follow ataraxia :01



「衛宮士郎」
「…衛宮か士郎かどっちかにしてくれ」
「…じゃあ失礼して、士郎」



なんやかやと夕飯のメニューについて話しながら居間へとやってきたマキナとセイバー。ハンバーグだのラザニアだの、餃子だの散らし寿司だの…とあれやこれやと話し合って一段落着いた頃、茶を淹れてくれた士郎に礼を言いつつその顔を見つめたマキナは、一度唇を結んでから、ある種決心したような面持ちで士郎の名を呼んだのだった。



「で、何?」
「私と契約して私の運用者(マスター)になってくれないか?」
「なっ…」



士郎も目を丸くしたが、もっと驚いたのはセイバーだった。縁側で一人偉そうに寛いでいたギルガメッシュも振り向いて眉根を傾げていた。



「ジェスター!士郎のサーヴァントは私だ!まさか貴方は…」
「いや、いやいや全然大それたことは考えてなくて…やっぱりタダ飯喰らいになるワケにはいかないから、契約してもらったほうが手っ取り早いかなーって」



 チガウチガウ、と何が違うのかは多分マキナ本人もわかっていないが否定しながら弁解する。



「…タダ飯喰らいと主従契約にどういう関係があるのです」



セイバーの疑問は尤もで、士郎も同じ疑問を当然抱く。



「それが…関係あるんです。それに私、魔力供給必要ありませんし」



苦笑しながら未だ手を横に振りつづけているマキナ。本当に主従関係を結ぶかは置いておいて…どういうことなのか、士郎は問う。



「アンタが生きた人間で、自分で魔力を生み出せるからってことか?でも、アンタはギルガメッシュのマスターだ。コイツの魔力を賄うのも相当大変じゃないか?」
「別に大変じゃないです」
「…若しかしてアンタ相当な量の魔力を生み出せるとか?」
「えー…生み出せる量はごく僅かですね…一応燃費は相当いい方ではあるんですけど」



 じゃあ、どうして?と続けて問う士郎に対し、そして目で同様に問うてくるセイバーに対し…マキナは未来も併せれば通算何回目になるかわからない――自身の固有スキルについての説明を始めた。



「私が持つ『永久機関(偽)(エネルギー・インテーク)』という固有スキルのおかげです。私は周囲のありとあらゆるエネルギーを取り込み、魔力に変換できます」



そして同時に目を丸くする士郎とセイバー。セイバーはある記憶によりしばらく目を丸くしたままだったが…士郎はいち早く、驚きつ呆れつ口を開く。



「要するにアンタは『変換機(コンバーター)』ってワケか…」
「そうです、重力電力磁力熱力原子力運動エネルギー…私に変換できないエネルギーはない」
「…チートすぎる」
「ええ、正しくチートです。それにフツーに魔力を取り込むこともできるので、このスキルなしには王様どころか自分も養えないっていう」
「そういうことだったのですか…!!」



回想、そして驚きは確信へ。
セイバーに視線が集まる。



「なるほど…貴女の不可思議だった動作に合点がいきました」
「えーと、『宮廷道化師(ジェスター)』だった時の私の動作?」
「!!……まさか、あの時の記憶があるのですか…!?」
「いや、記憶はないんだけど…私のマスターだったって子からちょっと聞いてる…」



マキナのまた顎を掻く仕草。なんだ、知っていたのか。先程のセイバーの勘違いはやっぱり勘違いではなかったようだ。



「でも、セイバーさんが第四次聖杯戦争に参加してたとは知らなくて…すみません、察しが悪くて。参加者については詳しく聞いてなくて。王様も全然教えてくれないし…」



ちらっ、と横目でギルガメッシュを見遣るマキナと縁側のギルガメッシュを交互に見た後…セイバーは、切実に困った表情をして、マキナの両肩を握り、強く言った。



「聞かない方がいい、その方が貴方達の為だ…!」



あちゃー、と思わず額に手を遣る衛宮士郎と…なにぃ?とあからさまに怪訝そうな顔をしてギルガメッシュを振り返るマキナ。

──王は人の心がわからない純粋純心すぎて。セイバーは心から二人の為を思って言ったのだが…その不自然な発言はマキナの疑念を煽らずにはいられない。

じい、とギルガメッシュを見つめているマキナ。その当の金ピカは、セイバーが口走った際には一瞬虚を突かれたような表情をしたが、今や既に、またしても、或いは開き直って偉そうに腕組みをしているのだった。じとー、と数秒ギルガメッシュを見つめていたマキナだが…何を思ってか、或いは淡泊なのか。ふぅ、と小さく鼻息を吐き、向き直った。



「まあいいや」



セイバーの発言から察するに、ギルガメッシュは、第四次聖杯戦争の際にマキナにあまり良い態度を取っていなかったのだろう。寧ろセイバーの切実さから察するに…かなり酷い扱いをしていたのだろうか。そりゃそうだよな…第四次、第五次とギルガメッシュはセイバーに執心していた。しかし、マキナがもしも凛だったら…今頃ギルガメッシュには強烈なストレートの一発や二発が見舞われているだろう。…マキナの強烈な一発といえば、それこそまたあの真面目に人体を粉微塵にするような鉄槌が──

別に金ピカに同情するワケではないが…(恐らく自業自得だし)。話題を戻した方が良さそうだと判断した士郎は、すかさず次の問いを。



「マキナがチートな固有スキルを持ってて、俺に魔力面での負担をかけないってのはわかったよ。でもそれとタダ飯喰らいにならないことは別問題だよな」
「そこで二つ目の固有スキルですよ」



フフン、と得意げに、鼻息も荒く2を表すピースを士郎に向けるマキナ。
…この二人、やっぱり似た者同士かもしれない
と、衛宮士郎は思った。



「『金の卵を産む鶏』、ランクA。マスターとなった者に巨万の富を与えるスキルです!私と契約すれば士郎、あなたはそれだけで金持ちになれる!王様の『黄金律』は王様が大富豪になれるスキルなので
 王様がケチればマスターお金貰えませんけど、『金の卵を産む鶏』は私の意志なぞ知ったことか、問答無用で運用者(マスター)がお金持ちになれるわけです」



何故かハイになったマキナが「スゲー、私スゲー」と手をパチパチ叩きながら自画自賛している。

マキナと契約すれば…大富豪になれる。株やギャンブルで当てたり、給料が倍に増えたり、埋蔵金を掘り当てたり…?──ゴクリ。確かに庶民からすれば思わず喉から手の出そうな魅惑のスキル。
金さえあれば、セイバーが食べたがっていたどんな高級食材だって──しかし、誘惑に負けてはダメだ。ギルガメッシュの『黄金律』も嫌な感じがするが…それ以上にこの『金の卵を産む鶏』は危険な香りがするのだ。

そこで、突如。
ハッとして別の危険に思い当たった士郎。今度は、士郎がマキナの両肩を掴む番だった。



「不心得者!」
「うわっ」



士郎が真剣にマキナにある事を言い聞かせようとした、何の他意も悪意もなくマキナの両肩に触れようとしたその瞬間──突如士郎を襲う黄金の矢、またほぼ同時にマキナと士郎の横で放電。要するに『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』からギルガメッシュが放った剣とそれを防ぐ為に展開された『億死の工廠(ギガデス・アーセナル)』の電磁複合装甲。セイバーも一瞬で鎧姿に、剣まで構えたが、叩き落とす前に装甲と衝突した為、それには及ばなかった。



「な、なにすんだよオマエ…!!」
「我が宝物にその汚らわしい手で触れようなど…万死に値するぞ雑種!」
「いや…別に私宝でも何でもないんで…」
「お前の意志など関係ない、我が宝と言ったら宝なのだ。王の決定は絶対ぞ」
「はいはい」



フッ、と鼻で笑うマキナ。
ああ、なんか苦労してる感じの表情(カオ)だな…とまた衛宮士郎の、マキナに対する同情ポイントが一つ加算された。



「悪かったよギルガメッシュ、別に他意があったワケじゃない」
「…どうだかな? 貴様の気の多さも大概であろう」
「なっ、俺は断じてそんなこと…ってオマエに言われたくねー!」



しかたないじゃない。
だっておとこのこだもの。



「「……」」



よくわからないが、天の声がする。
幸い女子二人は冷静…或いは冷淡だ。
話題を変えよう。



「…気を取り直して。マキナ、その固有スキルのこと絶対に遠坂には話したらダメだぞ!!」
「遠坂…?凛に?」



教えた覚えが無いのに自然とマキナの口から出た遠坂の下の名前に、士郎は一拍おいて反応する。



「遠坂を知ってるのか…!?」
「ええ、だって旧知の仲というか腐れ縁というか…まあ遠坂とは色々ありましたし」



思い起こせばアレコレと。と、ここでマキナと士郎は同時に、アレ?と首を傾げた。



「…遠坂ってこの時代にもう存在してるんですか?」
「…マキナの知ってる遠坂って…年齢いくつだ?」
「私と同い年」
「……おかしい!時系列が完全に!それともコールドスリープでもしたのか?アイツ」



ってもう18なんだからコールドスリープはもう無理だ。それとも年齢詐称…?



「うーん…桜さんを見た時もギョッとしたんですけどね…でも、桜さんの場合はNPCだったし…冬木の聖杯戦争を再現してるとは知ってたから、驚いたけどある種驚きではなかったんだけど…でも遠坂の場合は正真正銘本物と面識があるからなー」



冬木を再現?桜がNPC?何だか聞きたいことが増えてきてしまった。



「今の話どういうことだ?っていうかそもそも…冬木の聖杯は破壊されたのに、どうしてまだ聖杯戦争が行われてるんだ?」
「あー…それはちょっと、ゴメンナサイ。多分タイムパラドックスとか未来の改変とか起きそうで怖いので言えません」
「……」



ペコリと頭を下げるマキナに。確かに…士郎がそれを知ることによって、最終的に例えばマキナが消滅する事態などが発生しても困るので…とても気になるが、この話はここまでにしておこう。



「まあ、マキナの知ってる遠坂と俺の知ってる遠坂が同一人物かわからないけど、とにかくアイツがアンタの固有スキルを知ったら、何が何でも契約する筈だ。絶対に口にしたら駄目だからな…!」
「うーむ、とにかく了解しました」
「あと、俺もマキナをサーヴァントにすることはできない。その力で金持ちになっても俺自身の為にならないし、働いてるのが馬鹿らしくなるだろうしな」
「…ですよね、駄目元ではありました。なんか他の良い方法を探します…」
「っていうか…」



マキナがサーヴァントだと聞いた時から思っていた疑問を口にする。



「現時点で、サーヴァントとしてのアンタのマスターは誰なんだ?」
「私です」
「…じゃあさ、そのスキル、アンタ自身に適用されてるんじゃないの?」
「ええ、適用されます」
「……」



あっさりと、事も無げに答えられた。
…意味がわからない。



「確かに私がお金持ちになるんですけど…何分私は未来の人間ですし、下手に大金手にして有名になったりしたら…やっぱり未来的に良くないと思うので」
「ああ…確かに」
「せめてランクCくらいなら地道に小金が稼げるんでしょうけど、ランクAだと大金なんですよね…」



やっぱりバイトかなあ…と溜息を吐いたマキナにここでほとんど蚊帳の外に近かった主人(サーヴァント)が介入。縁側から居間のテーブルへ。腰を降ろすと、律儀にも士郎が用意していた自身の分の湯呑みを取り、玄米茶を一口啜り(恐らくその高貴の欠片もない味に)一度顔を顰めた。が、それについては何の感想も口にしなかった。



「先刻から金、金と世知辛い話ばかりしおって」
「仕方ないじゃないですか、無一文なんだから」
「無用な心配だ、妻一人養えない我だと思うか?」
「妻じゃないですけど、あとできればこの家の住人全員の生活費も…」
「造作も無い」



否定するところだけ否定してもう一声!とちゃっかり一押しするマキナ。そしてそれが上手くいったようで、満足している。まあ…損害賠償、慰謝料的な意味でギルガメッシュに請求したい気持ちはヤマヤマだが、士郎としては、金ピカなどの施しを受けたくないのも本音である。



「しかしマキナよ…何故お前は悉く我が好意を無下にし我が命に逆らうのだ。恥じらいからの否定にしろ、度が過ぎよう?この唯一にして崇高なる王である我が、お前のような卑賤な雑種を嫁に迎えてやろうと言っているのだ。歓喜こそすれ、断る道理がどこにある?」



恐らく、幾度となく受けたであろうその求婚の言葉に今日も今日とて、まずマキナは一度鼻で哂った。滲んでいく笑顔は少々嗜虐的でもある。



「恥じらいじゃなくて慎みです。そして全力でお断りいたします」



そしてまたぷい、と顔を逸らすその素振りは子供じみている。



「私は私に相応しい雑種の嫁になりますので、お気遣いは不要です。高貴な王様は、どうぞ高貴な嫁を見つけてくださいまし」



 あ…この少女は天邪鬼だ。そしてサディストだ。士郎は見た目以外は年下と思えぬマキナを見ながら思う。



「我の許しもなくどこの馬の骨と盃を交わすつもりだ…!」
「さあ、きっとその内出会うんじゃないですか」
「そのような輩とは未来永劫出会わぬ」
「きっとどこかに私を拾ってくれる心の広い人がいますよ」
「我以上に心の広い男がいるものか!」



素直に「うん」といえばいいのに。とも思いつつ、まあマキナが突っぱねるのも無理からぬことだとも思う。とばっちり的な意味でもセイバー的な意味でも早々に受け入れて欲しいのが本音ではあるが…。続く応酬に呆れつつも、ふとセイバーを見遣れば、少し困った顔はしつつも、士郎に向ける笑顔が、何やら今日は妙に柔らかい。何だろうと思うものの、セイバーは口に出さない。

それが、自分のマスターを取られなかったことへの安堵だとは、士郎は気付かないのだが、そんな士郎を見ていればセイバーもまた一段と輪をかけた笑みが無意識に零れてくるもので…そして士郎は、その日輪のような笑顔にやはり無意識に頬が熱い。



「…あれが噂に聞くバカップル──」



しかも二組。
一服の茶を求め、本を片手に居間の入り口まで訪れたライダーはその目的を達成できずに、静かに来た道を戻って行った。




 



(…)
(2011/09/17)






「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -