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10月8日、朝。ソレは衛宮邸の庭に隕石の如く降って来た。







Follow ataraxiaFar away from Mayhem...





「……」
「……」
「……」



いつからだろうか。
これ程までに、居間が狭く感じるようになったのは。現実問題、日に日に狭くなっていくのは。何故だろうか。



「何だこの粗末な朝餉は」



朝日が眩しい──ならなんて清々しい気持ちになれることだろうが…チガウ。違う意味で眩しい。ぴっかぴかなのだ。とある男の所為で。



「マキナ、我の朝餉を今から作り直せ」
「……何いってんの?この人…」



俺と桜の合作である朝食を“粗末”呼ばわりされ…当人よりも、ある二人の方が過剰に反応した。互いのサーヴァント──『セイバー』と『ライダー』。しかしその殺気に近い視線を向けられた張本人は気付いておらず、その隣に座する──若しかしたら俺より年下の“マキナ”と呼ばれた少女は…少女らしからぬ大人びた顔つきで、尚呆れを露にしていた。

西洋人のように見えるが、東洋人の面影もある。箸を巧みに使いこなしていることから、日本人の血が流れているのかもしれない。



「粗末どころかこんなに豪華な朝食、多分作ったことありませんけど」
「何を言う、我への愛情のこもり方が違うわ」



…いやいや、やっぱりおかしい。
何がおかしいかって、そりゃ何もかもがおかしい。この光景を日常のものとして慣れ親しんでは──順応してはいけない気がする。──そうは思っても、きっと時間が経てば溶けこんでしまうのだろうが。



「え……そんなもの込めて朝食作ったことありませんけど…」
「何──…!」



ダメだ。おかしい。おかしすぎる。
今口に放り込んだ煮物を水平に噴出してしまいそうだ。



「食事なんて精神衛生の為に作って食べてるだけです。愛も憎もありません」



少し冷たく、また物怖じもせずに言い放つ少女。一体何者なんだ。その冷たさが素なのか嗜虐なのかは未だ判別はつかない。



「でも…この銀鮭本当に美味しいですね、焼き魚なんて久し振りです」
「えっ、ああ…この時期は大抵外れがないよ」
「そうですね…煮物も美味しいし…月並みですが母の味を思い出しました」



少し固まった金色のナニカを完全放置して、俺と桜に向けて屈託の無い笑顔を向けてきた少女。その表情からは、先程“食事は精神衛生の為に摂る”とどの口が言ったのかと首を傾げたくなるほど…それこそ、セイバーが美味しいものを食べた時に見せる至福の表情とも通ずる一種の喜悦すら見て取れる。そして、どうやら母親が日本人だったようだ。



「それにしても……突然お邪魔して朝食も頂いて…剰え住むところまで面倒を見ていただいて…本当にただただ頭が下がる思いです…」



思いだけじゃなく、実際に申し訳なさそうな顔をしてペコリと頭を俺に向けて下げる少女。──まあ、それ以外に選択肢がなかったというか…外に放り出したりしたらそれこそとんでもないことになりそうだし。特に金色の方。

何より、今より2時間前──
突如として“未来からタイムスリップしてきた”ホヤホヤの人間をワケも聞かずに放り出すなんて無体なことができる筈が無い。まず、わざわざ俺の自宅の庭に降って来た時点で
何か高次的なモノによる作為──運命を感じるし…この“繰り返される四日間”を選んで召喚されたことに寧ろ申し訳なさを感じるというか──…いや、全然俺の所為じゃないんだけど。



「このお礼は必ずや致します」
「…そんな畏まらなくてもいいよ」
「そうだぞマキナ、このメシ使いは他人に尽くすことこそが本懐なのだ。望み通り、思う存分と扱き使ってやろうではないか」
「……あの、申し訳ないんですがこの人のことは無視してください」
「あー…大丈夫。こういう奴だってことは俺達重々承知してるから」



身に染みるほどに。
 そうなんですか?と小首を傾げる姿が、年相応にあどげない。金ぴかも偉く可愛らしい嫁候補を未来で見つけたものだ。





十月八日午前四時──

轟音と共に衛宮邸の住人全員を叩き起こしながら降り立った金色の光。その正体は、金色のサーヴァントと、横抱きにされた銀色の少女だった。

話によると、二人はなんと三十年後の未来からやってきたらしい。その時代の聖杯戦争にて、少女はギルガメッシュのマスターだったとか。そしておかしなことに、少女自身もサーヴァントであるらしい。彼女の言を信じれば、彼女は10億近い人間を死なせた大量虐殺者なのだとか。そんな様子は今のところ彼女からは一切見てとれないのだが。だが、あの金ぴかがこれ程までにご執心なところを見るとタダモノでないのは確かだろう。

何にしろ、金ピカがセイバーを執拗にストーカーする心配が多分なくなったのが嬉しい。まあ…別に最近は大した害はなかったんだけど。今のところのこの未来の金ピカはセイバーにあまり関心を抱いているような素振りを見せていない。
そして…セイバーなのだが。



「……!」



何故か、この二人を見た時からずっと、二人の掛け合いを見る度に、何度も。驚きを隠せないような表情をして箸が止まっているのが――…気になる。庭に落ちてきた二人を見たセイバーが口にした

「あなたは──」
という呟きは、恐らくギルガメッシュに向けられたものではなかった。アレは間違いなくあの少女に対して呟かれたものだ。

セイバーがあの少女を知っているだろうことは最早疑いようも無い。しかし、セイバーは少女の様子を見て──恐らくは少女がセイバーを知らない様子なのを察知して、自分から彼女に話し掛けようという気は失せてしまったようだ。今はもう学校に行かなければならないから悠長にしていられないが…学校が終わってからセイバーに事情を聞いてみようか。
ん、学校といえば──



「そういえば、えーと…マキナ。アンタ俺達と年同じくらいだよな?」
「私ですか?私は16歳です」
「2つ下か…アンタも未来では学校に行く年じゃないのか?」
「…私、学校というものに通ったことがないんです」
「えっ、そうなの?」
「はい…3歳の時から世界中を転々として…そんなヒマもなかったんで」



どういう生活を送っていたんだろうか。
まさかその頃から大量虐殺を…?



「学校、楽しいですか?」
「ああ…ってアンタにとっても楽しいかはわからないけど」
「成程、私も一度通ってみたいですね…」



体験入学くらい藤ねえに頼んで何とか──無理か…。そういえば、隣の金ピカは放置しておいていいのか?そう思った直後。



「マキナよ──我以外の男を見つめながらの喫飯とはどういう了見だ?」



強引に…下手したらゴキッと首から音がしそうな勢いで少女の顎を掴んで隣の自分を見つめさせる金ピカ。



「食卓を囲んでいる方たちと団欒するのは至極当然のことですし、人と話をする時に顔を見るのは常識です」
「お前はただ我だけを見ておればいいのだ」
「私は私の見たいものを見るので放っておいてください」



ギリギリ、ギリギリと。
顔を背けようと力を入れる少女と、離すまいと掴む指に力を入れる金ピカ。…そろそろ何となく、二人の関係性が見えてきた。しかし、面白すぎて食事に集中できない…のは俺だけではなく。(面白がっているかどうかはわからないが)総合的に冷静でいられているのはライダーくらいだ。眺めてたら遅刻しそうだな…



「大人数で囲む食卓、いいじゃないですか。初めての経験で私は楽しいです」



英雄王の不意をついて自身を解放させた少女は…やはりぷい、と金ピカから目をそらして
澄ました顔で朝食の続きを──



「ふむ?お前は我と2人きりの食卓よりも、大勢で囲む食卓を好むというか…?――ならば疾く我の子を孕み、何人でも産むがいい。それこそ一家揃っての団欒と行こうではないか」



英雄王の思わぬ言葉に場の空気が凍りつく。マキナも雷に打たれたかのような表情をして、身震いしていた。多分、見間違い出なければ物凄く嫌そうな…否、信じられないという顔をしている。…しかし、想像したら恐ろしい光景だ。一人だけで既に破壊力の高い金ピカが何人もいたら…終わる。冬木が…世界が崩壊する。



「…何人も何も、そもそも産みませんから」
「幾度となくその胎に我が精を受けておきながら…今更何を言っている?」
「あの、ちょっ、今食事中なんですけど…!?黙っててくれません?王様…!!ってゆーかソレ魔力供給の一環ですから…!!」



本当になんて爆弾に爆弾を重ねてかましてくれたんだ…。藤ねえやイリヤがいなくて良かった…いや、全然良くはない。桜なんて顔が真っ赤で完全に固まってしまっている。そりゃ、マスターとサーヴァントの魔術回路の接続や魔力供給目的で必須でもないが、決して非常識な行為ではない…。
…かくいう俺だって経験がある。だからってこの場のほとんどが十代の若者なんだから自重してくれ…!そしてマキナ本人も紅潮して──しかしただ羞恥にかられているだけではなく、別の非難も含めてギルガメッシュを睨んでいる。そして…英雄王はまたしても空気を読まなかった。



「ほう?それにしてはお前も随分と悦んでいるでは──」
「『億死の工廠(ギガデス・アーセナル)』──“パイルバンカーKT”─!!」



それは突然のことだった。
2時間前に彼らがこの地に墜落したのと同じような轟音を立て──呆気に取られた一瞬後、食卓には一人の姿が欠けていた。…見間違いでなければ一瞬、ドス黒くて超巨大な鉄柱みたいなのが見えたんだが…



「 い い 加 減 に し て く だ さ い 折角の朝食がマズくなります!!大人しくメシ食えやこのヤロー!」



メラメラと燃え盛る怒りのオーラが彼女の周りに見て取れる。そして一頻り怒りを放出した後、彼女はくるりとこちらを振り返る。



「空気悪くして本当に申し訳ありません…本当にごめんなさい…」



圧倒的な威圧感すら曝け出して噴火したマグマは急速冷却。なんと俺達に向けて土下座をしてしまった。

…ダメだ、もう本当これは学校どころじゃない。今日俺は学校休もう。この二人を放置したらとんでもない大災害が引き起こされるかもしれない…



「いや…アンタが謝ることじゃないだろ…」
「ただでさえメーワクかけてるのに…迷惑しかかけてなくてすみません…」
「大変なんだな…アンタも」



少し前までの二人のやりとりを見た限りでは金ピカの主導権を握って文字通り上手く主人(マスター)してるのかと思ったけど…どうやらそれなりに苦労しているらしい。そりゃ当然か…と同情の目を向けていると

って何で何事もなかったように金ピカが無傷で座ってメシ食ってるんだ…。非常に残念なことだが、うまく逃げ果せたらしい。



「今のはいい一撃だったぞ」



って…当たってたのかよ



「おかしいなあ…全身粉砕骨折にしたつもりなんだけどなあ…」



首を傾げながらボソボソと呟いているマキナ。何かちょっと“あくま”の片鱗を見てしまった気がする…遠坂や桜とは違う、また別種の狂気──…見なかったことにしておこう。知らぬが仏だ。

ふと横を見遣ると、桜がまだ頬を赤らめたままだ。少し状況の落ち着いた今の内に話しておかなきゃならない。桜に小声で耳打ちする。



「桜、俺今日学校休むけど、藤ねえに理由を聞かれたら“知らぬ存ぜぬ”を通しておいてくれ」
「えっ――休むんですか?先輩」
「…こいつらを置いて学校に行ったら…俺たちが帰ってきた時に衛宮家の敷地は更地になってるかもしれん」
「……」



無言で苦笑。
反論する術を持たない…要するに俺と同意見のようだ。そりゃそうだよな、よく考えれば
学校に行こうとしていた俺がおかしい。俺たちが登校してしまえば、残されるのはセイバーとライダー。遠坂が居てくれればまだいいんだけど、今日はいないしな。

金ピカとマキナを見遣る。
何だかなあ…今や金ピカも飯を食ってるわけだが…あのギルガメッシュが衛宮邸で俺の飯を食べてるとか…こんな面白可笑しい…けど気持ち悪い光景を目にする日が来ようとは…



「マキナ。さっきのアンタの宝具?」
「『億死の工廠(ギガデス・アーセナル)』ですか?ええ、そうです」
「へぇ…サーヴァントとしては何のクラスなんだ?アンタ」
「アーチャーです」



ガタッ!
テーブルをひっくり返すようなことはないが、食卓を揺るがした音と衝撃に全員の視線が一点に集中する。立ち上がったのは茶碗と箸を手にしたままの…



「アーチャー…?ジェスターではないのですか…!?」



先ほどからこの来訪者2人のことを、気にしまいと務めようとも気になって気になって仕方がないらしい、セイバーだった。



「ジェスター? エクストラクラスか…?」
「英雄王…!貴方もあの戦争で彼女を…」
「む…… ──何のことだ?セイバー」



アレ?
「ジェスター?」と首を傾げているマキナはともかく…この金ピカ、何か知ってそうだぞ…?口が笑ってるし。しかしセイバーはそんな金ピカの機微には気付かず…言いかけて止まったままの口をぎゅっと一文字に結び…そして、スッと落ちるように正座に戻ってしまった。



「…申し訳ありません。全ては私の勘違いだったようです」



おーい、多分勘違いじゃないから。
一度明鏡止水――心を無にする為に目を閉じた後、セイバーは何事もなかったように朝食の続きと戻ってしまった。

…しかし、今のやり取りと言葉を含めて察するに…マキナが冬木の第四次聖杯戦争に“ジェスター”というクラスで参加している…そういうことか?ライダーは心当たりが全くないみたいだし。しかし、第四次聖杯戦争にサーヴァントが8人召喚されたなんて聞いたことがない。まあ、半年前の第五次聖杯戦争だって第四次からのギルガメッシュが現界し続けていたり、この“繰り返される四日間”だって、謎のサーヴァントが召喚されてる。第四次にだって、何かしらイレギュラーなことが起きていても強ちおかしいことでもないのかもしれない。

まあ、セイバーの様子を見る限り
10億人殺しの大量虐殺者らしいマキナも、それ程の危険人物ではなさそうではある。もしそうなら今頃甲冑に身を包んでエクスカリバーを構えているだろう。








この後、10月8日の衛宮家の朝食は万事滞りなく完了し、桜は登校、そして残るは二つの隕石。マキナは朝食の片づけを手伝ってくれると言ったが…そんなことより金ピカを見張っていてくれる方が大事だったので、押し問答の末、お断りした。

今更だけど、この先どうすればいいんだろうか。


 



(…)
(2011/09/05)






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