from Zero :02



夜の冷たい風を切っている筈なのに、何故かそれ程寒くも冷たくもなく、不快な感じがしない。先ほどの鉄塔まで来る時も、マキナに抱えられて飛んだのだが…それよりも格段に早いスピードで空を駆けている。建物の屋根を所々で蹴りながら。地上の光はすべて、白野の眼には色とりどりの線に映る。優雅ではないが、乗り心地も悪くなく、胸躍る空中散歩だ。また、意味がなくとも明日、明後日とお願いしてやってもらおうかと思うくらいに。

そして空中散歩はすぐに終わってしまう。減速──そして無音の停止。しかしマキナは白野を降ろさない。それもその筈、まだセイバーとランサーが戦い続けるプレハブ倉庫の手前だ。



「――どうしたの?」
「魔術師の張った結界です」
「えっ」
「大丈夫、目を閉じて数秒息を止めてください」
「う、うん…」
「行きます」



マスターへのお願いとは逆にマキナは、目を見開く。そして細心の注意を払って、一歩を踏み出した。結界を破って中へ入るだけならば何もそのまま突っ走ればいい。アサシンならば『気配遮断』スキルがあるからいいが、マキナは持っていない。故にマキナは自身の宝具と“魔術礼装”を起動した。自身とマスターの身体が完全に結界中へと入り切ると、一度結界内の様子を隈なく探る。そして、誰もが自分達の侵入に気付いていないだろうことを確認すると…今度は先ほどよりもゆっくりと、そして変わらず注意は払ったまま、現場へと向かった。








結界内に侵入した頃には既に、白野にも金属がぶつかり合う音。聞いているだけで痛そうな、空気を切る音。金属やコンクリートが破壊されたような轟音…様々な戦いの音が聴こえてきていた。マキナは全く音を立てずに跳ぶ。白野の耳には、もう一つの大きな音が五月蝿いほどに響いている。自身の心臓の鼓動、血が管を通って全身を巡る脈動音だ。伴って、呼吸の回数も増えてくる。

眼前に、映画のCGと見紛うような光景が迫っている。

CGと見紛うどころか、軽く凌駕するその現実(リアル)の光景が白野の視界一杯に広がると共に──剣士と槍兵の互いの宝具のぶつかり合い、そこから発生した強風に自身の髪が靡き、頬をチリチリと霞めたのは殺気か、魔力(マナ)か。白野は思わず感嘆の声を上げた。



「!!」



その後でハッとして自身の口を覆い、キョロキョロと周りを見渡す。が…ランサーとセイバーの戦いの激しさ、精度に全く翳りはなく…見回した時にその存在に気付いたが、セイバーの後方にいるマキナとは違った色の長いプラチナブロンドの女性も、二人の戦いの行く末を見守っているだけだ。



「声出して大丈夫ですよ、今白野と私が出す音は誰にも聴こえません」
「そ、そうなの?」
「ええ、だから歓声、ヤジ飛ばし存分にどうぞ」



さて、とマキナが呟くと共に
二人の身体がふわりと持ち上がり
そして、2秒後には、二人は車のシートに座っていた。今度は先ほどと違い、全く足がかりもなく正真正銘の空中に座っていた。白野は車のシートと感じたが、実際は不可視の為何に座らされているかは判らない。マキナは敢えて口にしなかったが、突如空中に現れた異物である自分達に気付く者がいないらしい以上…姿も相変わらず光学迷彩で見えないようにしてあるのだろう。こんなに堂々と、寛ぎながら観戦してもいいものなのかと。

セイバーとランサー、周りにいるだろう他のマスターやサーヴァントに申し訳なさすら感じながら、しかし白野はお言葉に甘えることとした。



「──…」



ことマキナにとっては特に、取るに足らないことではあるが…そして此処に来る前から索敵兵装(レーダー)の反応で判っていたことだが、自分達の両脇に、二人の狙撃手がいる。片方は男、そしてもう片方は昨晩白野を襲撃した女だ。暗視スコープとIRスコープを装備しているので、マキナは白野が戦いに見蕩れている間、彼らが何を目標としているのか。その映像とデータを失礼して覗き見る。特に男が主に見ているのは倉庫上で蹲る金髪の男のようだ。女の方は、計算してみると倉庫上の男が狙えない位置にいる。狙撃手の男は倉庫上の男の他にも、往来の銀髪の女や、デリックレーン上のアサシンにも意識をやっているようだ。そして今は、セイバーとランサーの戦いに注目し出した。男と女共に、自分達に気付いた様子はない。

映像の履歴と状況から考えるに、倉庫上の男を狙いたいが…アサシンに気付かれることを恐れて諦めた。今はセイバーとランサーの戦いの行方を見守っている──というところだろうか。しかし…位置関係からも、往来の銀髪の女と倉庫上の金髪の男が恐らく『ランサー』と『セイバー』のマスターである。するとこの二人の狙撃手は、どの陣営の者なのだろうか?男の視線の履歴を追う限り、『アサシン』のマスターではないだろう。やりようはそれこそ『暗殺者(アサシン)』なのだが…。

最早、昨日白野を襲撃した女と、狙撃手の男はセットとして考えるのは当然として…未だこの戦場に姿を現さぬほかのサーヴァントのマスターか?しかし──やはり視線の遣り方から考えると倉庫上の男や、デリックレーン上のアサシンへの見方と往来の銀髪の女への見方が明らかに違う。銀髪の女への視線の遣り方が、明らかに淡泊だ。まるでそこに居るのが、彼にとって予定調和であるかの如く…あまりにも関心を払っていない。

この推測が間違っていないとすれば、銀髪の女と、狙撃手の二人は同じ陣営の者。そして今や、セイバーである少女騎士王と銀髪の女の掛け合い。セイバーが『アイリスフィール』と呼んだその女は当然セイバーのマスターにまず間違いなく…要するに狙撃手達もセイバーの陣営。残る倉庫上の男が、ランサーのマスターとなる。

どちらにしろ、魔術師の中にはこういう異端者もいたのか──とマキナは少なからず関心していた。それこそマキナの時代に『魔術師(ウィザード)』と呼ばれるのはハッカーやクラッカーとして類稀なコンピュータネットワーク技術を持ち…尚且つ魂を霊子化する技能を持つ者だが、まだ魔力(マナ)の存在するこの時代では『魔術師(メイガス)』とはその対極にいると言っても過言でない者達で、彼らは総じて科学技術を忌避する。そんな魔術師の風潮の中で、これだけこの時代の技術(テクノロジー)を惜しみなく駆使する魔術師がいようとは…

例えば彼がマスターで、例えばそのワルサーWA2000を触媒にサーヴァントの降霊術を行っていたら──セイバーでなく自分が彼のサーヴァントとして呼ばれても可笑しくないかもしれない、とマキナは思い、一人で笑った。

まあ、そもそも存在を知ることすら適わない未来の英霊を呼ぼう等とは普通思わないし…白野には、白野自身とマキナとの関連性以外にも魂の霊子化に加え、先にマキナが話した通り、ムーンセルとリンクするという数々の条件が重なった末に自分が召喚されたワケなのでそう簡単に彼に呼ばれよう筈もないが──。それに、何だかこの男とは気が合わなさそうだ。



「ああっ、ダメっ……!!」



マスターの悲痛さを伴った叫びに、マキナは彼女が注視していた戦場に視線を戻す。セイバーの喉笛に槍先が突き刺さる直前だった。白野は思わず目を瞑るのだが、マキナは特に感慨もなくその光景を目に入れる。

淡い衝撃波がまた二人を撫でていった後──血飛沫が舞えども倒れた者はいない。



「だから、アーサー王を見縊りすぎですってば」
「あ…」



 無事だ…
とマキナの溜息に恐る恐る目を空け、また対峙──否、今は背中合わせに静止する二人のサーヴァントを再度白野は目に入れた。白野が目を開けた時には既に血飛沫はすべて地上を染めた後で…倒れていないから「無事」と形容したものの、実は双方共に流血をしていることを、白野は遅れて認識した。



「マスターの祖国の英霊でしょ?もっと信じてあげてくださいよ」
「いや…信じてないワケじゃないんだけど…女の子だから絵面的にどうしても…」
「気持ちはわかりますが…」



 私にはランサーの挑発に乗れとか皆殺しにしろとか言ってくれてましたよね
とマキナはワザとらしく憤慨してみせた。
 そんなこと言ったっけ?
と白野はシラをきってみせた。



「でも…本当に凄いな…英霊の戦いっていうのは」
「ねー、ほんとタダモンじゃないよねー、あの人達」
「いやいや、キミも英霊だろう」



先ほどマキナがしたように、裏拳でビシっとツッコミをいれる白野。しかしマキナは、それでもふるふると首を横に振った。



「ああいう、手ずから、死のその時まで戦場を駆け巡った戦士と比べたら──やっぱり私は引け目を感じます。胸を張っては彼らと相対できません」
「…よくわからないけど、それでもマキナだって『英雄』だろ?」
「ま、どっちかってゆーと『英雄』より『反英雄』の色が強いですけどね」
「アンチヒーロー?何それヒーローよりカッコイイじゃないか」
「あははは」



響きとイメージはネーと、マキナはケタケタ、ケタケタと笑った。

正真正銘の、騎士同士の死闘の傍らで談笑する少女二人は…もしも他の参加者達が目に入れでもしたら、やがて憤慨後抹殺の対象となっても可笑しくない程異質で無礼だろう。否、どちらかといえばマスターは真面目なのだが…。足元では、二人のサーヴァントのマスター達がその負傷を治癒魔術にて手当てしているのだが、セイバーとそのマスターだけは狼狽している。何かトラブルに陥っているようだ。



「我が『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』を前にして、鎧が無意味だと悟ったのまでは良かったな。が、鎧を捨てたのは早計だった。そうでなければ、『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』は防げていたものを」



遂に美丈夫本人の口から明かされたその宝具名。名前だけではサッパリ予想がつかなかったらしい白野はじっと無言でマキナを見つめた。



「まあ…名前だけじゃワカメですよね。私も想像つきませんし」
「ワカメ?」
「『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』は槍先が触れた対象物の魔力の循環を遮断、要するに触れている間のみ魔力を無効化します。『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』は、この槍によって附けられた傷は…いかなる方法でも治療不可能にする呪いの槍です。ムーンセルの情報と相違なければね」
「……こわ!」
「ええ、私もお断りしたいくらい怖いです、絶対どっちも触りたくない」



 私、あーゆー系の宝具苦手なんですよ、と。マキナはふるふると何度も首を振っていた。ランサーの挑発に乗れと行った時に物凄く乗気ではなかったのはそれが原因だろうか。



「宝具といえばさ…マキナの…」
「っていうかマスター、彼もマスターの祖国の英霊みたいなモンなんですからちゃんと知っておいてあげてくださいよ」
「もうわかってるよ…フィアナ騎士団のディルムッドだろ?」
「おや」
「愛の黒子なんて一瞬何かと思ったけど…でも、
 彼がディルムッドなら、どうして槍しか持ってないんだろう?」
「『ランサー』だからじゃないですか?」
「あー…」



膠も無い──しかし端的なマキナの返答に白野は納得して何度も頷いた。白野と時を同じくして──しかし此方は自力で宝具の効能と、そして真名に気付いたセイバー。そして既にセイバーの正体に気付いているランサー。二人の間で、一礼こそないものの、交わされる厳粛で正道な会話の一つ一つがマキナにはむず痒くて仕方がない。

軽蔑している訳でも、吐き気を催す訳でもないのだが──マキナが先にも白野に言った通り、マキナには近寄り難いものだ。眩しくもある。『反英雄(邪道)』でもあるマキナにとっては。そんなマキナとは違い、熱心に二人の口上に聞き入る白野に対してはマキナは微笑ましく視線を送るのだが…。

しかしそろそろ終局(フィナーレ)が近づいてきたようだ。



「覚悟しろセイバー。次こそは獲る」
「それは私に獲られなかった時の話だぞ。ランサー」



その言葉の後、二人が互いに必殺の一撃を繰り出さんと間合いを詰めていることは、白野の目にも明らかだ。白野は、縋るような瞳でマキナを見た。マキナは、そんな白野の瞳を敢えて見はせずにセイバーとランサー二人に注視しながらも困った顔をする。

──どうしろと。

二人の間に壁を作ったり、何か気を逸らすようなことをしたり…マキナの宝具を使って二人を引き離したり──それは、やろうと思えば方法は千も万もある。しかし…問題はその後だ。真剣勝負に茶々を入れられて、あの誇り高き英霊達が憤らないワケがない。最悪、二人を相手取ることになる。そうなったとしても、後先を考えなければ切り抜ける方法も
これも千も万もあるだろうが…。リスクが高すぎる。高い割にメリットが見当たらない。
ハイリスクノーリターンだ。二人のマスターも、そんな介入をされて多分喜ぶことはないだろう。そして何故か令呪をちらつかせてくる我がマスター。

何この人意外とドS…
マキナが拗ねて頬を膨らませながら苦渋の決断を迫られていたその時──神(おう)は舞い降りた。



「!?」



突如の雷鳴に驚いて、反射的に頭を抑えて目を瞑った白野。とは正反対に、マキナはサンタクロースみたいな…でもサンタクロースではない何か別のモノが夜空から此方に向けて駆けてくる様子を眺めた。雷ではないと判った白野も、遅れてその異様な光景を目にする。

それはサンタクロースとソリを牽引するトナカイではなく…想像のつく限り最強に筋骨隆々の巨躯の赤毛の豪快な男と戦車(チャリオット)を牽引する神々しい牝馬──

だったのだが、“悩みを一瞬で解決してくれる”というプレゼントを貰ったのでナニカヨクワカラナイ補正が掛かってマキナには一瞬本当にサンタクロースのように見え、無心に目を輝かせた。

紫電のスパークを纏い空を駆ける豪壮な戦車と男と音にマスターである白野は感激を通り越して思わずドン引きしていたが…。

セイバーとランサーは、向かい来る雷そのものの如く戦車の終着点を察し、同時に後退せざるを得ない。そして観客の誰もが想定した、舞台の中央を違わず着地点とし…威厳すら感じさせる重量の衝撃と音を伴い、降り立つ。

ズン…とその余韻である静かなる衝撃波を皆が身に受けると同時に眩い雷光が逃げるように霧散し、巨漢がその全貌を露にした。



「双方、武器を納めよ。王の御前である!」



轟き、またしてもマキナと白野の身体すらを駆け抜けていった――咆哮にも近い大音声に、マキナはやはり笑っていた。自分とは正反対に威風堂々とした、大きな器に心から敬服の念を抱かされたのだ。



「白野、征服王だ──!」



白野は知らない、知れる筈もない。
自身のサーヴァントが、直に見えることを最も望んでいた英霊が、今彼女の目の前に降り立ったことを。






(…)
(2011/09/10)






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