from Mayhem :08




七日目――

どこへ行けばいいのやら、と2−A教室にふらっと立ち寄ると、そこに言峰綺礼が立っていた。その視線は私に向けられてはいるが…彼の方からは歩み寄ってこないので、こちらから彼の前まで進み出る。



「いよいよ決戦の日となったが、準備は整ったかね?」



なんと答えたものかと、目をぱちくりさせる。すると神父はこちらの返答を待たずに続けた。


「全ての準備が出来たら、私の所に来たまえ。購買部で身支度をする程度は、まだ余裕がある。」



告げることを告げれば、言峰はさっさと立ち去ってしまった。2-A教室に残っているのは自分だけで、NPCも他のマスターもいない。皆既に決戦場へと赴いたのだろうか。それともマイルームで最後の作戦会議だろうか。言峰の口振りだと、それ程急ぐ必要性も感じないので椅子に腰掛け、見るとも無く黒板を見遣る。

準備はとうに出来ている。筈…heal(64)のコードキャストは常時用意してある。八雲鍵…も何に使うか今一わからないものの持っていくとして。

間桐慎二を打ち倒すことには全く躊躇はないし、躊躇があるといえば、どちらかといえばその英霊…。

こんな未来の茶番で、軽々しくも英霊を倒すなど…今更だがどうかと思う。冒涜、とかにはならないだろうか。まあ…王様をあんまり敬ってない時点で冒涜も何もないかもしれない。それに、殺すか殺されるかの戦いである以上、冒涜であろうと殺すしかないのだし。



「あの…」



――その声は、私に向けられたものだったのか否か…わからなかったが…よくよく考えればこの教室には私しかいないので声の元を辿るよう振り向いた。2-Aの教室の後ろの引き戸に…半ば隠れるようにして、ゆるやかにウェーブのかかった栗毛を背中まで伸ばしたお人形が立っていた。



「えっと…私…? に何か用ですか」



お人形は、大きな目をぱちくりしてから、何故か困った顔をした。



「…どこかで会ったこと…ないかな?」
「貴女と…私が、ですか?」
「……」



相変わらず、問うている自分が困惑顔の少女…。月海原学園の制服に身を包んではいるが、NPCではなさそうだ。(かくいう自分も今は制服なのだが)



「私…実は記憶がなくて自分のこともよくわからないんだ…」
「記憶…? 予選終了後に返還されてないってこと?」
「多分…。正直何も思い出せないんだけど…でも、なんか君は見たことがあるような気がして」
「うーん…?」


生憎、さっぱり記憶にない。こんな目を見張るような美少女、一度目にしたら記憶に残らない筈がない。それこそ私の記憶が欠損していなければ。



「ごめん、君も今から一回戦の決戦だよね?」
「うん、一応」
「私もなんだけど……記憶がないから、何の為に聖杯戦争に参加したかもよく判らなくて…」
「うーん…難儀だね…」



項垂れる彼女を見ていると、なにやら無精に居た堪れない気持ちになってくる。こちらを謀(たばか)っている様子は全く見受けられない。こちとら人の顔色を窺がうことについてはかなり長けているので、
まず間違いなく彼女の言っていることは真実だろう。

記憶の返却不備についてはそれこそ監督役の言峰などに相談するべきではなかろうか。否、既に相談済みかもしれない。彼女の記憶がどうすれば戻るのか、そんなことを思索していると…意外な質問が飛んできたのだった。



「ねえ、君の対戦相手ってどんなマスターと英雄?あ、ホラ…お互いもしものことがあって、二回戦以降に戦うのがお互いの対戦相手…てこともあるだろう?知っておいて損はないんじゃないかな」



彼女は、自分の記憶云々よりも、この聖杯戦争をどう勝ち抜くか…今はそれのみを考えるようにしているようだ。確かに、聖杯に願えば失われた記憶も戻るだろう。



「私の対戦相手は、マスターが間桐慎二、英雄はフランシス・ドレークだよ」
「え…?あ、私の対戦相手はマスターがダン・ブラックモアで、英雄は…ロビンフッド…?」
「お互い有名な英雄だね」
「うん…でも本当にロビンフッドなのかちょっと微妙なんだけど…」



どういうことだろうか。ロビンフッドなのに、ロビンフッドではない?



「まあ…もうこの際本物でも偽者でもいいんだが…危うく私も毒殺されかけてもう散々だよ」
「ああ、私も毒大嫌い、プラズマ焼夷弾で焼き尽くしてやりたい」
「…プラズマ焼夷弾…?」
「ごめん、こっちの話」



もしも彼女が負け、ロビンフッドと戦うことがあればやってみよう。しかし…記憶の無い…しかし私は見覚えがあるかもしれないというこの少女とここでお別れというのも後味が凄く悪い…



「よければコレ、使う?」



気付くと私は、とある重い布を彼女に差し出していた。



「…コレは?」
「魔術礼装の試作品、物理防御も結構上がるけど、特殊防御が特に優れてる。毒には持って来いだと思う」



閏賀科学技術軍産複合体(USTMiC)の閏賀無徒女史の力を借りながら作った魔術礼装。一見、エキゾチックな作りの厚手のショール。何種もの金属を織り込んでいるので鈍い光沢を放っている。差し出された彼女は、やはり怪訝そうに眉根を寄せていた。



「どうして私に?」
「決戦に持ち込める魔術礼装は二つだけ、今回の相手は特殊耐久増やしてもあまり意味が無いから」
「…私を勝たせるようなことをして、君が後悔するハメになるかもしれないぞ?」
「その時はその時かな」
「…私が負けてこの魔術礼装が消えちゃったらどうする?」
「あ…そのこと全然考えてなかった」



でもまあ、試作品なのでそれ程手痛い損失にはならない。



「まあ、きっと貴女は勝って、私に返してくれるんじゃないかな?多分」
「…じゃあ、ありがたく借りるよ」
「お力になれば幸いです」



引き戸に隠れていた少女が小走りに私の前に近づき
困ったような笑顔で礼装を受け取った。

 ああ、見かけによらず私より背が高いんだな…

ふわりと揺れる栗毛の髪に、何故だか見蕩れてしまった。



「ところで君は…そのフランシス・ドレーク相手に勝算はあるのか?」
「ええ、多分」
「多分って…私が勝っても返す相手がいなかったら困るだろう」
「その時は遺品としてもらっておいてください」



 縁起でもないことを言うな、と憤慨する少女の姿に――やはり見覚えはない、でも…親交を深めれば友達になれそうな気がする。相手はそう思ってくれないかもしれないけど。なんなんだろう、彼女は私に見覚えがあるかもしれないと。私は覚えがなくとも、何故だか彼女に無条件の親しみを感じている。



「フランシス・ドレークってさ…実は女性なんじゃなかった?」
「…よく知ってるね…? 実は女性説って有名だった?」
「あ、いや…確か前に聞いたことがあるような…学校の授業で、とかかな?」



 どこで聞いたんだっけ…とまた記憶の断片を思い出しそうになった彼女は、目を瞑って、うーんうーんと唸りだしてしまう。ふむ…現実世界では眉唾ものの説。事実は小説より奇なりをあの騎乗兵(ライダー)の英霊は地で行ってるよな…。すると、また新たな眉唾ものの“実は女説”を、彼女は教えてくれたのだった。



「かのアーサー王も女性だったような…」
「アハハハ、まさかー」
「だよね…」



どこでそんなトンデモ話聞いちゃったんだろう、と。ドレークとアーサー王女性説の記憶の出典を手繰ることを断念した少女は、はあ…と深い溜息を吐いた。

そしてしばらくの談笑の後、少女はサーヴァントに急かされたようで、2-A教室を立ち去っていった。最後に私に手を振って。私もマイルームに戻ろう、王様が待っている。










「…あの娘が、奏者の過去に関係あるというのか?」
「そんな気がするんだ」
「美少女とはいえ…まだあやつの正体も知れないというのに、そんなに大事そうにその布を抱えるでない!何かの罠だったらどうするというのだ!美少女とはいえ侮ってはならぬぞ!」
「…情報端末でこの礼装の正体も分かったし…大丈夫だと思うよ」
「甘い!身内ですら信用できぬというのに…会ったばかりの者を信用するなど狂気の沙汰ぞ!奏者を失おうものなら…余は…余は泣くぞ!本当に泣くからな…!?」
「お、大袈裟だよセイバー…」



よしよしと小さな少女の英霊の頭を撫でる。情報整理も終わった今、向かうは決戦場。この英霊のためにも、また銀髪の少女と会ってこの礼装を返すためにも――そして自分の記憶を取り戻すためにも…必ずこの戦いを勝ち抜かねばならない。



from Mayhem,
to the NEXT...


[next]









「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -