moving mountains :15


鮮血(ピンク)色のランサーには、悪魔のような角と尻尾が生えている。手にしている槍はどこかマイクスタンドのようで、着ている服装も“小悪魔系アイドル”を意識しているようだ。


 ―――沙条…これがピンクのランサー…!?
 ―――そう…って間久部さん知り合いじゃないの?



ヒソヒソ話は得策ではないと判断し念話を。こんなに特徴的なサーヴァント、マキナでなくとも忘れられないだろう。暫しマキナを見つめていたランサーだが、口元に笑みを作ると視線の先を竜牙兵へと変えた。一戦ヤる気のようだ。

チアリーダーのバトンかのように、くるくると器用に槍を回したかと思えば構えを取る。有象無象の竜牙兵にそんな知能はないが、マキナと綾香は何が起きるのかと身構えたのだった。


「ヤーノシュ山からあなたに〜♪
 一直線、急降下〜♪
 くーしーざーしーで、ちーまーみーれー!」


ランサーは突然、歌いだした。
マスター二人は、戦慄した。

“一直線、急降下”その言葉通りランサーは杉の木の鉄片から猛スピードで落下しつつ、その先に居る竜牙兵を、一撃で数体薙ぎ払った。流石はサーヴァントだ。だが、この酷い歌はなんだろうか。

この際歌詞の内容はおいておくとしよう。(ヤーノシュ山はハンガリーのブダペストにある山だ。彼女はハンガリーに由来のある英霊だろうか?)

声も美しい。本能に語りかける魅力がある。だのにそれを帳消しにした上で更なるマイナスイメージへと転落させるほどの酷い音痴っぷりに驚愕するほかない。

しかしどうにも朗らかに、無邪気に、楽しそうに歌うものだ。だから、とてもではないが音痴を指摘できそうにもない。


「恋のビートはドラゴンスケイルぅ!」


その決め台詞(?)と共に放った斬撃で半数の竜牙兵が土へと還った。くるりと可愛らしくターンしたかと思うと、ウインクをされる。あざといが可愛い。可愛いが―――…何故マキナなのだろうか。

マキナはとりあえず反射的に愛想笑いを返した。すると、それだけで気をよくしたらしく…ランサーは一層笑顔になると同時に尻尾を左右に振るのだった。(犬だろうか?)


「幕を落とすわ。とっておきのナンバーでイかせてあげる!!」


彼女の周りの観客達に向け、朗らかに高らかに宣言する。

すうっと息を大きく吸い込むランサー。ほんの数秒の静寂のあいだに、マキナは胸騒ぎがした。マキナの直感をレベルで表わすとEくらいだろうが、これはよろしくない。それだけは確信できる。放たれるのは、指向性を持たない無差別音響攻撃だ。

マキナは咄嗟に“重い布”を広げると、傍に居た綾香に覆い被せた。

念には念を入れ、逆位相消音宝具も発動する。マキナ達だけでなく、周囲の住民に被害が及ばないよう、半径百メートルをドーム状に覆ったのだった。

その上で、思わず命令する。


「ランサー、手加減して!!」
「任せておいて“マスター”。私の活躍、目に焼き付けてよね!」


阿吽の呼吸振りに、マキナ自身も目を丸くした。そして、彼女はマキナを“マスター”と呼んだ。一体、何が、どうなっているのか―――…

マキナは、半ば呆然としてランサーが竜牙兵を全滅させるのを眺めていたのだった。





「―――会いたかったわ、小鳥!」


敵を倒し尽くし、得意げな顔をしてランサーが近寄ってくる。そしてそのまま、マキナは勢いよくハグされたのだった。


「この勝利、アナタに捧げるわ!」
「あ、ありがとう……強いねランサー…」
「でしょう? いいのよ、もっと褒めても!」
「(ビスマルク……?)」


初対面の筈なのにどうしてここまで好かれているのだろうか。腑に落ちないが、この感覚は何となくデジャヴだ。ギルガメッシュがそうだった。ムーンセルで初めてギルガメッシュと出会った時、初対面の筈のギルガメッシュはマキナのことを既によく知っていた。

彼の場合、今となってはその理由もわかっているが…彼女の場合は何故だろう?

綾香から送られてきている視線も痛い。


「さて、これからどうするの?小鳥。このまま“魔女”を倒しに行く?」


魔女とはキャスターを指すのだろうか。これ以上なあなあの状態を続けるわけにもいかない。マキナは一つずつ疑問を解消していくことにした。


「えっ―――と私が小鳥?」
「そう。どこからどう見ても小鳥よ、アナタ」
「………なら貴方は………小ウナギちゃん?」


まじまじとランサーの尻尾を見つめて言う。左右に振られていた尻尾の動きが止まり、ランサーは面食らった顔をしている。そのうちわなわなと震え始め、喚き悲しむのだった。


「だ、誰がウナギよ!?!」
「尻尾が……」
「これでも私は高貴な竜種なのよ!?竜の尻尾なの!!」


そのランサーの主張を聞いて、眉を傾げたのは綾香だった。竜種といえば幻想種…その血を引くとなればただ事ではない。可哀相に感じる程落胆の色を見せるランサーに
勿論罪悪感も感じるのだが、どうも嗜虐心が湧いてくるのだ。程々にした方がいいだろうと察し、マキナは素直に謝罪した。


「ゴメン、その……竜種のランサーさん。助けてもらって何なんだけど……私、貴方のマスターじゃないよ…?」


その謝罪に、更なる悲しみの色が浮かぶ。尻尾はだらんと垂れ下がり、ランサーは肩を落とした。


「―――そう…私のこと、忘れちゃったのね」


誰かとマキナとを人違いしているのだとばかり思ったが、どうもそうではないらしい。ランサーは一人思考を巡らせ、一つの結論に達したようだ。目にはまた力が戻り、尻尾の先は、ぴんと上を向いたのだった。


「まあいいわ、“また”契約してくれれば文句は言わない」


“また”―――…?
マキナは混乱するばかりだが、それ以上に置いてけぼりなのは綾香だ。しかしマキナにもフォローをしている余裕はない。二人は呆気に取られつつランサーの動向を見守ることしかできない。


「―――問おう。あなたが私のマネージャー?」


ランサーは、ピンク色の長い爪が光る手を差し出す。爪先は鋭利に尖っているが、傷付けないようにと配慮が滲んでいる。言葉だけでなく、マキナに極限まで気を遣っているようだった。それだけに、こうして拒否するのは気がひけるのだが―――…


「申し出はありがたいんだけど…………私には既にサーヴァントがいるから…」


慎重に断りを入れ、ランサーの表情を注意深く窺う。ランサーはきょとんとした顔をしたものの、意外に落胆はしなかった。


「知ってるわよ、金ぴかでしょう?彼(プロデューサー)も居ていいの!私のことを愛してくれるのは二番目だっていいわ。それでも小鳥に契約してほしいのよ。」


それどころか、彼女はギルガメッシュのことまで知っていた。マキナを“マネージャー”と呼んだり、ギルガメッシュを“プロデューサー”と呼んだり…彼女は聖杯戦争をアイドルのオーディションか何かと勘違いしているのだろうか?謎は深まるばかりだ。一体マキナ…そしてギルガメッシュはどこで彼女と会ったのだ?


「でも…令呪は一組しかないから、貴方と契約するのは不可能で…」
「不可能なんかじゃないわ、もう一つ持っているでしょ?それを私に捧げればいいの!」


そう言い、マキナに差し出していた手を少し下へと向け、指差す。その先はちょうどマキナの臍辺りだった。


「えっ……?」


彼女が指をさしたからか、それとも意識をそこに集中させたからか…不意に臍回りが熱を持つのを感じた。人前ではしたないが、目の前に居るのは女子二人。マキナはベストとその下のブラウスを最低限たくし上げ、そこに何があるかを確かめた。

そこにあったのは少々仰々しい趣向の令呪だった。槍のような羽の周りを六枚の羽が放射状に開いている。手の甲に令呪が顕れた時の感覚とは比にならない程の異物感を感じた。まるで不治の病のしるしでもそこに表れたのを目撃したような。

見なかったことにでもするかのように、マキナは臍を隠した。今朝までこんなものはなかった筈だ。


「その令呪は貴重なモノよ。私達七騎のサーヴァントに対して…それを持っているマスターは少ないの。私が知っている限りでは、アナタ達を含めてたったの三人。中でも未契約(フリー)の令呪を持っているのは―――小鳥だけよ。」


深刻そうな表情をして、諭すかのようにマキナに説明を続けるランサー。多くの新事実が語られているが、あれこれと推測する余裕は今のマキナにはない。


「だから…私だけじゃない。これからも多くのサーヴァントが契約を迫る筈よ。小鳥のように無尽蔵の魔力を持っているとなれば、尚更。私達は“聖杯(アートグラフ)”からある程度のバックアップを受けているとはいえ、正式な契約者を得なければ力を最大限に発揮できないんだから。」


先日のライダーの接触も、ソレだろうか。正式な契約者になるよう求めに来たのかもしれない。


「―――でも、他の奴らを信用しちゃダメ。私なら小鳥を守ってあ―――…」


ランサーとマキナは、その殺気に。
綾香は既に馴染み深いその気配に顔を上げた。

重々しい風圧を乗せた不可視の剣が、ランサーへと降りかかる。ランサーはマキナと同じような華奢な体で、か細い腕でその攻撃を何とか受け止めたのだった。


「ちょっとセイバー!!戦う相手が違うじゃない!」


そう喚いてみせても、既に夜の帳が降りて正常な思考を失っているセイバーには届きようもない。重みを増していく剣は、このままではランサーの脳天を真っ二つにし兼ねない。ランサーは、竜種ながらの持ち前の怪力で押し返した上で、間合いから逃れるため跳躍し後退する。彼女が現れた場所である杉の木の天辺へと登りつめた。


「ちっ―――…面倒な奴がきたわね……」


セイバーは、単に綾香のピンチを救う為に現れた。竜牙兵は代わりにランサーが片づけたが…今度はランサーを綾香の敵と見做しているらしい。

マキナが綾香と共に居る限りは、セイバーとの戦闘は避けられない。ランサーが正式なマスターを得て本気を出せば勝てない相手でもないが、今は不利だ。彼女にしては意外と冷静に判断すると、退却を決意したのだった。


「今日のところは引き下がってあげるわ。―――小鳥!今度こそはマスターになってもらうんだからっ!!」


ランサーは、嵐のように現れて去って行った。


「……間久部さん、どうするの?あのランサーと……」
「わからない。今頭働かないや……」
「そう……」


ランサーは去って行ったが、彼女が去った理由と同じ懸念が今マキナの中にあった。今のセイバーにとっては、マキナは綾香の敵に該当するのではないか。次に襲われるのは自分ではないか、という問題。

恐る恐るセイバーの顔を見上げるが、表情からは何も読み取れない。今のところ殺気は感じないが、彼らと別れるに越したことはないだろう。それに、そろそろ帰らなければ言峰も不審がるに違いない。


「とりあえず……私も帰ることにする。沙条もセイバーが居るならもう安全だし」
「そうですね、付き合ってくれてありがとうございます」


綾香は、セイバーとマキナの間に割って入るような形でマキナに真摯に礼を言った。どうやら、セイバーがマキナを攻撃しないように自ら盾になってくれているらしい。


「それに―――…私のことも守ってくれて」


暗がりで見えにくかったが、綾香はうっすらと笑みを浮かべている。マキナも顔を綻ばせると、どういたしまして。と小さくお辞儀を返した。


「間久部さんは、一人で大丈夫?
 さっきのランサーの話だと…他のサーヴァントに遭遇する可能性があるよね?」


マキナは、そんな綾香の心配を拭うよう、呑気に答えた。


「大丈夫。ピンチになったら本物を呼ぶから」


そこで話を打ち切るように、マキナは綾香に手を振ると、足早にその場を立ち去って行った。

うかうかしていれば、本当のサーヴァントであるギルガメッシュでなく、現在代理マスターをしているランサーが来てしまうかもしれない。綾香にはギルガメッシュをサーヴァントと思われているので、話が複雑になる。士郎にはランサーをサーヴァントと思われているし、ややこしい。

とりあえずは、人目につかないところまで行くしかない。そうすれば、後は瞬間最大時速3000kmの機体でも構築して飛びかえればいいことだ。

―――否、その前に折角深山町が近いのだから夕飯の買い物だけはして帰ろうか。

その判断が吉とでるか凶とでるか―――…マキナは一直線に商店街を目指したのだった。


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