moving mountains :11
凛との決闘は、士郎には伝えないことにした。何故なら彼は間違いなくそれを止めようとするだろう。決闘がなくなること自体はマキナにしてみれば嬉しいのだが…凛と士郎の関係が険悪化することが予想される。
また、士郎に打ち明けずに凛と決闘をした場合、士郎はどうして教えてくれなかったのかと怒る筈だ。
逆に士郎とマキナの関係が悪化することも有り得るだろう。
だが、大事なのはマキナと士郎の仲ではない。士郎と凛の関係だ。
今日は士郎と一緒に買い物はせず、学校で別れる。
―――さて、二度目…否、三度目のサーヴァント戦である。ヴェルデで買い物を済ませ、教会への帰り際、外国人墓地の前で立ち止まる。ここが今夜戦場となる。
マキナがこの時代へと召喚されたその日、新都交番横の観光案内板には観光スポットの一つとして紹介されていた。今は観光シーズンではないし、夕方でも既に無人だった。夜ともなれば猶更、近づこうという物好きなどいないだろう。夏ならば肝試しに訪れる学生などがいるかもしれないが。
“戦場”としてみれば、適度な遮蔽物もあり、広さもある。うってつけな場所だろう。―――だが、ここに立ち並ぶのは、ただのモニュメントではなく誰かが眠る墓だ。
その上、冬木…否、日本の近代史を物語る貴重な資料のひとつだ。
戦場となれば、これらが無残に破壊されることは想像に容易い。マキナは、念のためにこの場所のデータを丸ごと記憶しておくことにした。光子結晶の空き容量は使わずに、宝具で記憶媒体を作り、そこに保存する。
組織の方針である“国の財産を守る”という名目もあるし、そもそもマキナ自身も歴史あるモノの破壊を嫌っている。未来でも実際に、中東の遺跡を破壊から守ったことがあるのだ。
そういえば、言峰教会もこの墓地と同じく歴史があり、そして美しく立派な建造物だ。一般的に見れば目玉の観光スポットの一つになりえそうなものだが…観光案内板には一切記されていなかった。
観光案内板自体は十年以上前に設置されたもののようなので、言峰かその前任者の意向で記されていないのだろう。
データのバックアップが完了すると、マキナは再び坂を登る。“隠された”教会へと帰っていったのだった。
「今夜、ちょっとした小競り合いをしてきます。貴方の妹弟子と。」
昨日と違い、帰宅時礼拝堂に居たのは言峰だった。何故かマキナはそれにほっとしてしまうのだった。ムーンセルでギルガメッシュに出会った頃もそうだったのだが、ギルガメッシュと余り顔を合わせたくないのだ。合ってしまった場合は観念するのだが、でなければ逃げ回る。
ギルガメッシュに罵られたり、身體を弄ばれるのは好きではない。何故か向こうは、それをマキナが喜んでいると思っているようだが。大間違いだ。
「―――成程。凛には随分と嫌われているようだな。」
「ええ、主に貴方の印象が最悪な所為でね!」
兎にも角にも、ここにギルガメッシュはいない。マキナは安心して言峰を糾弾する。
「友人が出来ない原因を私に擦り付けるのか?」
「事実ですから。言峰の指矩か、とか狙いはナンだとか凄い言われよう。」
「私が至らぬばかりに娘に苦労をかけるのは気が引けるが…生憎、何もしてやれないな。」
「まあ、苦労したお陰で娘は立派に育ちましたから」
なんとも互いに白々しい会話である。
「―――ま、そんなこんなで私は忙しいので、今日の夕飯は作り置きさせていただきます」
好きな時に食べてね、と言い残すとマキナはさっさと礼拝堂を抜けて行った。とはいえまだ6時30分を過ぎた頃。約束の時間にはまだ7時間半もある。3時間くらいは仮眠をとってもいいかもしれない。凛との戦いの準備としては、全ての礼装を万全な状況にしておく。特に今日手元に戻ったばかりの“重い布”には念入りに魔力を貯めておこう。
「――――!」
マキナが廊下を歩いていると、少し先の方にギルガメッシュの後ろ姿を見つける。マキナは慌てて、宝具で姿を消し、音を立てないようにダッシュで逃げ出す。果たしてそんな必要があったかどうかは疑問だが、考えるより先にそうしていた。一瞬、士郎の家へと逃げ込む(という名目で遊びに行く)発想が過ったが、そこには凛もいることを思い出し、マキナはどこへ行こうかと思案する。
敵のアジトにでも忍び込んで破壊工作でもしているかのような慎重さで三時間ほどで教会の仕事を一通り済ませたマキナは、やはり外へと出て、新都をふらふら彷徨っていた。
快適さに重点を置いたコクピットを設計し、そこで2時間ほどの仮眠を取った。勿論これもいいのだが…冬木に来た日とは違い、マキナには戸籍も金もある。避難場所としてホテルを借りるのも悪くない。今度冬木ハイアットのゴージャスでスイートな一室でも借りてみようか。
――――それにしても。
今、マキナは冬木大橋のアーチの最も高い部分に腰を下ろし、一つの耳飾りを摘んで、眉を傾げながら凝視していた。
黄金の耳飾りだ。
マキナが目を覚まし、コクピットを解除した時に地面へと落ちた。
これはギルガメッシュの耳飾りではない。インドの大英雄にして、ジナコ=カリギリのサーヴァントである“カルナ”の宝具…“日輪よ、具足となれ(カヴァーチャ・クンダーラ)”の一部だ。
ギルガメッシュの耳飾りや光子結晶、ランサーのベルト、他の礼装は理解できる。一時的にでもマキナが所有したからだ。だが―――カルナの耳飾りだけは全く心当たりがない。
この宝具は他者も装備が可能なものなので、マキナにも作用するだろう。耳飾りは、太陽神の息子であるカルナの身体の一部らしく、とても暖かい。しばしホッカイロのようにして手指を温めていたマキナだが…改めてこの耳飾りをどうすべきかを考える。
「………………」
他の礼装はともかく、手元にあるとはいえ、これを使用するのは気が引ける。落ちていた紙幣を拾得者が使っていいとはならないように。マキナは手持ちのハンカチに耳飾りを包むと、億死の工廠へと大事に仕舞ってしまう。
橋の上は風が強いが、眺めはいい。人通りは皆無で、婦女子どころか男性でも歩道を渡るのは憚られるだろう。
橋の麓にある公園は、マキナが召喚された場所だ。あそこに、ふとギルガメッシュが座っていたらいいのに。とマキナは無意識にギルガメッシュの姿を想像する。―――が、はっとしてそのイメージを掻き消した。そんな妄想をしてみても、何も得られず空しくなるだけだ。
「さて」
そろそろ行くか。
ゆっくり歩いていけば、丁度いい時間だ。今日のマキナは昨日と違い、黒いコートを羽織っている。アーチの最上部から一歩踏み出して歩道へと落下。反重力場を発生させて静かに着地するが、コートは風を孕んでふわりと広がった。それが収まるのを待ってから、マキナは方向転換を―――。
「お前が『ガンナー』か。―――“噂”は聞いているぞ」
進行方向2mほど手前に、同じく黒いコートを纏った男が居た。マキナは、視界が溶けるかのように歪むのを感じ、一瞬平衡感覚を失いかけた。気付けば肩で息をしている。マキナはよろけるようにして2、3歩と後ずさり…そこでやっと相手を正しく視認した。
―――またしても、金の耳飾り。
コートを着ていても開いた胸元には豪奢な黄金の首飾り。その瞳までもが黄金色の、まるで太陽のような男だった。
「ガン…ナー……?―――貴方は……誰ですか…」
桁外れの威圧感…否、ギルガメッシュの言葉を借りれば王気(オーラ)だった。それこそギルガメッシュに匹敵するほどの。そうして昨日のセイバーと同じく、また前触れもなく現れた。これ程の存在を索敵兵装(レーダー)で感知できない筈がないのに。
しかし、こんな威圧感に当てられるのは初めてではない。マキナは大分冷静さを取り戻しつつあり、改めて警戒姿勢を取るのだった。
「…ほう、もう“慣れた”か。余の威光を受けても逃げ出さないとはな」
「いえ……遅くとも一分以内には逃げ出したいと思っているんですけど……」
その言葉の通り、先ほどからマキナは逃げる方法を何通りも考えているし、シミュレーションもしているのだ。それと同時に戦闘準備もしている。勿論そうなるのは最悪の事態なのだが―――…。
太陽のような青年と、見つめ合う。
優位性は明らかに向こうの方にある。
マキナも常人とは比較にもならないほどの速度であらゆる演算処理をしているが、男の方は、もっと大局的な視野を以って物事の真相を視ている。ギルガメッシュやレオと同じ、王として生まれ持った資質。“神の視点”を持っている。
マキナが一生懸命計算して導き出した答えを、彼らは直感的に“わかってしまう”。
「―――成程、多くの王がお前を欲しがる理由も解る。中々に面白い奴だ」
そんな慧眼でマキナの何を見抜いたかは、マキナにはわからないが。とりあえず、マキナの方は何も面白くない。全く面白くない。
「…どこかの高名な王様とお見受けしますが……恐悦至極に御座います……」
だが断る。と
特に何も求められていないのに、マキナはまた一歩下がった。しかしそんなマキナの後退を上回る前進で、マキナの頬へと手を遣り、上向かせた。―――まるでギルガメッシュのように。
「ガンナー、余の神殿へ特別に招いてやろう。この世で最も光輝を誇る大複合神殿だ。そこでお前は“王の中の王”の威光を目の当たりにするであろう」
―――『神殿』―――閉鎖空間―――固有結界―――アウェーでフルボッコ―――マキナは一瞬でそこまで考え至った。これは明確な殺人予告である。恐らく乖離剣(エア)でも持ってこないと脱出不可能だ。――八雲鍵でもいいかもしれないが。
「お気持ちだけありがたく受け取っておきます!――そもそも私、先約がありますので!」
マキナは、まず頬に当てられた手を剥がしてから後退する。すぐに詰められないように、後ろ向きに歩いて最初の距離感を取り戻した。その上で、ほぼ直角のお辞儀をして謝意を表した。そして、両手を前に突き出しての更なる否定。
「王の誘いを蹴るというのか?」
「ええ、王であろうと財務省の捜査官であろうと、順序を踏んでいただかないと。」
誘う気ならばまず令状(アポイント)から始めろと。兎に角この場を乗り切る為、マキナは苦肉のセリフで防衛線を張る。
そんなマキナの適当な話に、それでも相手は納得したようだった。
「―――余は、騎兵(ライダー)のクラスにて現界したサーヴァントだ。銃騎士(ガンナー)よ、近い内にまた会いに行く」
“ライダー”は、そう言ってこれ以上マキナを追おうとはしなかった。
「………お茶くらいは用意しておきます」
マキナはそう応えてからその場を離脱した。歩いて帰るなどとんでもない。最大時速3000kmの機体(フラジール)を展開し、それに飛び乗って行ったのだった。
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