moving mountains :16



「―――――…」


ぐったりとして苦しそうなマキナを抱きかかえて歩くギルガメッシュとすれ違う。その動作に乱暴さはなく、驚いたことに気遣いまで感じられた。どういう心境の変化だろうか。このまま看病でも始めかねない様子だった。

伊達や酔狂でなければ何の魂胆があるのか…マキナでなくとも言峰すらそう思ったのだった。驚きもあって声を掛ける間もなく、ギルガメッシュは階段を昇って行った。

―――それにしても、ここまで思い通りに事が運んでいる。勿論、アクシデントも多いが殆ど瑣末なものだ。今はまだ準備段階に近いが、種を播いたのは十年前。終わりに花開く結末を思えば自然と笑みも零れる。

そんな言峰の思惑を、逆にギルガメッシュも知らないだろう。

唯一つ確かなのは、この時期、世界の行く末を左右しようという試みは、この冬木という小さな町で最も多く交錯していた。それはある意味で“特異点”であり、より多くの“モノ”の注目を集めた。







“■■ ■■■―――…


“何(ダレ)”かがマキナを呼んでいる。


“死ね(おいで)”―――“死ね(おいで)”―――“死ね(おいで)”―――
―――“死ね(おいで)”―――“死ね(おいで)”―――
“死ね(おいで)”―――“死ね(おいで)”―――


同じ言葉(ノロイ)の繰り返しでうんざりだ。怖くも恐ろしくも悍ましくも何ともない。ありふれた怨嗟など、マキナの心には今一、響かない。

そんな要望(おどし)に応える気があるなら、とっくにマキナは生きていない。今更見ず知らずの他人から請われたとて、応える義理もなし。

真っ赤な空に黒い海。海からは焼け焦げた黒い腕が無数に伸びて手招きしている。

“夢”であるので、いささか概念的で現実味がないが、慣れた光景だ。怖くはない。

マキナは気に留めず、延々と続く砂浜を歩き続けた。


殆ど無反応なマキナの様子に業を煮やしたに違いない。“誰(ナニ)か”は趣向を変え、マキナは一度の瞬きの後、別の場所に立っていた。

多くの生徒がマキナの周りを行き来している。制服は、穂群原に似ているがもっとなじみ深いもの。マキナの胸のリボンは青色だ。

―――そう、月見原の校舎にマキナは居た。昇降口を見、ひとり息苦しそうに倒れている少女を見た。

誰も彼もが彼女に気づかず(或いは無視をして)、彼女は一人蹲っている。考えるよりも先に足の裏は床を蹴っていたし、考えた後、より速度を増す。


「桜…………!!」


いち早く彼女を掬いあげ、すぐにでも安全な場所へと連れて行かなければ。あの美しく長い髪が地べたを這うなんて、あの豊満で繊細な白い体が地面に打ち棄てられているなんて、あってはならない。

マキナは、うつ伏せ気味だった桜を仰向けにし、優しく抱き起す。―――しかしそこに想定外の状況が起きていた。


「センパイ………?どうして……」


彼女に傷なんてなかった。
況してやこんな、内臓がボロボロになるほどの深い刺し傷が幾つも…目は虚ろで血は肺へと流入し、呼吸をしただけなのに溺れているような音を出して。


「どうして…私を殺したんですか……?」


乾いた血の痕に涙を滑らせ、その瞳の奥には失望と憎しみが滲んでいる。


「センパイのこと…こんなに………―――……のに……」


桜はマキナを見つめたまま事切れた。マキナに弁明の機会を与える暇もなく、マキナを恨んで死んでしまった。

―――違う。
――こんなのは違う。

こんな悲劇、マキナは知らない。彼女は血なんて流してなかったし、すぐに快復してマキナに笑いかけていた。こんな憎悪の表情など、向けたりはしないし、何よりマキナが桜を殺すなんてこと、ある筈がない。

ただの悪夢だ―――そう理解しつつも、マキナの心を掻き毟った。

だが、悲しんでいる暇もなく、たとえこれがただの悪夢だとしても。今からでも彼女を蘇生しよう。ただ悲観に暮れているわけにはいかない。そう決意してマキナが宝具を展開しようとすると突如、首に苦痛を伴う閉塞感が走る。

気付くとまたしても場面が変わっており、今度は保健室―――ベッドの上で、馬乗りになった桜に首を力任せに絞められている。

月(ムーンセル)の聖杯戦争本選初日、保健室で倒れたマキナが、もう目を醒まさなくていいとばかりに。まるで少女とは思えない力で気道を圧し潰そうとしていた。



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