moving mountains :13


「つまり…シロウが同盟を組むと言っていた相手は、ランサーのマスターだった。―――そういうことですね?」


居間にて。
静かに正座し、穏やかに話すセイバーと対峙すれば、自然と背筋が伸びる。セイバーの持つ静謐な王気を正面から受けては、まだ慣れない士郎も不必要に焦燥してしまう。気後れしないように深呼吸をして落ち着くと、頷きつつ答えた。


「ああ、でも意図して殺そうとしたんじゃない。ランサーの独断だっんだ。」


変な感じだ。
自分の一番の味方(セイバー)に対して、敵マスターの擁護をするなんてことは。それがサーヴァントの仕事とはいえ、セイバーは士郎のことを最優先に考えてくれているのだ。


「…しかし、アーチャーも彼女を危険だと判断したのでしょう?」


当然のこと、セイバーの眉間には皺が刻まれるばかりだし、凛も同じ意見だろう。波状攻撃をかけられるかもしれない。


「――そうね…。でも今回に関しては、アーチャーの過剰反応もあったと思う。」


と、思いきや。
意外な反応をした凛に、士郎は思わず振り向く。思案顔で口元に手の甲を宛てている。


「もちろん信頼するのはまだ早いわ。ただ―――…相手はアーチャーの攻撃を防ぐ手段を持つ程の魔術師よ。校舎に結界を張っているサーヴァントにバーサーカーとの戦闘が控えている今…戦意も無さそうなアイツまで相手にしてる余裕はない。悔しいけど士郎の言う通り、休戦協定を結ぶのが一番なのかも」


 “間久部”なんて名前の魔術師、聞いたことないけど。と、凛は腹立たしげにしつつ溜息を吐いた。

信頼したが故の妥協ではない。実力を目の当たりにした上で、寧ろ警戒心を強めた故の心変わりだ。背後に見え隠れする言峰の影も無視できない。マキナについてはもう少し研究する必要があるだろう。


「リンがそう言うのでしたら……」


セイバーは、そう聞いても納得のいかぬ顔はしたものの、まだ自身はそのマスターとも会っていないので判断できないし、二対一では勝ち目がないので従うほかない。それと同時に、相手が裏切ろうものなら迷わず切り捨てる決意を。凛はしっかり者とはいえ、どこか抜けているところもあるのでセイバーが最後の砦にならなければ。


「―――とにかく今日はもう休みましょう。続きはまた明日」


そう言って凛は立ち上がると、士郎とセイバーに先立ち居間を後にする。士郎も凛も、そう何時間もしない内に登校しなければならない。今夜は解散して各自の部屋で休むことになった。

衛宮邸の長い廊下を歩きながら、凛は思い巡らす。彼女にとっての一番の関心事は、やはりアーチャーが見せた執着だ。何故自分の命令を無視してまで、マキナを殺そうとしたのか。


「アーチャーの奴……アイツのこと元から知ってるんじゃ…」


有り得ないこととは思いつつも、そう思えて仕方がない。アーチャーは、真名こそ不明とはいえ立派な英雄だ。セイバーとの関係性も疑われる現状で、マキナを知っているのでは辻褄が合わなくなる。やはりアーチャーなりに情報を掴んだか、或いはその危険性を感じ取っていると考えるのが妥当だろう。

アーチャーに問い質そうにも、彼は凛と士郎が衛宮邸に戻るのを見届けた後“頭を冷やしてくる”とどこかへ消えてしまったのだ。

溜息ばかり口をついて出てくるが、思い悩んでも仕方がない。風呂にでも浸かってゆっくり身体を癒すことにしよう。







「――――…もう4時か…」


学校で出された各課題を済ませ、鉛筆を置く。机に立てかけたPDA端末の画面で現在時刻を確認すると、マキナは一度上半身を伸ばして小さく欠伸をした。今日も濃くて長い一日だった。

凛とそのサーヴァントであるアーチャーと決闘し、ランサーの代理マスターになることとなった。それだけではない。謎のライダーにも遭遇した。校舎の結界を解く方法は未だにわからない。

―――何から考えようか。
まず、凛のサーヴァントであるアーチャーは気になる。その殺意が生前の頃からなのか、それとも聖杯戦争開始後に生まれたものなのか…。前者であっても何らおかしくはない。世界各地で恨みを買っているマキナのことだ。彼自身か大事な人の命が犠牲になったのかもしれない。だがその場合は、彼もマキナと近い時代出身の英雄ということになる。マキナに覚えはないので、マキナよりも未来の英雄だろうか。

後者の場合、まだ表立った活動をしていないマキナの情報をどう仕入れたかが気になるところだ。彼も“噂”を知るものの一人だということか。

いずれにせよ、張本人に直接問わねば答えは得られないだろう。単独行動スキルを持つアーチャーのことだ。もしも凛抜きで行動しているところを見かけたら、話し掛けてみよう。


次の関心事は、今夜会ったライダーだ。彼は綾香と違ってマスターを連れていなかった。マキナが今把握しているマスター候補は間桐慎二のみ。彼のサーヴァントか、未だ姿を現さぬマスターだ。そして、最も重要なのはその真名だ。全部で128騎ものサーヴァントが召喚されたムーンセルの聖杯戦争。そこですら見かけたことも、その特徴を耳にしたこともない。彼の雰囲気から察すると、ギルガメッシュやカルナに比肩する大英雄だろう。―――となればある程度は限られてもくるのだが…。


「エジプト……」


主にあの黄金の装飾品と見た目の人種的特徴から。

綾香のサーヴァントを言い当てた時と同じく、あまりにもお粗末な当て推量。直感といえば聞こえはいいが、パッと見の印象でしかない。

王の中の王とまで自称するのだ。ファラオの中でも有名所だろう。クフ王とか、ラムセス二世とか。“神殿”というキーワードから考えれば、彼の建築王…ラムセス二世の方が該当するだろうか。

どちらにせよ、とてもじゃないが勝てそうにない相手だ。英霊としての格は比べるのも烏滸がましい。確かに、既にマキナの手中には一つの完全な聖杯がある。同じく大英雄であるギルガメッシュの力を借りて得たものだ。

その暴威的な力を以ってすれば、相手が大英雄であろうと所詮はサーヴァントとして顕現したに別身(エイリアス)に過ぎないのだから、打倒は難しくないだろう。

しかし、まだムーンセルとの接続も侭ならない現状では聖杯からのバックアップを受けるのも厳しいし、“実現可能”ではあっても“現実的”ではない気もする。何にせよ、戦闘は避けるべきだろう。しかしアーチャー同様、“噂”について話を聞きたいというジレンマもある。

再会が避けられないのであれば、機嫌を損ねることのないよう細心の注意が必要だ。ギルガメッシュも相当の気分屋だが、少なくとも彼はムーンセルにおいては信じ難いほどに好意的だった。そんな彼と共に居る時でさえ、マキナはかなり気を遣っていたのだが…考えれば考えるほど心配になるのだった。


マキナは黄金の耳飾りを取り出しては、飽きもせずに眺める。

思えば、随分とギルガメッシュに甘やかされていたものだ。マキナの破天荒で向こう見ずな行動に対しても、よくフォローしてくれていた。ギルガメッシュは基本的に自身のことしか考えていないように見えて
先のことを見通しつ、マキナを辛抱強く導いてくれた。

冬木での、マキナをモノとしか見ていないギルガメッシュと暮らした今、あの優しさに、それに対する感謝の足りなかったことに…またふつふつと涙が湧き上がってくるが、堪える。


―――会いたい。
できれば今すぐに、時空を越えて逢えるのであれば。こんな夢のような現実から逃げ出して、あの失望と諦観に満ちた未来へと帰りたい。

マキナは机の上へと伏せると、耳飾りを頬に宛て、目を閉じた。せめて幸せな夢だけでも見れたらいいのに。






「―――――…」


女は机の上に伏して、寝息を立てている。意識は夢の中だというのに、左手で何かを大事そうに握りしめている。開かせてみると、中には自身の愛用の耳飾りがあった。蔵の中からは消えた様子がないので、どこで手に入れたというのか。マキナの言う通り、未来でギルガメッシュが持たせたとでも言うのだろうか。

じっと眺めていると、マキナは無意識に再度耳飾りを握りしめ、僅かに身じろぎをして、何故か微笑んだ。

どうも良い夢を見ているらしい。これ程幸せそうなマキナの表情を見るのは初めてで、何を思ったか、ギルガメッシュは暫し見入ってしまったのだった。


「おうさま……」


呟いた一言に、ギルガメッシュは目を眇めた。


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