moving mountains :14



「―――沙条、だよな?」
「…はい。2-Cの衛宮君ですよね」


お互い名前は知っていたようだ。ふと気づけば、二人ともセイバーのマスターである。すかさず綾香より反応が。


 ―――衛宮君もマスターだって知ったうえで一緒に行動してるの?
 ―――お互いマスターだって知ってるよ
 ―――まさか私のことは――…!
 ―――言ってないよ、だって凛に内緒なんでしょ?



マキナの言語中枢に直接飛んでくる口調はとても切羽詰っているのだが、綾香の表情は平静を保っている。否、少し無理がありそうだが…相手が士郎なので悪しには判断しないだろう。一方マキナの方は未来に生きる人間で、尚且つ霊子ハッカーなので慣れたものだ。


「沙条さん?」
「―――…はい。初めまして間久部さん」
「初めまして沙条さん。かわいい眼鏡ですね!」


 ―――眼鏡!?かわいい眼鏡って何!?
 ―――ゴメン、かわいい眼鏡っ子て言おうとして間違えた。
 ―――そっちもおかしいです!!



と思いきや、早速とんだミスをするマキナ。実は念話自体は慣れているものの、口頭言語との併用はそうそうしないのだ。凛がいなくてセーフである。二人の挙動を不審に思う筈だ。


「…なんだ?間久部も眼鏡するのか?」
「イメチェンに伊達眼鏡もいいかなって…」
「転入早々イメチェンは必要ないと思うぞ…」
「どこの眼鏡屋にいけば、そういう魔眼殺しっぽいのが変えるんですか?」
「これは、きわめて普通の眼鏡です…!」


“魔眼”というキーワードに内心ドキッとする士郎と綾香だったが、とりあえず綾香は何も反応せずにスルーしたので、士郎は綾香が魔術師ないしマスターではないと判断し、安心を。ここで反応しようものなら彼女を疑わなければならないところだ。

何しろ、この穂群原にまだマスターが潜んでいるらしいので誰が敵かわからない。


「変なこと聞いてすみません、沙条さん」
「別に……」
「私…見ての通り変人で友達が少ないので、よければ仲良くしてください」
「え?―――………いいです…けど……」


念話もせず、ただ困惑した表情をする綾香。先日といい、マキナのおかしな発言に振り回されてばかりだ。


「ところで沙条さん…沙条って呼んでもいいですか?」
「どうぞご自由に…」
「やった。2-Aといえば遠坂さんや氷室さんなんかとお知り合いですか?」
「遠坂さんはまあ程々に。氷室さんとはたまに遊んだりしますケド…」
「―――…そういえば修学旅行でも一緒に行動してたよな」


綾香はどちらかといえば地味な印象なのだが、ある意味で異彩を放っている。だから短い交流であっても士郎の記憶に残っていた。


「新幹線の中であのシュウマイ臭は凄かったよな。」
「そんなこともありましたね…他のお客さんにも迷惑だっただろうなあ…」
「修学旅行…?」


衛宮士郎と沙条綾香は、直接的に面識はないものの何かと互いを目撃することは多い。それもこれも士郎の友人である柳洞一成と沙条綾香の友人である氷室鐘に因縁があるからなのだが。しかしマキナの頭はそれどころではない。何故なら重要なキーワードが登場したからだ。


「衛宮、修学旅行とは?」


神妙な表情をして士郎に尋ねる。
その面白そうな旅行は一体何なのか、と。


「修学旅行は…まあ野外活動の一種だよ。学年全体で他県に旅行する学校行事の目玉の一つだ」
「学年全体…!目玉…!?それって来年もあるかな?」
「修学旅行は一度だけだ。三年になったら皆受験で忙しいからな」
「もう―――…ないんですか…!?」


凛に冷たくされた時のようなショックを受け、大層心を痛めるマキナ。その落ち込みようは、決して紛い物ではない。


「わ、私も行きたかった……」


修学旅行なんてものは、月(ムーンセル)の疑似学校生活でも聞いたことはない。精々体育祭や文化祭くらいだ。(ムーンセルでの学校生活は校舎を主軸に形成されていたので当然といえば当然なのだが)

まあ、言っても仕方がない。マキナはめげずに気持ちを切り替えた。楽しそうなイベントは、自ら開催すればいいのだ。


「じゃあ……桜の咲く時期になったら皆でお花見しませんか?私頑張って料理もお酒だって作りますから…!」


綾香が「え、私も?」という顔をしてマキナを見ている。どちらかといえば来てほしいが、凛と不仲ならば来れなくても仕方がない。


「花見はいいけど酒はだめだろ!?俺たちまだ未成年なんだから…」
「ああ…日本は20歳以上じゃないと飲めないんだったね…。
 美味しいシードル作れるんだけどなー…残念…」
「ああ、そうかイタリアだともっと若い時から飲めるのか」


 でも酒は禁止な。と諭され素直に頷く。マキナは特に酒好きでもないのだが、“花見酒”は風物詩のひとつと聞く。しかし…そもそもマキナは三月下旬までこの地に留まっているのだろうか?兎にも角にもこの件はまだ先の話なので、また改めて計画を立てることに。


「ところで衛宮、間桐桜って子と知り合い?」
「え?―――…桜のこと知ってるのか?」


“桜”と名前で呼ぶくらいだから親しいのだろう。


「今朝、裏庭で会ったんだ。間桐君の妹なんだよね?何か困ったことがあったら衛宮が助けてくれるって言ってた」


その話に動きの止まる綾香。どうも思うところがあるらしい。何に反応したかはマキナにはわからなかったが。

士郎は、その話を聞いて表情を柔らかくする。桜の、自分に対する信頼を感じたからだろう。そして同時に桜の気遣いに彼女らしさを感じたから。


「ああ、慎二とは中学からの付き合いだからな。桜ともその頃から」
「なるほど。かわいい後輩に慕われて、衛宮は幸せだね」


マキナはまるで自分のことかのように嬉しそうに笑った。何故なら自分も全く同じだからだ。仮想世界とはいえ、未来では“間桐桜”という健気で愛らしい後輩がいてどれほど助かったことか。


「あ、ああ……朝食作りに来てくれたりするしな…助かってる」


マキナは以前の士郎の言葉を思い出した。“弓道部だった頃の後輩も、よく家のことを手伝いに来てくれるんだ。”と。段々と穂群原学園生の関係性がつかめてきた。なるほど、とマキナが頷いていると、その静寂に一石が投じられる。


「通い妻……?」


箸で線切りキャベツを掴んだまま、眉を傾げて士郎を見つめる綾香に、士郎は狼狽えて否定するのだった。


「そういうのじゃないって!」
「いや……でもそれは疑いようもなく……」
「…衛宮は一人暮らしだから手伝いにきてくれてるんだよね?学業だけじゃなくて生活費のためにバイトもしてるんだし…」


言葉では士郎を擁護しつつも、内心では綾香に同意を。実際の仲がどうかは知らないが、傍から見れば立派な通い妻だ。


「いくら間桐さんが親切だとしても…好意もない相手にそこまでするかな…」


綾香はぽつりと呟くが、すぐに 「まあ、いいですけど」と付け加え、あたかも興味なさそうに意識を食事に戻していた。

そうだ、そろそろ食べなければ。マキナはめんつゆの中に薬味を投入すると、早速塊になりかけている中華麺をほぐしつつ一口分を浸ける。

いただきます、と軽く頭を下げてから、ちゅるちゅると麺を吸い込んだ。


「―――どうだ?ざる中華は食べたことないけど…肉の味するだろ?」
「……………………すごいする…」


豚や牛といった肉の種類はわからないが、まさしく肉。漠然とした肉の味が確かにする。きっと綾香が今もしゃもしゃと咀嚼している千切りキャベツもそうなのだろう。士郎が今食べているうどんも。そうして遠くで三枝由紀香が食べているデザートのフルーツポンチも。


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