moving mountains :00



 此処は――何処だ―――…?
気付くとマキナは川沿いのベンチの上に座っていた。それは明らかに”造られた世界”ではなく、現実の世界だった。ムーンセル・オートマトンの“霊子虚構世界”が幾ら精巧に造られているとしても、流石にその違いは長期間霊子化していたマキナにも判断できた。(念のため、とコードキャスト系が使えないか一度試したりしていたが。)

静かな場所だった。人の喧騒は遠くに聞こえる。近くに聞こえるのは川の流水音のみ。何度か瞬いた後、左右をゆっくり見回したものの――マキナは一人ぼっちだった。

戻ってはこれた。マキナの身体は間違いなく生身の人間の肉体。若しかすると“戻れないかもしれない”と思われていた。ムーンセルからの帰還…ダウンロード行為が可能だった。それは確かだと証明できた。しかし此処は一体、何処なのだ。本来ならば、マキナがムーンセルから帰還する場所はUSTMiCの施設内の筈なのだ。

『日本』
それは間違いない。遠目に見える標識も看板も日本語だ。どの都道府県かはわからないものの、別の国に飛ばされなかっただけまだ幸いなのだろうか。



「……」



それにしても。
どうして自分は一人なんだろう、とマキナは胸が痛むのを感じた。どうして傍にあの人がいないんだろうか。――…約束してくれたのに。やはり、叶わぬ願いだったのだろうか。

胸の痛みが多大な喪失感を呼び覚まし始める。だが、マキナが予想外の場所に飛ばされたのと同様に、若しかしたら彼もまた、此処より離れた場所に飛ばされているのかもしれない。落ち込むにはまだ早い。まずはもっと現状を把握するように努めよう。そう決めてベンチから立ち上がったマキナは、近くのコンビニエンスストアに入店して驚愕の現実に直面したのだった。



「(……2002年…?)」



週刊中年ジャンプが置いてない。週刊少年ジャンプはある。しかし年号がおかしい。しかも店内の商品は見たことのないものばかり。店内照明も蛍光灯と、有機ELどころかLEDでもなかったり、内装も妙にレトロだ。ジャンプを戻し、マキナは急いで店を出る。

辺りを見回しながら道を歩いていく。

――『交番』。
近寄り、そこに何交番と書いてあるかを認めたマキナは固まった。



「冬木警察署新都交番…?」



マキナは全てを察した。寧ろこれで理解できなければ察しが悪いなんてレベルではない。
『冬木』――聖杯戦争が行われていた地名である。『2002年』――マキナの時代から丁度30年前。これが意味するところは…



「…意味ワカラン」



いや、やっぱりわからない。呼ばれる意味がわからない。唐突にベンチに座っていたことからもサーヴァントとして呼ばれたワケではなさそうだ。そして第四次聖杯戦争でマキナを召喚した岸波白野はどこにもいない。何より――…白野がマキナを召喚したのは1992年の第四次聖杯戦争。その10年後ということは、要するに今は第五次聖杯戦争の行われた年だ。

ただ、マキナの聞いた所では、聖杯戦争は二週間程度の期間で行われるらしい。例え今が2002年だとしても、現在進行形で戦争が行われているかどうかは定かではない。マキナは第五次聖杯戦争が行われた詳細な日時までは知らないのだ。

左手には未だ令呪が刻まれたまま――とすれば、矢張り。ギルガメッシュも一緒にこの時代に飛ばされたのだろうか…?



「(いや、でもあの人はもう――…)」



考えれば考えるほどに、整合性が取れなくなっていく。兎にも角にも、まだまだマキナには情報が足りない。何故この時代に飛ばされたかもわからないが、どうあっても元の時代に戻ることを考えなければ――…

内心途方に暮れながらもマキナは歩き始めた。





Moving Mountainsstand my ground forever...



「……」



およそ3時間。身体を強化してあるとはいえ、マキナも流石に疲れ果てていた。何せ今の今まで、この世界に飛ばされる直前まで月の聖杯戦争を戦い抜いていたのだから。先ほどとは別の場所――どこかの住宅街の公園のベンチで、マキナはぐったりしていた。

 ベンチからベンチをハシゴするとか私はホームレスか何かか。と、疲れてもセルフツッコミは忘れずに。しかもPDA(携帯端末)が使えないので貯金が幾らあろうとも一文無しに等しく、喉が渇いても自販機で水すら買うことができないのだ。マキナは仕方なく公園の水道で喉を潤すハメに。

しかし…ココまで何も収穫がないかといえばそうでもなく。普通に宝具が使えることには驚きつつも納得を。固有スキルである『永久機関(偽)(エネルギー・インテーク)』も機能している。




『1月31日』――…
まだまだ冬真っ盛りで日が暮れるのも早く、その所為で余計にマキナの気力が萎える。しかし『億死の工廠』が使えるのであれば、野宿するハメになっても光学迷彩で隠して何某かのコクピットでも造ればいいのでどうにかなる。が…寝る場所がどうにかなっても水道水だけで過ごすのは少々厳しい。武器兵器など幾ら実体化できても腹は膨れないのである。ギルガメッシュの気配はさっぱり感じることができず、試しに索敵兵装(レーダー)を展開してみたものの、やはり反応がない。

USTMiCに何とか連絡が取れればまだ光明が見えるだが…。組織が成立したのはマキナの時代から数えて百年程前らしいので、この時代にも存在する筈だ。この時代のUSTMiCに連絡が取れたとしても、状況が改善するかは判らない。ただ、USTMiCには閏賀無徒に始まり“規格外”…寧ろ“人外”としか思えないような常識外れの者が多く在籍するので、マキナはそこに淡い期待を寄せる。






その時、夕刻の訪れを告げる“鐘”が鳴り響いた。

聞きなれた鐘の音声データが、近所のスピーカーから再生される…が、そこに全く別の鐘の音が、一瞬送れて不協和音を奏で始めた。振り向くと、今マキナの居る住宅街のその向こうに教会が見えた。

教会――といえば連想するのは蒼崎姉妹。マキナも何かと世話になった二人だ。そういえば、何故監督用AIの言峰はいつも教会にいなかったのだろうか。二人に追い出され――…



「…!」



ムーンセルの聖杯戦争は、冬木の第五次聖杯戦争を模したものだった。NPCも第五次聖杯戦争の参加者を再現していた――となれば…言峰綺礼は、第五次聖杯戦争の関係者で…尚且つ教会に居るのでは?それこそ蒼崎姉妹にでも追い出されていなければ。否、それはそれで…蒼崎姉妹でもいい。居てくれるなら。ただ…二人はNPCではなくムーンセルに侵入したイレギュラーなので、彼女たちの年齢も鑑みれば、マキナ同様この時代にはまだ存在していないだろう。

気付くとマキナの足は教会の方へと向いていた。例え教会に言峰がいたとして、到底解決には繋がらないだろうが、誰も知人のいない“浦島太郎状態”を脱したかったのかもしれない。宛てがあるのが、あの(恐らく)外道な言峰だけというのが悩みどころだが…この際贅沢も言っていられないだろう。



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