from Zero :01


8人目のサーヴァントの存在を早くも認識することの適った陣営は二つあった。一つ目は言わずもがな実際その場に居合わせている衛宮切嗣の陣営。二つ目は、『霊器盤』の感知でその異常事態を認識した聖堂教会から情報を得た遠坂時臣の陣営である。しかし、召喚されたサーヴァントがどういったクラスのものなのかはまだどちらも知らない。『霊器盤』は通常召喚されたサーヴァントの種類も指し示すのだが、ただサーヴァントが召喚されたことのみしか映し出さなかったのだ。

始まりの御三家にとって、等しく不測の事態。不測どころか起こり得ない事態だ。どれだけイレギュラーが重なったと仮定してみても絶対に起こる筈のない事態なのだ。

参加者達の思惑と計画を根底から覆し兼ねない事態。しかし、実際その現場を目撃している衛宮切嗣の陣営には…他の陣営と比べれば僅かながらそのサーヴァントの情報を得ている。



・魔方陣から鈍い光を伴って現界したこと
・影ともつかぬノイズのような姿
・9mmパラベラム弾を防ぐ何らかの術を持つ
・理性を保っていることから『狂戦士(バーサーカー)』ではない
・年齢性別不明



結局のところ“何もわかっていない”に等しいのだが、それでも実際の戦闘時に『何もわかっていない』のと今の時点で『何もわからない』ことを解っておくのとでは雲泥の差だ。

実は、もう一つ、衛宮切嗣の陣営にはその正体不明のサーヴァントに関する有力な情報がつい先ほど得られた。

久宇舞弥の放った使い魔である蝙蝠に括り付けられたCCDカメラにそのサーヴァント現界以降、その主従の姿が一切映らないのである。翌朝、岸波の魔術師はホテルを去った。
しかし、去っていく姿が全く映像に残っていないのだ。

これをどう見るべきか。
岸波の魔術師は、衛宮切嗣にとっては…もしも彼らが本格的にこの聖杯戦争に参加すれば最も脅威になるかもしれない相手だった。魔術師達は総じて、現代の科学技術を忌避する傾向があるのだが…彼らは違う。理解があるどころか、“死の商人”なのである。一体どちらが表向きなのか問われれば答えに窮するのだが、古き魔術師一門でもあり、武器商人でもある。正確には武器も取り扱う貿易商。

彼らが本格的に参戦する前に、災いの芽を摘み取る必要があった。岸波の少年は一人ロンドンを飛び出していった。複数の情報を併せて考えてみても、本家の意向に逆らい、少年が単独で聖杯戦争に参加したのは確実。だから久宇舞弥を使い、先手必勝の強硬手段に出たのだが──

最悪の事態──だが、解せない。次期当主の少年は床に伏せ、恐らくその兄妹と思われる少女が恐らく不本意にマスターとなった。そして召喚される筈のない8人目のサーヴァント。これは一体何を意味する?



同じく、こちらは何も情報を得ていない遠坂時臣の陣営が“不測の事態(8人目のサーヴァント)”にどう対処するか頭を抱えだした頃

当の岸波白野とそのサーヴァントは新都にある、とある無人の古びた洋館に居た。
彼女達は小さなテーブルを囲み、そしてサーヴァントの少女はマスターの少女の左手を取り…何か儀式めいたものを行おうとしているようだ。実際、正式な契約を結ぼうとしているところだ。



「問おう、貴女が私のマスターか?」
「ああ、私が君のマスターだ」
「サーヴァント・ジェスター、召喚に従い参上した。これより我が『技術(すべ)』は貴女と共にあり、貴女の運命は私と共にある──ここに、契約は完了した。」



淡々と進められた契約の確認。
既に現れていた白野の左手の令呪が一度眩い光を放ち、白野はその不可思議な間隔に顔を僅かにゆがめるのだが…それも一瞬のことで、契約も終わってしまえば何事もなかったように
聖痕も身体も元通り、朝の清々しさを感じている。



「これで私がマキナの正式なマスターになったということか…」
「うん。よろしくマスター」
「白野でいいよ、私もマキナって呼び捨てなんだから」



マキナが椅子から立ち上がる。
どういうわけかこの洋館にはガスも電気も通っている。どこぞお金持ちの別荘なのだろう。マキナが何処へ向かったかといえば、それは近くにあるキッチンだった。近くにはスーパーの大きな袋が3つ程置かれている。中には主に食料品がギッシリだ。その中から手際良く中身を取り出し、冷蔵庫に仕舞ったり台の上に並べたりしている。

そしてそれと同時にしばらく使っていないだろう水道を出しっぱなしにし、綺麗な水が出るのを待っているようだ。その姿を見て、白野は呟かざるを得なかった。



「やっぱり…君はこの時代の英霊なんだな…」
「正確には、40年後のね」



お嬢様の白野なんかよりも余程手慣れていたマキナの買い物。買い物帰りに買わされたスクラッチのくじは三枚とも一等で白野と店員を驚愕させた。白野が100枚買えば9割は当たりだという。しかしマキナが買ってもこうは行かないらしい。これはマキナの『金の卵を産む鶏(ガッルス・ガッルス・ドメスティクス)』という固有スキルによるものだとか。そこから察するに、マキナは金になる人物だった。マキナ本人に価値があったのか、マキナの作る何かに価値があったのかは不明だ。

そして『世界の人口を五分の二まで減らした女』。今の世界人口は60億程度と推定されている。すると単純計算でも36億人程度を減らしたことになる。40年後の人口がどの程度かはわからないが…。

そうなのだ、まだこの英霊は自分の正体を完全には教えてくれていないのだ。真名は『マキナ・カラミタ・グラタローロ』。間久部マキナと呼んでくれてもいいらしい。通常英霊とは過去の存在なので…真名さえ判れば様々な情報が手に入る。しかしマキナの場合は未来の英霊なのだからそうはいかない。40年後の英霊ということなので、恐らく白野の存命中に彼女が英霊になる理由を自ずと目撃するかもしれないのだが…40年も待っていられない。



「月の聖杯のことは黙っていてね」



最早、朝食の用意を始めたマキナが鍋を用意しながら言った。ガスレンジの近くに置いてあるのは出来合いのホワイトソースとチーズ。何を作るのだろうか。



「敵は勿論、白野の家族にも絶対に」
「なんで?」
「…月の聖杯は、現代の魔法使い達には絶対に到達できない場所にある。彼らが歩んでいる道の対極…いや、全く別の道の果てにあるといってもいい。例えその存在を本気で信じたとしても、無用な混乱を引き起こす。それに未来が変わってしまうかもしれない…」
「わかった。誰にも言わないよ」



そもそも言うとか、言わないとか、そのこと自体をあまり考えていなかったので…白野にとって無理なお願いでも何でもなかったが、しかし無意識の内に口外したりしないように気をつけねばならなさそうだ。

煮込む最中にも家電製品の掃除を始めるマキナ。とりあえずは、今使う調理器具の中を綺麗にするらしい。こうして見ていると、本当にただの…一人暮らし慣れした少女にしか見えない。



「手伝う?」
「大丈夫、ゆっくりしててマスター」



ベシャメルソースの良い香りが漂ってきた。それほど空腹感は感じていなかったのだが…気が変わりそうだ。白野は、マキナを見るのをやめ、窓の外を眺めることにした。買い物帰りにマキナに言われたのだ。今後のことを、自分なりによく考えた方がいいと。意図していなかったとはいえ、聖杯戦争に参加してしまった以上、身の振り方を決めなければならない。

自然と、兄のことを思い出す。
兄は今2階のベッドの上に寝かされている。マキナの不思議な力によって、彼は今生命維持装置に繋がれたような状態にある。



「ねえ、マキナ」
「何?」
「昨日の女の人もマスターだったのかな?」
「多分違うでしょう」



薄切りハムのパックを空けながら、マキナが答える。



「あの襲撃の時点で7人のサーヴァントは現界済みだった。マスターだったら、私が現界した時点でサーヴァントを出すだろうし…そもそも『感覚』が違った。まあ…特殊な事情がないとは言い切れないけど、所謂魔術師の弟子や部下が相当なんじゃないかな」
「つまり…私はまだ7人のどのマスターも知らないんだね」
「そうだね」
「……」



思案げなマスターに、例によって敢えて声をかけようとはせず、黙々と朝食の用意をするサーヴァント。一つの作業が終わったらしい彼女は今、黙々と果物の皮を剥いている。先ほどミキサーを洗っていたことを考えると、フルーツジュースだろう。



「参加した人達は、聖杯を手に入れて何を願うのかな?」



テキパキと容器の中に適度な大きさに切った果物を落しながら、マキナは白野を見ずに答える。



「さあ…本人に聞いてみないとわからないかな…命がけで手に入れようとする位だから、思いもよらない願いがあるかもしれない。もしかしたら、特に願いなんてなくて参加してる人もいるかもしれない」



マキナが果物の上にシロップと氷を入れ蓋をした頃にはトースターから香ばしい匂いが漂ってきていた。



「マキナ、決めたよ」
「決めましたか」
「聖杯戦争に参加した魔術師達が何を願うのか、それを確かめたい」
「本人に直接会って?」
「そう」



マキナがミキサーをかけ始めるのだが、何故か全く音がしない。中身は切り刻まれ、攪拌しているというのに。マキナの方を見ていない白野は気付かなかったが。



「魔術師達がどういう願いの元に聖杯戦争に参加するのか――それが判れば、兄が何を望んでいたのか…その手掛かりになるかもしれないし。誰も殺さずに、この聖杯戦争の行方を見ていきたい。こんな生半可な気持ちで命を奪うなんて、そんなの失礼千万だし…他の参加者達の戦う理由と戦う姿を見て、私の願いは何なのか…その願いは人の命を奪うに値するものかを…考えたい」



生半可な気持ち…と言いつつも、ある種の決意を秘めた瞳を、マキナナの紫色の瞳がしばし見つめる。その後、マキナはマスターに優しく微笑んだ。




「…了解、マスター」



じゃ、お出かけの前に朝食にしましょう
と、遂に出来上がった朝食を銀色のトレーに二人分載せ、マキナは再度テーブルに戻ってきた。ミックスジュースと、熱々のクロックムッシュだった。たくさんのチーズがとろりとホットサンド全体を覆っており、寧ろ零れだしたそれがこんがりと羽根を作り香ばしさを増している。



「中身はハムとベシャメルソースだよ。本当は鶏肉と茸の赤ワインソテーなんかを挟んでもいいんだけど…流石に今朝食にするには時間が足りなかったから」
「…マキナ」
「なに?」
「…君は実は…『宮廷道化師』のサーヴァントじゃなくて『宮廷料理人』のサーヴァントの間違いなんじゃないか?」



 こんなガサツな宮廷料理出されたら、私が王なら即解雇 とマキナは朗らかに笑った。







from Zero,to the MAYHEM...



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