from Mayhem :05




「おや?お久しぶりです、マキナさん」



アリーナから出て、入口の前で顔も赤いまま、ぜぇぜぇ膝に手をついて呼吸を整えていると、声をかけられた。まずい…より最悪なものに出くわしてしまった…!



「総主…!」



顔を上げて、相手の姿を視界に入れる。白騎士を従える獅子王――西欧財閥次期総主の少年…レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイ



「どうしたんです?ずぶ濡れじゃないですか」
「これにはちょっと事情が…」



どういう事情だ。いやああいう事情だ。そうなのですか…と少しだけ心配そうな表情をするもののしかしあまり深く突っ込んではくれなかった。私が言い辛そうに濁しているのに、無理強いして問い質すような無粋なお人ではない。



「ずっと僕から隠れていましたよね?マキナさん」
「そんなこと…ありますけど…」
「相変わらずおかしい…いえ、面白い女性(ヒト)ですね
 隠れる必要なんてないでしょう?」



くすくすと上品に口元に手の甲を宛てて笑う少年。胃が重い。また逃げてしまいたい。




「総主の近くに居ると息が苦しくなっちゃうんです。私は正真正銘の小物で俗人、矮小な存在ですから。太陽に焼かれる地上のミミズみたいなものです」
「そんな風にご自分を卑下しないでください、それと『総主』なんて呼び方でなく、レオと呼んでくれていいんですよ」
「……」
「何しろ貴女は、僕の将来の妻になるひとですから」



それほど感慨深そうでもなく、しかし穏やかに目を閉じて言ってくれた獅子王。私の胃が重くなることなど当然思いも至らずに。帰りたい。未だ見ぬ妣が国に。安息の地に。『アーチャー爆発しろ』じゃなくて私が爆発しそう。今や顔は青ざめ、冷や汗をかいているのが自分でもわかる。



「もう一度言うてみよ、誰が貴様の伴侶だと?」



…うわ、もっと面倒なのが来た。知らず知らずの内に、ギルガメッシュが背後に。相変わらず腕組みをして倣岸不遜の代名詞のようだ。同じ『王気(オーラ)』を備えた王様でもこうまで違うものか。しかも実体化したままだし。



「他でもない、『マキナ・カラミタ・グラタローロ』 彼女です」
「…その話は自然消滅した筈です、総主」
「不分明のままなだけで、消滅したわけではないでしょう。少なくともハーウェイは、考えを変えていません」
「……」
「そもそも貴女がいなくなっていなければ、話が曖昧になることはなかったんですよ?」



それはそうだろうとも。曖昧にする為にいなくなったんですから…。



「貴女とその能力は聖杯と同じく、我々ハーウェイが管理すべき…いえ、管理しなければなりません。そのことを理解できない貴女ではないでしょう」
「…それでも私は管理されなくないんです」
「何故です?そもそも貴女にとっても利益になることでしょう。安全面でも、資金面でも、あらゆる面で」



覇権争いで総主の妻…次期総主の母が暗殺される場所のどこが安全だというのだろうが、冗談も休み休みにして欲しいものだ。非難しているワケではないが、私は御免被りたい。



「世迷いごとを抜かすな、この雑種は我の所有物であり飼い犬。成る程確かに貴様はそれなりに王気を備えているようだが…コレは貴様が管理するには重すぎよう」
「い…犬ですか…!?」



勝手に管理権争ってんじゃねーよ。そして英雄王の言い放った言葉に言われた当の本人より珍しく狼狽する若き獅子王。しかしまあ、正直どっちも似たようなことを言ってるんだけど。



「最古の英雄王よ、貴方が高貴で高邁な英霊であることは疑う余地もありません。ですが…彼女は犬などではありません。それこそ疑う余地なく彼女は人間です。」



人間を管理するのかよ、と突っ込みたくなるところだがハーウェイにとってそもそも『人間とは管理すべきもの』なのである。故に私に対する姿勢も彼らにとっては何も非人道的ではない。同時に英雄王にしてみれば恐らくは、自分以外の人間が基本『雑種』なわけで
別に私だけ特別扱いで『物』や『愛玩動物』扱いしているのではないだろう。

と、いうか。
流石というか驚きたいのだが、やっぱりという気もして、まさか一目でギルガメッシュの正体を見抜くとは新たなる世界の王の名は伊達ではない。



「彼女はやはり我々ハーウェイこそが管理すべきなのです。──貴女が西欧財閥の元に永久にとどまれば、世界には平和が訪れる。貴女が世界を渡り歩けば歩くほど、世界は混乱し戦争は長引き憐れな被害者は増える一方だ。そう、それこそ貴女は──世界を巡礼する『嵐(ワルプルギス)の夜』なのですから」
「……」



彼が言わんとしていることは理解している。既に世界の管理者にも近い西欧財閥に私が留まれば元々悲観的なパワーバランスが、圧倒的絶望的なまでに傾き崩壊する。世界は晴れて西欧財閥の支配のもと、確かに平穏が訪れるかもしれない。

だが、私は…私の精神と魂はそれは“よくないことだろう”と判断したのだ。私の13年間を追っていけば、それは西欧財閥からの逃亡であり反動勢力からの逃亡であり、所属した組織や国からの逃亡。逃げつづけの人生だ。

若き獅子王の言う通り、逃げれば逃げるほどその轍に死屍累々、或いは災厄の種が蒔かれた。

“私はただ自分の研究をしたいだけなの”

等とは流石に思ってはいない。『ただ追求したい』が何を引き起こすのかは理解している。

私の“本質”は、自身の介入による、西欧財閥の圧倒的優位とその結末を容認せず災厄としてでも世界各地を巡礼(にげ)つづけることを選んだ。最初は私の意志でなく、親の意志だったが、いない今では明確に少し方針は違えど私の意思だ。
そこに善意も悪意もない。

絶対的暴力による支配と諦観、そしてそれによる平穏と平和と安寧の日々よりも――絶対的暴力不在の為の阿鼻叫喚と混乱の中、一縷の希望を残すことを選んだのだ。人々が、どれだけ多くの人々がそれぞれどちらを欲し望むかなどはまるで考えもせずに。そもそも、“より人道的にあれ”というのならば、多数決で考えるほうが人道に悖るであろう。

実は、私という女はそれほど己が行動と軌跡に罪悪感を持っていない。それは恐らく私が英雄王よりも若き獅子王よりも冷たい目で『ヒト』を見ているからだろう。

だから『死』という選択肢も選ばない。元より既に、私が死のうが死ぬまいが、この状況は変わらない。何しろこの戦争の“発端”も“本質”も『私』ではない。人類の悠久の歴史と選択の堆積、その結果であり過程だ。

だから私は打算で考え、自分の身の安全と自由を第一に行動する。『限りなく現状維持』だけを心掛けて。



「下らぬ。西欧財閥とやらがどれ程俗世で力を持っていようともこの娘を見ていれば程度も知れるわ。不束者が戯言を申すな」
「抜けぬけと…!これ以上我が主を侮辱するようなら捨ておけんぞ…!」
「構いません、ガウェイン」
「しかしレオ…!」
「僕がまだ至らないのもまた確か。彼の言う事は尤もでもあります」
「何を仰るのですか!」
「僕はまだ彼女にも、世界にも平和を与えられていないのですから」



こちらを、俗物的な何の感情も乗せずに見据えてくる獅子王。何の迷いもない絶対的王者の眼差し。しかして、やはり英雄王とは違う、静謐なる暴力を匂わせる眼差し。私はこの眼差しならば、見返すことができる。話の通じて、それでいて通じない眼差しだからだ。
その従者である円卓の騎士の1人、ガウェインの眼差しからは私に不義不忠の、主の悪妻を見るような俄か幾らかの侮蔑と憤りが見て取れる。

間久部マキナ、齢16にして悪妻属性を取得だ。

あと悪妻って要塞に似てる。字面が。なんかカッコイイな…要塞属性か…悪くない。素敵兵装みたいだ。



「私は今西欧財閥の一部と言っても過言でない日本に在籍しています。ここ数年だってNERO加盟国内にいたのですから間接的にとはいえ、私は基本貴方がたに管理されていることになるのでは?」
「確かに、日本は我々西欧財閥にとって最も大事な仲間です。ですが出方次第では、立場を改めざるを得ない状況にもなるかもしれません それこそ、また貴女が発端となって──」



そう、そうなる寸前の時こそが、私が日本を出るときだろう。私は今、国家も密接に関わるUSTMiC(閏賀科学技術軍産複合体)に所属する。私は二重国籍で、日本の国籍を持っていたが為に里帰りという大義名分もあって今のところ無事に暮らせているものの西欧財閥の日本に対する態度が変わっているのも確か。しかし日本は日本で何も慈善活動で私を保護している訳ではない。利害の一致による合意の元での保護(かんり)だ。

…そもそも、日本のみならず今まで私を受け入れたどの国もが私を迎えることが損害よりも利益が勝ると判断していたのだが…。

表情にそれは出ていないが、言葉だけは私を非難する含みを持たせていた若き獅子王の新緑の瞳がふ、と伏せられた。そして、ふ、と小さな溜息を漏らす。



「やめましょう、これ以上こうして貴女と話すことは建設的ではない。僕は聖杯を手に入れた際、貴女の蘇生も共に願います。ですから貴女は安心してこの聖杯戦争を…いえ、ムーンセル・オートマトンを調査してください。それが目的で、貴女はこの戦争へと参加したのでしょう?」
「……お心遣い、感謝致します。総主」



やはりある程度は私のことを理解してくれているらしい。そして自分が勝つことも前提らしい。当然のことだが。まあ誰が願ってくれるにしろありがたいことに違いは無いし
他でもない優勝の最有力候補であるレオが…というのは否応が無しに安堵を幾らか感じさせる。あくまでも、この聖杯戦争にのみ於いてだが。



「最後に。マキナさん」
「…はい」
「次の機会こそは、僕を名前で呼んでくださいね」



まずは慣れるところから始めましょう。と、にっこり笑ってから去っていった聖人君子にまた胃が重い。勘弁してくれ。そもそも私は年下属性はないんだ。夫?否、精々弟の間違いだろう。まあ、互いに年を取れば2歳の差も些事になり果てるのかもしれないが



「お前に許婚がいたとはな?」
「許婚なんて認めて無いですよ…勝手に言われてるだけで…」



今の話ちゃんと聞いてたのかよ!とは言わない。
どう考えても聞いた上で言っているからだ。



「お前を妻に迎えようなど殊勝な小僧よな?」
「そうですね、彼は何から何まで殊勝な人間ですから」



ってゆーかお前も充分殊勝だよ、と言ってやりたい。そんな獅子王と頑なに私の管理権を争っている時点で。畜生、自由な妖精の国へ行きたい。

しかし…レオが殊勝な人間なのはまず間違いないが私を妻にすることが殊勝かどうかというと…どうだろうか。彼にとっても西欧財閥にとっても単なる合理の筈だ。レオ、そして私が西欧財閥にとって最も厳重な保護管理が必要であること…互いに年齢的にも近いこと。要するに、「だったらひとまとめにした方が早ぇ」ということだ。別々に管理するより費用も手間も掛からないし何より風来坊の私に足枷もつけられる。そしてその事は、レオ本人も認識しているし、私も西欧財閥の立場に立って考えてみれば当然の考えと思う。
だがしかし、パワーバランスの話を抜きにして考えてもあらゆる意味でお断りします。
ギルガメッシュもそうだが、レオも私とは世界の違う人間だ。
身の安全が確実に保障されると仮定しても貴人の振る舞いを身に付けていない私が苦労する姿は千も万も想像できる。何よりも、やっぱり身内に暗殺屋がいるのが怖すぎるだろう。

また知らず知らずのうちに溜息を吐いていると、英雄王が歩き出した。



「帰るぞ、マキナ」
「はい」



咄嗟の判断でコードキャスト。こんな異次元金ピカに廊下を歩かれては困る。
ギルガメッシュの背中に触れた状態でシークエンスを素早く行う。マイルームで何が起きようとしていたかなど、思いもよらずに。














マイルームに辿り着くと金ピカが私の前に向き直ってまた偉そうに腕を組んでいる。今。



「お前が我にした約束だ。今日こそは我の背を流すがいい」
「今からですか…!?」



昨日の今日!
しかも濡れ鼠の私と違ってギル様なんか無傷じゃん!金ピカ鎧の効力か何かだろう。
髪のセット一つ崩れていない。どこに風呂に入る必要性があるというのか。寧ろ私の方が風呂に入りたいくらいだ!とは言えない。また洗ってやるとか言われ兼ねない。



「先の戦いで身体が汚れたわ」



汚れてねーから!



「王への言葉を違えることがどれ程の罪咎か理解できぬ筈はなかろう」
「いや…今も精神的にかなり疲れてるんですけど…」
「知ったことか。疾く用意せよ」
「…わかりました」



仕方ない、女(おとこ)に二言はない。というか許されない…覚悟を決めてやろう。面倒な野郎だ。



「じゃあ、背中洗う頃になったら教えてください。お伺いします」



背中だけ洗ってとっとと出てやるよ! フフンと偉そうに勝ち誇って言う。のだが…



「阿呆、さっさと来い」
「は…!?」



用意しろと言われたのに、既に用意も何も腕を掴まれ引っ張られる。昨夜の悪夢の再来ではないか。私は必死で踏みとどまろうと足をアンカーの如く踏じばった。



「いやっ、ちょっ…!!おかしい、こんなの絶対おかしい!」
「黙れ、抗うな」
「…畜生、ひでぇマイルームだ!もうおうちかえりたい!」



駄目だ、既に筋力も耐久も私を上回っているから歯が立たない!私の支離滅裂な暴言にも全く耳を貸さない。こうなったら令呪──…どっちのかわからないんだった。

こうして私は、全く憩えない風呂場に連行された。



 






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