moving mountains :13


「―――――…」


どうも夢は見なかったか、見ても忘れているようだ。目覚ましに頼らずすんなりと起きれたのだが、しかしいつの間に自分はベッドで寝たのだろうか?とマキナは首を傾げる。机で寝てしまったところまでしか記憶がない。

マキナは、部屋の状況を確認する為、腹に力を入れて上体を起こす。すると、ふわりと薄紅色の何かが舞い、反射的にそれを掴んだ。


「……………?」


桜の 花弁だった。
思わず窓が開いていないかと見遣ったが閉まっているし、何より時期が違う。寒桜の類でもなく、ソメイヨシノの瑞々しい花びらだ。

勿論、真っ先に連想するのは“間桐桜”のことだ。月に咲いていた桜の花弁が、現実世界(ちじょう)へと落ちてきたのか。何とも風流だが、見詰めていると胸が締め付けられるような感情がこみ上げる。思い出すのが儚げに笑う桜だからだろうか。

 ―――何か大事なコトを忘却している気がする


触れればそこから傷み始めてしまうほどに繊細な花弁だ。他の金属鉱石類と同様に扱うわけにはいかない。今の状態をそのまま保てる保存装置を構築すると、その小さな匣の中へとそっと仕舞う。カルナの耳飾りと同様に、慎重に工廠内へと移した。


それにしても、珍しくギルガメッシュが居ない。まあ、暇だ暇だといっても、実際は何かしらの用事はある筈だ。人さえ殺してなければ何でもいいだろう。彼自身の部屋で休んでいるのかもしれない。

マキナは行動を開始する為に起き上がるが、また胸の奥が痛むのを感じた。先ほどとは違う種類の痛みだったが、無視をする。自分自身についての考察をよくするマキナだが、考える気はなかった。

相手は“違う”王様なのに、居ないと寂しいと感じているのだと認めるのを無意識に恐れていたかだらろうか。

その気持ちをどこかへと追いやる為にも、マキナはいつも以上に働き、部活動もしていないというのに早朝に登校したのだった。





真っ先に足を運んだのは、校舎裏だった。ここにある桜の木に、結界の基点のひとつがある。複数ある基点のうち敢えてここにきてしまったのは、やはりそれが桜の木だからだろう。胸が騒いで仕方がなかった。導かれるようにここへと来た。

そこには案の定、季節外れの桜が満開に咲き誇っていた。そして―――…



『“――約束の日を迎える為に、永く種を蒔き続ける。”』



そこに、後姿だとしても見覚えのある少女。足元が隠れるほどに長く艶やかな髪に何度でも目を奪われる。見覚えのない黒い外套を身につけてはいたが、彼女は間違いなく間桐桜だ。



『“償いの花。私の罪が赦されるまで、ここで春を待ちましょう。”』



そう呟くと、彼女はゆっくりとマキナを振り向いた。白いブラウスに大きな赤いリボン、際どいほどに短い黒スカート。格好にも一瞬驚いたが、それより目に付いたのは、今にも泣きそうな表情だった。思わず駆け寄ろうとしたマキナなのだが―――…


「あの……転入生の方ですよね……?外国からの」


少々消極的な声色で後ろから呼びかけられる。その“聞き覚えのある”―――寧ろ今“聞いたばかり”の声にマキナは振り返った。一瞬唖然として固まる。


「桜の木を見にきたんですか?咲くのはもう少し先なんですよ」


弓道着に身を包んだ少女――間桐桜が申し訳なさげに笑いかける。髪の長さは肩までに切りそろえられており、快活な印象を与えている。うっすらと肌が汗ばんでいるところを見ると、朝練を終えたところだろうか。

それにしてもおかしなことを言っているではないか。何せ桜の木は既に季節はずれの満開なのだから―――…そう思ってマキナが振り向くと、桜は黒い枝だけの、寒々しい姿でその前に居た筈の黒衣の桜も忽然と消えていたのだった。

幻覚、だろうか。


「三月下旬頃には綺麗に咲くと思います」


マキナは感極まって、言葉が中々出てこなかったが、何とか搾り出す。彼女に変な人間だと思われたくはない。


「あ、ありがとう……。あの、私は間久部マキナって言います。よければ…お名前聞いてもいいですか?」


桜は少し驚いたような表情をした。恐らく、見た目が日本人離れしているマキナが流暢に喋ったからだろう。しかしすぐに笑顔を作りなおして答えてくれたのだった。


「間桐桜といいます。間久部さん、兄と同じクラスに転入したんですよね?」


 ―――――…兄?
マキナはここで思わず顔を顰めてしまった。桜に兄?兄とは―――…


「まさか…間桐君の妹さん…!?」
「ええ、そうです。兄がご迷惑おかけしてませんか?」


マキナは“リン”に速報を伝えたい衝動をどうにか抑えた。間桐桜が間桐慎二の妹―――…!ムーンセルにおいて、桜はシンジの妹“役”を演じていたが、実際は違う。シンジは一人っ子だし、そもそも桜はNPCだったからだ。そういうことだったのか、と今思えば合点がいく。


「迷惑なんてかけられてないですよ。まだ一回しか会ってないし」
「何か困ったことがあったら…同じクラスの衛宮センパイに相談するといいです。センパイならは兄とも親しいから、きっと助けてくれると思います」


桜の口から士郎の名前が出たことに驚くが、これも当然か。桜は慎二の妹で、慎二と士郎が友人なのは既に知っている。


「色々と教えてくれてありがとう。その…間桐さんが二人だから…桜さんって呼んでもいいですか?」
「ええ、勿論です。…センパイのことは間久部センパイでいいですか?」
「間久部でもマキナでも、お好きに呼んでください。」
「はい」


桜にセンパイと呼ばれると、嬉しいような寂しいような、複雑な気持ちになる。ムーンセルでの間桐桜は、何故かマキナをよく慕ってくれたものだ。


「じゃあ、私はこれで。職員室に藤村先生を呼びに行かなければならないので」


そういって、桜はもう一度微笑むと小走りに行ってしまった。見えなくなるまで後姿を見送ると、マキナは桜の木へと近付いていった。

桜との出会いは嬉しいハプニングだったが…ここで一つ懸念が。間桐は魔術師の家系で、間桐慎二も魔術師と思われる。ということは、桜も同様に魔術師ではないだろうか?ただ、基本的に魔術師(メイガス)は一子相伝で魔術を伝えていくものと聞くので、慎二が魔術師であれば、桜は一般人なのかもしれない。否、慎二が一般人で桜が魔術師というパターンも考えられる。

そして桜が魔術師で且つマスターだった場合。この結界の基点を見詰めていたマキナに話しかけたのは偶然だったのだろうか?そうでなければ、この結界を作らせた…魂食いを許容している張本人だというのも有り得る。あの桜に限ってそんなことはしない筈だとは思うし、綾香やマキナと同じく、結界を解除できないか見に来ただけかもしれない。

昨夜の凛のように、桜とまで戦うことにならなければいいのだが…。


桜の木を改めて調べてみるが、結界の構造は予想以上に理解不能だ。神代の魔術で編まれており、どこから読み解こうとしても何の取っ掛りも得られない。これの発動を遅らせるだけでも、凛と綾香は流石魔術師(メイガス)といったところか。月(ムーンセル)の蔵書から引っ張りたいところだが、何しろ昨夜墓地のデータをダウンロードして以降、通信が途絶えてしまっている。幾ら管理者権限がマキナに移ったとはいえ、今は30年も昔にいる。時系列的に考えれば寧ろ、地形データをダウンロードできただけでも奇跡的だ。

先ほど見えたビジョンが結界の機能の一つなのかもわからない。悔しいが、今は手を触れずにそっとしておく他ないようだ。

マキナは大人しく教室へと向かうことにした。とはいえ急いで行く必要もなく、ぶらりと遠回りしつつ向かう。弓道場が目に入り、立ち止まり遠目に眺める。


「……入ろうかな…弓道部…」


担任のタイガーも弓道部の顧問だし、喜んでくれるかもしれない。だが、いつ未来に戻るともしれないし、やることも多いので部活動にかまけている時間もないだろう。中途半端な状態で始めるのもよくないので、やめておこう。

マキナは弓道場から視線を外すと、また歩き始めたのだった。


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