moving mountains :11


「沙条は、この学校に張られてる結界をどう思う?」


そんな問いを綾香にするまでの間。
間久部マキナは、陽の当たらぬ寒々しい校舎裏にて、あることを考えていた。折角校舎にも張った根を活用して、結界を妨害できないかということだ。何故か間桐シンジを思い出しながら。

性格はともかく、シンジは一流と言って差し支えのないレベルのハッカーだ。

 ―――頭のいい勝ち方っていうのは、こういうコト。


そんなセリフを得意気に言うシンジが目に浮かぶ。シンジは、ムーンセルでも監視の目を恐れずに、限りなく黒に近いグレーゾーンな行為を繰り返していた。度々システムに介入してアリーナを改竄したり、NPCまで操ったりして好き放題をしていた。

だからマキナもそれに倣い、校舎内限定で魔力の流れを多少変えて、結界という名の回路が上手く作動しないように妨害してやればいいのではないか。どんな機械であっても…その構造を知らなくとも。電源供給さえ絶ってしまえば動きはしないのだ。

という案も浮かんだのだが、それをすると凛や綾香に気付かれる気がする。―――――ナシだろう。


「………どう思うって?」


綾香は面倒そうな表情を隠さずに、訊き返した。昨晩のやり取りから、綾香も微妙な立場に置かれているだろうことはマキナも理解している。


「この結界を、壊そうという気はない?一般人が大量に巻き込まれるのは、あまりよろしくないよね?」


魔術師(ウィザード)と違って、魔術師(メイガス)はある意味裏社会に暮らす存在だ。彼らは神秘が衆目に晒されることを嫌うので、この結界の存在に頭を悩ませている筈だ。


「―――気に入らないよ。でも私は動きたくないんです。」


綾香はマキナから視線を逸らして、寒々しい桜の木を見遣った。実はそこに、結界の基点の一つがある。綾香なりに調べて見つけたものだ。だが、敢えて手は加えていない。


「それに私が動かなくても…遠坂さんがどうにかしてくれる筈。だし」


綾香は更に陰鬱とした顔をして呟いた。


「確かにリンリンなら何とかしてくれそうだよね。――でもやっぱり少し心配だから。沙条、この結界について解ることを教えて欲しい。あと、解除方法も知ってたら」


マキナの申し出に、綾香は眉根に皺を寄せて怪訝そうにマキナを見た。


「―――間久部さんも魔術師ならわかるでしょう?あの結界はサーヴァントの宝具だろうから…私たち魔術師程度じゃどうにもならないよ。妨害工作すること位しかできない」


其れくらいのことは、見ればわかる。常識だろうとばかりに綾香はため息意を吐く。


「朝の“会話”でも解っただろうけど…私はかなり“特殊”な魔術師なの。お恥ずかしながら、魔術師としての知識は貧弱で…。―――でも、その妨害でいいんだ。もしも意図して発動のタイミングをずらすことができるなら、尚良い。」


サーヴァントの結界だとはマキナにも索敵兵装(レーダー)で解っている。勿論、それが容易く崩せるようなものでないこともだ。だがそれこそ魔術師(メイガス)なら、魔術師(ウィザード)の知らない対抗策を知っているのではないかとマキナは一縷の望みをかけてみたのだ。

綾香は口元に手を当て、何かを思案している。そして十数秒ほどの熟考の後、依然険しい表情をして答えたのだった。


「―――ごめん、教えられない。というか、一朝一夕で覚えられるものじゃない。私が一緒に居れば可能かもしれないけど、それじゃ意味がないし」


マキナも、これ以上綾香に無理強いはできなかった。何しろ彼女にこの場所へと来させただけでも、無理をさせているのだ。彼女に対して何の見返りもなしでは綾香を困らせるだけだ。


「そっか…理解したよ。貴重な休み時間に来てくれてありがとう」


マキナは未練がましさは一切なく、割り切った笑顔を浮かべた。先ほどのシンジの発想のように、次の策を考えるだけだ。マキナは、手に持っていた紙袋を開きながら、綾香へと一層近付いた。


「ところで……パンをたくさん買ったんだけど、食べる?お弁当持ってるかな?」


綾香へと袋の中身をあけて見せるマキナ。中にはレア物のお好み焼きパンと“皮だけメロンパン”が埋もれていた。マキナのような転入生(ルーキー)がこれを入手するとは…と驚愕の表情を浮かべる綾香。実際には士郎の助力あっての戦果ではあるのだが。


「―――お好み焼きパン、貰ってもいい?」
「いいよ。沙条はお好み焼き好きなの?」


袋から抜き取ったパンを軽く放ってキャッチをすると、綾香はまた一思案。


「―――今度機会があったら『鍾馗』にこう」
「お好み焼き屋さん?行く行く!」
「じゃあ…また“話しかけて”」
「うん」


最後に一度微笑んだ綾香を見送り、彼女の姿が見えなくなったところでマキナも歩き始めた。意外と時間はまだ余っている。教室に戻ってメロンパンの皮でもむしゃるとしよう。弓道場を横切り、校舎と校舎を繋ぐ通路を歩いていると、丁度反対側から遠坂凛がやってきたのだった。マキナも自然と顔を綻ばせてしまう。


「リンリン!こんにちは、元気してましたか?」
「………ええ、元気よ。」


“リンリン”と呼んでも怒らなかったり、否、そもそも既に怒っているような気がする。穏やかな雰囲気ではない凛に、マキナも余計な口を噤んだ。


「今夜、外人墓地で会いましょう。」


凛は目的を端的に伝えてきた。そしてそれが意味するところも明白だったので、マキナは戸惑い、息を呑んだ。


「もしやこれは…果たし合いって奴ですか」
「ええ、そうよ。決着をつけましょう。」


まさか、こんなに早くこの展開が訪れるとは…とマキナは頭を抱える。とりあえず、此処はいつ人が訪れてもおかしくない場所だ。マキナは一度校舎の様子を見渡す。もっとも近い位置にいる生徒がこの場所に向かっているとして…またその移動速度と可聴範囲を考慮して計算すると、あと62秒は安全な会話が可能だ。凛の前で逆位相昇温の宝具を起動するわけにはいかない。


「…なるほど……できればなるべく後回しにして欲しかったんですが…」
「後回し?どうせ倒されるなら早い方がいいと思うわ。既に教会にいるっていうのがルール違反だけど…早いとこ終えて教会に籠っていなさい」


凛は辛辣な物言いをするが、この聖杯戦争の常識に照らせば何ら非道でもないし、寧ろこれでもマキナの為を思っての忠告だった。それもマキナ自身も理解して、ありがたいことなのだという気もあるのだが…生憎、それに首を縦に振ることはできないのだ。
―――残り50秒。


「だって…他のマスターを倒す前に私と戦ったら…無駄に魔力を消費するでしょう?」


マキナの発言は、またしても凛の予想を斜め上方向に外れていた。目論みが全くわからないのだ。


「最終的に自ら退くっていうマスターがここにいるんだから…これを逃さない手はないですよ」


―――残り40秒。
マキナは信じてもらえるかどうかは別として、ある程度本音を明かすことにした。


「ある意味で私の目的は監督役なんです。ルールを逸脱するマスターやサーヴァントが居れば、それに対処する。だから私は、聖杯戦争が終わるまで、サーヴァントという抑止力を手にしていたい。」


―――残り30秒。
凛の表情から、彼女が心変わりしたかどうかは明らかだった。


「悪いけど、信用できないわ。貴女は何のためにそんなことするのよ?綺礼は、どうして貴女にそんな役目を課すの?――――冬木の管理者(セカンドオーナー)の私にとっても、貴女は不安要素の塊でしかない」


―――残り20秒。
説得は無駄に終わるだろう。


「―――今夜、午前一時に外人墓地で会いましょう。話はそれだけよ」


凛は、マキナから視線を外すと、そのまま通り過ぎて行こうとする。方角的に、向かおうとしているのは弓道場だろうか?
―――残り10秒。


「リンリン!」
「………何よ、リンリンって呼ぶのやめてくれる?」
「メロンパンの皮、食べる?」
「いらないわよ!!」


先の計算通り、通路に男子生徒が現れる。そしてそれが、会話を今度こそ打ち切ったのだった。

 本当にフザけた奴だ、と凛は憤慨して行ってしまった。やはり弓道場へと向かったようだが、彼女も部員なのだろうか?部活動をしている暇はないと言ったものの、弓道部には入りたくなってきた。

とりあえず、このメロンパンの皮だけ焼いた代物を士郎と分かちあうことにしよう。マキナも改めて、教室へと帰って行ったのだった。


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