from Mayhem :07



::第二暗号鍵を生成
 第二層にて取得されたし



携帯情報端末に送られたその情報を…自身のベッドの上、寝ぼけ眼で確認したマキナは
メッセージの内容を認識した後、またクッションに顔を埋めた。

――まあ、そう急ぐことでもないし

今日はゆっくりしよう、と寝返りをうつマキナ。あまりギルガメッシュとも顔を合わせたくない。朝食に際には顔を合わせているが、その後は部屋に戻ってマキナはベッドの上でごろごろしていた。休息は必要だ。心身ともにゆっくり休めて決戦の日に備えねば。

睡眠時間が足りないわけではなく、そもそもあまり眠気があるわけではないので目を閉じても当然寝付けないし、姿勢や寝具の具合で中々安らぐ位置が見つからない。ごろり、ごろり、と間を置いて姿勢を変えることを20分ほど繰り返した後――

しかしマキナはまた眠りの世界に意図せず落ちてしまったのだった。













「――!!」



 ヤバい、寝てしまった――!
あの時間から二度寝は寝すぎの可能性がかなり高い。何より昼飯をサーヴァントの為に作らなければ…焦って目を見開いたマキナの視界には目の前にあるはずのないものが映っていた。違和感を感じたのはまず視覚。その次は――触覚。自身以外の熱源。



「……」



マキナは悲鳴(奇声)をすんでのところで全て飲み込んだ。ペラ、ペラ、と紙をめくる音。少々肘掛け代わりにもなっている気がする自身の項。自身の頬の下に太腿、左手の下にも太腿──身体のほとんどの面は絹の肌触りのシーツに接している。まあ要するに、膝を、枕にして、マキナは寝ていた。誰の膝かといえばもう明々白々。

 何この状況…

何故この男が2022年に創刊した『週刊中年ジャンプ』を読んでいるかもわからないし、何故自分がこの男の膝の上で寝ていて…肘掛けにされているのかも。わからないのだが…

 でも重機人間ユンボルは面白いよね。などと、視界に入った紙面を見つめながらマキナは心の中で頷く。



「……」



自身に睡眠中周囲を徘徊する機能はないので、恐らくはこの男に運ばれたものと推察される。というかそれ以外考えられないのだが…相変わらず男は自分を猫か何かだとでも思っているのだろう。或いは家具。

男は自分が起きたことに気付いていないらしい。ここで無理に起きて肘掛けの役目を放棄するのも家具精神が身に付いてしまったのか気が引ける。それに、特に寝心地も悪くは無いので…もうしばらく、男が読ジャンプをやめるまではこのままでいよう。

余計なことは一切考えずに。
考えてはいけない。
我輩は家具である、我輩は猫である。













そしてマキナが二度寝ならぬ三度寝をした後
次に目覚めるとそこに熱源はなく
マキナは一人、広い寝台の上で横たわっていた。



「……」



肘掛けを放置し、どこかへ出かけたらしい。
時間は12時過ぎ。
どこへ行ったかはわからないが
そろそろゴロゴロするのも飽きてきたので自分も出掛けよう。そう思うマキナなのだが…やはりその前に昼食を用意するべきだろう。

冷めても問題ない食事とはなんだろうかと考えた末に
マキナは赤飯、がんもどきと白菜と大根の煮付け、お吸い物、鴨ローストの醤油ソースバルサミコ風味──という謎ラインナップのランチを生成してからマイルームからさっさと飛び出して行った。













「マキナ・カラミタ・グラタローロ、『災厄』の名を冠し、中世の錬金術師の姓を受け継ぐ“黒い星”の人よ」



そして、今。
アリーナに向かおうとしていたマキナは、今。一階の用具入れの前あたりで褐色の少女に歩みを阻まれていた。

この不思議ちゃんは何だろうか。いや、正体だけは知っている。

 “ラニ=[”
アトラス院(蔵書の巨人)のホムンクルス――まあ、それ以外は何も知らないのだが。



「何か御用でしょうか?ラニさん。──あと、その錬金術師とは苗字が同じというだけで、血が繋がっているかは定かじゃないですが」



無表情、徹底的な無表情。
機械生命、人工知能と触れ合うことの多いマキナではあるが、そんなマキナでも、この機械的な少女にどう接していいか皆目検討がつかなかった。やはりそれは、この少女があくまで『機械的』であって機械ではないからだろう。



「貴女の星はとても暗い…何もかも、光さえ飲み込んでしまう程に」
「…それ、ブラックホールじゃないですか」
「でも、限りなく禍々しく寒々しいというのに…何故か暖かくもある」
「……熱放射してるし…」



どうやらこのホムンクルスは占星術を嗜んでいるらしい。いきなり呼び止められて何かと思えば星と交信し始めたらしい。その結果、マキナの守護星はブラックホールであることが判明したようだ。



「不思議な人…。貴女の星はこれ程明確なのに、貴女自身はまるで不確定要素の塊――…とても興味深い」



そしてどうやらいたく興味を抱かれたようだ。



「興味を持って頂けるのはありがたいですが…多分私、そんな面白い人間じゃありませんよ」
「何故です?」
「私自身、世界の“不確定要素”については比較的寛容ではあるけど、私の存在が世界にとっての“不確定要素”というだけで 私の意志と方向性には意外とゆらぎがなくてね。知ってしまえば結構面白くない人間だと思うんです」



少々自嘲気味に、何故か悪びれた素振りで言うと、無表情の少女は、その大きな瞳を尚大きく見開いて意外なことに、某かの表情らしきものを滲ませていたのだった。



「…驚きました、貴女は随分と客観的に自分を観測しているんですね」



その表情とは“驚き”だったようだ。確かに微かな変化ではあったが、言われてみればそう見える。そんなラニに対して、マキナは尚、アンニュイに笑った。



「そこにただ、そういう事実があるだけです」
「…我が師は、私に『心』を与えてくれる人間と出会うように命じました」
「ラニさんは、心をお持ちでないんですか?」
「ええ、師は私に心を持たせるには至らなかったと言っていました」
「へえ…心。難しいですね」



ラニの言葉を荒唐無稽とも思わず顎に手をやり思索にふける仕草をするマキナ。



「本当に持ってないんですか?ラニさんの師の言葉を考える限り、与えるというのは言葉の綾で、貴女は既に持ってる気がします。」
「…というと?」
「よーするに、世界に出て社会勉強しろってことじゃないですか?」
「……」



じぃ…と、マキナの勘違いかもしれないが…少し胡散臭そうにこちらを見てくるホムンクルスの少女。ああもう、矢張りこの時点でこの少女に心が無いなどと思えない。



「稀代の錬金術師に作れないようなものを、ただの人間が作れるワケがないじゃないですか。貴女じゃなくたって、人は誰だって誰かと触れ合わなければ『心』があることに気付けませんよ。最初はただの『違和感』や『理解不能』という認識から始まるかもしれない。心なんて無形のモノ、私はニガテですけど、自分と自分以外のモノの間に感じる齟齬と共通点…その集積が感情で、心と呼ばれるものなんだと私は定義してます」



ペラペラ、ペラペラペラと自説を垂れ流すマキナ。物陰から赤いあくまが様子を窺っているとも知らずに。ラニはそんなあくまに気付いているのかいないのか…マキナの瞳だけをまっすぐに見ている。そして僅かながら、また機械的かもしれないが“笑顔のようなもの”を浮かべてみせた。



「私は、貴女も私と同じように“心が無い”のだと思っていました」
「…持ってないかもしれません。私の心の定義は間違ってるかもしれません。でも別にそれでいーんです、他人が何と言おうと関係ねーんですぅ」
「私が心を持てたかは別ですが、少しだけ理解できた気がします」



目を閉じたラニの表情は、まだ笑顔が滲んでいるように見えた。



「貴女にお訊きしたのはやはり正解でした。失礼ですが、貴女は私と似ている気がしましたので」
「…別に失礼じゃないですよ、お役に立てたなら光栄です」



唐突に出会い、唐突に論じ合い、唐突に一時の親交を深めた二人。そして若しかしたら、今の出来事などまるで存在しなかったかのように明日また二人は何事も無くすれ違うのかもしれない。

その光景はやはり凛の目にも異様ではあったのだが、どちらも元より異様な存在であったので、異様といえど理解の終ぞ及ばない光景でもなかった。



「…なーにやってんだか」
「とっ」



ラニが頭を下げてどこかへと去っていった後…しばらくしてから凛はマキナの前に姿をあらわした。



「遠坂…!!」
「『貴女は既に心を持っている気がします(キリッ)』」
「キリッなんて言ってないぃ!」
「言って無くてもそういう表情(カオ)をしてたのよ」
「…この、心のレイプ魔!」
「なっ…」
「心のレイプ魔痴女!」
「ななっ…! レイプも何も心の無い奴が何いってんのよ!」
「フン…私に心があろうとなかろうと、遠坂の行動がレイプ魔なんだっていう」
「レイプレイプ言うな! っていうか痴女でもないっての!」



本当である。
年頃の女子二人にあり得べからぬ応酬だ。
主に言っているのはマキナなのだが…
また妙に意気投合する女子二人を見て、苦笑しながらも微笑ましく思うのは槍の英霊。マキナは「あっ、てゆーか私忙しいからまたね!」とお決まりの文句を告げ唐突に走り出し



「どこからどう見ても暇人だってーの!!」



と その走り行く背中に凛が叫びつける。相変わらず相手はもう聞いてないようだが



「…」



マキナとの出会いを思い出した後である今は、彼女の妙に人間臭い話と仕草に、改めて違和感を感じるだろうか。吐き気を催すだろうか。確かに、得体の知れないおぞましさを感じた。だが、それでもやはり。そこにこそ…人間らしさを感じてしまった。「だからこそ、人間であろう」と。その気持ちは最早、遠坂凛の願いにも近かった。

なんてことはない、『殺し合いの時』へと刻一刻と近づいていく昼下がりのこと。


 



(…)
(2011/09/05)






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