moving mountains :16



衰弱し、憔悴し切った華奢な肢体。
息をするだけで壊れそうなのに、高熱に魘され、必死に荒い呼吸を繰り返す。

この状態は“まだいい”。

強靭な魂が、呪いに侵され急速に力を奪われていく―――…その姿は、ギルガメッシュにとっての“最悪の記憶”を嫌でも思い出させるのだった。

しかもこの記憶は“二度目”ではない。“二度目”が何かは全く思い出せないが、この状況は“三度目”だ。

“薬”を与えてもいいだろう。
だが、そうする気は起きなかった。

この女はこの程度で死ぬ筈がないし、
死ぬような女ならば価値もない。
しかし本当に死んでしまったら詰まらない。

そんな思いを巡らせながら、ギルガメッシュはただ、苦しむマキナを眺めていた。酒の肴だが、あまり美味いものでもなかった。

相変わらずマキナは、金の耳飾りを力なく握りしめている。






「……う……………、ん…」


そうして何時間経っただろうか。結局ギルガメッシュは側を離れなかった。自身の道具が、自分ではない他の存在に苛まれ、苦痛を与えられ、尚生死の境を彷徨う事態になっているのは当然気に入らない。しかし、この責苦をどう耐え抜くのかは興味深い。


「――――王様…」


そんな中、遂にマキナが目を醒ます。視線をくれると、虚ろで焦点が定まりきらない目でギルガメッシュを見ている。マキナは暫し見つめた後、未だ苦しげに、しかしどうにか声を絞り出したのだった。


「迷惑をかけ…て…ごめんなさい……」


“王様”と呼ぶあたり、彼女の言う未来のギルガメッシュと勘違いしているのだろうか。


「傍に居ると…うつっちゃう…かも……
 ―――だから……離れた場所、居て…ください…
 ……王様に何かあったら……私…」


必死に絞り出したのは、そんな言葉。自分が大変だというのに、ギルガメッシュを気遣う言葉だった。頬や額の上気や荒い呼吸は隠せないものの、表情だけは穏やかに、まるで何ともないかのように微笑んでいる。

ギルガメッシュは、その言葉に応えないまま、グラスを置いた。そして長らく腰掛けていたソファから立ち上がったのだった。


「………!」


しかし向かうのはドアではなく、ベッドの上。マキナの言葉と真逆の行動にマキナは狼狽するが、慌てている間にギルガメッシュは強引に割り込んできたのだった。


「少し退け、我も寝る」
「あ、の……」
「此処は我の部屋。だというのに貴様は主を追い出そうというのか」


ここはギルガメッシュの部屋だったのか、と。ならばそれも道理だとマキナは力を振り絞ってでも部屋を出ようと決意する。のだが……離れようと身動ぎした体は、片腕で引き寄せるように抱き竦められた。


「……今宵は少し肌寒い。夜の冷たさは…誰あろう等しいもの。―――近うよるがいい」


未だ熱は酷く思考が働かないこともあり、マキナはその言葉に従い目を閉じた。夢の延長だ。これも夢に違いない。夢にまで見るほどギルガメッシュに会いたいと思っている証拠だ。

そう考えれば合点がいく。
マキナは妙に安心して意識を手放したのだった。





「――――…」


だが、今度はどうだ。
先ほどより更に数時間は経過しただろう。

随分と意識がはっきりして、内から滲むような熱もない。強いて言えば外側からくる熱。それが熱い、というか温かい。

呆れる程多くの悪夢鑑賞会を終えた後だというのに、こんなに清々しく、そして穏やかな気持ちで目を醒ました。それは矢張り、この“温かさ”のお陰だとしか思えない。


「……………」


目覚めたことは覚えているが、何があったかの記憶はおぼろげだ。何故なのか、意図はわからない。どうしてこうなったのか、経緯も知らない。どうあれ、結果的にマキナはギルガメッシュの胸の中で眠っていたのだ。

マキナは目頭が熱くなるのを感じた。

居て欲しいと思ったその時に。
ただそこに居てくれる―――それがマキナには嬉しくて仕方がなかった。勿論、ギルガメッシュにそんなつもりがなくてもだ。世界でただ一人だけ残されたような悪夢を見た後に、果てしない孤独に苛まれた後に、そこに居てくれた。

マキナは三十年前の過去に飛ばされて初めて“幸福”を感じていた。


「…王様……」


寝ているのをいいことに、マキナは額を胸に宛てて、今よりも更に身を寄せた。ずっとこうしていたい。そう思って深呼吸をした。


「―――…なんだ……?」


ギルガメッシュが少々不快そうに眉根に皺を寄せたかと思えば、身動ぎをする。逆にマキナは固まって、そのまま目だけを動かし、上目遣いで様子を窺った。


「……貴様が動く故、我まで起きてしまったではないか…」


 ごめんなさい
マキナが謝ろうと口を開く前に、半分寝言のような、気怠げな声が落ちてくる。


「…ほら、大人しく抱かれていろ。―――…目覚めるのは、暫し後でよい…」


まだ夢を見ているらしい。随分と深い夢だ。“最下層(リンボ)”まで落ちていたのかもしれない。そうでなければ、ギルガメッシュが寝惚けて人違いをしているのだろう。

そう考えて納得すると、マキナは安心して目を閉じた。



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