from Zero :02





「…マスター、恋愛の経験は?」
「は…?」



『道化師(ジェスター)』のマスターである岸波白野とサーヴァントの間久部マキナは今
とある鉄塔の中腹に二人座していた。そしてそこで、二人して火花を見ていた。正確には、小さな火花のように見えているのは白野だけで…超常の力を有するサーヴァントには、火花ではなく別のものに見えている。



「一目惚れとかしたことある?」
「…悪いけど、男性にはあまり興味が湧かない」
「えっ…」



別の意味で驚いてしまったサーヴァントが、その驚愕の目を思わずマスターに向けてしまうのだが…マスターはむすっとした表情で静かに憤慨してみせた。



「別にレズでもないから。恋愛に興味がないだけ」
「そうですか…」
「そんなことよりさ、」



 いつまでこうしてればいいの?と
白野は不満そうに脚をぷらぷらとさせた。夜の闇の中、すらっと伸びた黒タイツの脚が宙を掻き、その磨かれたローファーの靴先が、僅かにちらちらと光を反射する。サーヴァントは兎も角、特別優れた身体能力を備えているわけでもない白野を、こんな鉄塔の鉄骨一本に身体を預けさせるには危険極まりない。しかし、実は不可視の背もたれと足場が作られているらしく、それ程不快な座り心地の椅子──という訳でもなかった。

だが、単に夜景を眺めるだけであれば、それこそ昼間訪れたショッピングモールのカフェの方が十倍居心地が良い。敢えてこの場所を選んで観覧するからには、何かしらの意味があるのだが…

マスターの不平をよそに、サーヴァントは一人頭を傾げていた。



「大丈夫かなぁ…」
「何が」
「うーん…」



一人でうんうん唸られても白野にはさっぱり判らない。白野はローファーでげしげしとマキナの編み上げブーツを蹴り始めた。



「教えろ」
「いてっ、いてっ、」



蹴ると言っても軽くぶつけているだけ。痛くもないだろうに反射的に声を上げるマキナ。
そして、蹴ってみてわかったのだが…この編み上げブーツは中に鉄板か何かでも入っているらしく非常に硬かった。



「えーとネー、あそこで戦ってるのはセイバーとランサーなわけです」
「そうか。で、それが?」
「セイバーは問題ないんですが、ランサーがね…」
「ランサーがどうした」
「私も『永久機関(偽)(エネルギー・インテーク)』に始まり複数の固有スキルを持ってますが、当然他のサーヴァントも持ってます。で、──ランサーの固有スキルが…『愛の黒子』って奴でネー」
「…はあ?」



なんだその可愛らしい固有スキルは白野は肩を落とす。



「いやいや、結構侮れません。幸い私は対魔力スキル持ってるからか大丈夫だったんだけど…マスターはどうだろうなー」
「その『愛の黒子』ってスキルがあるとどうなるんだ?」
「魔力に対抗する術を持たない女性は、ランサーの魔貌の虜になってベタ惚れします」
「……」
「よーするにチートなイケメンってことだよ」
「…イケメンか」



悪くない、と何故か漢らしく腕組みをしてうんうんと頷く白野。



「アレ?もしかしてマスター、面食い?」
「いや、別に」
「ふむん?」
「ただ、美しいものは見ていて目の保養になるだろう?」
「何どこぞのセイバーみたいなこと言っちゃってるんですか」



“美少年はいい、美少女はもっといい”等と言い出し兼ねないマスターに、マキナは笑いながら溜息を吐いた。というか貴女自分が美しいじゃないですか、と。



「あ、じゃあ相手のセイバーも必見ですね。かなりの美少女ですよ」
「そうか、早速見せてくれ」
「イエス、マスター」



仕方ねぇな、と何故か物騒に独り言ちた後。マキナと白野の前に、突然映像が現れた。実体のない映像だけのディスプレイである。そこには、火花の拡大映像が鮮明に映し出されていた。が…人並みの動体視力しか持ち合わせていない白野には…



「……マキナ」
「はい」
「一体どこにイケメンと美少女が映ってるというんだ?」
「えー、ホラそこ、ここ、えー、そこら中に映ってるじゃないですか」
「………」



見えない。マキナが目にも止まらぬ速さで指し示す指先を追おうと…寧ろ追わなかろうと、白野には四方八方の火花しか見えない。抗議の声を上げようとするが…



「あっ」



火花が消えた。
そこに硝煙と共に映し出されたのは…確かに…いや、紛うことなく──寧ろ想像以上に
美しい顔立ちの二人の男女が立っていた。金髪碧眼──の代名詞のような少女が脇腹を抑えている。そしてその数メートル先に、黄と赤の二つの槍を手にする美丈夫。



「なるほど、確かにイケメンと美少女だ」
「ねー」
「というか美少女がピンチ?」
「そうみたいですね」



というか、意外とマスター平気系?と
相変わらず基本無表情に近い白野の表情を覗き込むマキナ。うっとりした乙女の表情など、まるで望むべくもない。ある意味面白くないが、マキナはほっとした。のも束の間──



「よし、マキナ。助けに行こう」
「──…は?」



唐突に──
そしてまた胸を張って、マスターはとんでもないことを口にしたのだ。思わず目を瞬かせてぽかんとマスターを見つめるマキナ。



「あのままじゃセイバーの美少女が死んでしまうかもしれないだろ?助けよう」
「な、なんだってー?」



わざとらしく両手を上げて驚いたジェスチャーを作るマキナ。そして、暫くそのまま白野を見開いた目で見つめていたが…何故かやがて、「新しい…惹かれるな」と。彼女も腕組みをして、自身のマスターに感銘を受けたような表情で「うんうん」と何度も頷いた。



「今彼女が死んだら、そのマスターも殺されるかもしれないだろ?そしたら、その人の『願い』が聞けない」
「…確かに、一理ありますけど」



マキナはいつもの調子に戻って、しかし腕組みはしたまま溜息を一つ吐いた。



「少々彼女を見縊り過ぎな気もしますね。なんたって彼女は最強のサーヴァントと称されるセイバー、何より彼の『アーサー王』なんですから」



漢気溢れる無表情だった白野の顔に驚愕の色が浮かび、次に「なんだってー!?」と叫んだのは彼女の方だった。



「女の子だよ…?アーサー王・女説なんてあったか!?」
「しらんがな。フランシス・ドレークも女だったっていう」
「はぁ!?!?」



恐ろしい、流石ブリテン恐ろしい、と自身の祖国の恐ろしさを改めて実感する白野。
確かに自分も常々、あの国の恐ろしさは感じていた。流石女王(クイーン)治むる国だ。何故か、その事実は事実として妙に納得できてしまった。



「っていうか、君はどうしてそこまで敵のことを知ってるの?」
「たくさんの英霊を──…見てきましたから」



サーヴァントは独り言つ。
そして目を閉じて、少しだけ楽しそうに、少しだけ感慨深げに鼻で溜息つく様に哂う。目を開けたマキナの表情は、未だ楽しい夢の最中のように…不敵で、ワクワクとした表情でもあった。一体彼女の時代には何が起きていたのだろうか。



「それに、あの二人の戦いを見てるのは私達だけじゃありません。向こうにはライダー、其方にはアサシン…少し遠くにバーサーカー…そうしてあっちにはアーチャー」
「──ってキャスターを除いて全員集合してるじゃないか!」
「だねー」
「余計にモタモタしてられない、早く私達も行こう!」
「えぇー?!」



また、どっと上体を後ろに逸らしてワザとらしく驚くサーヴァントにムカついて、白野は思わず頭上にチョップを食らわしてしまった。



「いたっ、暴力反対!」
「そんなに痛くしてないっていう」
「行って何する気ですか、くれぐれも皆殺しにしろとか言わないで下さいよ!」
「保証はできかねるが…とにかく早く行こう」
「ちょっ、おまっ…」



 保証しろよー!と裏拳でツッコミをいれるマキナ。しかし“皆殺し”は兎も角も“行く”というマスターの意向は変わらないようだ。相変わらず胸の上で腕組みをして、その堂々さたるや『王気(オーラ)』すら感じさせる。



「マキナは知ってるからいいだろうけど、私だって他のサーヴァントや…できればマスターも!もっと間近で見ておきたいんだ。それに何だか──面白そうな気配がするだろう?」



無表情なお人形の顔に、じわじわと笑みが滲んでいく。映像の光に照らされた白野の瞳はキラキラとしていて、白い顔には笑顔がよく映えて──その抗いようの無い愛らしさに、マキナは負けた。



「了解マスター、お連れします」



溜息を吐きがてらサーヴァントはすらりと立ち上がり、途端に映像は消え、背もたれも足場も消える。自分より少しだけ背の高いマスターを、ふんわりとお姫様抱っこをしたかと思えば──足元の鉄骨を蹴り、弾丸のように夜の闇を駆け出した。




from Zero,to the MAYHEM...



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