をついていた。



「あの…王様、今日は決戦の日でございますけれども」
「知っている」
「…ご存知でしたか、それは重畳です」



天蓋の幕を選り分け、中へと入る。ベッド下の分厚い絨毯の上に膝をつき、ベッドの端に乗り出し、顎を乗せてみた。



「差し支えなければ、そろそろ行きたいのですが」
「気が乗らん」
「うーん…さようでございますか…」
「急ぐ必要があるか?」
「できればさっさと終わらせた後でゆっくりしたいですね」



あまり芳しい反応がない。なんだろう、朝食か何かに不満でもあったのだろうか。特に表情も乗せずに自分を見据える赤い瞳。そしてそれを、反射するようにただ見つめ返す。夕方まで気乗りしなかったらどうしようか。かといって無理強いするのもどうかと思うし…色々と考えた末、よっこらしょと立ち上がった。



「王様、今日は一日ゆっくりしていてください。私ちょっと行ってきます」
「…お前がライダーを倒すというのか?」
「相手は物理攻撃、艦砲射撃が主体ですから私とは相性がいい。さっさと片付けてきます」
「何を焦っている」



焦っている?私が?
まあ…違いないかもしれないな。



「…試したいことがあるからでしょーか? 他人を待たせるのも好きじゃないし」



私の回答を聞いた後、しばらくしてギルガメッシュは身体を起こした。



「…何を試そうとしているかは知らんが、仕方あるまい。以前のように気を失われては困るからな」
「わあ…嬉しいです、王様が来てくれるならそれ程ありがたいことはないです」



心の底から喜んで見せたものの、ギルガメッシュの眉根に皺が寄る。そんなに胡散臭いんでしょうか。何を考えているのか判じづらい表情をしばらく見せた後…ギルガメッシュは寝台から降り、一瞬であの黄金の鎧を装備した。



「さっさと行くぞ」
「はーい」

















「ようこそ、決戦の地へ。扉は一つ、再びこの校舎へ戻るのも一組。覚悟を決めたのなら闘技場の扉を開こう。」



一階、用具室の扉前に聳え立つ言峰綺礼。こちらから話しかけずとも、目前に立ってみると必要事項を端的に話してくれた。



「決めました、お願いします」
「いいだろう、若き闘士よ。決戦の扉は今、開かれた。ささやかながら幸運を祈ろう。再びこの校舎に戻れる事を。そして―――存分に、殺し合い給え。」



トリガーαとβを提出し組み込むとエレベーターの扉が出現…。なるほど…ここから決戦場に続いていくのか。今は非実体化しているとはいえ王様と用務室の扉を潜るのも中々シュールである。扉が閉まる、ついでに目を閉じる。意外にも私の目を開かせたのは間桐慎二の上擦った声だった。



「ぼ、僕は絶対にお前なんかに負けないからな。この前の戦いだけで、勝ったなんて思うなよ…!」
「うん」



エレベータの内壁に寄りかかったまま、もう一度目を閉じた。



「武器屋如きに…生粋の魔術師(ウィザード)である僕が負ける筈がない。本業でもない、ぽっと出のハッカーなんかが僕に勝っていい筈がないだろ?…本当に空気読めない奴だよね、今からでも遅くない、さっさと棄権しなよ。そうしたらとどめの一発くらいは勘弁してやるからさあ。わざと負けてくれたら、賞金の山分けくらいはしてあげるよ」



一通り話し終わったようなので、目を開く。決戦を前にした今、間桐に話す言葉は、既に決まっている。



「間桐慎二、弱冠8歳にしてアジア圏ゲームチャンプの天才霊子ハッカー」



間桐の表情から色が消える。私と同年代のアバターを使用するキザな少年は実際は私の半分しか生きていない子供。その事実は公表されていないものの、知らない者がいないわけではない。



「なんで知って…」
「貴方の才能は言うまでもなく世界にとっても貴重。USTMiCと第二東京大学最先端情報科学研究所も貴方を失うのは惜しいと考えています」
「そう思うなら、尚更棄権して僕を勝たせるべきじゃないか!」
「私は全ての霊子ハッカーを貴重と考えますので、貴方だけを勝たせても意味がありません」



間桐一人と他参加者を天秤にかけたらどちらが重いかは考えるまでもない。それに…私が棄権しても間桐が聖杯を手にできる確率はどう考えても低い。



「私は聖杯を勝ち取った後に参加者全員の復活を共に願います。その復活の方法が、霊子化した魂のダウンロードを可能にするというだけで、肉体を失えば意味のないものなのか…肉体の状態の如何を問わないものなのか それが定かではないので、私が関わりの持てる全ての組織に打診はしてあります。幸い貴方は日本にいるので聖杯戦争終了時まで確実に生命維持の措置が取られます。その後のことは正直知ったことじゃないですが…まあ精々良いデータを彼らに提供してください」



こんな所だろうか。
あらかじめ言っておく必要があるのは。



「全て聖杯に願望器としての機能があると仮定した上での話ですが。なかった場合と私が途中敗退した場合はご愁傷様、ということで」



間桐慎二から、しばし回答が帰ってこなかった。呆気に取られているのか、驚いているのか、何をどう考えているかはわからない。しかし、もうどういう理由があろうとあまり興味もない。元より彼の存在自体に大した興味がない。



「な、お前…まだ生きるとか死ぬとか本気にしてるのか…?」
「ええ、西欧財閥でも反動勢力でも、USTMiCでも既に常識ですから」
「僕を騙そうったってそんなこと…」



以前世界中で同時に発生した大量の電脳死事件。彼らはムーンセルの聖杯戦争に参加していたことが去年には既に明白となっていた。ただ、一つ問題というか気になるのは、勝者と思わしきただ一人の生き残りが見つからない…ということ。今のところそれは、勝者なしのまま聖杯戦争が終了した、というのが通説だが…

しかし、騎乗兵(ライダー)のサーヴァントは、聖杯戦争に生死がかかっていることについて一度は彼に説明したのだろうか。



「…そーだな、そんなこともうどうだっていい。かなり興味無い。伝えることは伝えたし、私が君に聞きたいことはあと一つだけ。形式的なものだが一応聞かせてもらおう。君が聖杯にかける願いは何?」



このエレベーターはあとどれ位降下を続けるのだろうか。そろそろ戦争を始めさせて貰いたい。



「ハッ……だからさあ、”お姉さん”本当にバカじゃないの?電脳死もそうだけど、聖杯なんて本当に信じちゃってるワケ?」
「ありがとう、かったるいトーク・スクリプトはこれにて終了です」



騎乗兵の英霊を見遣る。笑みすら湛え、落ち着いた表情。前回は戦略的撤退をしているだろうものの、怯えや焦りの類が浮かぶ筈も無く。ふと、私を見つめていた彼女が、破顔した。



「胸、ちったぁ大きくなったかい?」



頭が真っ白に塗り替えられた。
な、なんだって…?



「悪い、言い間違えた。 ”大きくしてもらったかい?”」
「キャ――!!変態!セクハラ!!霊子状態で大きくなるワケないって…この、英霊だからって殴りますよ!訴えますよ!!サディスト爆乳!!」
「フッ、ハハハハハッ!!冷酷かと思えば妙に初心(ウブ)でちぐはぐなお嬢ちゃんだねホントに」
「やめてくださいホントそーゆーのまじシャレにならないんですけど…!!」
「胸のこと最初に話題にしたのはお嬢ちゃんの方じゃないか」
「いやっ、そっちの無言の大渓谷の圧力がまずありきです!!」
「あっははははは!!」
「だからそーゆー胸の話とか人前でするなって…お前!」



決戦場はまだか、言峰ぇ…このまま続けられたら思わず宝具を展開してしまいそうだ…!



「お嬢ちゃん、真っ向勝負は好きかい?」
「…好きでも嫌いでも」
「シンジ、あんたも悪党気取るんなら聞いておきな。悪党たるもの、何事も派手に食い散らかしてやらなきゃならない。望む望まない…偶然必然、勝算の有無を問わず、戦いが一度始まったんなら!食い物も男も女も人生も金も国も魂も一切合財投げ打っての真っ向勝負…散るも散らぬも悪の華――気持ちよく殺し合う、それが本当の悪党ってモンだ」



なるほど、私はあらゆる意味で彼女を誤解していたようである。
彼女が怖気づく筈などなく、間桐がどういう心構えでこの聖杯戦争に参加してようとも関係なく。一度殺し合いが始まったのなら全身全霊を以って殺し合いをせよ、と。彼女は、彼女の言葉の通りを体現した清々しい悪党なのだなと感心していると…その気持ちを断ち切るような、重くて冷たい言葉が箱の中に響いた。



「女、それ以上その汚い口を開くな」
「…」



よくわからないが、怒っているのだろうか。それにしても、女性に“汚い口”とは酷い言いようだ。ライダーは、それこそ“きょとん”という擬音が似合う様子で目を丸くしていた。



「マキナはこの我の所有物、善にも悪にも染めて良いのは我だけだ」



……
……
…なんかまた恥ずかしいような複雑なような…まかり間違えば嬉しいようなことを言われた気がしたが、気のせいだろう。口を開くなと命じられたばかりのライダーは、それを聞いて爆笑した。



「見込みのある後人達に正しい悪ってヤツを教えておこうと思ったんだがねぇ」
「貴様のマスターのような有象無象にでも教授してやるがいい」
「アンタのマスターは有象無象じゃないってのかい?」
「愚物を我が宝物の一つに加える筈がなかろう」



…なんだろう、何を言っているんでしょうかこのお人は…ワケガワカラナイヨ。散々雑種とか犬とか家具とか猫とかロクな扱い受けてなかった気がするんですけど……一体いつから私は宝物に格上げしたんですか



「あの、王様……お断りします…」
「何をだ」
「私は愚物ですので、宝物入りしなくていいです…」
「王の決定に逆らうのか?」
「だって私雑種だし卑俗だし宝物としての要素とか皆無ですから!」



そういうことは人前じゃなくてマイルームで言って欲しい。…いや、マイルームでも言わないで欲しい。そして、私と同じことを間桐も思っていたようだった。



「またサーヴァントとイチャつきやがって…そーゆーのはマイルームでやれよ!」
「まだかなー、決戦場まだかなー」



なんてこった、一瞬で敵主従(と王様)に調子を崩されてしまった。そして今のライダーの言葉にか、逆に間桐は調子を取り戻していた。幸先が怪しい。居心地悪くそわそわと挙動不審に狭い箱の中を行き来してしまうが、そんな挙動不審も幸い長くは続かなかった。エレベーターが停止したのだ。絶対防壁で仕切られていた一つの箱。二つの扉が同時に開き、用意された闘技場へと降り立つ。

…成程、一の月想海は第二層も長いだけでそう広いスペースはなかったが、これだけ広ければお互い宝具を展開するには持って来いだ。王様はどうだろう、王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)は基本対人宝具っぽいけど…私にとっては戦艦戦闘機戦車巨大ロボット巨大砲台対地攻撃用衛星兵器衛星軌道掃射砲…どれを展開するにも広いエリアがあるのは嬉しい限りだ。

そういえばこのアリーナに大気圏とか宇宙とかそういう概念ってあるのかな。衛星兵器具現化とか、今更だけど本当にできるんだろうか。



「いいよね、リア充はさぁ、暢気で!」
「いやあ…爆乳天国の間桐君には敵いませんよ」
「だっ…僕は別に胸なんかに興味ないんだって言ってるだろ!」
「フハハハハハ…帰ったらママのおっぱいにでもしがみついていなさい、少年」



誰に促されるわけでもなく、互いに闘技場中央まで歩く。中央にやってくると、SERAPHからの情報が自動的に流れ始める。戦闘における注意事項、特別な規定は特にないようで――まあ、要するに力の限り、好き放題戦えということだ。



「英霊フランシス・ドレーク、伝説の『嵐の夜(ワイルド・ハント)』の全貌を今度こそ見せて頂きましょう」
「その口振りじゃ、まるでお嬢ちゃんが戦うようだねぇ」
「私は不肖ながら嵐の夜の露払い…いえ、霧払いを務めさせていただこうかと」
「武器屋風情が、一丁前にコードキャストを使えるのかい?」
「私も魔術師(ウィザード)の端くれですから」



笑顔を見せた後、後ろを向き小走り。
王様の目の前で一礼する。



「お手を煩わせて申し訳ありませんが…よろしければお力をお貸し下さい」
「疾く済ませて帰るぞ」
「はい」
「帰ったら我の晩酌に付き合え、マキナ」
「え?あ…はい、お酌くらい…もちろん」



そういえば、今まで食事は作ってもお酒の相手をしたことはなかった。この戦いが終わったら、労うくらいはしてあげないと、マスター失格だろう。



「嫌だねぇ、もう勝つ気でいるのかい?」
「我が勝つ以外の結末が在り得ると思っているのか?身の程を弁えよ、雑種」
「その慢心、身を滅ぼすことにならないといいがねぇ」
「ありがとうございます、ですがご心配は無用です」



後ろに控える。私の“霧払い”は全て、相手の嵐の夜(切り札)が開放されたその時の為に。この日既にこの月の聖杯において何回目かの殺し合いが始まる。昼の最中(さなか)に“嵐の夜(ワイルド・ハント)”が訪れる。戦闘開始と共に、また霧を伴って、無数の喊声が戦場に響き始めた。




(…)
(2011/10/08)







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