from Mayhem :07



「まさかマキナも参加してたなんてなぁ…」



窓際に並べた机の上に足を投げ出し――窓の外の作られた風景を見るともなく見ながら
凛はぽつり、と呟いた。チタンのマグカップから細い湯気が立ち昇り、珈琲の匂いがゆっくりとマイルームに浸透していく。少し離れた場所、黒い革張りのソファの上でもう一つ、ゆらゆらと立ち昇っては消えていく湯気が。同じようにチタンのマグカップを手に寛ぐのは槍の英霊。



「意外だったのか?」
「別に。予想はしてなかったけど、よく考えてみれば意外でもないわ」



といいつつも、無意識に手を口で覆い、溜息を吐く凛に槍の英霊は続けて問う。



「あのお嬢ちゃんとは友達でもないんだろ、何をそんなに戸惑ってるんだ?」
「……」



凛のカスタムしたマイルームは、どちらかといえば殺風景にも近い。この電脳虚構世界も命懸けの戦場だが…日本の学校――ととても平和的な雰囲気の舞台になってしまっている。その為、戦場の緊張感を忘れないために中東での拠点に限りなく近い内装にしているのだ。



「あの子を殺す――それが世界に及ぼす影響の大きさを考えてたの」
「凛が死んでも大きな影響を及ぼすんだろうが」
「確かにそうだし、レオが死んでもそうなんだけど…」



 違うのよ、と
目を閉じれば思い出すのは直近のマキナの姿ではない。あれは何年前のことだったろう――












出会いは南アフリカ上空。フランスに向かうチャーター機の中で二人は出会った。
仏正規軍と軍事企業の幹部、その取引先の商社マン、政府関係者、PMC――と大人の男だらけの機内、場違いな少女二人。当然女性も何人かいたものの好きな服装に身を包み、この状況を苦とも思わず楽に過ごす二人の少女は、やはり異質だった。

二人は大人たちの計らいか、向かい合わせの席となった。最初は軽い挨拶を交わした。
その後、話題がないわけではないのだが…どちらが話すでもなく、二人はただ窓越しの夜景を見ていた。時折、チャーター機の周りを護衛する戦闘機が見える。そして地上は、赤く燃えていた。

広く長く続く火の平原
やがて口を開いたのは凛の方だった。
憚りのないストレートな発言。



「きっとアレも貴女の兵器で作られた光景ね」



眼下に広がる赤原を見つめたまま、マキナは答えた。



「そうに違いないね」
「良心の呵責とか、悲しいとか、辛いとか…そういうのはないの?」
「うん、特には」
「じゃあ楽しんでる?喜んでる?」
「特には」



凛はマキナをゆっくりと見つめた。その表情には確かに喜怒哀楽の類が浮かんでいなかった。



「何億もの人が死んでいることについてどう思う?」
「…特に感想はないよ」



凛とて、数の多さはともかくも人を殺めた経験がある。そういう時代だ。人の命の価値は、数十年前と比べて酷く暴落してしまった。特に凛など反動勢力と関わりを持っているのだから、殺すか殺されるかの状況など日常茶飯事にある。だから、この『億死の工廠』と称される少女を咎めたいわけではない。ただ単純に、彼女が何を考えているのかを知りたかった。
それをマキナも解っているからか、凛のこういう質問にも特に不快そうにはしなかった。



「貴女には何か目的がある?それとも何も考えてない?」



マキナは窓の外を見たまま。
凛はそんなマキナの横顔を見つめていた。



「――今の地球の資源と食料生産率では、精々総人口は40億人が限界。それでも多すぎるくらいだけど」
「…まさかその為に…?」
「その為にやっている訳じゃないよ。ただ、“そうなっていく”ならこれも自然淘汰の一環なんだろうと、そう思ってる」
「…!」
「私は基本、ただの『包丁』だから…私を使って何を斬るのか、何を刺すのか。それは使い手次第じゃない?」



考えもしなかった言葉だった。
本当に、それこそ何の考えなしに世界を巡っているのかとも思った。寧ろ目的があるとすれば、何なのかが想像がつかなかった。



「いや――ごめん。実は既に無垢な刃じゃない。少しだけ傾いている」
「人類を減らす方向に?」
「なんとなく」



マキナの言葉には、何の想いも込められていない。使命を課せられた救世主のような責任感も浮かれた狂信者のような情熱も。



「西欧財閥が今の方針を貫いていくのならば、いずれ西欧財閥も消滅するだろう。西欧財閥だけじゃない、世界中の国々が。既に『国家』の意義は失われ始めてる。そして力を蓄え続けた『企業』が世界の管理者として台頭する──『企業』が自社の利益を優先し続ける先にあるのは…世界の崩壊、かな?そんな未来も、あるのかもしれない」



少し飛躍しすぎなきらいもあるが、今のままでは在り得ないとは言い切れない。マキナの未来予想。その予想図を──凛も容易に脳内に描くことができるのだ。



「みんな一緒に、緩慢に死んでいくのか…それとも、多くの犠牲の上に、リセットをかけてやり直すのか」



赤い地平を見下ろすその瞳は冷たくすらないのだ。



「世界の人口はとうに100億を越えた。まだ増え続ける──私が生まれるまでの間にも、一体何種類の生物が絶滅した?何種類の生物が絶滅しそう?していく?それを考えればヒト、増えすぎだよ」



目を細めて言うマキナ。
その顔にはうっすら笑みが浮かんでいる。他人事のような自嘲──何故だろう、近寄り難く冷たい怖さというよりも、マキナの瞳も表情(カオ)も、口調も。黒い地表の亀裂から見え隠れするマグマのような熱さを感じる。それこそ凛達(ヒト)の手に負えない自然の暴虐を髣髴とさせる。それなのに偏りを感じない──無色の暴力



「でも…世界の半数以上の人類を唐突に失い、戦争によって土地が荒廃すれば残った人類だって大混乱に陥るし、それによってまた犠牲者が──…」



言っていて凛は、気付いた。息を呑んだ。
それすらも想定済みなのか?
戦争によって数多の惨劇が人とその居住エリアに齎される。そこまでバランスを崩した人類は、到底現在の生活水準を維持できない。そうなれば生活水準を落さねばならない。技術が失われるわけではないので、いずれ持ち直していくのだろうが。

この世界は、停滞している。
西欧財閥の影響も大きく、人類は歩みを止め始めている。しかし、マキナが言わんとしていることは寧ろ、人類を後退させることだ。



「重ねて言うけど、私が心底それを望んでるわけじゃない。西欧財閥の支配もそんなに悪いと思わないしね。例えば反動勢力が西欧財閥を打ち倒した後の混乱の時代も」



ここでマキナは、視線をやっと、ゆっくりと凛に移した。食えない笑顔を浮かべて。



「ただ、私は、誰も選ぶ事すら叶わなかった“新しい可能性(道)”を一つ作っておきたいんだ」



人類は増えすぎた。
これは事実だ。地球の資源ではもう養うことができない。これも事実だ。ならば…人類をどうして減らす?そもそも生まれてくる子供達を減らす?超高齢化社会の訪れだ。その後増えすぎた老人たちを殺す?

それとも、老若男女分け隔てなく、くじ引きで死ぬ人を決める?金持ちや権力者だけが生き残る?

全て実現不可能な選択だ。
ヒトは人道だ倫理だのといった綺麗事から逃れられず、結局は残酷な英断などできずに、なあなあの平穏とその場限りの優しさの堆積による、最悪の結末に辿り着くのだ。

ああ、都合良く、隕石でも落ちて多くの人間が消滅すれば…そして一握りの人間だけが生き残れば?世界を巻き込む大災害で淘汰されれば──

マキナ・カラミタ・グラタローロという女は、そんな現実的でも人道的でもない『災厄(カタルシス)』を何もかもごちゃ混ぜにして台無しにしまう『戦争』という方法で実現し得る可能性をこの時代でただ一人持った──そんな悪夢のような、性質(タチ)の悪い人間だった。既に、人間と称していいのかもわからない。

往々にして事態は人の思い通りに運ばないものだが、しかしどの道を辿っても、行き着く果てに希望の見えない諦観の未来ばかり。ヒトとして考えたくも容認したくもないが、若しかしたら、本当に若しも、若しかしたら…人類を救う道は、そこにしかないのかもしれない。

それは余りに非現実的過ぎて、妄想にすら値しない絵空事だった。



ああ、救世主が現れて、地上に遍く全ての憂いを解決し…人類、あわよくば地球をも救ってくれたならば──

その『災厄』は、眩く尊い神話や英雄とはおよそ正反対に醜くも汚らわしい。だが、既に世界中の『魔力(マナ)』が枯渇したのと同様に…この世界において、燦然なる奇跡はもう二度と起きないのだ。





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