moving mountains :11


―――今度こそ“先約”を果たしに。
マキナは安全圏へとのがれると、今度は徒歩で目的地へと向かう。“ライダー”との邂逅は予想外で、彼も綾香と同じく“噂”を口にしていた。そして長らく不明だったマキナのクラスは“ガンナー”だという。正直カッコイイのでマキナはいたく気に入ったのだが…そんな浮ついた気持ちは、待ち構えていた凛の辛辣な殺気に掻き消されたのだった。


「―――で?貴女のサーヴァントは何処?」


しかも、開口一番それである。マキナは怒られた子供のように身を縮ませつ、しゅんとした。


「凛ちゃんさんもサーヴァント……」


そういう凛の周りにもサーヴァントはいない。代わりに居たのは、難しい表情をした士郎だった。きっと放っておけなくて付いてきたのだろう。マキナが困ったような笑顔を士郎に向けると、士郎も同じような表情を返したのだった。


「―――ああ、凛ちゃんさんのサーヴァントはアーチャーなんですね…」


マキナは目を閉じて、埋設した“回路”を使って走査することにする。ここから離れたどこかに“狙撃手”がいる筈だ。その宝具の利を活かすために、敢えて離れた場所で待機しているのだろう。場所の特定はまだだが、この“焦点を定められる感覚”は慣れている。


「此処へ連れてきてないってことは…アサシンかしら?」
「いや、アサシンではないですね……」


無用な対策を省いてやるため、マキナは素直に答えた。だが、その答えに凛はマキナを更に睨みつける。


「どういうつもり?私はマスターとして決着をつけるって言った筈よ」


最早親の仇でも見るかのような凛に、その本気を嫌でも感じ取った士郎がたまらず口を挟んで制止を試みる。


「こんなの……どうかしてる!おい、遠坂、こんな戦いやめろって!!」
「少し黙っていてくれるかしら、衛宮君」


凛は全く動じず、応じず。
士郎を見ようともせずにぴしゃりと答えた。しかし、そんな士郎に免じて猶予を与える気にはなったらしい。


「サーヴァントを連れてくるっていうなら待ってあげるわ。」
「――――…」


困ったことになった。ギルガメッシュを連れてこいと?無茶な話である。いや、不可能ではないだろうが…わざわざ手間をかけさせたくはないし、こんな些細なコトで借りを作るのも嫌だし、仮に連れてきたとしたら、もっと大変なことになる。マキナの意に沿うように動くなんてことは有り得ないし、最悪彼らを気に入らなければサーヴァントをマスターごと亡き者にすることも考えられる。

マキナが考えあぐねいている様子を見て、士郎はマキナとの会話を思い出した。マキナは、サーヴァントにあまり干渉せず、自由に行動させていると言っていた。だから、呼びたくても連れてこれないのではないかと近からずも遠からずの推測をしていた。黙れと言われたばかりだが、士郎が助け船を出そうとするのだが…。


「―――凛、私の準備はすでに整っています。」


綽名ではなく呼び捨てにしたことで、その本気を凛自身も感じ取る。


「どんと来て下さい。」


常に戯けた様子のマキナが見せた“真剣”に、逆に少々戸惑いを感じる凛。それもこれも、遠坂凛という人間の根底が善性であり、公明正大な性格であるからこそだ。一方でマキナはアーチャーの居場所を特定した。彼は新都のビル群の一つに陣取っていた。この墓地も含めて広く見渡せる、視野の開けた良い場所だ。


「凛、貴女は私のことをよく知りません。私に何ができて、何ができないかも。」

「私が真実を言っているのか、嘘を言っているのかもわからないでしょ?」

「私のサーヴァントは本当は“アサシン”かもしれない。もしかしたら、エクストラクラスなのかも。」

「“準備はいいか?”との問いに対する私の答えは“Yes”です。」

「―――さあ、遠慮なく倒しにきてください」


マキナはそう言って、凛を嗾けた。凛の背中を押したのだ。逃げ出すという選択肢もあったかもしれないが、マキナも万端の準備してきたし、凛のアーチャーの実力もある程度は知っておかなければ。


「アーチャー!やっちゃって!!」


凛のその言葉が戦闘の皮切りとなった。マキナは右耳より蒼い結晶を取り外すと、その中心を縦に“半回転”させた。半分に割れた結晶を、蛇腹でも広げるかのように左右に引くと、中から金属糸で織られた大きな重い布が広がった。最終的には、直径4cm程度の結晶から、マキナの身体をすっぽりと覆う程の布が出現した。緻密な装飾が施され、それはマキナが好んで着るワンピースと同じ素材だ。元の結晶と同じ色の結晶が、フリンジと並んで幾つも縫い付けてある。それらが交錯して、石というよりはまるで鋭利な刃と刃を擦り合わせるような音を立てる。

重い布を頭上へと舞い上げると、マキナはその“真名”を解放し、同時に術式(コード)を実行(キャスト)した。


「“白金絲翠玉威錦衣(しろがねいとすいぎょくおどしきんい)”―――!!」


それとほぼ同時だった。起動が一瞬でも遅れていれば間に合わなかっただろう。アーチャーの放った矢は、雨のように降り注いで襲いかかったが、マキナを蜂の巣にすることはできずに、重い布に弾かれ周りへと飛び散った。


「―――ウソでしょ!?礼装でアーチャーの矢を防ぐなんて…!!」


凛の驚きは理解できる。
魔術師(メイガス)の常識に照らしても驚異的なことだろう。勿論、魔術師(ウィザード)の常識に照らしてみても同様だ。

凛は、マキナのこの行動を、そのまま魔術師として高い技量を持つと判断するだろう。だが―――違うのだ。

また、同時に破格の礼装を有するだけの由緒だとか権力だとかがあるのだと。だが―――違うのだ。

確かに礼装自体は破格の能力を持つ代物かもしれない。マキナが作ったとはいえ、無徒に教えられるままに編んだだけだ。あの無徒のことだから、龍の髭とか、天女の衣だとか…兎に角材料に何を持ってきていても不思議ではない。

この礼装は、特殊攻撃に弱いマキナの為に造られた。毒や麻痺(スタン)、呪いの類から身を守るのが主目的の礼装だ。だが、この礼装はとても頑丈であり、“決して破れない”。また通した魔力量に応じて物理攻撃も防御する性質も持っている。

一般にサーヴァントの攻撃を防ぐだけの物理防御を発揮するには、割に合わない程の魔力を消費する。

それもこれも、マキナのサーヴァントとしてのスキル“永久機関(偽)”があってこそ成せる業。魔力炉でも持っているか、無尽蔵の魔力を生み出すことの出来る魔術師でもなければこのような防御力は発揮できないのだ。

仮にマキナにサーヴァントとしての能力がなければ、このアーチャーの攻撃に耐え切れずに、布ごと地下10mくらいまでめり込んでいただろう。蜂の巣にはならずとも、全身打撲かつ複雑骨折で軟体動物のようになっているかもしれない。

続いての第二射も同様に防ぐが、マキナは次の出方を考えていた。アーチャーの場所は特定した。遠隔にはなるが、足元から麻痺(スタン)の術式をぶつけるか。それとも八雲鍵を展開して矢に抗戦するか―――…。


「―――もういいわ。アーチャー、攻撃を中止して!」


そこでまさかの停戦命令が凛より出たのだった。マキナも虚を突かれて目を瞬いてしまった。凛は両手を腰に当て、深呼吸よりも長い溜息を吐いたのだった。


「…馬鹿らしくてやってらんないわ。何よマスターが応戦するって…」


肩の力を抜いたように思える凛だが、マキナに対する敵意は変わらずだ。


「フザけた真似してくれるじゃない。私を相手にするのに、サーヴァントなんて要らないってこと?」
「違うよ……その、サーヴァントを呼ぶのは簡単じゃなくてね…」
「いいえ、おしまい!アーチャー、攻撃はもういいわ。そこから撤退して頂戴」


マキナの返事に対して、的外れな凛の回答。どうやらアーチャーが凛に対して何かを伝えたようだ。凛の命令がうまく伝わっていないのか、それともアーチャーの戦意は失われていないのか…。


「ここから逃げろって……どういう……」


凛の言葉やその表情から、不穏な様子が伝わってくる。マキナは興味本位で、アーチャーの言葉を直接聴いてみることにした。念話であれば音は取れないかもしれないが、彼が実際に何かを呟くかもしれない。アーチャーの足元にある回路より集音する。


「……間久部マキナは、生かしておくべきではない。“俺”は、彼女を殺さなければならない」


その低く呟かれた言葉は、凛に反応がないことからも、彼の独り言だろう。まるで任務内容を復唱するかのように無機質な声だった。マキナは眉根を傾げてその意味を考えた。

が、そんな余裕は残されていなかった。横目で、士郎がマキナと同じ方向―――アーチャーの方を振り向いたのが分かった。動物的な危険予知とでもいうのか、士郎が鬼気迫る様子で、何かを叫んでいた。


 突如頭上に降る“
核弾頭(ブロークン・ファンタズム)”。


マキナはとても落ち着いていていたし、その対処のための準備もした。―――自分の造った爆弾で多く犠牲になった人々も、その落下の瞬間、どんな気持ちになったのだろうとマキナは考えていた。

凛と士郎に対する保険として、重い布を二人の方へと放る。工廠の扉(アーセナル)を開くことも最早止む無し、と決意したマキナの目の前に、群青が降りる。


「あ、―――…」


振り返り様に一瞬見えた赤い目は、不敵でいて、どこか呑気な笑みを湛えていた。轟音からくる度を過ぎた無音の中で、彼は静かに詠唱をしていた。血よりもルビーよりも赤い槍は彼と並ぶように突き立てられ、そのあとに視界を奪うほどの激しい光線が走った。

タールよりも黒く闇に染まった墓地を、白煙が埋め尽くしていた。

それが晴れた頃、群青色のサーヴァントは、遠くの赤い弓兵へと呼び掛けた。地面に突き刺していた槍を抜くと、肩へと置く。満足気で、余裕に溢れつつも、殺気が籠った挑発的な笑みを浮かべる。


「残念だったなあ、アーチャー。俺が相手になるぜ、再戦と行こうじゃねーか」


やはり無残な状態になってしまった墓地の中、マキナは満を持して群青のサーヴァントを披露することになったのだった。



(…)
(2014/12/20)







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