moving mountains :17



「慎二の奴、間久部に変な事しなかったか…?」


坂道を歩きながら、遠坂邸を目指す。今日は士郎に気を遣わせてばかりだ。士郎の心配を打ち消すよう、マキナは明るく答えた。


「全然!サーヴァント見せてもらって、協力を持ちかけられただけ」


それを聞いた士郎は、何かを納得した様子で頷く。


「……昨日の俺と同じだ。アイツ俺が断ったから間久部を誘ったのか」
「やっぱり誘われてたんだ。衛宮は間桐君に変な事されたの?」
「……いや、俺も間久部と同じ。アイツにサーヴァント見せろって言われなかったか?」
「言われた。でも居ないから見せようがないし、断った」


そんなところまで士郎と同じだったらしい。慎二は酷いデジャヴを感じたことだろう。


「………ところで、アンタ達が見たって言うライダーだけど…どんな奴なの?」


純粋な興味から凛が問いかける。ライダーをたった今みたばかりのマキナは、その鮮明な記憶から印象を事細かに語った。


「えっと……ボディコンを着て…目隠しをしていて…モデル体型の人。髪の毛が半端じゃなく綺麗だったかな。生きてるみたいだったよ。目を隠すなんて魔眼でも持ってるのかも。あと“反英雄”っぽい感じがした。」


半分程どうでもいい情報だったが、凛としても得るところがあったらしい。


「魔眼を持った女の反英雄……幾らか絞れそうね」


凛の役に立ったようであれば、マキナとしても何故か嬉しい。マキナが無意識にニコニコしていると、相変わらず怪訝そうな表情をしていた士郎が気になっていたことを聞く。


「なあ…もしかして…間久部は慎二と組むのか?」


慎二の招待に快諾したこともあり、その可能性もあると判断したようだ。マキナは首を横に振りつ否定した。


「組まないよ。間桐君面倒そうなヒトだし。それにね、やっぱり長期的な協力関係は組むべきじゃないと思って」


士郎としていた同盟話も、そろそろ決着をつけるべきだろう。


「俺との不戦同盟もナシってことか…理由を聞いてもいいか?」
「不戦くらいはいいかもしれないけど…今は自分のことで手一杯だから、他人のことにまで気を回してる余裕がないっぽい」


慎二への回答とほぼ同じ。


「自分より衛宮を優先するコトもできないし…そんな中途半端な決意で衛宮を裏切る形になったら困るし…」
「――――…」
「“騙して悪いが仕事なんでな!死んでもらおう!”なんて私には無理だもん」


そう、マキナは自分が騙されても仕方がないと思えるが、騙すことには抵抗がある。しかもだ。仕方がないとはいえ既に士郎や凛に嘘をついている。


「へえ…殊勝な心掛けじゃない。もっと優柔不断な奴かと思ってた」
「ホラ、優柔不断にも限度があるっていうか」


悩ましげな表情で溜息を吐くマキナを見れば、士郎も追及する気が失せる。不戦協定だけでも結びたい気持ちは依然あるのだが、下手にマキナを困らせたくもない。

そうこうしている内に、坂の上―――遠坂邸へと辿り着く。間桐邸よりも更に立派で、ドレスを纏った中世貴族が出てきてもおかしくない。

勿論、ヨーロッパのそれと比べれば慎ましやかなものだが、日本においてこの洋館は、中々に異質な存在感を放っていた。

しかし、ここまで栄華を極めた遠坂家も、あと二十年もせずに没落するかと思うと、遣る瀬無い気持ちがした。しかもマキナには何もしてやれることがない。


「そういえば…凛って今は衛宮の家に下宿してるんだよね?」
「そうよ。此処には必要なものを取りにきたの。」


門を開き、士郎とマキナを中に迎え入れる凛。遠坂邸に張られている結界の印象としては、埃くさい間桐家のものと違い、念入りに手入れがされているように思える。そんなところにも凛の性格が感じられ、マキナは顔が綻ぶ。

しかし、あのリンの実家(とは少し違うが)に訪れる日が来ようとは。


「さ、入ってちょうだい」


広い庭を進み、漸く屋敷に辿りつく。マキナは少し浮かれた気持ちで邸内の奥へと足を踏み入れて行った。


「お邪魔………!」


マキナの表情から笑顔が消える。視線の先にいるのは、腕組みをしたまま壁に背を預けている男。赤い弓兵だった。


「………しました」
「なに? 何なの!?」


マキナはくるりとUターンすると、とりあえず屋敷の外に出た。そして扉から顔を出して中を覗いている。マキナの奇行に、凛はわけがわからないと言った呆れ顔をした。


「流石、凛、腹黒い。否当然ともいえる。まさか甘い罠に誘い込んだ上でズドンとぶち殺そうとはなんともぶらっくすとまっく。この諸葛凛め。忍殺。」
「はぁ?―――って、ああ…アーチャーのことね」


暗殺を恐れている口振りではあるものだが、逃げることはせずにぶつぶつと嫌味を呟き続けるマキナ。彼女特有のうっかりなのか、全く意図していなかった事態に凛は溜息を吐く。


「アーチャー、私達が話している間、外の見張りでもしてて頂戴」


そう命令されたアーチャーは、一瞬不服そうな表情をしたが、次の瞬間には「ああ」と答えて姿を消した。去り際に一度鋭い殺気を感じた気がしたが、忘れよう。

士郎と顔を見合わせつつ、マキナは凛の後について廊下を歩いて行った。扉や階段、柱などに使われている木材は、年月を経て艶やかな栗色をしている。それに比べ、白い壁には滲み一つない。床に敷かれているジャガード織の絨毯も、年代を感じさせるが古さを感じない。部屋の内部、隅々まで手入れに余念がない。俄かに漂う薬草のような香りが、ここが魔女の館であることを彷彿とさせた。

通された客間の装飾は一際豪華だったが、どこか綺麗に片付き過ぎている気もした。小競り合いでもして、散らかった部屋を後片付けした後…というか。飾られている皿も必要以上にピカピカだ。


「話っていうのは―――…穂群原に張られている結界のことよ」


凛が上座に。マキナは立派な二人掛けのソファの隅っこに腰を下ろした。紅茶か何かを用意しようとした士郎を凛が制止し、士郎は近くの椅子に着席する。

凛の切り出した話の内容に、マキナは目を丸くする。先日…校舎の屋上で拒絶された話ではないか。


「…何かそっちで掴んでいる情報はある?教えてくれるなら私も情報を提供するわ」


―――成程。
その後、凛や士郎も独自に調べていたのだろうが、手がかりが掴めずにいるのだろう。だが、正直マキナもそれは同じなのだ。折角凛が歩み寄ってくれたというのに、とマキナは落ち込んだ。


「うーん…情報提供したいのはヤマヤマなんだけど…正直さっぱり…。今のところ怪しい主従なんて間桐君くらいだし……」
「―――そう…」
「寧ろ私がリンリンに聞きたかった位。結界を解除しようにも意味不明だし」


マキナの最初の発言に一度は落胆の色を見せた凛ではあったが、次の言葉に反応を見せた。


「マキナ。貴方も結界を解除しようとしてるの?」
「だってこのままじゃ…民間人が大勢犠牲になる可能性が高いじゃないですか。そんなの絶対に阻止しないと。皆一生懸命スクールライフを満喫しているのに!」


熱く憤慨して語ったマキナだが、ふと、結界を張っているのは、矢張り生徒なのではないかと思い至る。日本では聞かないが、特に米国では学校内の銃乱射事件など未だに起きている。多感な時期である学生に銃―――の代わりにここではサーヴァントだが、そんな力を突然手にすれば、血迷ったコトを仕出かしてもおかしくない。

そして、マキナの真剣な様子に、凛はどこかホッとしたような表情を浮かべていた。


「そ。私の目的は監督役だ…なんて言っていたものね。でもその様子じゃ、綺礼の命令ってだけの理由じゃなさそうね」


そう、凛との果たし合いの前に、マキナは“聖杯戦争の逸脱を食い止める為にサーヴァントを手放したくない”と凛に伝えている。そんなマキナに対して、凛は信用出来ないと一蹴したことを勿論覚えている。故に、折角聞く耳を持ってくれた凛に対し、改めて説明をする。


「私、一応生まれは日本ですし。それに母の故郷なんですから…この国が好きで守りたいって気持ちがあるのも、そんなに不自然じゃないでしょ?それに私―――…学校の人達、いやこの街の人、みんな好きだし!」


マキナがどうにも能天気な笑顔をするので、凛も逆に力が抜けてしまう。だが、二人に対して嘘の多いマキナでも、これだけは真実だ。故にマキナは力強く言ったのだった。その言葉に、凛だけではない、横で聞いていた士郎も優しい表情をしていた。


「アンタの主張はわかったわ。早速で悪いんだけど…同盟の話。結界を解除するという目的においてのみ協力するっていうのはどう?」


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