from Zero :03


「我が名は征服王イスカンダル。此度の聖杯戦争においてはライダーのクラスを得て現界した」



場は静寂に包まれた。誰もが呆気に取られていたが、マキナは相変わらず楽しそうに征服王を見ていたし、白野も「へぇーアレがアレクサンドロス大王かー」と興味深そうに、身を乗り出して眺めていた。



「何を――考えてやがりますかこの馬ッ鹿はあああ!!」
「あっ…兄さんと同じ制服――…」



征服王の影に隠れてさっぱり気付かなかったが…真横に征服王のマスターであるらしい制服を着た少年が興奮も極地に顔を真っ赤にして征服王に掴みかかっていった。が、べしっ。と漫画のような効果音を立て、放たれたデコピンがマスターを一瞬で制圧。マスター、沈黙。



「…弱いな」
「うん…」



白野の兄と同じ制服に身を包んだ少年――つまり時計塔の生徒であろうその少年は虚しく倒れている。そんなマスターには目もくれずにイスカンダルは、セイバーとランサー両者を見据えていたが…やがて、再度口を開いた。



「うぬらとは聖杯を求めて相争う巡り合わせだが……矛を交えるより先に、まずは問うておくことがある。うぬら各々が聖杯に何を期するかは知らぬ。だが今一度考えてみよ。その願望、――天地を喰らう大望に比してもなお、まだ重いものであるのかどうか」



この征服王が喋ると、面白いことに一度辺りに静寂が訪れる。



「どういうこと?」
「オレと一緒に世界征服しようぜヒャッハー!って感じ?」
「ああ…」



さすが征服王…と関心したのはこの主従くらいで他の陣営に至っては、呆れて物が言えないらしい。否、決闘を邪魔された2人の英霊に至ってはふつふつと怒りを募らせ始めている。



「貴様――何が言いたい?」
「うむ、噛み砕いて言うとだな――ひとつ我が軍門に降り、聖杯を余に譲る気はないか?さすれば余は貴様らを朋友(とも)として遇し、世界を征する快悦を共に分かち合う所存でおる」



威厳を保ったまま、愛嬌すら感じさせる様子で堂々と言い放った征服王に、騎士王も美貌の槍兵も他の者同様呆れが勝り、怒りも一時忘れてしまったようだ。



「先に名乗った心意気には、まぁ感服せんでもないが……その提案には承諾しかねる。俺が聖杯を捧げるのは、今生にて誓いを交わした新たなる君主ただ一人だけ。断じて貴様ではないぞ、ライダー」
「……そもそも、そんな戯言を述べ立てるために、貴様は私とランサーのを邪魔立てしたというのか?」
「――…!」



顔だけでも笑っているランサーと違い、セイバーは心底不愉快そうに問い掛ける。立ち込める殺気に肌も胃も痛い。

 かなわんな…
マキナは頬杖を突きながら眼下の修羅場を眺めていたが、白野にはこの一触即発の状況に息を呑んで見守ることよりも今産まれたばかりの新たな疑問をマキナにぶつけることの方が重要だった。



「ちょっと待って、マキナ。サーヴァントにも願いがあるのか?よく考えたらさっきの征服王だって、世界征服したいなんてマスターじゃなくてサーヴァント自身の願いじゃないか」



マスターの問いは、修羅場から目を逸らせる良いきっかけとなったのでマキナは知らず知らず笑顔で白野を見ながら答える。



「お互い叶えたい願いがあるからマスターとサーヴァントは協力関係を結ぶんですよ」
「え…じゃあマキナの願いって何?」



すかさず次の疑問が。
寧ろ白野の質問の本題はこれだった。マキナは、ああ、そう来たかと目を何度か瞬いた。



「特にないです」
「……言ってること矛盾してるんだけど」



今、岸波白野の考えが根本から崩されたのだ。マスターとサーヴァントがギブアンドテイクの関係であるというならば、よくよく考えればマキナが白野に聖杯の奪取を無理にでも奨めないことが前提としておかしい。聖杯を勝ち取った一組だけがその願いを叶えられる。勝ち取らなければ、願いは叶わない。ならば、サーヴァントはどうあってもマスターを勝利に導かねばならない。しかしマキナは、白野が望む通りやればいいというスタンスだ。最終的に白野が聖杯を望もうと、望まなかろうと、どちらでもいいと。

確かに願いが無いのであれば、その姿勢自体は理解できる。が、通常であればこのように無欲(ストイック)なサーヴァントなどに、マスターは信用などできない。例え英霊でなくとも、会って間もない相手に無償の献身など求められる筈がない。ギブアンドテイクだからこそある種の信頼が置けるというのにそれが成り立たないのだから。

その後続けようとしないマキナを不審げに見つめ、本心を問い質そうとした白野だったが──



「「くどい!」」



セイバーとランサーの二重の一喝に、白野は驚いて眼下の修羅場に再度目を戻した。



「な…なに?」
「征服王が“ねえそんなこと言わないでさー!報酬もはずむよー!”って言ったら怒られた」
「なにそれちょっとかわいそう…」



マスター同士がじゃんけんで聖杯の所有権を決められないのと同様に英霊達の誇りと矜持は、妥協のつくようなものでなく。それぞれが確固としている為、永久に平行線だ。どちらも正しいだろうに折り合いがつかないもどかしさに白野は一人無意識に心を痛める。



「重ねて言うなら──私もまた一人の王としてブリテン国を預かる身だ。いかな大王といえども、臣下に降るわけにはいかぬ」
「ほう? ブリテンの王とな?」



しかしセイバーの言うことも最もその通りで、王が他の王の臣下に降るというのは自国を他国の属国にすることを意味する。例え時代を超えイスカンダルがイギリスに攻め入ろうとも一国の王がそれを承服するなど許されるものではない。



「こりゃ驚いた。名にしおう騎士王が、こんな小娘だったとは」
「――その小娘の一太刀を浴びてみるか?征服王」



祖国を護る王そのものの体現の如く徹底抗戦の構え。迷いのない射るような瞳と闘気は、一層厳しさを増す。ライダーは溜息を。



「こりゃー交渉決裂かぁ。勿体ないなぁ。残念だなぁ」



まあ、でもライダーの気持ちもわかるが…よくよく考えればいきなり“俺の手下になれ”は、無い。白野は改めて思い直して少しだけイスカンダルの無鉄砲さに呆れも抱く。自身の無鉄砲さにサーヴァントが振り回されていることなど、露ほども考えずに。



「ら、い、だぁぁぁ……ど〜すんだよぉ。征服とか何とか言いながら、けっきょく総スカンじゃないかよぉ……オマエ本気でセイバーとランサーを手下にできると思ってたのか?」
「いや、まぁ、“ものは試し”と言うではないか」
「“ものは試し”で真名バラしたンかい!?」



苦労人らしいウェイバーを憐れみながらも、白野はマキナをまた振り返り、にやりと口元を歪ませた。マキナは嫌な予感しかしない。



「なあ、いっそのこと名乗りをあげてみないか?」
「ライダーの部下になりますって?」
「なんだかそれも楽しそうじゃないか?」
「…我がマスターは世界征服がお望みで?」

『そうか、よりにもよって貴様か』

「!」



一瞬、怨霊か何かの呪詛か何かを聞いてしまったかと、白野は身震いする。マキナが現界時に変声していたのと同様の変声操作。恐らく此方は魔術による変声だろう。男とも女とも判別のつかない声は、マキナの少々機械的な変声とはまた違った別のおぞましさが感じられた。しかも、どこから発せられているかも判別がつかず…ただ、この一帯に響いている。



『いったい何を血迷って私の聖遺物を盗み出したのかと思ってみれば──よりにもよって、君みずからが聖杯戦争に参加する腹だったとはねぇ。ウェイバー・ベルベット君』
「あ……う……」
『残念だ。実に残念だなぁ。可愛い教え子には幸せになってもらいたかったんだがね。 ウェイバー、君のような凡才は、凡才なりに凡庸で平和な人生を手に入れられたはずだったのにねぇ』



 どう考えても元より“可愛い教え子”だなんて思っていないだろうと、凍りついて満足に反論もできないウェイバーを見ながらも思った。ウェイバーが時計塔の生徒なのだから、この声の主は間違いなく時計塔の講師だ。兄もこの講師の教えを請うていたのだろうか。岸波は魔術師としてそれなりに磐石な地位を築いていたらしいし…また兄も優秀な魔術師だったので、恐らくこのウェイバーと同じような扱いは受けていなかっただろうが…何分兄は対人関係について全く白野に話さないので、よくわからない。しかし、自分の兄がどういう扱いを受けていようともこの講師のウェイバーに対する振る舞い――白野は嫌悪せざるを得なかった。



『致し方ないなぁウェイバー君。君については、私が特別に課外授業を受け持ってあげようではないか。魔術師同士が殺し合うという本当の意味──その恐怖と苦痛とを、余すところなく教えてあげるよ。光栄に思いたまえ』



白野はウェイバーを憐れむのだが、およそ一般的な魔術師の常識からすれば認識が甘かったのは寧ろウェイバーの方である。だから白野と同じような目でウェイバーを見るものはいない。



「…神経質そうなオッサンだなあ」



マキナは何か別の方角を向いているし。



「何…?もしかして声の主が見えてるのか?」
「ええ」
「マキナ……そいつボッコボコにしてやらないか?」
「は…?」



またしても無鉄砲で唐突なマスターの思いつきに、マキナは先程のようにオーバーリアクションで驚くことはないが…どこまで本気なのか問う為口を開きかけたのと同時──



「おう魔術師よ。察するに、貴様はこの坊主に成り代わって余のマスターとなる腹だったらしいな」



震えるマスターの肩をしっかりと包み込む手と、相も変わらず揺るぎのない声色はウェイバーの恐怖を一時でも拭い去るには充分過ぎた。



「だとしたら片腹痛いのぅ。余のマスターたるべき男は、余と共に戦場を馳せる勇者でなければならぬ。姿を晒す度胸さえない臆病者なぞ、役者不足も甚だしいぞ」



言い放たれたその言葉と、その言葉を受けて尚一層と増した怨嗟に当事者ではない白野までもが小気味良い。矢張りこの大王の下に降るのも悪くないのでは──そう改めて感じ始めた白野はまた再三と身震いすることとなる。



「おいこら!他にもおるだろうが。闇に紛れて覗き見をしておる連中は!」



その大音声に、思わず白野は耳を塞ぎマキナは哂った。



「――どういうことだ?ライダー」
「セイバー、それにランサーよ。うぬらの真っ向切っての競い合い、まことに見事であった。あれほどに清澄な剣戟を響かせては、惹かれて出てきた英霊が、よもや余ひとりということはあるまいて」



図星だ。白野とマキナだけでなく。思惑は違えども。



「情けない。情けないのぅ!冬木に集まった英雄豪傑どもよ。このセイバーとランサーが見せつけた気概に、何も感じるところがないと抜かすか?誇るべき真名を持ち合せておきながら、コソコソと覗き見に徹するというのなら、腰抜けだわな。英霊が聞いて呆れるわなぁ。んん!?」



いま白野の視線は淀みなくマキナに向けられている。



「私の真名は別に誇れないです」



マキナは涼しげに答えた。



「それに腰抜けですのでコソコソしてても問題ないです」



ぷい、と無表情にマスターから目を逸らすマキナ。が…その常人より格段に広い視界の端には──不穏な顔つきで、令呪をあからさまに意識しているマスターが。嗚呼嫌だ、何このプレッシャー。しかし振り向いたら負けである。響き渡るライダーの豪笑に、白野の目が余計に燃える。



「聖杯に招かれし英霊は、今!ここに集うがいい。なおも顔見せを怖じるような臆病者は、征服王イスカンダルの侮蔑を免れぬものと知れ!」



そもそもが、自身の預かり知らぬところで侮蔑も賞賛も受ける類の英霊なのだと言ってもマスターは納得しないし認めもしないだろう。

マキナの頬を、一筋の汗が伝う。




from Zero,to the MAYHEM...



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