from Mayhem :00




「サーヴァント!」


この小さな戦争は、私の人生に最も大きな影響を与えた。月並みな言い方だが…過去未来、このような経験は他にもう二度とないだろう。それはただの当然に、必然の如く私の岐路となり、或いは世界の転換期となった。



「私のサーヴァントが、ここにいるだろう!」



それは、世界中と繋がりを持ちながらも、とどのつまりは世間知らずの小娘だった。思春期に在って、夢や確固とした将来設計を持たず
ただ、永遠に冷めぬ溶鉄のような意志を内に秘めた
怖いもの知らずの臆病な小娘だった。
幼すぎる倣岸不遜さには酷く苛立ちを感じつつも、何故か捨て置くことができない。

少女が、その溶鉄のような意志が 何であるのか、何の為のものかを自分自身でも理解し難いのと同様に
男にも、何故捨て置けないのかが、自分でも理解できない。
恐らく両者は、その解を求める為に『戦争(ルーチンワーク)』をこなしたのだろう。



「…無駄飯喰らいが…。ルールさえなければとっくに供給を切っているところだ」



ここに、『小娘』が『彼』と迷走しながらも進んでいった176,400秒間が始まったのだ。







from Mayhem,
to the NEXT...





「間久部マキナ」



すれ違い様に、聖杯戦争の監督役であるNPC──神父・言峰綺礼が、私の名前をフルネームで口にした。振り向くと、神父はまっすぐにこちらを見ていた。



「なんでしょう?」
「…今日が聖杯戦争の本選二日目であることは理解しているな?」
「そのつもりでしたが」



NPC風情が、何をもったいぶっている。などと思わず思わせてしまうような、この似非神父の思わせぶりな口調。口元が微かに歪んでいる。今まで色んな人間を見て来たが、こんなに根の悪そうな男は初めてだ。元となったモデルにお目にかかりたいものだ。否、やっぱりかかりたくないな。



「ならば何故君はまだ自分のサーヴァントと会話の一つと交わしていないのかね」
「…!」



ムーンセル・オートマトンに対して幾らかの負い目を感じている私は、こうして良い印象をもっていないNPCに対しても敬語を使う。内申点を気にして教師に頭の上がらない学生の如く、正真正銘の小心者だ。イレギュラーなことを仕出かしている自分に対する警告か何かか…と身構えたのだが、予想外な発言が一瞬…ほんの一瞬だけ思考を停止させる。
しかし一瞬後には──実は発言を聞いている間から最悪な予測が脳裏に浮かび上がっている。なぜならば、確率は低いとはいえ、懸念していた事態の一つではあったからだ。黙って神父を見つめていると、「やはり基本はNPCか」と思い直させた程の単調さで、意地悪などとはかけ離れて、涼しげに続きの言葉を紡いだ。



「ムーンセルは、君と君のサーヴァントの間に魔力供給以外の導通(コネクション)をまだ一度も観測していない。よもや“サーヴァント”が何か判らないわけでもあるまい。
サーヴァントとの接触が今日まで一度も無いというのは明らかに異常だ。君は何かトラブルに陥っているのではないのかね?」
「…どうでしょうか」



索敵兵装(レーダー)を不可視に稼働する。ほとんど思いもよらなかった故に、今まで試したことがなかったがいざやってみると、目標はすぐに見つかってしまった。



「ご心配には及びません、言峰神父」



用事があるので失礼致します。
と、ある種逃げるように足早に歩き去った。システムサイドの不具合(バグ)も考えられるのだが、その場合はこんな微睡っこしい問答の前に修正して然るべきだ。言峰の言い様では、バグが発覚しているわけではないらしい。この時点で運営に対処を求めるのは危険極まりない。バグと同時に自身の特例(イレギュラー)を修正されでもしたら、私は終了だ。運営に泣きつくのは、自分の手では対処のしようがなくなった時の最終手段。その『終了』よりもより最悪な事態が訪れるのが確実になった時だけだ。

言峰の発言通りの違和感は最初からあった。
『魔力供給の導通(コネクション)』―─
自身の固有スキルである『永久機関(偽)(エネルギー・インテーク)』は正常に働いている筈なのに、何故かエネルギー総量が不十分に感じる。常に腹八分目な状態だ。しかしそれはあくまで…自身がイレギュラーな行動を取ったが故の不具合だと勝手に結論付けていた。
要するに、常に腹八分目だったのは、
残り二分がサーヴァントに魔力供給されていたからだったワケだ。状況は既に手遅れだが同時に緩慢──かもしれないが。だがしかし、やっぱり悠長に構えてはいられない。レーダーの示すポイントは屋上。一足飛びで行こう。



from:the ground floor
to:rooftop
sequence start...






移動のコードキャストを使い、屋上の入出口の前に自身を転送。扉の前で、屋上一面を見渡す。人っこ一人いない。視界内の自動体は頭上に広がる電子の海。そしてそこを漂う泡のような高密度の情報体だけだ。頬を撫でるそよ風も、髪を猶予わせるつむじ風もない。宝具の一部として展開した索敵兵装(レーダー)は間違いなく屋上(ココ)を示しており正確にはもう10m程先だ。

しかし、サーヴァントはこんな所で一体何をしているのだろうか。『馬鹿と煙は高い所が好き』という格言がある。否…仮にも呼び出されたのは英雄(ヒーロー)だ。ヒーローは高い場所が好きだというステレオタイプがある。それを鑑み“煙”から『馬鹿と英雄は高い所が好き』に修正しよう。まるで馬鹿と英雄が同義(かみひとえ)のようだ。

まあ…違いない。(確固たる理由があって屋上にいるのかもしれないのに失礼な物言いだ)

レーダーの示すポイントに向け一歩足を踏み出し、他に誰もいないのを良いことに無防備に声を絞り出す。



「ここに…私と契約したサーヴァントがいると思う。いるなら返事してくれ」



一人痛い子みたいな振る舞いに羞恥心をぐっと堪え、意を決して言ったというのに…



「……」



返事がない、ただの空き地のようだ。
(そんなワケがあるか)
相当底意地の悪いサーヴァントなのだろうか。



「何か実体化できない理由があるのか?それとも何か?不満でもあるのか―口の利けない英雄か?それとも容姿にコンプレックスでも持ってるのか?戦いが怖くて屋上でブルブル震えている英雄か?自我の無い虚無の英雄か?そうでなければ何でもいいから意思表示をしてくれ。」



結構失礼なことを並べ立て煽ったつもりだったのだが、それでも反応が無い。毒矢の一本でも死角から飛んでくるかと思ったのだが。もしかしたら本当に虚無の英雄か…或いはバグってしまったのかもしれない。溜息がてら、踵を返しがてらにとどめの一言を漏らした。



「まあいい、私に協力しなくとも構わん。ただし…私の足だけは引っ張るなよ。せいぜいそこで怯えながら安全に過ごしていろ」



仮に、不可視で不可認、誰にも気付かれずに死なずに安泰であり続けるのであれば、それでいい。
(いや、いいことはない。だが仕方ない。妥協の為所だ。)
本当は非常に腹立たしいが
(自分も、状況も、サーヴァントも)
どうしようもない。いっそのこと宝具を大規模に展開して攻撃してみようかとも思ったが…もしもそれで死んでしまったらそれこそ本末転倒だし、何より間違いなく目立つ。校庭にでもマスターがいたら、確実に気を引く。諦めるか、他に良い方法が見つかるまで放置しようか…

途方に暮れたり苛々したりしながら扉をあけた時――背後5,6m辺りから、聞き覚えの無い男の声がした。妙に鼻に付く声――だった。



「待て」



それなりに驚愕した表情のままで振り向いた。ついに自分の発した暴言が(怒りの)ストライクゾーンに衝突したのか――ソレはとうとう姿を現した。

目に映ったのは『黄金』だった。
一瞬、巨大なインゴットそのものかと錯覚した。心に沸き立ったのは嫌な方向の衝撃だった。胸の上で腕を組み、文字通り踏ん反り返って見下している。目の前にいるならば身長差で見下されるのも仕方のないことだが、この距離で見下す必要性など皆無だ。相手は好き好んで見下している。そもそも姿勢だけでなく『心の底から』見下されているのだ。ああ、よく見ると耳にもインゴットをつけているようだ。なんだか呆れて言葉を失ってしまった。



「貴様…雑種の分際で我に暴言を吐くだけでは飽き足らず…あろうことか、我のことを何と言った」
「役立たず」
「!」
「あ、間違えた。足手まとい」
「貴様…我が何者か知った上での讒謗か」
「いや、知らないけど」
「無知は赦罪の理由にはならんぞ」
「別に許してもらおうとか思いませんけど」



無知は罪だ。こと、この時代―この戦争において“知らなかった”は許されない…ことではないが、憐憫を誘うことは絶対にない。損害或いは死に直結する。ただそれだけだ。



「ほう…死を覚悟した上での物言いか」
「この戦いでいつ死んでも仕方が無いとは思ってるけど…」



だけど、何だ。
この男の正体を知らないことと最早別次元の問題。何でサーヴァントに殺すか殺されるかの状況になっているんだ。私が悪いのか?いや、確かに私が悪い。元はといえばこの金きらの存在に今まで気付かなかった私が悪い。他にもイロイロ私が悪い。
それにしても――たかが「役立たず」「足でまとい」と言っただけで殺意を抱くとは…なんとも沸点の低く器の小さいサーヴァントだことだ。どちらにしろ先の思いやられる…

しかし…一言謝ればよかったのではないだろうか。とも思う。一応初対面にしては失礼な物言いだったのは確かだし。否、否。
そもそもマスターに逆らって姿を現さないサーヴァントであり、呼びかけても無視を決め込んでいたから駄目元でカマをかけたのだ。相手にだって非はある。



「今から私を殺すの?」
「本来ならば我が手を下すまでもなく自害するのが礼ぞ」
「私が死ねば貴方も消滅するのは十分理解した上で?」
「このような戦いなど児戯に過ぎぬ。それに我は貴様の魔力供給などなくとも支障はない」
「!」


もしかしなくても、『単独行動』スキルがあるのか



「アーチャーか」
「さぁな」
「……どうせならセイバーかアサシンかキャスターが良かったんだけどなあ…」
「何…?」



いけない。つい本音がポロリと漏れてしまった。だって仕方ないじゃないか。よりによってアーチャーなのだ。前提として、そもそもサーヴァントなど不要なのだができれば自分の弱点を補う相棒(パートナー)であって欲しかった。




「ってゆーか単独行動スキルのあるなしに関らず、マスターを失ったサーヴァントは、その存在意義をも同時に失い、ムーンセルに削除される筈だし」
「む…」



これは自業自得だ…というより自分に似ているサーヴァントが召喚されるという話だ。当然の結果なのかもしれない。否待てよ…このサーヴァントが自分に似ているとな?否、否、否、こんな暴君然とした男と、慎ましやかで長いものに巻かれる小市民の私が似ているなどとんでもない。やはり最初から最後まで何かの手違いだ。四方八方にと逡巡していたが、ふと、金きら男の不穏な視線を感じた。



「…死に仕度はできたか?雑種」



忘れていたが、今私は名ばかりの従者に殺されようかという所であった。しかし、数秒とはいえ律儀に待ってくれるなど意外と慈悲深い暴君だ。どうやらどこぞの王様らしいので、庶民を処刑するにもある程度の矜持があるのかこれなら一つ無理なお願いをしても聞き入れてくれるかもしれないな。



「では…純血種殿?殺すのは百歩譲るけど、できれば場所を変えてくれません?」
「そのような要求が通ると思うか?」



あ、ダメみたいだ。
まあ、それならそれでいい。強硬手段に出るまでだ。先ほどと同様、コードキャストでアリーナ前まで移動すればいいのだ。私をそんなに殺したければこの純血種も追ってくるだろう。



「まあいいや、アリーナで待ってますからそこで好きなように暴れてください。from:rooftop to:the ground floor sequence start...」



相手の反応を見ずに逃亡。逃亡も本日2度目だな。憤慨したかもしれないし呆気にとられたかもしれない。いずれにせよ、この性格であればまず間違いなく追ってくる筈だ。追ってこなかった場合は矢鱈と面倒なことになるがその時はその時か──…
 


(…)
(2011/08/14)







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