Thysta



眠っている男の耳にそっと手を伸ばし、ゆっくりと…慎重に丁寧にソレを取り外す。まずは左。それを早速…自身の左耳に。ごくり、と生唾を飲み込みながら、緊張で少々震える手でピアス穴に通す。金無垢の重さを感じる。しかしその重さが何故か、どうにも心地よく。次に右。同じようにゆっくりと外して、同じように右の耳に。男は目を覚まさない。

マキナは、静かに――しかし、勢いよくベッドを飛び降りる。姿見の前で、心躍らせてその姿をまじまじと見つめる。自分の容姿が好きなわけではないのに、何故か鏡に映った自分を見て笑みがこぼれてくる。どうしようもなく嬉しくなって、マキナは早速外へと飛び出した。




from Mayhem (Thysta)




「と──さか───!!」



まずマキナが見つけたのは遠坂凛だった。マキナとは数年来の付き合いであり、友人でもないし利害関係にもないが、何故か色々と関わりの深い…所謂腐れ縁のような仲だ。

とびきり上機嫌で自分を呼ぶマキナが珍しすぎて…凛は目をぱちくりさせて、飛んでくるマキナの到来を待った。制服を着ているのだが、何故だか珍妙な違和感がある。



「どう?遠坂 …似合う?」



凛の目前に到着したマキナは、ニヤニヤと笑いながら自身の耳にぶら下がっている耳飾りを指で揺らしてみせた。

この女は何故こうも浮き足立っているのだろう。一体その耳飾りに何があるというのだろう。身に着けていると金運が上がるようなレアアイテムなのだろうか。

凛は一弾指ほど逡巡した後…マキナとは対照的な無表情で答えた。



「……結論から言うわ」
「ドキドキ」
「全然似合ってない」
「ガーン」



……一体この女に何があったというのだろうか。何故擬音を口走っているのかもわからないが、自分の答えに対するショックの受けっぷりも奇怪に過ぎた。そんなマキナの所作全てに妙に苛立ちを覚えるのだが…それでも、お人良しで尚且つマキナに思うところのある凛は、バッサリ切り捨てることはできない。だから、何故似合わないのかを親切に説明してやることにしたのだ。



「似合うわけないじゃない、制服に!そんな黄金の塊が!」



というか、寧ろ。
よくよく考えれば言うまでもなく。何故そんなことにマキナは気付かないのだろうか。と
凛はマキナのファッションセンスを少し疑ったのだった。いつもの彼女を見る限り、それなりに拘りがあると思っていたのだが。



「なんで制服なのよ、いつもの服の方がまだ似合うでしょーが」
「いや、服はいいんだよ、首から上だけ見てくれれば」



どう逆立ちしても目に付くので、見るなというのは無理な相談である。相変わらず無謀な要求をしてくる女だ。しかしそれでも律儀に、遠坂凛は目を細め…自身が違和感と感じる理由を彼女なりに探ろうと試みた。
まず一つ目。



「ってゆーかアンタに金が似合わないのよ、金色が。銀の方がまだいいわ」
「!」



そう、似合わないのだ。
何と言おうと人には似合う色と似合わない色がある。例えば遠坂凛に緑色の服というのは、やはりどうしようもない違和感があるように。その人間のイメージカラーとでも言うべきか。生まれつきの容姿だけではない。中身や生き方も、色の方向性を決める重要な要素となる。マキナの容姿はともかくも、その生き方に“金色”が似合わないのだと。遠坂凛は、こうしてまじまじとマキナを見て思った。金色が似合わないと言われ、しゅん…と少々意気消沈したマキナには申し訳ないワケだが。まあ、正直知ったことではない。放っておこう。次に感じた違和感。二つ目。



「そんなハイネックでしかも制服に似合うわけな…」



金は、そのまま裕福さ、金持ちを髣髴とさせる色。今や庶民も純金の装飾品を身に付けるのも珍しいことではないが、しかし今マキナが耳につけているイヤリングは、正に金の塊。その形状も分銅…インゴットにも似ている。

成金趣味にも近い程、露骨に『富』を象徴する代物と――清楚で貞淑であるべき、学生の制服がマッチするワケがない。こんな耳飾りには、胸元が大きく開いた衣装などの方が余程似合う。凛はニヤリ、と目を細め口元を歪ませた。



「ふぅん…?」



それ位は、マキナ本人にも判って然るべき。それを態々──何故学生服なのかの説明はつかないが、恐らく手近にあったのが制服だからではないだろうか。安易に、マキナは学生服を選択した。何故。それは、ハイネックだから。



「キャー!!痴女!変態!!」



思いついたら即行動。そのアグレッシブさは、マキナにも通ずるところがあるのだが
“2度目”。前科一犯の凛には一切の迷いがなかった。制服のリボンを、俄か乱暴に解き、ハイネックのカラー部分のフックを2、3。尚…その下のボタンを第二まで外してマキナの胸元を顕わにしてやった。



「…マイルームでアンタ一体サーヴァントと何してるのよ…」



そして凛の眼に、予想に違わぬモノが飛び込んできたワケだ。予想通りではあったものの、実際それを目の当たりにしては、流石の凛も頬を赤らめた。顕わにされたものの、もう既に、完璧に胸元を隠したマキナはぎこちなさ全開で答えた。



「べ、別ニナニモシテナイヨ」
「じゃーなんなのよこの痕は…」
「これは…!蜂に刺されたあとだっていう…!」
「どんだけ刺されたの!?アナフィラキシーショックとか通り越しちゃった…?!」



苦し過ぎる言い訳に、思わず凛も裏拳でツッコミをいれてしまった。あれほどたくさん蜂に刺されて、マキナがピンピンしていることがおかしいだろう。まあ、要するに、言うまでもなく。マキナの胸元に散ばるピンク色の内出血の痕は、キスマークというヤツである。

こうして、あの遠坂凛に屈辱的にもツッコミ役をやらせたマキナの元に
一人(組)の敵が現れる。



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