from Zero :00


「はぁ… はぁ… !」



二の腕を掠めた弾丸、そこから流れる血はカーディガンの袖を既に黒く染め上げ…背後には目を覚まさない兄、足元には高級ホテルには不似合いな魔方陣──寧ろ滑稽ですらある。苛立ちすら覚えさせられる。

さながら自分は悪魔に捧げられる生贄のようでもあった。足元の魔方陣も、突き付けられる銃口も、少女にはまるで異世界のモノで。その実、彼女は間違いなく、“違う世界”に迷い込んでしまったのだ。異世界の住人たちは、意図せず迷い込んだ彼女(アリス)を決して許しはしない。



「うっ、…はぁ…、はぁ…」



自分はとても冷静な人間だと思っていた。何にも特に熱くはなれず、いつもこの世の全てをわかりきったような顔をして。そんな自分が、こんなにも混乱し、死に怯え、ともすれば通りすがりの誰でもいい、誰かに無様に助けを求めたい。電話に届けば警察に通報を──している間に脳天を撃ちぬかれる。実際、無闇に動こうとしたから腕を撃たれたのだ。『動くな(FREEZE)』と。何の事は無い、最も滑稽なのは場違いな魔方陣でもなく、自分自身だ。

無抵抗無防備の少女に銃口を向ける張本人――久宇舞弥が、少女の眉間に風穴を開けない理由。彼女は、想定していたのと違う事態に幾らか逡巡していた。

──"岸波"の魔術師は19歳の少年。しかし、少年は床に伏せ、代わりに立つのは少女だ。
岸波の若き魔術師は、冬木の聖杯戦争に参加する為急遽来日した『時計塔』の生徒。岸波は古き魔術師の一門であり、次期当主となる少年も、類稀な才能を兼ね備えていた。聖杯戦争のマスターとなれば、必ずや彼も脅威となる。排除しなければならなかった。しかし何故この日この場において、その少年は目を覚まさない。そして彼の面影を感じるこの少女は──?

恐らくは、姉か妹だろう。岸波に子が二人居たとは初耳だ。ならば実は彼女が本当のマスター…?

一度退くべきか、今殺るべきか。否、自分の姿をここまで鮮明に見られた時点で──

部屋に人工的な灯りは一つとして灯っていない。強いて言えば、ガラスの向こうに見えるパノラマの夜景――そこには無数の光が散ばってはいるが、二人を照らす程の光源には成り得べくもない。だが、巨大な月が少女の背後に、そしてその前方の舞弥を照らしていた。舞弥からは寧ろ逆光で少女の正面が見辛いのだが、少女からすれば自分の姿は頭上から爪先まで明白だ。恐らく彼女本人は脅威の欠片にも値しないが、彼女達の背後(バックボーン)はどうか。彼女を生かして、彼女が背後に自分の特徴と状況を事細かに話しでもしたら──舞弥の人差し指に力が篭もる。


『死にたくない』
『死にたくない』


生き残って何をしたいか、大層な願いや夢がある訳ではない。それこそ、こんな聖杯戦争とやらに参加しようとしていた兄と違い。でも、ここで死んで、もしかしたら兄も殺されて…両親たちはここで兄だけでなく自分まで死んでいるのを見て何を思うのだろうか。何故私がここに居たのか その理由も推測することしかできず、正しい真実を知ることなどできずに…二人の子を失って、悲しむのだろうか。歯噛みするのだろうか

『誰か』
『誰か助けて』──

助けを求めながらも無意識に目を閉じて来るべき死を受け入れる体勢を整えた──『岸波白野』の眉間目掛けて、小さくも重い金属が放たれた。







『……君は…』



ほぼ同時に紡がれた言葉は誰の耳に入ることもない。幾分かの動揺を孕んだ、声にならない声で紡がれた感嘆だったからだ。紡いだ本人は、その瞬間、まだカタチにもなっていなかったが、困惑の混じる懐かしげな眼差しを一度少女に送った。




from Zero,to the MAYHEM...



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