from Zero :03



突如、この小さな戦場に眩い金色の光が立ち込め、場にいた者は例外なく目を奪われる。が──…一人だけ動きの完全に止まった者が居た。『道化師(ジェスター)』の英霊、マキナ・カラミタ・グラタローロである。しかしそれは数秒のことだったので、ぽかんとその黄金の光に見惚れていた白野はその様子には気付かなかった。

それが無形の光の集まりから、街灯のポールの上で甲冑姿のサーヴァントとなっても、それはやはり黄金としか形容しようがなかった。黄金そのものと言ってもいい。確かに髪も甲冑もその色だが、双眸は紅い。しかしそういった見た目の色だけでなく、その魂そのものが金色なのだ。



「我を差し置いて“王”を称する不埒者が、一夜のうちに二匹も涌くとはな」



 ぷすっ と
この状況に不似合いな間抜けな音がしたので、白野が勢いよく振り向くと、そこには顔を右手で覆い俯いているマキナがいた。よく見ると震えている。要するに──笑いを堪えている──?怪訝そうに覗き込もうとするが…



「難癖つけられたところでなぁ……イスカンダルたる余は、世に知れ渡る征服王に他ならぬのだが」
「たわけ。真の王たる英雄は、天上天下に我ただ独り。あとは有象無象の雑種にすぎん」



またしても、否今度は盛大に噴出して…尚且つ気管支に唾液を詰らせでもしたのか、ゲホゲホと噎せながら、それに留まらず遂に白野の方へと倒れ掛かるというサーヴァントの異常事態に白野はギョッとする。しかしここでもう一つ、白野にとって予想外に過ぎることが起きた。誰にも見えない筈、聴こえない筈だったのに

何もない筈の虚空を弾かれたように振り向き、睨む者が一人。

突如向けられた剥き出し且つ徹底的な殺意に白野は射貫かれたように総毛立つ。そして弾かれたように、絶望的な表情をして、振り向く。

──まさか?
見られる筈がないのに、それこそ今現れたばかりのこの金色のサーヴァントの紅蓮の双眸が、疑いようも無く自分達に向けられている。マキナは──まだ腹を抱えている。気付いていない──これではまるで、家を容易く狼に壊された、子豚の兄弟だ──



「誰だ、王の前で不敬にも笑った不届き者は──!!」
「なっ──」



 マキナ!!
白野は叫べなかった。声が出なかった。
目にも止まらぬ速さで、一瞬光った黄金のサーヴァントの背後…その次の瞬間、大きな光が白野達を飲み込む──
轟音と殺意を伴って──
眩しさに目を閉じる暇すらなく──



「「!!??」」



呆気に取られ、そしてその直後再度唖然とさせられたのは白野だけではなく、やはり場にいる全ての者だった。鼓膜が破れんばかりの、千切れるようなスパークの悲鳴。金色の光の矢があろうことか虚空と衝突したと同時にその輝きに負けない程、青く巨大な放電が空中に巻き起こったのだ。バチバチバチバチ、と1、2秒ほど激しくぶつかりあった後、そこから自由落下する小さな光──は一振りの剣で…それが地上に突き刺さった頃に、放電も収まった。

白野は、腰に留まらず全身の力が抜けてしまった。そしてマキナはまだ──身体を震わせていた。

何が──なんだか──

そんな茫然自失の白野と、今度は正反対に――この場に居る全ての者が例外なく、空中の、見えない『異物』に意識を向けていた。何の違和感も残さず虚空に戻った其処は、今や疑いようもなく違和感でしかないのだ。



「サーヴァントか…!?」



今まで誰も注意を向けていなかった其処に誰もが注視すると、マスターもサーヴァントも、此の期に及んでやっとその何もない場所から独特の『気配』を感じ始めた。

全員の視線が注がれる中
最早隠れ遂せることはできない。
マキナは未だ笑ったままある種の錯乱状態なのだが…それでも基本は冷静らしくノーモーションで、白野とマキナを覆っていた不可視の状態が解除。というよりマキナが造形していた何かがすっかりと消え去り、白野とマキナは共に自由落下。白野はまた驚いて悲鳴を上げそうになるのだが…

マキナがしっかりと白野の腰を掴んでおり、プレハブ倉庫の屋根の上に、また重力を無視してふんわりと音も立てずに2人は降り立った。



「――!!」



空中の違和感――そしてそこから現れたのは二人の少女。対照的に黒白(こくびゃく)の美少女二人。銀髪の方がサーヴァントであるのは間違いないだろう。銀糸を混ぜて織られたような鈍い光沢を放ち、尚且つ緻密に惜しげもなく装飾を施され…しかし儚げな印象を与えるワンピースと、絨毯の如く厚手のショール。感情を判じ難い、どこか空虚な印象の紫色の瞳。銀というよりは打たれ磨かれたばかりの黒金(てつ)のようでもある。背中までの長さの髪は無造作に彼女の身体に降りている。その浮世離れした出で立ちは、巫女(シャーマン)をも彷彿とさせた。



「キャスター……か?」



突如予想もしないタイミングで、予想もしないものが現れてしまったがために顔見せを恥じた英霊というのに侮蔑の言葉も浮かばず…ライダーはまた顎を掻きながら独り言ちた。



「「いや――違う」」



ライダーの真横でマキナを目を細めて見ていたウェイバーと、また、此方は遠く離れた岸壁間際で様子を見ていた切嗣とが同時に呟いた。それぞれが違う理由で、だ。



「どう見てもキャスターだろうが?」
「筋力耐久敏捷Exで魔力と幸運E-のキャスターが居て溜まるか!」



ウェイバーの叫んだその言葉に場が静まりかえった。様子を見ていた、ランサーのマスターであるケイネスやアサシンの視覚を通してパラメータを透視している綺礼、暗視スコープ越しに様子を見ている切嗣は聞かずもがな…サーヴァント達は皆其々大小程度の差はあれども、場に居るほとんどの者はその異様のパラメータに目を耳を疑う。マキナのステータスの異常さの判らない白野はキョロキョロとその様子を見回し、最後にマキナを怪訝そうに見た。



「どういうことだ?」
「他のサーヴァントのパラメータを見ればわかりますよ」



言われて場に居る四名のサーヴァントを見渡した白野はしばらくしてハッとした。マキナのステータスは全てEがついたので、皆Eから始まるステータスなのだと思っていたが、AやB、Cと様々にある。改竄したとはこのことだったのか――胡散臭そうな視線をマキナに送る白野。

そして今、他の者よりほんの少しだが先んじて、衛宮切嗣と久宇舞弥はこのサーヴァントが『8人目』であることを確信していた。



「キャスターじゃないなら何だ、バーサーカーか?」



見る限りこの少女の英霊に狂化の様子は微塵も見られない。



「『宮廷道化師(ジェスター)』です。冬木第四次聖杯戦争の招かれざる客、8人目のサーヴァント。どうぞお見知りおきを――」



少女の英霊が、その見た目には一瞬想像も付かぬ程の慇懃無礼さで場の全員に向け、優雅に上に伸ばした手を前方へと流しつつ上体を直角に曲げ、一礼した。

やはりエクストラクラス――
しかし、『宮廷道化師(ジェスター)』など前例のないクラスだ。そして、聖杯を奪い合うには、余りに間抜けな。



「笑っていたのは貴様だな?道化」
「ええ、私です。弓兵のクラスにて招かれし王よ」



躊躇なく答えたマキナに、白野は引き続き驚かされた。マキナは相変わらず慇懃無礼に答えるが…しかし、零れるような笑顔を男に向けて言った。



「ご健勝のようで、心より嬉しく思います」



作り笑顔どころか、愛しさすら滲ませて微笑んだマキナに、倣岸不遜唯一無二の王は眉根を顰める。

弓兵(アーチャー)――
マキナが昨晩圧倒できると豪語していた相手。しかしアーチャーはマキナのことを知っている風ではない。



「道化は笑うもの――だから私のことなどお気になさらないでください。そもそも高貴なるお方が、私めのような卑賤な存在を些少にも気に留むべきではありません」
「道化がこの我に意見するか」
「何を仰いますか、道化なればこそで御座いましょう!」



ああいえばこういう、卑賤と自称しながらも全く物怖じせず、堂々と演説口調で語るマキナを冷たく見据える弓兵。彼が次の言葉を口にする前に、豪胆の騎乗兵(ライダー)が笑いながら間に入る。



「おい、道化の小娘!」
「何か?」
「聞くのがちと遅れたが…お前はどうだ?余の元に降り共に世界を制する気はないか?」
「ちょっ…まだ勧誘する気かよ!」



その問いかけに、ぱちくりした後マキナはやはり笑顔で応えた。



「生憎…今の所の私は世界征服にあまり興味がありません。彼の征服王直々のお誘いをお断りするのは心苦しいのですが」



マキナはまた丁寧にお辞儀をした。そんな一連のマキナの様子を見て、白野は思う。あれほど人前に出ることを嫌がっていたのが嘘みたいだ。そして、意外とノリノリじゃないかと。そして、今の言葉でふと思い出した。



「そうか…世界征服も何も…君は36億人を殺した英雄だったな」



白野がなんとなしに呟いたその言葉は、今や静かなこの戦場に思いがけず響き渡り視線が白野とマキナに集中する。その、俄かに信じ難い発言とその真意を問うように。マキナは白野の方を見、少しだけ目を丸くして瞬きする。



「36億人ではなく66億人です。累計で82億人」
「えっ――」



36億人を許容した白野すら虚を突かれ、固まる。そうかそういえば、40年後の人口が60億とは限らなかった。自身のサーヴァントを他の者と同じように呆と見詰める。



「それに、誤解がもう一つあります。私は“82億人を殺した女”ではなく“82億のヒトの死に関わり、ある時代の世界人口を五分の二まで減らした女”です」



 間違えないでくださいね、と
マキナは困ったように微笑みながら、白野の唇に人差し指を宛てた。
 






(…)
(2011/09/12)






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