moving mountains :13




「おはよう間久部」
「―――おはよう、衛宮……様…」


マキナの返答にがくっと肩を落とす士郎。そう、まだ早い時間だというのにマキナが入室すると士郎はすでにそこに居た。士郎とどう接するべきか、教室で考えようと思っていたマキナに不意打ちだ。昨日夜更かしをしたのに、何故こんなに爽やかな表情をして背筋も伸びているのだ。マキナはトラウマが呼び起されたかのようにガクガク震えはじめたのだった。

まだ教室にはマキナと士郎しか居なかった。ちらほらと荷物が置かれている席もあったが、みな外に出ているようだ。(生徒会長の柳洞一成もそうだ)


「様ってお前……」
「衛宮殿の方がよかったですか…!?」
「いやそうじゃなくて。っていうか殿は後藤みたいだからもっとやめてくれ」
「じゃあ衛宮閣下、衛宮提督!」
「ちがう、そうじゃない。衛宮の下に何もつけなくていいから」


 え、衛宮がそう言うなら… とマキナは恐縮しながら従った。


「昨日も言ったけどさ、もう気にするなってば。俺も気にしてないから」
「そうはいっても…死にかけたんでしょう…衛宮」
「まあ……そうだけど…」
「痛みとかは残ってない?傷跡は…?もしも残ってるなら私に出来る限りの治療はするから…」


少し手間はかかるが、八雲鍵と治癒のコードキャストの組み合わせでランサーの槍の呪いも解けないことはない。


「―――いや、その傷はすっかり治ってるよ。遠坂がやってくれた」
「そうなんだ…リンリンが……」


ということは、士郎だけでなく凛にも迷惑をかけたということか。彼女にも何か便宜を図るようにしなければ。(元々彼女については、リンの親類ということもあってそのつもりだったが)


「ランサーの槍ってものすごい痛いよね?本当に衛宮が生きててよかったよ…」
「ああ、…何か間久部も刺されたような言い方だな」
「え?いやそんな感じがするっていうか……うん。アレは痛いと思う。」


うんうんと頷いてはぐらかすマキナ。実際刺されたことはある。ムーンセルでの話だが。だがそんなことを言えば余計に話が拗れてしまう。


「一度無条件に助けるとは言ったものの…私にできそうなことなら可能な限りやるね。ホラ、荷物運びとか掃除当番とか…色々代わるから」


パシっていいよ、とマキナは力強く訴えかけた。勿論そんな気は毛頭ない士郎だったのだが…ここで断っても中々納得しなさそうな雰囲気である。自分自身も経験があるのだが、こういう時は何かお願いしたほうが逆に相手も気が楽になるだろう。


「そうだな……じゃあ、ちょっと俺に付き合ってくれるか?」


士郎はよっこらせ、と席より立ちあがると同様にマキナが立ち上がるのを待った。

数秒間ぽかんと士郎を見上げていたマキナだったが、慌てて立ち上がると、士郎について廊下を歩いていく。


「一成から頼まれてな。音楽室のストーブを直しにいくんだ。手伝ってくれ」


本来は手伝いなど必要のない仕事だが、雑用をお願いしようと。


「衛宮てぃ…って備品の修理もするの…?すごいね!」
「(今提督って言おうとしたな…)まあ、好きでやってるだけだよ」
「そっか……―――あ…もしかして“バカスパナ”って」
「ぶはっ!、どこでそんな言葉…」
「周りの子が言ってた意味が解らなかったんだけど…修理屋さんから来た綽名なんだね。―――でもバカってなに?」


あまり嬉しくない綽名を覚えられてしまった。既に呼ばれている分には最早気にならないのだが、何の偏見もなかった人間に覚えられると抵抗がある。


「…俺が馬鹿正直に何でも手伝うからだと思う」
「ふぅん…?どうして衛宮は何でも手伝うの?」
「―――どうしてって…」


“バカ”スパナの由来を聞いた時よりも一層困った表情をする士郎にマキナは不審に思いつつ、顔を見つめて答えを待つ。


「…誰かが困ってたら助けたいしな。放っておくことができない性分なんだ」


士郎は少々苦い表情をしてはいたが、その瞳に濁りはなく勿論下心も感じられない。驚いたことに、心の底からそう思っているらしい。


「―――なるほど、衛宮は天使か何か?それとも菩薩?」
「なんでさ……まあ難儀な性格だとは自覚してる。でも好きでやってるんだ」
「ほう…将来は救世主(セイヴァー)にでもなるつもりかな?」


少し頬を赤くして怒る士郎を、可愛いなどとは思えない。寧ろ心配の方が勝ってしまう。この人このままで大丈夫なのかな、と。


「でもさ、間久部も似たようなモノじゃないか?」


そう言ってマキナを見つめた士郎の視線に、一瞬身を震わせる。どこか、微かに縋るような瞳だった。それなのに、マキナは悪いことをして怒られる子供のように怯えたのだ。


「えっ……そう?私は人が困ってても放置するし、助けようなんて思わないよ」
「嘘を言うな嘘を。転入早々に藤村を助けたりしてただろ。
 それに俺が助けてやるっていっても張り合ってくるしさ」
「まあタイガー…じゃない藤村先生はさ、ホラ、あのまま行くと打ち所やばそうだったし。張り合ったのは、人に借りがあるのがいやなだけ。貸すのはいくらでもいいんだけど」


丁度生徒会室の前に来たので立ち止まり、ちょっと待っててくれ と士郎は室内へと入っていた。

中から一成の声がする。
顔を出して朝の挨拶をしようとも思ったが、士郎と一緒に居ることで、一成が変に勘繰ることになると生徒会の仕事に支障を来たすかもしれない。マキナは大人しく、少し離れた場所で待っていた。

一成の助力の申し出を断り、仕事に専念してくれと言った士郎の声が大きく聞こえた。部屋の奥の方に居たであろう士郎が、出口近くまで来たのだろう。程なく、士郎が工具箱を持って生徒会室から出てきた。

待たせてすまん、と軽く謝られると、再度音楽室へと向かう。


「借りるのが嫌か…そういう考え方、遠坂にも通じるところがあるな」
「わかる。リンリンこそお人よしだよね。“ああっもう仕方ないわね!”って助けてくれるイメージ」
「………だな。アイツには本当に世話になってる」
「私も同姓同名の遠坂に。」


ある意味でお互いいい感じに話が逸らすことができた。別人とはいえ、トオサカリンへの感謝で二人は意気投合するのだった。


「あ、あと変な綽名ばかり覚えるなって。タイガーなんて言ったら怒るぞ藤村」


先日の“ワカメ”に加えバカスパナもそうだが、“タイガー”と口走ったマキナに早々に忠告を。大河は折角マキナに良い感情を持っているのに、そんな呼び方をしては台無しだ。


「ごめん、呼びやすくてつい…。先生の親族もそんな感じの名前なのかな?」
「爺さんは“雷画(らいが)”っていうかな」
「ライガーの孫にタイガーが生まれるとはこれ如何に……」
「確かにな」


談笑しながら歩いていれば、やがて目的地へとたどり着く。

“音楽室”もマキナにとっては感慨深い場所。
ドアを開いたそこには、やはり見覚えのある光景が広がっており、なかでも古びたグランドピアノはほぼそのままで、マキナが触れたものと傷跡も含めほぼ同じ。違うといえば、しっかりと調律されていることくらいだった。

マキナがピアノに引き寄せられている間に、士郎は早速修理対象の電気ストーブを取り出してきていたのだった。

ガチャッという金属音でそれに気付いたマキナは、ピアノから離れて士郎の方へと駆け寄った。


「間久部、ピアノ弾くのか?」
「ちょっとだけね。――ところでどこが壊れてるかわかる?」
「ああ、調べてみる」


士郎はそう言ったものの、ストーブを分解する素振りもない。順序を考えているのだろうか。マキナは出しゃばらずに様子を見ていた。しかし、士郎はあろうことか目を瞑ったのだった。


「……電熱線が断線しかかってるのが二つと……電熱管はまだ保つな……電源コードの方は絶縁テープでなんとかなる……」


マキナは阿呆のように口を空けて眺めていたのに気付き、士郎はまたしても照れくさそうな表情をしたのだった。


「………今の魔法か何か?」
「“魔術”な。……これが俺の魔術のひとつだよ。物の構造を正確に把握できる。珍しいみたいだけど、魔術師としては無意味な才能だな」


“魔法”という言葉は、一般人が使うそれと魔術師が使うそれでは意味が異なる。無粋だとは思いつつも、士郎は敢えて訂正したのだった。


「無意味……かな?私魔術のことよくわからないけど…」
「無意味だよ、親父も言ってた。だから俺は魔術より機械の修理なんかの方がよっぽど得意なんだ」


士郎本人がそういうのだから、そうなのだろうか。だが、魔術師に限らず、稀な才能を持っているというのは一般的な才能を持つ者に比べて大成することも多いので、一概に言えないだろう。良い師が見つかれば違ってくるだろうが、士郎が魔術師として大成したいと思っているようにも見えない。
これ以上余計なことは言わなかった。


「よし、じゃあ助手頼むな。とりあえずマイナスドライバーとってくれ」
「5番でいい?」
「ああ」


それにしても士郎の手際はよく、得意とはその通りこういった作業は慣れっこのようだ。当たりがつけば分解し、故障箇所にたどり着くのも早い。マキナは、そんな士郎のペースを崩さないよう、すぐ様手渡した。

そして士郎が取り外したカバーなどの大きなパーツを邪魔にならないよう、少し離れた場所へと移動させていく。


「導線もくれるか?」
「はい」


士郎の指示に従うだけでなく、あらかじめ必要そうな工具と部品を手に取りやすい場所へと置き、作業を見守った。


「絶縁テープもありがとな―――…って」


士郎は、ふと自身の周りに並べられた工具や部品だけでなく、外したパーツなども全て順番に並べられ、復元しやすい状態になっていることに思わず視線をとめて、口も止まった。


「―――間久部さ、もしかして」
「ん?」
「こういうの得意だったりするか?」
「うん、私も機械いじるの好き。修理はあまりしないけど」


修理よりも作るのが専門だ。勿論、身の回りのものも含めてすることはするのだが。


「………なんか、意外だな」
「よく言われる。でも私の周りにも得意な女子多いよ」
「間久部がそういうヤツだから、集まるんじゃないか?」
「そうかなあ?」


それこそ遠坂リンとてそうだ。
物心ついたころからジャンク屋に入り浸っているような女だ。今も反動勢力(レジスタンス)の中で、エンジニアとして活躍中なのだから、むしろ系統としては彼女の方が士郎のスタイルに近いかもしれない。


「衛宮が“バカスパナ”なら、私は“バカドライバー”になろうかな。……なんか名前もサーヴァントっぽいし」
「ドライバーなんてクラスないだろ、ライダーが近いか?」
「ライダー、かあ……」


またしても二人の間で交わされる“聖杯戦争(内輪ネタ)”ジョーク。ふと士郎の口から出た“ライダー”だが、彼はあの“王の中の王”と出会ったことはあるだろうか?


「どういう英霊なんだろうな、ライダーって。やっぱり馬や戦車なんかに乗って戦うんだろうな」
「きっとそうだろうね、フランシス・ドレークなんかは船に乗って戦うかも」
「船か……冬木なんかの市街地だと戦うの難しそうだな…」
「だよねえ…」
「まだ会ったことはないけど、いずれ戦わなきゃならないんだよな」


成程、まだ出会っていないのか。ならば彼に情報提供してもいいのかもしれないが、現状エジプトっぽいことしかわからない。詳細がわかるまでは黙っておこう。

二人は談笑しつつも作業は滞りなく、やがてストーブが無事に機能することを確認すると、かわらず会話に話を咲かせつつ教室へと戻っていったのだった。






今日は殆ど一日中士郎と話ばかりしていた。
移動教室や休み時間の際に凛とすれ違うこともあったのだが、凛はマキナが呼びかけようとしても無視をして行ってしまった。

だが、どうも怒っているわけではないらしい。昼休みこそはと2-Aをちらりと覗いたものの、姿もすでになかった。ついでに沙条綾香の姿もなかったのだった。


「間久部、食堂はこっちだぞ」


士郎に手招きされ、駆け寄っていく。
なんだろうか。
嵐の静けさではないが、どうも凛の態度が気になる。まだ睨みつけでもされたほうが、しっくりくるのだが。


「リンリンいるかなって」
「遠坂は…食堂では食べないと思う」
「そうなんだ」


マキナは若干不審に思いつつも、士郎について食堂へと向かったのだった。






「なんだ、今日混んでるじゃないか」


ここが食堂か。
士郎が言っていた“肉の味しかしない”噂の。肉ではない食材まで肉の味を出すとは、尋常ではない技法だ。それこそ食堂のおばちゃんの中に魔術師でも紛れこんでいるのではなかろうか。

マキナは、使い古された黒板に書かれた“今日のメニュー”を見てごくりと生唾を飲み込んだ。何にしようか。ここで“しょうが焼き定食”なんて頼んでも全く面白みがない。思い切って“ざる中華”でも頼んでみようか。何故東北で親しまれているメニューが冬木にあるのかはわからないが、中華麺と海苔と薬味だけで肉の味が出せたならば大したものだろう。

士郎と食券を買いつつ、その言葉を聞いて周りを見回した。中々広い食堂だが、テーブルの配置がゆったりとしているせいか、そこまで席が多くはない。
大人数で固まって座っているところがあり、しかもなにやら話し込んでいる。よく見ればその中に氷室鐘や蒔寺楓、三枝由紀香の姿が見える。どうも陸上部で集まって会合をしているようだ。

何故か“コスプレ”だとか“昭和”だとか、部活に関係なさそうなワードが聴こえてくるが、きっと昭和的なコスプレでもするマラソンでもあるのだろう、とマキナは適当に考えたのだった。勿論、その推測が実はほとんど当たっていたことは知る由もない。


先に席を取ってから料理を受け取るのは、ここではマナー違反らしい。カレーとミニうどんのセットを手にした士郎と、意中のざる中華の載ったトレーを手にしたマキナでそれぞれ空席を探す。どこも絶妙に人が散らばって座っている。

そこでマキナはとある席に目をつけた。
知り合いがいるではないか。

その少女は眼鏡をかけ、一人で黙々と料理を平らげていた。マキナは恒例の“念話”を送った。


 ―――沙条、衛宮と知り合い?



突然のアクセスに驚き、箸の先を口にいれたまま固まる綾香。マキナを見つけ、少々面倒そうな表情をした上で返答する。


 ―――挨拶くらいしかしたことない。
 ―――そうか、なら好都合だ。



一体何が好都合なのかと嫌な予感のする綾香。マキナは綾香の方を指差して言った。


「あ、あそこ座れそうだよ。相席させてもらおう」


マキナは士郎の反応を待つ前に歩き出し、士郎は慌ててついていく。綾香はもちろん拒否したかったのだが、実際自分の前に二つ空席もあり、ここでそんなことをすれば、性格の悪い女にしか見えない。普通の生徒ならば誰が座ろうとも気にしないが、よりによってこの二人とは、綾香は逃げ出したい気持ちで一杯だった。


「ここ、一緒にいいですか?」


少し申し訳なさそうな表情をして聞くマキナが、白々しい。綾香はいつも通り消極的な調子で“どうぞ”と短く答えた。


 ―――なんでココにきたんですか!
 ―――ココしか空いてなかったし、ここで沙条と“会っておけば”、遠坂にも怪しまれない。
 ―――勝手なコトしないでください、迷惑です!
 ―――ゴメン、お好み焼き屋はおごるから許して。



二人の間でそんな会話が交わされているとは、士郎もいざ知らず。


「えっと、2-Aの方ですよね?私は間久部マキナって言います。お名前聞いてもいいですか?」


そうして二人は二度目の名前交換をすることになったのだ。この狭いテーブルに、今三人のマスターが集結していた。




(…)
(2015/5/3)






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